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 私が『エル・ハワード』として騎士団に入団して三年近くが経過し、私は十六歳になっていた。

 騎士見習いと貴族令嬢の二重生活は大変だったけど、それなりに充実した時間だったと思う。

 貴族令嬢としての時間は主にヴィルヘルムの相手をすることが多く、憂鬱な気分にさせられた。

 だけどその鬱憤《うっぷん》を晴らすかのように騎士見習いの訓練に打ち込むと、気分が晴れやかになっていった。

 ついでに武術の腕も上がるのだから、お得というものだろう。

 今では騎士見習いでも一、二を争うくらいには剣術の腕が上がっていた。


 フリードリヒと共に馬で草原を駆けながら、彼に告げる。

「今日はどこまで行くんですか!」

「いつもの高台までだ!」

 毎週、馬術の訓練で連れて行かれる王都近くの高台は、王都を一望できる見晴らしの良い場所だ。

 高台に到着すると二人で馬を止め、遠くに見える王都を静かに眺める。

「ふぅ、ここはいつ来ても良い眺めですね」

 フリードリヒがクスリと笑みをこぼした。

「エル、お前も馬に随分と慣れたな。
 技術だけなら、立派な騎士として通用するだろう。
 ――それに、その口調もすっかり板に付いたようだ」

 私は苦笑を浮かべてフリードリヒを見つめた。

「この三年、危ない場面は何度もありましたけどね」

 フリードリヒは小さく息をついて応える。

「その度に私はハラハラさせられた。
 まったく、世話の焼ける従者だよ、お前は。
 ――ところで、十六のお前は婚姻をしなくても大丈夫なのか」

 そのことか。それを考えるとちょっと憂鬱なんだけど。

「今はまだ、父上の権限で待ってもらっています。
 ですがいつまで誤魔化せるかは、私にもわかりません」

 あのヴィルヘルムが、お父様の『待った』にいつまでも大人しく従っているとも思えない。

 何か動きがないか、お父様と一緒に彼らエッシェンバッハ伯爵親子の動向には注意を払っている。

 貴族令嬢としても、十六ならそろそろ婚姻をしないとまずい時期だ。

 だけど今までヴィルヘルムを婚約者として据えてきた。

 なんとか彼との婚約を白紙にできたとしても、これから新たに婚約者を探すのは大変だろう。

 私は剣ダコでごつごつになってしまった自分の手のひらを見て、再び苦笑をした。

 ――こんな手を持った伯爵令嬢を娶ってくれる人なんて、居るとも思えないしな。

 憂鬱な気分を吹き飛ばすように、私は大きな声でフリードリヒに告げる。

「フリードリヒ様は、婚姻なさらないんですか?
 今は侯爵の跡を継いで、新しい騎士団長なんですよ?
 言い寄ってくる女性なら、いくらでもいらっしゃるんじゃないですか?」

 フリードリヒは、退屈そうに王都を見やって応える。

「婚姻か。私は女性の扱いが下手だからな。
 一緒に居ても楽しませることが出来ず、会話が続かない。
 彼女たちの会話に、巧く応えることもできない。
 近寄ってくる女性は多いのだが、すぐに逃げてしまうんだ」

「……意外というか、しっくりくるというか、フリードリヒ様なら、そんな事も有り得そうですね。
 でもフリードリヒ様の良さがわからないなんて、その令嬢たちは見る目がないんですよ!」

 フリードリヒが意外そうな顔でこちらを見てきた。

「私の良さだと? どんなところだ?」

 私はフフンと胸を張って応える。

「まず、誠実です! 次に優しくて、なによりお強いです!
 心身ともに健やかで強い騎士なんですよ?
 これほど立派な男性は、王国中を探してもフリードリヒ様だけです!」

 私が断言すると、しばらく沈黙が続いた。

 あれ? 私、変な事言っちゃった? なんで黙ってるんだろう?

 おそるおそる横目で見ると、フリードリヒがとても優しい眼差しで私の顔を見つめていた。

 私は顔から火が出るほどの熱を感じ、そのまま慌てて顔を隠すように目を逸らした。

「フ、フリードリヒ様?! なぜこちらを見るのですか?!」

「……いや、私の従者は可愛らしいことを相変わらず言うものだと思ってな」

 ほんとに、あの優しい笑顔は反則だよ?!

 普段は仏頂面みたいに無表情な癖に、なんで二人きりの時間では度々あんな優しい表情を見せてくるわけ?!

 私は高鳴る胸を抑えながら、自分の気持ちに戸惑い、持て余していた。

 ――この気持ちは、一体なんなの?

 とても心地良いような、逃げ出したいような、彼の胸に飛び込みたいような、とても複雑な気分だ。

 恥ずかしくて居たたまれないのに、彼の傍が心地良すぎて離れたくない。

 そんな不思議な時間を黙って過ごしていると、フリードリヒが私に声をかける。

「そろそろ帰るぞ、飯の時間が近い」

 彼が馬首を巡らせる気配がしたので、私も黙って馬首を巡らせる。

 私たちは二人並んで、王都に向かって馬で駆けていった。
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