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第3章:嫉妬って怖いんですね

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 一部始終を見ていた周囲は、しばらく空気に飲まれたままだった。

 ヤンクがようやく言葉を絞り出す。

「竜将の力を、あそこまで引き出したミルスを昏倒させるか。
 あれを食らったら、私でもひとたまりもないな――アレミア、あれを防げたか?」

 ヤンクも己の背に流れる冷たい汗を感じていた。

 自分を超える脅威――それを父親以外で、初めて目の当たりにしたのだ。

 アレミアは首を横に振る。

「あんな速度には対応できません。
 仮に間に合っても、私の防御障壁すら容易く打ち抜くでしょう」

 エルミナは満足そうにうなずいていた。

「ミルスとリオ、共に潜在能力を限界以上に引き出していましたね。
 ――ファラ、よくあそこまで煽れましたね。
 私は恐ろしくて、声を出すことすらできなかったというのに」

 ファラは冷たい汗を流しながらも、微笑んで応える。

「リオさんが嫉妬深いのは、前から分かっていましたから。
 それにこうでもしないと、二人が死力を尽くし合うことなんてなかったでしょう?」

 ヤンクが我に返り、声を上げる。

「そんなことより、至急王宮魔導士を呼んで来い!
 重症までは負ってないだろうが、二人とも頭に打撃を受けすぎている!」

 そばに控えていた従者たちも我に返り、武錬場が慌ただしくなった。

 ミルスとリオは、意識が戻らないまま搬送されていった。




****

 リオが目を覚ますと、そこは私室のベッドの上だった。

 顔を確認してみるが、どこにも痛みは残っていない。

 ベッド脇に目をやると、やはりファラが微笑んで自分を見つめていた。

「目が覚めたわね。
 今回はそこまで大きな怪我は負ってなかったから、全て治癒して貰えたわ」

 リオは天井を見上げ、ぽつりとつぶやく。

「……自分がこんなに嫉妬深いだなんて、思ってもみなかったわ。
 自分で抑え込めないほど怒りに飲まれたのは、生まれて初めてよ」

「あら、そんなに自覚がなかったの?
 あなた、ミルスが侍女にかしずかれていることにすら嫉妬しているのよ?」

 リオがきょとんとした顔で瞳をしばたかせた。

「そうなの?」

 ファラが微笑みながら応える。

「ミルスが侍女から何かを手渡される時、その手元を凝視しているでしょう?
 相手の侍女の顔も必ず見ているわ。
 着替えをする時も、随行する侍女の顔全てを確認してる。
 ――実はね、侍女たちから『視線が怖い』と相談されることがあるの。
 その都度、『あなたは理性的な人だから大丈夫だ』と言い含めているけれどね。
 その自覚がないのなら、すべて無意識でやってしまっていたのね」

 リオは大きくため息をついてミルスのベッドを見る――そこにはやはり、まだ目を覚まさないミルスの姿があった。

「ミルスの怪我は?」

「そちらも大丈夫よ。
 竜将の力は伊達じゃないわね。
 並の人間なら今頃、肉塊になっていてもおかしくないんじゃないかしら?」

 笑い声をあげながら冗談でもない事を告げるファラに、リオは白い目を向けた。

「ファラさん、よくもあれだけ好き勝手に私を煽ったわね。
 私がミルスを相手にするだけじゃ我慢できなくて、相手の子に手を出そうとしたらどうするつもりだったの?
 その子が肉塊にされてたってことよ?
 危害を加えられたら困る子なのでしょう?」

「そこは責任を取って、ヤンク様やエルミナ様、アレミアと四人がかりで止めたわ。
 必要なら、陛下たちの力を借りてでもね。
 この六人で抑え込めないという事はないわよ」

 リオが再び大きなため息をついた。

「創竜神様がエルミナさんの伴侶に、ファラさんを選んだ意味が何となく分かったわ。
 似たもの夫婦なのね。
 笑顔の下で何を考えているか、分かったものじゃない」

 ファラが嬉しそうに笑みを浮かべる。

「ふふ、ありがと。
 でも夫婦って、自然と似てくるものなのよ?
 リオさんとミルスだって似たもの夫婦だし、これから時間を重ねる程、似てくるはずよ」

「――褒めてないわよ?
 性悪王子と似てると言われて喜ぶなんて、ファラさんは変わってるわね」

「愛する夫と似ていると言われれば、悪い気はしないわ。
 ――それより、これでようやくヤンク様に対して勝ち目が見えたわ。
 最後の一撃、ヤンク様自身が『自分でも耐えられない』と口にしていたの。
 あれを自在に操れるようになったら、あなたたちに分があると言ってもいいわ。
 今のミルスなら、ヤンク様相手に力負けをする事も無いでしょう。
 あとはあなたがどれだけ加護の力を発揮できるかにかかってるわね」

 リオが小さく息をついた。

「その前に私は寿命が尽きそうよ?
 今日だけで、どれだけ命を縮めたのかしら」

 ファラがきょとんとした顔で尋ねる。

「あら、そこもまだ教わってなかったの?
 つがいのそばに居れば、加護を発揮する事で失った生命力は回復するのよ?
 ゆっくりと、だけどね。
 だから本当は、夜も一緒の部屋で寝ていた方がいいの。
 怪我をしたあなたたちが共に寝かされているのは、あなたの力を回復する意味もあるのよ」

「……それは無理よ。
 ミルスは同じ部屋で寝ていたら我慢できないって言ってる。
 私はまだ、ミルスに体を許す勇気が持てないもの」

「今日くらいは大丈夫よ。
 今夜はゆっくり寝ておきなさいな」

 リオはうつむきながらうなずいた後、思案してつぶく。

「……最後の一撃を自在にと言われてもね。
 あんな自分でも制御できない激情を、どうしろっていうのかしら。
 自力であれを出せる気がしないわ」

 ファラが天井を見上げながら思案し、つぶく。

「んー、成竜の儀直前に、アレミアがミルスの唇を奪うだけでいいんじゃない?」

 発言の直後、ファラはおぞけを感じ、慌てて天井からリオへ目を戻した。

 そこには昼間見せた、魔物の如き笑みを浮かべるリオが居た。

 普段の姿から、猛獣の笑みを一足飛びで飛び越して魔物に豹変していた。

 魔物同然の威圧感がファラを押し包み、全身が総毛立ち、冷たい汗が流れて行く。

 ファラが静かに謝罪を告げる。

「……ごめんなさい、冗談よ。
 それをやったらヤンク様じゃなく、アレミアが狙われて肉塊にされるわね。
 私が悪かったわ――だから、落ち着いてもらえる?」

 しばらくリオはファラと見つめあった後、ふっと魔物の笑みを消した。

 そこに居るのは少し疲れているが、普段通りの朗らかなリオの姿だ。

「――もう、ファラさんったら!
 口にして良い冗談と、悪い冗談があるわよ?」

 いつもの笑顔で朗らかに告げたリオの顔を、ファラはまじまじと観察していた。

 こうして笑っていれば、小動物のような愛らしさを持つ十五歳の少女だ。

 だというのに、一皮むけば規格外の猛獣――を通り越した恐ろしい魔物が潜んでいる。

 今浮かべている笑みの下でも、おそらく先程の嫉妬の残滓が燃えているはずだ。

 だがそれを微塵も感じさせることはない。

 『笑顔の下で何を考えているのか分からないのはお互い様よ』と、ファラは痛感していた。

 この分では、ミルスが側室を作る事も許さないだろう。

 成竜の儀を行えるのは王家直系の男子だけだ。

 ミルスが勝ち上がった場合、これはこれで、頭が痛い問題だった。

  成竜の儀の都合上、竜将である国王は側室を持つことが珍しくない。

 リオにはなんとかして二人、できれば三人以上の男子を産んでもらわなければならない事になる。

 一人目が生まれ後ならば、リオも側室に納得が出来るかもしれない。

 もしもミルスが勝ち上がったならば、様子を見ながら交渉してみるしかないのだろう。
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