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第2章:やっぱりむかつくのでもう一度ぶん殴りますね

13.

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 エルミナの巨大な魔力の槍が、大地を大きく穿つ。

 ミルスはそれを飛び退いて避け、間合いを詰めようと駆け出していく。

 竜将の証を失ったエルミナの魔力は、以前と比べると格段に落ちている。

 今のエルミナならば、ミルス一人で充分に勝てる相手だろう。

 リオは祈りながらファラに向かって駆け出し、加護の乗った拳を放っていく。

 ファラも加護で身体能力を底上げし、リオの拳をなんとか捌いていく。

 竜の巫女としての実力は、圧倒的にリオに分があるようだった。

 身体能力と技術の差を加護の力で覆す。

 相手こそ違うが、ここまでは前回の戦いと同じ流れだ。

 だがリオには違和感があった。

 『油断すると死ぬ』と言い放っておきながら、エルミナには殺気がないのだ。

 ミルスの足止めに徹し、懐に入れないように立ち回っている。

 ファラも攻撃を捌くばかりで、攻めてくる気配がなかった。

 守備に徹したファラを攻め落とすだけの技術は、リオにはない。

 攻めあぐね、時間ばかりが過ぎて行く。

 エルミナが汗をかきながら、楽しそうに声を上げる。

「やはり今の私たちでは、ミルスたちの相手は荷が重そうですね。
 ――そろそろ出てきてくださいよ!」

 その声とともに、ミルスの身体がエルミナの魔力の暴風で吹き飛ばされた。

 ただ相手を吹き飛ばすだけの魔導術式だったが、踏ん張り切れずにミルスが地面を転がっていく。

「ミルス?!」

 リオの注意がミルスに向かった隙を突いて、ファラの双掌打がリオの胸を叩いた。

 そのままリオの身体も弾き飛ばされ、地面を転がっていく。

 慌てて体勢を立て直し、顔を上げたリオの眼前にはエルミナとファラの姿があった。

「あなたの相手は私たちです」

「――そしてミルス。お前の相手は私たちだ」

 吹き飛んだミルスの前には、不敵に笑うヤンクとアレミアの姿があった。




****

 ミルスの頬を、冷たい汗が伝う。

「こんなところで成竜の儀を始める――そういうことか?」

 ヤンクがニヤリと笑う。

「私とお前がやりあうんだ。
 拳を交え始めれば、結果としてはそうなるな。
 大怪我をしないように気を付けておけ」

 睨み合うヤンクとミルスを横目に、リオは内心で焦っていた。

 ヤンク王子はミルス一人でかなう相手ではない。

 リオと力を合わせても、勝ち目があるか分からない。

 そこにヤンク王子のつがいのアレミアまでが揃っている。

 早く駆け付けなければ、ミルスは手も足も出ずに敗北する。:

 だというのに、自分の前にはエルミナとファラが立ち塞がっていた。

 彼らが動くことを許してくれそうになかった。

「エルミナ王子……何を考えているの?」

 エルミナは魔力を練り上げた槍を構えながら、微笑んで応える。

「この状況、あなたたちはどこまで覆せますか?」

「――私たちを試す、そういうこと?
 竜将の証を持ってやっと互角のエルミナ王子とファラさんが、証を失った状態で私を抑え切れるのかしら?」

 エルミナが楽しそうな笑顔で応える。

「あなたに『本当のつがいの意味』を教えてあげましょう。
 今回は簡単に勝てると思わない方が身のためですよ?」

 リオの口角が上がる。

「――上等!」

 リオは全力で加護を祈り、瞳に金色を宿してエルミナに向かって殴りかかっていく。

 エルミナの放つ槍をかわし、懐まで間合いを詰めて拳を振り抜いた。

 その拳が、横から延びてきたファラの手によって絡めとられ、リオの姿勢が大きく崩された。

「――?!」

 姿勢が崩され、身動きが出来なくなった瞬間にエルミナが放つ拳が腹に埋まる。

 立て続けにファラが再び双掌打でリオの身体を弾き飛ばし、そのまま地面を転がされていった。

 リオの胃から朝食がせりあがってきて耐え切れず吐き出した。

「リオ?!」

 ミルスの叫び声がリオの耳に届くが、胃の中を吐き出しきるまで動くことが出来なかった。

「――だから言ったでしょう?
 簡単に勝てると思わない方が身のためだと」

 エルミナが楽し気に、だが静かに微笑んでいた。
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