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第4章:温かい家庭

98.陛下のお茶会

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 平日の王宮、その一室で、お茶会が催されていた。

 主催者はカール・パトリック・フォン・レブナント国王陛下。

 我が国の参加者はまず、私とジュリアス。

 フランツ殿下とクラウ。

 四方守護軍の最高司令官たち。

 つまりヴィンケルマン公爵、ブラウンシュヴァイク辺境伯、レーカー侯爵、シャーヴァン辺境伯だ。

 招待客は西方国家群を代表して、ドレアニアン王国のダーク・ドレアニアン国王。

 東方国家群を代表して、アウレウス王国のフィリップ・アウレウス国王。

 西のドレアニアン王国は、西方国家連合軍を取りまとめる軍事国家だ。

 東のアウレウス王国は、未だに山越えや海越えを狙う帝国に対応する武闘派。

 つまり、このお茶会にはレブナントと東西国家群、その軍事の頭が揃っていることになる。

 んー、これは陛下、なにか大掛かりなことを考えているのかな。

 事前に何も知らされていない私は、黙って事の成り行きを見守ることにした。


 陛下が口火を切る。

「早速だが本題に入ろうか。
 ドレアニアン国王から我が国に、『対帝国両面作戦』を提案された。
 それについて、諸君らの意見を聞いておきたい」

 アウレウス国王が、怪訝な顔をして聞き返す。

「両面作戦とは?
 現在、帝国と隣接しているのは、西方国家だけだ。
 進軍ルートは他に存在しない。
 それとも、シュネーヴァイス山脈を山越えして攻め入ろ、とでも言うのか」

 それに対し、ドレアニアン国王が応える。

「我が西方連合も疲弊してきているが、それ以上に帝国の疲弊が見られる」

 そう遠くないうちに、休戦協定が結ばれる読みだそうだ。

 だけどまた十年もすれば、帝国は国力を回復させ、再び牙をむいてくる。

 それではいたちごっこで、戦争の終わりが見えない。

 帝国が疲弊が激しいこのタイミングで、あの国を切り崩したいそうだ。

「――それに、手を貸してもらえないだろうか」

 東方守護軍、レーカー侯爵がドレアニアン国王に尋ねる。

「帝国を切り崩すのは賛成だが、実際にどうするつもりか」

 アウレウス国王が要ったように、陸路には西方にしか進軍ルートがない。

 海路を選ぶとしても、大兵力を輸送できる船舶なんて、どの国も持っていない。

 山越えなんて論外で、重装備でできるものじゃない。

「――今の帝国を相手に、山越え可能な軽装で挑むのは、我々の消耗が激しすぎる」


 そう、八年前から配備された帝国の新兵器。

 通称『怒竜の咆哮ミョルニル』と呼ばれるそれは、銃口から雷をほとばしらせ、命中すると小さな爆発を起こす携行型火砲だった。

 対抗するには、対雷の魔術を施した全身鎧が必要だ。

 だけどそんなものを着こんで、高山越えができる訳がない。

 重たい装備を別に運ぶとしても、余計な時間と人手が必要になる。

 西側の動きに呼応するなら、迅速にうごけなければならない。

 山越えできる軽装備では、『怒竜の咆哮ミョルニル』で戦闘不能になるのが落ちだ。


 ドレアニアン国王が、口角を上げてそれに応える。

「レブナントには『山を消し飛ばせる魔導士が居る』と聞く。
 その人物に、東の進軍ルートを作ってもらえばいい」

 突如として出現する東の進軍ルートに、帝国は即応できない。

 帝国が混乱している間に、彼ら西方国家連合軍が攻め上がる、という話だった。

「――挟撃すれば、今の帝国は怖い相手ではない」

 アウレウス国王がドレアニアン国王に尋ねる。

「東方国家群の北に進軍ルートを作り出し、そこから我々に攻め上がれ、と言いたいのか」

 ドレアニアン国王が黙ってうなずいた。

 私は陛下に尋ねる。

「この計画を、どうお考えですか?」

「私は受けようと思っている」

 帝国は大きすぎる国家だ。

 このまま戦線を維持できれば、じきに内乱で国家が瓦解する可能性もある。

 だけど帝国も、そこまで馬鹿ではないだろう。

 その前に休戦し、国内の整備を行うはずだ。

 その前に叩いて、帝国を解体しておきたい、との意向だった。

「――エドラウス侯爵、君はどう考える?」

 私は午前中に目を通しておいた書類を思い出しつつ、考えを素早く巡らせていく。

「……二面作戦では足りませんわね。
 西方国家群も疲弊しています。
 おそらく、帝国を追い込み切ることはできないでしょう。
 ここはもっと、手数を増やすべきかと」

 陛下がニヤリと笑って応える。

「ほぅ? 手数とは、どういう意味だ?」

「確認しますが、我が国の工作で、帝国内の内乱を誘発させる準備が整っていますね?」

 東西からの挟撃にタイミングを合わせ、内乱を起こさせる。

 挟撃と内乱で帝国の対応力が不足しているところに、さらにもう一手を打つ。

 帝国が考えてもみなかった方角から、大規模な兵力を送り込むのだ。

 東西からの侵攻に対応してガラ空きの帝都を、その兵力で強襲する。

「――これならば、帝国を解体まで追い込むことも可能でしょう」

 陛下が楽しそうに先を促す。

「もう一方、とは?」

 私はそれに微笑んで応える。

「ここから北、シュネーヴァイス山脈に通り道を作りましょう」

 時期は東方国家群が攻め入り、帝国が東西に戦力を偏らせた頃合いを見計らう。

 東方守護軍は東方国家群に参加する。

 西方守護軍は西方国家群を支援する。

 残った北方守護軍と南方守護軍を使い、通り道を抜けて北進する。

 ガラ空きの帝都に二個師団を送り込み、速攻をかける。

「――帝都さえ落とせれば、帝国との長い戦いも終止符を打てるでしょう」

 ドレアニアン国王が、驚いて声を上げる。

「シュネーヴァイス山脈に道を作る?!
 あの険しい山を、吹き飛ばせるとでも言うのか?!」

 私は微笑んでそれに応える。

「やってみなければわかりませんが、『その魔導士』になら、おそらくできるでしょう。
 それが駄目でも、軽装で高山越えをして速攻を仕掛けるだけです。
 後者の場合、東西の負担がやや増えますが、結果は変わらないでしょうね」

 私は言い終わると紅茶を一口飲んで、陛下を見る。

 陛下が満足げにうなずいた。

「――なるほど、良い案だ。
 だが四方守護軍をすべて動員しては、我が国ががら空きになってしまうな。
 その問題には、どう対応するつもりだ?」

 私はにっこりと微笑みを返す。

「きっと、その『山を吹き飛ばす魔導士』が、にらみを利かせてくれるのではないでしょうか」




****

 東西、そしてレブナントで合意が取れた。

 アウレウス国王とドレアニアン国王は、早々にお茶会を退席した。

 これから作戦に備え、各国と打ち合わせを行うのだろう。

 クラウのお父様方、四方守護軍司令官たちも、それぞれ領地へ戻っていった。

 今作戦の実働部隊だ。

 本格的な作戦の前に、必要な準備を進めるのだろう。

 現在は春、作戦決行は秋ごろを予定していた。

 あのプランであれば、雪が降る前に帝都を攻め落とせるはずだ。


 お茶会に残ったレブナントの面々は、のんびりとお茶を楽しんでいた。

 フランツ殿下があきれたように告げる。

「シュネーヴァイス山脈に穴をあけるって……いくらお前でも、無茶じゃないのか?」

「そうですか? 『できそうな気がする』から、たぶんできますよ」

 クラウもあきれ顔だ。

「あなた、自分ひとりでレブナントを守り切るの?」

「進軍されたら、地面を切り裂いて谷でふさいでしまえば、兵士だって腰が抜けますよ」

 それでも進軍するような兵士が居ても、対策はある。

 強制的に眠らせて、悪夢を見る魔法をかけてあげるのだ。

 『三日三晩、酷い悪夢を見る古代魔法』なんてものも、面白そうなので覚えておいた。

 実に酷い魔法だと思う。

 おそらく本来は、拷問用なのだろう。

 士気をくじくには十分だと思う。

 私はジュリアスにお礼を告げる。

「いつもありがとね、ジュリアス。
 あなたが資料をわかりやすくまとめてくれたおかげで、とっても助かったわ。
 陛下ったら、何も教えてくれないんですもの」

 ジロリ、と白い目で陛下を睨み付けた。

 陛下は悪びれもせずに応える。

「君とジュリアスを信じているからね。
 それに、私が直接説明するより、そっちの方がよほど早いだろう?」

 そんな、笑いながら言うことじゃないから。

 重要な戦略会議で懐刀に『なにも伝えない』とか、有り得なくない?

 私は深いため息をついた。

 ――本当に、この陛下ったら。

 私は毎回、陛下に振り回されてばかりな気がする。

 早くフランツ殿下に王位を譲ってくれないかな。

 ジュリアスが、いつも通り冷静に告げる。

「西方国家は、戦争続きで食料が不足しています。
 一方で我が国は、エドラウス領の大豊作続きで、食料に余裕がある。
 これを西方国家に格安で融通しましょう。
 恩は売れる時に、高く売りつけるべきです」

 ああ、そんな資料もあったっけ。

 国民の生活にかなり影響が出てるらしい。

 領地の収穫が税として、かなりの量を徴収されているそうだ。

 税として徴収された食料は、国外に売りつけて戦費に変えているらしい。

 戦争は人命もお金も消耗する。

 こんなもの、さっさと終わらせるに限る。

 陛下もうなずいて応える。

「すぐに打診しよう」


 その後、ジュリアスと一緒にいくつかの提案を行った。

 陛下がそれらを受け入れて、お茶会は解散となった。
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