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「ここが応接間ですわ」
静かな部屋に私とヴィルヘルム、そして侍女のジェインの三人で入っていく。
ジェインは入り口付近で足を止め、私たちを見守っているようだ。
部屋の中央に歩み出て振り返ると、ヴィルヘルムは私のすぐ背後に立っていた。
「ちょっと……少し距離が近いのではなくて? 失礼よ」
私は思わず彼から数歩下がり、その顔を睨み付けた。
どうも彼は距離感がおかしい。子供とはいえ貴族子女がこんなに近寄るなんて、親しい間柄でもなければ有り得ない。
私が不審に思ってヴィルヘルムを睨み付けていると、彼の手が持ち上がり、パチンと指を鳴らした。
それと共にジェインが応接間の扉を閉め、外に出て行ってしまった。
「……ジェイン、何をしてるのよ」
私の唖然とした言葉に、ヴィルヘルムがニヤリと口角を上げて不敵に微笑んだ。
「彼女は邪魔なので退出してもらった。
あなたと二人きりで話をしたかったんだ」
私は両腕を抱え込み、さらに数歩、後ずさって応える。
「……ヴィルヘルム。私たちが子供とはいえ、貴族子女が二人きりになるのが禁忌だという認識はあるんでしょうね?」
婚前の男女が二人きりになる――とんでもない醜聞だ。
ヴィルヘルムは大仰に両腕を広げ、にこやかに告げる。
「もちろんだとも! だからジェインに命じて二人きりの時間を作ったんだ!」
私はヴィルヘルムが怖くなり、急いで彼を迂回するように駆け出した。
――このまま、この部屋の中に居ちゃいけない!
その私の足が、あと数歩で応接間の扉に辿り着くというところで止まった。
驚いて足を見ると、黒い影が私の足を縛り付けるように絡みついている。
なんとか振り払おうと藻掻くけれど、影はねっとりと絡みついて、私の足から自由を奪っていた。
「――なんなの! これは!」
「ククク……≪影縛り≫、魔法だよ。愚かなエリーゼ」
その冷たい声に、背筋がゾクリとして振り返った――そこには、すぐ目の前に冷たい笑みを浮かべたヴィルヘルムの姿。
足元の影は大きく伸びあがり全身を縛り上げ、私は自分で身動きが取れない状態にされていた。
「――ちょっと! なにをする気!」
藻掻く私の胸の上に、ヴィルヘルムが右手のひらを置いて私に告げる。
「いいかエリーゼ、これから告げる言葉をよく聞け!」
ヴィルヘルムの手のひらが、黒い光に包まれた。
その黒い光が、私の胸の中に沁み込むように入ってくる感覚を覚えた。
「――一つ! この魔法のことは絶対に他人に口外するな!」
ずくん、と私の心臓が強く痛んだ。思わず顔をしかめ、歯を食いしばって痛みに耐える。
「――二つ! 私の言葉は絶対だ! 私の命令には必ず服従しろ!」
ずくん、と再び私の心臓が強く痛んだ。
「――三つ! ……そうだな、今すぐその服を脱いで、全裸になれ」
ずくん、と三度私の心臓が強く痛み、ヴィルヘルムの手のひらから黒い光が消え去り、全て私の胸に吸い込まれて行った。
私は心臓の痛みに苦しみながら、何が起こっているのかを必死に理解しようとした。
気が付くと、私の手が自分の服にかかっていた。
――まさか、服を脱ごうとしているの?!
「やだ! なによこれ! なんで勝手に手が動いてるの?!」
全身全霊で、私は勝手に動く手を必死に止めようと努力した。
だけどゆっくりとだけど、私の手は服のボタンを一つずつ外していく。
ヴィルヘルムが嗜虐心溢れる笑みで私を見つめていた。
「ククク……伯爵令嬢が白昼堂々、男に裸を見せるか。実に楽しい見せ物だ」
――そんなの、許せるわけがないでしょう?!
だけど、私の意志に反して手が服を脱がそうとしてくる。
混乱しながらも、私は足が自由に動くことに気が付いた。
このままじゃ、ヴィルヘルムの言いなりになって服を脱いでしまいそうだった。
両手が言う事を聞かないんじゃ、閉まっているドアを開けることもできない――だけど!
私は思い切って、傍にあった調度品の大きな壺に向かって体当たりをして床に叩き落とした。
ガシャンと大きな音が響き渡り、その音は廊下の外まで聞こえて居そうだった。
――これじゃまだ足りない!
私はそのまま、手近な調度品に次々と体当たりをしていき、立て続けに大きな音を立てていく。
「――チッ! 小賢しいことをっ!」
ヴィルヘルムが舌打ちをして、慌てて部屋の外に駆け出していった。
彼が扉を開けて部屋から駆け出していくのと入れ違いに、近くに居たらしい侍女たちが部屋の中に駆け込んでくる。
「エリーゼお嬢様! 何をなさっておいでですか!」
私は彼女たちの顔を見た瞬間、安心して気が緩んだのか、そのまま意識が遠のいて行った。
静かな部屋に私とヴィルヘルム、そして侍女のジェインの三人で入っていく。
ジェインは入り口付近で足を止め、私たちを見守っているようだ。
部屋の中央に歩み出て振り返ると、ヴィルヘルムは私のすぐ背後に立っていた。
「ちょっと……少し距離が近いのではなくて? 失礼よ」
私は思わず彼から数歩下がり、その顔を睨み付けた。
どうも彼は距離感がおかしい。子供とはいえ貴族子女がこんなに近寄るなんて、親しい間柄でもなければ有り得ない。
私が不審に思ってヴィルヘルムを睨み付けていると、彼の手が持ち上がり、パチンと指を鳴らした。
それと共にジェインが応接間の扉を閉め、外に出て行ってしまった。
「……ジェイン、何をしてるのよ」
私の唖然とした言葉に、ヴィルヘルムがニヤリと口角を上げて不敵に微笑んだ。
「彼女は邪魔なので退出してもらった。
あなたと二人きりで話をしたかったんだ」
私は両腕を抱え込み、さらに数歩、後ずさって応える。
「……ヴィルヘルム。私たちが子供とはいえ、貴族子女が二人きりになるのが禁忌だという認識はあるんでしょうね?」
婚前の男女が二人きりになる――とんでもない醜聞だ。
ヴィルヘルムは大仰に両腕を広げ、にこやかに告げる。
「もちろんだとも! だからジェインに命じて二人きりの時間を作ったんだ!」
私はヴィルヘルムが怖くなり、急いで彼を迂回するように駆け出した。
――このまま、この部屋の中に居ちゃいけない!
その私の足が、あと数歩で応接間の扉に辿り着くというところで止まった。
驚いて足を見ると、黒い影が私の足を縛り付けるように絡みついている。
なんとか振り払おうと藻掻くけれど、影はねっとりと絡みついて、私の足から自由を奪っていた。
「――なんなの! これは!」
「ククク……≪影縛り≫、魔法だよ。愚かなエリーゼ」
その冷たい声に、背筋がゾクリとして振り返った――そこには、すぐ目の前に冷たい笑みを浮かべたヴィルヘルムの姿。
足元の影は大きく伸びあがり全身を縛り上げ、私は自分で身動きが取れない状態にされていた。
「――ちょっと! なにをする気!」
藻掻く私の胸の上に、ヴィルヘルムが右手のひらを置いて私に告げる。
「いいかエリーゼ、これから告げる言葉をよく聞け!」
ヴィルヘルムの手のひらが、黒い光に包まれた。
その黒い光が、私の胸の中に沁み込むように入ってくる感覚を覚えた。
「――一つ! この魔法のことは絶対に他人に口外するな!」
ずくん、と私の心臓が強く痛んだ。思わず顔をしかめ、歯を食いしばって痛みに耐える。
「――二つ! 私の言葉は絶対だ! 私の命令には必ず服従しろ!」
ずくん、と再び私の心臓が強く痛んだ。
「――三つ! ……そうだな、今すぐその服を脱いで、全裸になれ」
ずくん、と三度私の心臓が強く痛み、ヴィルヘルムの手のひらから黒い光が消え去り、全て私の胸に吸い込まれて行った。
私は心臓の痛みに苦しみながら、何が起こっているのかを必死に理解しようとした。
気が付くと、私の手が自分の服にかかっていた。
――まさか、服を脱ごうとしているの?!
「やだ! なによこれ! なんで勝手に手が動いてるの?!」
全身全霊で、私は勝手に動く手を必死に止めようと努力した。
だけどゆっくりとだけど、私の手は服のボタンを一つずつ外していく。
ヴィルヘルムが嗜虐心溢れる笑みで私を見つめていた。
「ククク……伯爵令嬢が白昼堂々、男に裸を見せるか。実に楽しい見せ物だ」
――そんなの、許せるわけがないでしょう?!
だけど、私の意志に反して手が服を脱がそうとしてくる。
混乱しながらも、私は足が自由に動くことに気が付いた。
このままじゃ、ヴィルヘルムの言いなりになって服を脱いでしまいそうだった。
両手が言う事を聞かないんじゃ、閉まっているドアを開けることもできない――だけど!
私は思い切って、傍にあった調度品の大きな壺に向かって体当たりをして床に叩き落とした。
ガシャンと大きな音が響き渡り、その音は廊下の外まで聞こえて居そうだった。
――これじゃまだ足りない!
私はそのまま、手近な調度品に次々と体当たりをしていき、立て続けに大きな音を立てていく。
「――チッ! 小賢しいことをっ!」
ヴィルヘルムが舌打ちをして、慌てて部屋の外に駆け出していった。
彼が扉を開けて部屋から駆け出していくのと入れ違いに、近くに居たらしい侍女たちが部屋の中に駆け込んでくる。
「エリーゼお嬢様! 何をなさっておいでですか!」
私は彼女たちの顔を見た瞬間、安心して気が緩んだのか、そのまま意識が遠のいて行った。
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