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 ヴィオラが私に嗜虐的な笑みを向けてくる。

「フフフ……殿下が手中に納まったら、今度こそあなたを全裸で外に放り出すのも悪くないかもね。
 そうやって恥ずかしいのに抗って苦しむ姿、中々に悪くないわ」

 私はヴィオラを睨み付けて応える。

「あんたも本当にいいご趣味をお持ちのようね。
 貴族令嬢として、ヴィルヘルムに思う所はないの?!」

 きょとんとしたヴィオラが、私を見つめて応える。

「思う所? 『便利な男』ってぐらいかしら。
 私に面白いものを見せてくれるし、付き合ってて退屈はしないわね」

 どうやらこの二人は、似た者同士という所らしい。

 馬が合った二人は意気投合し、共犯者として生きていくことを決めたのだろう。

 こんな身勝手な人間たちに、王国を好き放題させちゃいけない。

 私が固い決意を心に刻み込んでいると、メモを書き終わったヴィルヘルムが私に折りたたんだ紙を差し出した。

「このメモにある通りに動け。
 決してしくじるなよ」

 私の身体が勝手に頷き、「はい」と返事をした。

 悔しさで顔が紅潮するのがわかる。

 そんな私を見て、目の前の二人は手を叩いて喜んでいた。

「ハハハ! 今度も抗えないか。
 そんなザマで、よく父上の愛人を拒絶できたな。
 心に決めた男でもいるのか? 言ってみろ」

 そんな人、いる訳が――

「はい、フリードリヒ・シュレーダー様です」

 勝手に私の口が告げた名に、私自身が驚いていた。

 ――え?! フリードリヒ?! なんでその名前が出てくるの?!

 一瞬ぽかんと口を開けたヴィルヘルムが、再び楽し気に笑いながら手を叩いた。

「はっはっは! そうかそうか、あの不愛想な騎士に憧れていたのか!
 父上ほどではないが、奴も二十代半ば、立派に中年に片足を突っ込んだ男だろうにな。
 お前は存外、趣味が悪いと言う事か?」

 私はキッとヴィルヘルムを睨み付け、声を上げる。

「フリードリヒ様を悪く言わないで!」

「その反抗的な口を閉じろ」

「はい」

 またしても、私の身体は彼の命令に従った。

 その様子に満足した様子のヴィルヘルムたちがソファから立ち上がり、私に告げる。

「私たちが帰るまで、そこで這いつくばって跪いているがいい。
 ――ああ、あのメモの内容は、決して他人に知られるなよ」

「はい」

 私の身体が跪き、這いつくばるように頭を下げた。

 ヴィルヘルムの足が私の後頭部を踏み付け、踏みにじってから去っていく。

 ヴィオラも同じようにヒールで私の頭を踏み付けたあと、楽し気な笑い声を残して応接間から去っていった。




****

 二人の気配が遠のくと、私の身体に自由が戻ってくる。

 ――ふぅ、なんとか耐えきったわ。

 それに、罪を被せるためとはいえ、殿下を陥れる計画に加えてもらえることにもなった。

 私はメモを広げて中身を読んでいく。

 どうやら、町を散策している途中で町はずれの広場に立ち寄る予定らしい。

 そこに指定された時間に姿を見せて、ローレンス殿下一人を森の中におびき出せと書いてあった。

 ……これで殿下に何かあれば、私は少なくとも共犯者の一人に見える。

 その後はヴィルヘルムが姿を見せずに殿下に隷属の魔法をかけるか、失敗しても私が単独犯で行ったと自供すればいいわけだ。

 そこには自供内容まで丁寧に書いてあった。

 『ヴィルヘルムと付き合っているうちに禁呪の存在を知り、興味本位で殿下に隷属の魔法をかけたと言え』と記されている。

 おびきき出す手口も『色仕掛けを使え』とか、本当に下劣な人間だ。

 だけど悲しいかな、ローレンス殿下は少々、女性に弱いらしい。

 良くない女性に言い寄られては、側近が追い払ったという噂をよく聞いた。

 だけど近寄るのが、ヴェーバー伯爵家の令嬢だったなら? ――そう、側近が追い払う事なんてできない相手だ。

 なるほど、よく考えられていること。

 私はふぅ、と小さく息を吐く。

 ――これで、ヴィルヘルムの尻尾を押さえる機会を得た。

 この貴重な機会を逃さず、確実に仕留めないと。

 ……でも、私ってフリードリヒを慕っていたのか。今さらながら恥ずかしくなって、思わず赤面していた。

 そんな自覚はなかったのに、命令で恋心に気付かされるなんて。なんて情緒のない話なのだろう。

 彼は『私を頼って欲しい』と言ってくれてたっけ。

 その言葉を、今は頼もしく感じていた。

「エリーゼ、大丈夫かい」

 お父様の声に振り返る。心配そうな表情のお父様が、応接間の入り口に立っていた。

「ええ、問題ありませんわ」

 私の身体がメモを懐にしまい込もうとするのを、裂帛れっぱくの気合で押し留めた。

「……お父様、これが彼らの計画ですわ」

 私が差し出したメモを受け取り、お父様がそれに目を通していく。

 険しい表情のお父様が頷き、私に告げる。

「これだけでは物証として弱い。
 お前や殿下には、多少の危ない橋を渡ってもらう必要があるだろう。
 なんとしても奴の犯行現場を取り押さえ、陰謀を白日の下にさらす必要がある」

 私も頷いて応える。

「ええ、わかってますわ。
 王家の人間を守るのは、臣下である私たちの務め。
 必ずヴィルヘルムたちを追い詰め、悪の根を絶ってみせましょう!」

 私たちは頷きあうと、応接間を後にした。
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