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第4章:温かい家庭

99.対帝国共同戦線

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 九月、天高く馬肥ゆる秋だ。

 収穫も終わり、各地で収穫祭が行われる時期でもある。

 エドラウス領は、今年も大豊作だった。

 大規模な軍事行動を控えていても、レブナント王国は飢え知らずだ。


 私たちは、王太子執務室で待機をしていた。

「始まりましたよ」

 ジュリアスが、魔法銀ミスリルの鏡に魔力を通しながら告げた。

 連絡術式によって、鏡に文字が浮かび上がってくる。


 大型の魔物からとれる魔石を分割し、その魔力波長と魔法銀ミスリルを同調させる。

 こうすることでリンクしている鏡同士で連絡を取れる、という古典的な術式だ。

 大規模な軍事行動では、よくつかわれる。

 ただし大型の魔石が非常に希少品なので、こんなものを持っているのは大国ぐらいだ。

 術式も高度なので、この魔術をつかえる魔導士の数も限られる。


 ジュリアスが鏡を読みながら告げる。

「西方国家連合軍が、西方守護軍と共に大規模攻勢を開始しました。
 あとは帝国内からの続報待ちですね」


 帝国内に放った諜報員の中で、この術式をつかえるのはユルゲン兄様だけだ。

 兄様には陛下から『頃合いを見て内乱を起こすように』と密命が下っている。

 今回、帝国領内で合計五か所の大規模同時内乱を誘発する計画だ。

 それに同調して、別の勢力が内乱を起こす可能性もある。

 これはユルゲン兄様の見立てなので、可能性は高いと思う。

 巧く行けば、帝国内を大混乱に巻き込める。

 西方の動きは、ユルゲン兄様の術式にも伝わっているはず。

 もう間もなく、帝国に内乱の嵐が巻き起こる。


 私は紅茶を飲み干してから、ジュリアスに伝える。

「では、私も出発しますわね。
 帰ってくるまでのことは、また任せるわ」

「ええ、お気をつけて」

 カップを置き、ジュリアスと挨拶を交わす。

 私は王太子執務室を出て、アウルヴィーゼ平原へと向かった。

 ここから平原まで一か月。

 帝国の注意を西に引き付けるのに、充分な時間だろう。

 平原ではもう、アウレウス王率いる東方国家連合軍と、レーカー侯爵率いる東方守護軍が待機している。

 彼らは作戦の準備を進め、私の到着を待っているはずだ。




****

 シュネーヴァイス山脈によって、南北を分断されたアウルヴィーゼ平原。

 私の足は、再びこの地を踏んだ。

 私の背後には、東方国家連合軍とレブナント東方守護軍。

 合計五万近い兵が待機している。

 東方国家群のどの国も、余力など残さない全力だ。

 このタイミングで、なんとしても帝国を解体しておきたい。

 そんな強い意気込みを感じる。

 谷にかける橋を構築するための資材も山積みとなっている。

 私が山を削って谷を埋めたあと、軍が通過できるように整備するのは時間がかかる。

 なので、荒れた瓦礫の道の上に、木製の橋を渡すのだ。


 私は平原を分断する崖の前にたち、イングヴェイ人祈りを捧げる。

 すぐに右手に、使い慣れた金色の件が現れた。

 ――あんまり使い慣れるものじゃない、とは思うんだけどね。

 この八年間で、ついつい使ってしまっていた。悪い癖だと思う。

 私が振るうイングヴェイの『破壊の権能』は、『エドラウス侯爵の魔法』として認知されている。

 人間としては規格外だけど、『精霊眼特有の特殊能力だろう』ということで、みんな納得しているみたいだ。

 これが古代魔法であることを知っているのは、一握りの人間のみ。


 剣を掲げ、地面をえぐらないように注意しながら、まっすぐ剣を振り下ろした。

 金色の爆発と共に、八年ぶりにアウルヴィーゼ平原は南北に繋がった。

 続いて私は空を駆けあがり、今回もシュネーヴァイス山脈を金色の剣で切り崩していく。

 見る間に谷が埋まっていき、一時間もしないうちに、底が見えない谷は土砂で埋まっていた。

 レーカー侯爵が大きな声を上げる。

「橋をかけよ!」

 兵士たちが資材を使って、瓦礫の上に道を作っていく。

 人や馬くらいなら、瓦礫の上でも通貨は出来る。

 だけど資材を運ぶ荷車は、瓦礫の上を通れない。

 物資の運搬、補給線の確保は欠かせない。

 今後、この道を通って補給物資が前線に送られるのだ。

 数時間後、無事に瓦礫の上の橋が完成した。

「全軍、前へ!」

 レーカー侯爵の号令で、東方連合軍が進軍していく。

 アウレウス王が、隊列から外れて私に挨拶に来た。

 獰猛な獣のような笑顔で笑いかけてくる。

 久しぶりに大暴れできる予感に、心が躍っているのだろう。

「では、我々も北進を開始する。
 最後の仕上げ、よろしく頼むぞ」

 私はニコリと微笑み返す。

「ええ、アウレウス王もお気をつけて」


 アウレウス王とレーカー侯爵が橋を渡っていくのを見送ると、私は急いで馬車に戻る。

 これからレブナント王国へとんぼ返りだ。

 内乱と東西の戦線構築で、帝国は確実に大混乱に陥る。

 その間隙を突いて、レブナントから真っ直ぐ北進する道を作り、進軍する。

 これが私の『最後の仕上げ』。

 帝国に決定打を与える、詰めの一手だ。

 私がレブナントに戻るまで一か月。

 その間に、帝国の注意は東西の防衛線に向くはず。

 内乱鎮圧でも兵を動員し、帝都の守りから意識が外れるには、丁度いい頃合いだろう。

 私を乗せる馬車は、一路レブナントを目指して走り出した。




****

 帰国してすぐ、ジュリアスに確認を取る。

「どう? ジュリアス。
 戦況は入ってきてる?」

 いつものように落ち着いたジュリアスが応える。

「順調ですね」

 西部に集められていた帝国の兵力、その半分が東部や内乱鎮圧に向かったらしい。

 東方連合軍は順調に北進を完了し、今は帝都を目指して西進してるとか。

 この情報で、疲弊していた西方国家連合軍も士気が上がったそうだ。

 西方連合軍も、かなり帝国領に切り込んだところに戦線を構築しているらしい。

 この勢いなら、時間とともに戦線を押し上げていくのは間違いがない。

「――機会を窺っていた帝国内の反抗勢力も呼応しだし、帝国内は大混乱みたいですよ」

 予定通りだ。

 順調すぎて怖いくらいに。

 私はジュリアスに尋ねる。

「順調すぎると思わない?
 何か、見落としている点はないかな」

 ジュリアスは少し考えてから応える。

「今のところ、そういったものはないはずです。
 たとえ見落としていたとしても、問題はないと思いますが。
 既に帝国に対し、飽和攻撃を行っている状態です。
 あちらに余裕はありません」

 んー、そうなんだけどねー。

 それでも不安を拭いされない私に、ジュリアスが小さく息をついた。

「そんなに不安なら、『彼』に聞いてみたらどうですか」

 私は少し迷ってからうなずいた。

 院ヴぇ位の気配を手繰り寄せ、語りかける。


(――イングヴェイ、聞こえてる?)

『ああ、聞こえてるよ』

(巧く行きすぎて不安なんだけど、見落としてることってあるかな?)

『君ならなんとかなるさ。
 大丈夫、いつものように頑張りなさい』

(ほんと、いつもそればっかりね!」

『ハハハ! 人の世界の営みだからね。
 神はただ、見守るのみだ』


 私はため息とともに告げる。

「いつも通り『頑張りなさい』って」

 私は両手を広げて、肩をすくめた。

 ジュリアスはそれを見て、穏やかな笑みを浮かべる。

「それなら、何の問題もないでしょう。
 『何かが起こっても対処できる』、そういうことでしょう?」

「……それもそうね。
 できることを精一杯やる。いつも通りね。
 じゃあジュリアス、シュネーヴァイス山脈まで行くわよ」


 私はジュリアスを伴い、シュネーヴァイス山脈を目指した。

 中央突破するレブナント軍の連絡役兼、魔導士部隊の隊長はジュリアス――のつもりだった。

 だけど彼は『あなた一人を残して、俺が従軍するわけがないでしょう』と譲らなかった。

 結局、前筆頭宮廷魔導士のカストナー侯爵が代理で従軍することが決まっていた。

 北に向かう馬車の中で、私はため息をついた。

「ジュリアスったら、心配性よ」

 彼はのほほんと応える。

「十一年前の二の舞は御免です。
 今度こそ、俺はヒルダを守り抜く。
 死ぬとしても、今度は一緒ですよ」

 彼の決意は固そうだ。

 頑固になると譲らないところは、十一年前と変わらない。

 私は小さく息をついて告げる。

「それじゃあ子供たちはどうするつもり?
 第一、そんなことにはならないわよ」

 レブナント軍には、騎士団長となったライナー様率いる魔術騎士団も同行する。

 国内に残るのは、各領地の私兵がいくらかと、王都を守る三千の一般兵士。

 あとはノルベルトをはじめとした近衛騎士だけ。

 ――ほぼノーガード。ここを襲う西方国家なんて、居ないと思うんだけど。

 なんとなく嫌な予感はするけど、私は自分の役目を果たさなければならない。

 馬車はレブナント軍が待機する山麗を目指し、かけていった。
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