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 フリードリヒは騎士たちに指示を飛ばした後、馬車の中に居たヴィオラも捕縛させていた。

 彼女の共犯は、ヴィルヘルムが自供するだろう――彼らに『かばい合う』だなんて心はないだろうから。

 殿下をここに連れて来るまでがヴィオラの役目。それははっきりしているので、彼女が逃れる道もない。

 私はまだ力の入らない膝で、公園のベンチに腰を下ろし、ヴィオラが捕縛されて行くのを眺めていた。

 悔しそうに顔を歪めるヴィオラと一瞬だけ目が合い、たっぷりと憎悪のこもった視線を頂いた。

 私は満面の微笑みでそれに応え、彼女に手を振った。

「ずいぶんと晴れやかな笑みを浮かべているな」

 私の横に腰を下ろしたフリードリヒが、私の顔を見つめながら告げた。

 その優しい視線に気が付き、今度は私が恥ずかしくなって目を逸らした。

「それは、三年間も服従を強制させられていたんですもの。
 そんな悪夢の日々がようやく終わりを告げ、悪党どもと縁を切れて、せいせいしていますわ。
 ――ねぇフリードリヒ様、ヴィルヘルムとヴィオラはこれからどうなるのかしら」

 ギシリ、とベンチを軋ませて背もたれに体重をかけたフリードリヒが応える。

「王族に対する禁呪の使用、まず極刑は免れまい。
 エッシェンバッハ伯爵の余罪も追及され、彼の爵位と領地も没収されるだろう。
 一族郎党、処断されるかもしれん」

「まぁ……さすがに使用人たちまでは、可愛そうではありません?」

 フリードリヒが無表情で応える。

「それは調査次第だ。不可抗力で従わされていたなら、厳しい求刑にはなるまい。
 だが調査が済むまで、身柄は拘束されるだろうな」

 そっか、それはさすがに回避できそうにないな。

 私は晴れ渡った青空を見上げ、ぽつりと呟く。

「あーあ、今日で騎士見習いのエルもおしまいですわね」

 視界一面に広がる青空の中に、「そう……か」と意外そうな声が響いた。

 ふと気になって横を見ると、フリードリヒは呆然と地面を見つめていた。

「エリーゼ嬢が騎士見習いをする理由が……なくなったのか」

「ええ、そうですわ。
 私もじきに十七歳となります。結婚適齢期ですわね。
 家門に泥を塗るような女を娶ってくれる男性が居るかはわかりませんが、婚姻相手を探しませんと」

 あの舞踏会でヴィオラに跪いてしまった醜態は、社交界中に広まっている。

 そんな失態をする貴族令嬢との婚姻を認める親なんて、おそらく居ないだろう。

 たとえ不可抗力だと説明されても、一度作り上げられてしまった私の虚像を崩すのは簡単な話じゃない。

 ……できれば、私は横に居る男性の下に嫁ぎたかった。

 だけど、今の私がその心を打ち明けても、フリードリヒやシュレーダー侯爵家の迷惑になるだけ。

 この初恋はそっと胸にしまって、大切に思い出にしていこう。

 私がそんな想いでフリードリヒの横顔を見つめていると、彼が真剣な眼差しを私に寄越してきた。

「……エリーゼ嬢、一つ頼みを聞いてくれないか」

「なんでしょう? フリードリヒ様の仰ることなら、出来る限り応じて差し上げますわよ?」

 一瞬、私から視線を外して口をつぐんだフリードリヒが、意を決したように私を再び見つめた。

「その、よければ、私に婚約を……だな。申し込ませて、もらえないだろうか」

 私はその言葉を理解できず、ぽかんと口を開けてフリードリヒを見つめていた。

「……今、なんて仰ったのかしら」

 フリードリヒが私の膝に置いた手を握り、今度は力強い言葉で告げる。

「私と婚姻して欲しい。必ず幸せにすると誓おう。
 少し年の差があるから、応じてもらえなくても仕方がないと、覚悟はしている」

 私と婚姻したいと、そう言ったの? フリードリヒが?

 その事実を認識した私の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちて行った。

 急に泣き出した私に慌てたのか、フリードリヒが懐からハンカチを取り出して謝り出した。

「すまない、こんな年上の男では、君も嫌だっただろう。
 決して泣かせたいと思ったわけじゃないんだ。この話は忘れて――」

 言葉を続けようとするフリードリヒの口を、私の唇が塞いだ。

 すぐに離れたけれど、フリードリヒは時間が停止したかのように動きを止め、呆然としていた。

 私は泣きながらクスリと笑みをこぼす。

「フフ、嫌で泣いたのではありません。嬉しくて泣いたのです。
 八歳の年の差なんて、それほど珍しいことではなくてよ?
 フリードリヒ様のお申し出、お受けいたしますわ」

 フリードリヒの指が、自分の唇をなぞっていた。まるで私の唇の感触を名残惜しむかのように。

「……本当に、構わないのか? 私のように不愛想な男でも」

「あら、三年間もあなたの従者をしたのですよ? 私は。
 あなたとの付き合い方なんて、充分存じ上げてますわ」
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