12 / 28
第2章:やっぱりむかつくのでもう一度ぶん殴りますね
12.
しおりを挟む
王宮の一角にあるサロン。
王族たちが、談話室として使っている場所だ。
数年ぶりに穏やかな顔で、エルミナとファラ、そしてヤンクとアレミアがテーブルを囲んでいた。
ファラもアレミアも、十七歳としては落ち着いた雰囲気を持つ、大人びた少女だった。
夫同士が仲直りをした今、ファラとアレミアも同い年の義姉妹だ。
今では穏やかな友情を育みつつあった。
エルミナが己の考えをヤンクに述べ、意見を求めた。
ヤンクがうなずいて応える。
「……なるほどな。
弟夫婦がそんな事になっていたか。
これは兄として、一肌脱がねばなるまい」
アレミアが静かに意見を述べる。
「ですが、少し危ない橋になりますよ?
大丈夫でしょうか」
エルミナが困ったように頭を掻く。
「私だけで済ませられれば一番良かったんですけどね。
竜将の証を失った私では、もう力不足です。
あとはもう、ヤンク兄上に頼らざるを得ません」
ファラが微笑みながら意見を述べる。
「リオさんは逞しい方です。
きっと大丈夫ですよ」
ヤンクが大笑いをしながらそれに応える。
「ハハハ! あれは逞しいを超えた何かだ。
お転婆すぎて、どこに跳ねて行くかわからん。
それが怖い所だな」
エルミナが微笑んで話を纏める。
「――では、賛同して頂けるということでよろしいですか?」
ヤンクとアレミアが静かにうなずいた。
エルミナが満足気にうなずき、ファラと共に席を立った。
「あとはお任せします。
ミルスの扱いは、ヤンク兄上が一番ご存じのはずだ」
サロンから立ち去るエルミナの後姿を見ながら、ヤンクがつぶく。
「――あんな穏やかなエルミナを、また見ることが出来るとはな」
アレミアがうなずいた。
「懐かしいですね。三年前を思い出します。
ですが穏やかな笑顔の下で、考える事は相変わらずあくどい気がしますけどね」
「ハハハ! 人はそう簡単には変われん。
なに、今回の悪巧みぐらいなら、乗ってやっても構わんだろう」
****
朝になり、侍女に起こされて、リオがベッドから上体を起こす。
本当はとっくに目覚めていた。
だが、『王子妃を起こすのも侍女の仕事だから、寝ていて欲しい』と言われしまい、しかたなく布団の中で寝たふりをする毎日だ。
リオの体は依然として、平民としての生活リズムのままだ。
寝ていろと言われても、自然と目が覚めてしまうのは防げない。
侍女たちに世話をされるがままに顔を洗い、制服に着替え、髪を整えてもらう。
だいぶ慣れてきたが、やはり他人に世話をされるというのは落ち着かなかった。
朝食の席について、ようやくミルスと顔を合わせる。
各王子や国王は、それぞれ別の建物を割り当てられている。
国王は王宮で、王子たちは離宮で生活をするのだ。
それぞれのダイニングで、別々に食事を取るのが通例となっている。
つまり、この食卓に居るのはリオとミルスのみである。
二人の間に子供が生まれれば、その子供はこの食卓に加わる事になるだろう。
――この夫は、いつになったら同じ部屋で寝るのかしら。
密かにため息をつきながら、リオは静かに朝食を口に運んでいく。
自分の性的魅力の無さなど、ミルスに言われるまでもなく分かっている。
同級生と比べても慎ましい体つきなのだ。劣等感も持っている。
だが『さすがに前と後ろの区別ぐらいはつくぞ?』と、密かに憤ってみたりもした。
慎ましいと言っても学級内で下位に甘んじる程度。
十五歳なりに、女性らしい体つきではあるのだ。
いつかは夫に自分の魅力を認めてもらう日が来るのだろうか、と思うこともある。
だがミルスから妻として見られる事を思うと、やはりどこか気恥ずかしさが残った。
一週間を過ぎる中で、ミルスを夫として認めつつある自分に、この時のリオはまだ気が付いていなかった。
朝食を食べ終わり、ミルスと共に席を立つ。
無言で馬車に向かい、いつものようにミルスの手を取って馬車に乗り込んだ。
いつものように、馬車の中は静寂に包まれている。
ミルスもリオも、互いに不要な会話をしないからだ。
互いが別々の窓の外を眺め、流れる景色をただ瞳に映していた。
そしてふと、リオがあることに気が付いた――景色に見覚えがない。
「――ねぇ、ミルス。いつもと道が違うわ」
ミルスの目が険しくなり、窓の外を確認した後、御者に叫ぶ。
「おい! 道が違う! どういうことだ!」
御者は振り返る事もなく、馬を走らせていく。
リオが眉をひそめてミルスに尋ねる。
「どういうこと? こんなことはよくあるの?」
険しい顔のまま、ミルスが応える。
「いや、そんな事はない。
御者はいつもの使用人だし、周囲にはいつも通り騎兵も随行している。
だが道が違うのは確かだ」
馬車はやがて、王宮と街の間にある小高い丘で停車した。
リオが周囲の気配を探るが、騎兵たちが静かに立ち止まっている気配がするだけだった。
御者は何も言わずに、背中を向けたままだ。
「降りろ、ということかしら」
「……降りてみよう」
先にミルスが降り、辺りの安全を目で確認してからリオの手を取り、馬車から降ろした。
二人が周囲を確認すると、そこは丘の中でも開けた場所だった。
「――待っていましたよ」
馬車の反対側、死角になっている位置から声が聞こえた。
ミルスとリオが慌てて馬車を回り込むと、そこにはエルミナとファラの姿があった。
険しい顔でミルスがエルミナに尋ねる。
「これはなんの悪ふざけなんだ?」
にこやかな笑みでエルミナが応える。
「ミルスたちに、絆の大切さを理解してもらおうと思いまして。
ちょっとした野外授業です」
エルミナが手で合図をすると共に、馬車と騎兵たちが遠くに下がっていった。
その場に残るのはミルスとリオ、そしてエルミナとファラだけだ。
ミルスが不敵な笑みで尋ねる。
「わざわざこんな場を設けたんだ。
本気でやって構わない――そういうことだな?」
エルミナは穏やかな表情でうなずき、魔力を練り始める。
「油断をすると死にますよ――では始めましょう!」
エルミナの巨大な魔力の槍が、ミルスとリオに襲い掛かった。
王族たちが、談話室として使っている場所だ。
数年ぶりに穏やかな顔で、エルミナとファラ、そしてヤンクとアレミアがテーブルを囲んでいた。
ファラもアレミアも、十七歳としては落ち着いた雰囲気を持つ、大人びた少女だった。
夫同士が仲直りをした今、ファラとアレミアも同い年の義姉妹だ。
今では穏やかな友情を育みつつあった。
エルミナが己の考えをヤンクに述べ、意見を求めた。
ヤンクがうなずいて応える。
「……なるほどな。
弟夫婦がそんな事になっていたか。
これは兄として、一肌脱がねばなるまい」
アレミアが静かに意見を述べる。
「ですが、少し危ない橋になりますよ?
大丈夫でしょうか」
エルミナが困ったように頭を掻く。
「私だけで済ませられれば一番良かったんですけどね。
竜将の証を失った私では、もう力不足です。
あとはもう、ヤンク兄上に頼らざるを得ません」
ファラが微笑みながら意見を述べる。
「リオさんは逞しい方です。
きっと大丈夫ですよ」
ヤンクが大笑いをしながらそれに応える。
「ハハハ! あれは逞しいを超えた何かだ。
お転婆すぎて、どこに跳ねて行くかわからん。
それが怖い所だな」
エルミナが微笑んで話を纏める。
「――では、賛同して頂けるということでよろしいですか?」
ヤンクとアレミアが静かにうなずいた。
エルミナが満足気にうなずき、ファラと共に席を立った。
「あとはお任せします。
ミルスの扱いは、ヤンク兄上が一番ご存じのはずだ」
サロンから立ち去るエルミナの後姿を見ながら、ヤンクがつぶく。
「――あんな穏やかなエルミナを、また見ることが出来るとはな」
アレミアがうなずいた。
「懐かしいですね。三年前を思い出します。
ですが穏やかな笑顔の下で、考える事は相変わらずあくどい気がしますけどね」
「ハハハ! 人はそう簡単には変われん。
なに、今回の悪巧みぐらいなら、乗ってやっても構わんだろう」
****
朝になり、侍女に起こされて、リオがベッドから上体を起こす。
本当はとっくに目覚めていた。
だが、『王子妃を起こすのも侍女の仕事だから、寝ていて欲しい』と言われしまい、しかたなく布団の中で寝たふりをする毎日だ。
リオの体は依然として、平民としての生活リズムのままだ。
寝ていろと言われても、自然と目が覚めてしまうのは防げない。
侍女たちに世話をされるがままに顔を洗い、制服に着替え、髪を整えてもらう。
だいぶ慣れてきたが、やはり他人に世話をされるというのは落ち着かなかった。
朝食の席について、ようやくミルスと顔を合わせる。
各王子や国王は、それぞれ別の建物を割り当てられている。
国王は王宮で、王子たちは離宮で生活をするのだ。
それぞれのダイニングで、別々に食事を取るのが通例となっている。
つまり、この食卓に居るのはリオとミルスのみである。
二人の間に子供が生まれれば、その子供はこの食卓に加わる事になるだろう。
――この夫は、いつになったら同じ部屋で寝るのかしら。
密かにため息をつきながら、リオは静かに朝食を口に運んでいく。
自分の性的魅力の無さなど、ミルスに言われるまでもなく分かっている。
同級生と比べても慎ましい体つきなのだ。劣等感も持っている。
だが『さすがに前と後ろの区別ぐらいはつくぞ?』と、密かに憤ってみたりもした。
慎ましいと言っても学級内で下位に甘んじる程度。
十五歳なりに、女性らしい体つきではあるのだ。
いつかは夫に自分の魅力を認めてもらう日が来るのだろうか、と思うこともある。
だがミルスから妻として見られる事を思うと、やはりどこか気恥ずかしさが残った。
一週間を過ぎる中で、ミルスを夫として認めつつある自分に、この時のリオはまだ気が付いていなかった。
朝食を食べ終わり、ミルスと共に席を立つ。
無言で馬車に向かい、いつものようにミルスの手を取って馬車に乗り込んだ。
いつものように、馬車の中は静寂に包まれている。
ミルスもリオも、互いに不要な会話をしないからだ。
互いが別々の窓の外を眺め、流れる景色をただ瞳に映していた。
そしてふと、リオがあることに気が付いた――景色に見覚えがない。
「――ねぇ、ミルス。いつもと道が違うわ」
ミルスの目が険しくなり、窓の外を確認した後、御者に叫ぶ。
「おい! 道が違う! どういうことだ!」
御者は振り返る事もなく、馬を走らせていく。
リオが眉をひそめてミルスに尋ねる。
「どういうこと? こんなことはよくあるの?」
険しい顔のまま、ミルスが応える。
「いや、そんな事はない。
御者はいつもの使用人だし、周囲にはいつも通り騎兵も随行している。
だが道が違うのは確かだ」
馬車はやがて、王宮と街の間にある小高い丘で停車した。
リオが周囲の気配を探るが、騎兵たちが静かに立ち止まっている気配がするだけだった。
御者は何も言わずに、背中を向けたままだ。
「降りろ、ということかしら」
「……降りてみよう」
先にミルスが降り、辺りの安全を目で確認してからリオの手を取り、馬車から降ろした。
二人が周囲を確認すると、そこは丘の中でも開けた場所だった。
「――待っていましたよ」
馬車の反対側、死角になっている位置から声が聞こえた。
ミルスとリオが慌てて馬車を回り込むと、そこにはエルミナとファラの姿があった。
険しい顔でミルスがエルミナに尋ねる。
「これはなんの悪ふざけなんだ?」
にこやかな笑みでエルミナが応える。
「ミルスたちに、絆の大切さを理解してもらおうと思いまして。
ちょっとした野外授業です」
エルミナが手で合図をすると共に、馬車と騎兵たちが遠くに下がっていった。
その場に残るのはミルスとリオ、そしてエルミナとファラだけだ。
ミルスが不敵な笑みで尋ねる。
「わざわざこんな場を設けたんだ。
本気でやって構わない――そういうことだな?」
エルミナは穏やかな表情でうなずき、魔力を練り始める。
「油断をすると死にますよ――では始めましょう!」
エルミナの巨大な魔力の槍が、ミルスとリオに襲い掛かった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる