新約・精霊眼の少女

みつまめ つぼみ

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第4章:温かい家庭

97.悪食の竜

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 一通り情報の交換が終わると、私たちはお茶でのどを潤した。

 私は一息ついてから、クラウに告げる。

「西方国家連合軍にレブナントが助勢するなんて、昔なら考えられなかったわね。
 陛下やフランツ殿下は、どう考えてるのかしら」

「受けるつもりでいるみたいだけど、陛下は何か『別の考え』があるみたいよ?
 たぶん、あなたの休み明けに相談されるんじゃないかしら」


 そう、筆頭宮廷魔導士は国王陛下の懐刀。

 本来はこういった状況で、一番そばに居なければいけない存在だ。

 だけど東方国家群からの出張から戻った私に、陛下は休暇を言い渡してくれた。

 『出張でしばらく会えなかった子供たちと、少し休暇を楽しんできたらいい』と言って。

 これは気を使ってくれたというより、判断材料が出そろうのを待っているのだろう。

 今もユルゲン兄様が、部下と一緒に帝国内を飛び回っている。

 あの人もそろそろ引退してもいい年齢だと思うんだけど。

 見た目に反して、タフな人だよなぁ。


「それで、クラウはどう考えているの?」

「私の考え? ……そうね。援軍を出さざる絵を得ないと思ってるけど。
 西方国家群に瓦解される訳にはいかないですもの。
 物資の支援も、考えていいと思うの」

「それで、どれくらい耐えられると思う?」

 クラウが紅茶を見つめ、少し考えた。

 彼女の考えはこうだ。

 帝国の国力も疲弊が続いている。

 西方国家群との戦線を維持するのも、そろそろ限界が見えてるはずだ。

 お互いに厳しいのが実情だろう。

 おそらく五年以内に、帝国が疲弊して出兵する力もなくなるはず。

 そうすればまた、帝国と西方国家群は国力を回復する期間を設けるだろう。


 帝国は百万人規模の大国家だけど、あまり豊かとは言い難い国だ。

 軍事力こそ高いけど、隣国の資源を奪って成長していく『悪食の竜』のような国と言われている。

 それがここ二十年は、版図を広げることができていない。

 その上、内乱にも苦しめられている。

 つまり、『底が見えている』状態だ。

 クラウが想定する『五年』というリミットも、おそらく最長で考えているのだろう。

 私はたぶん、三年以内に帝国は出兵を諦めると読んでいる。

 想定外の事態になれば、一年以内に大人しくならざるを得ないかもしれない。


 私が考えに耽っていると、ふとクラウの笑い声が耳に入ってきた。

「西方国家でも、あなたのことが噂になってたわよ?」

「私の噂? ――もしかして、東方国家での噂が流れついてたの?」

 クラウが儚い微笑でうなずいた。

「ええそうよ?
 『空を駆けて山を消し飛ばす大魔導士が、レブナントに入るそうですね』って。
 何度も聞かれてしまったわ」

 私は苦笑を浮かべて応える。

「山を消し飛ばした覚えはないんだけどなぁ……」

 東方国家群と帝国領の国境を、私は確かに『山脈を切り崩して』埋め立てた。

 だけど『消し飛ばして』はいない――山の形は、すっかり変わってしまったけど。

 あの作戦は緘口令《かんこうれい》が敷かれている。

 なのでレブナント王国は表向き『そんな魔導士は居ない』と言い張っている。

 クラウはおかしそうに笑って告げる。

「大差ないわよ。それに、規格外の魔導士が居ることも事実ね。
 特等級の魔力を持ち、精霊眼を携えたあなたが『そうなんじゃないか』って。
 何度も確認されたのよ? 私、ごまかすのに苦労したんだから」

「それはほんと、ごめんなさい……」

 私は肩を落として謝罪した。

 特等級の魔力保持者は、ごくまれにしか生まれない。

 普通は五等級から一等級止まり。

 つまり、特等級の私やジュリアスは『規格外の魔導士』だ。

 その二人のうち、片方が『精霊眼』という稀有な体質を持っている。

 『どちらがより規格外か』と言われたら、十人のうち十人が私を思い浮かべるだろう。

「でも魔導士としては、ジュリアスの方が腕は上なんだけどなぁ。
 なんで彼が埋もれちゃうんだろう?」」

 既にお父様から『ジュリアスは全盛期の私を超えたね』と、太鼓判を押されている。

 世が世なら、お父様と同様に『近隣諸国を含めても、並ぶ者が居ない』と称えられるべき魔導士だ。

 幸か不幸か、近年のレブナント王国は戦乱に巻き込まれることなく過ごしている。

 なので活躍の場がなく、名を上げる機会がないだけなのだ。

 ――だけど、私だって同じ時代に生きる魔導士なんだけどなぁ?

 なんでジュリアスが埋もれて、私の名が轟くのか。

 さっぱり理解ができなかった。:

 クラウがあきれたように告げる。

「あなた、やることが派手なのよ。自覚がないの?」

「そんなことを言われても……覚えがないからわからないわよ」

「東方国家が国境線でもめたことがあったじゃない?
 大地を切り裂いて『ここが国境です!』で言い張ったのを、もう忘れたの?」

「う゛!! だってあれは、両国とも聞きわけがなかったし!」


 どうしても国境の一で譲らない両国が、いよいよ軍を持ち出して衝突しかけていた。

 その仲裁に行った私は、あまりにも話を聞いてもらえないことで、キレてしまったらしい。

 二つの国の間に、地面にわかりやすく線を引いてあげたことがあった。

 ――もちろん、イングヴェイの破壊の権能で。

 消すことができないほど、明確な境界線だ。

 ただし出力は抑えたので、ちょっと橋をかければ人や馬車が通過することはできる。

 どうやら私は『ここが国境です! 文句のある人は出てらっしゃい!』と啖呵を切ったそうだ。

 だけど私自身は、その時のことをよく覚えていない。

 同行していた書記官が、笑いながら教えてくれたことだ。

 私の記憶にあるのは、蒼褪めて恐怖に震える両国の兵士たちの顔。

 彼らが私から距離を取り、遠巻きに眺められていたのは覚えている。

 その後の両国は『とても聞き分けが良く』なったので、私は考えることを放棄した。

 『……これでよし!』と、その任務を完了したのだ。

 数年前のその地面の裂け目は、今でも両国の国境線として機能しているらしい。

 クラウが小さく息をついて告げる。

「その『魔法一発で、突然地面が爆発して山までえぐれた』って噂も、西方に届いてたわよ?」

 私は乾いた笑いをあげながら、紅茶を一口飲んだ。

 イングヴェイも、止めてくれてもいいのになぁ。

 面白がって力を貸してくれてるみたいなんだよなぁ。


 その日はクラウから、西方国家のお土産話を色々と聞かせてもらった。

 時々マリーやサイモンがガゼボに近寄ってきたりもした。

 クラウは我が子のように二人を可愛がってくれたのが、私には嬉しかった。




****

 クラウを見送った後、ウルリケが私に手紙を差し出した。

「奥様、お手紙が届いております」

「あら、誰かしら」

 裏を見る――無記名。そして王家の封蝋。

 これは陛下のものだ。

 封を開け、文面に目を走らせる。

「……ウルリケ、休暇は打ち切りよ。
 明日は王宮に行かねばなりません。
 子供たちをよろしくね」

「はい、かしこまりました。お任せください」

 私が居ない間は、ウルリケが乳母となってマリーやサイモンの相手をしてくれていた。

 適齢期を過ぎても婚姻しなかった女性は、そのまま未婚を通すことも少なくない。

 ウルリケはそのタイプだった。

 私もウルリケを全面的に信頼してるので、不安はない。

 我が子のように二人の子供を見てくれる彼女に任せておけば、安心だ。

 私はもう一度、手紙の文面に目を落とす。

 ――陛下は何を考えてるのかしらね。

 私の手にあるのは、明日の王宮で開かれるお茶会への招待状だった。
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