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第4章:温かい家庭
90.第一報
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夏真っ盛りの、朝の王太子執務室。
あれから三か月が経過した。
ジュリアスと一緒に出勤した私は、書類仕事を片付けていた。
「あんなに早く帰ってきて、エシュヴィアの内政は大丈夫なのかな?」
「国内の問題点はリストアップして、対策を指示しておきました。
あとは現地の人間がそれを見ながら、自分で考えて対応するでしょう」
え、帰ってくるまでの時間、一週間くらいしかなかったよね?
その期間でエシュヴィアを把握して、それだけの書類を作ったの?
さすがジュリアス、仕事が早い……。
今のジュリアスは身体も鍛え、背も私より頭一つ分大きくなった。
顔つきも男性らしさが増し、かつての少年らしさは、面影を残すのみだ。
そこにちょっと寂しさも感じるけど、今のジュリアスも素敵だと思う。
大人びた雰囲気で頼りがいがあって、本当に良い夫に恵まれたと思う。
ジュリアスがちらりとこちらを見て告げる。
「俺の方こそ『良い妻に巡り合えた』と思っているんです。お互い様ですよ」
――そうやって心の声に反応しないで?!
クラウが書類を見ながらクスクスと笑った。
「新婚三年目でも、まだまだお熱いのね」
いやー、それほどでも?
私は照れながら頭を掻いていた。
――相手の心の機微を読む。
交渉をする場面で、とても重要なスキルだ。
私にはまだ、ここまで的確に相手の心を読むことができない。
ジュリアス、本当に何でもできるからなぁ。
ふぅ、とジュリアスがため息をついた。
「あなたは三年前、『俺の方が頭角を現す方が早い』と言ってましたね。
少しは背中を追いかける身にもなってもらえませんか。
このままだと次の筆頭宮廷魔導士に一番近いのは、あなたですよ?」
私は乾いた笑いで応える。
「いやー、さすがに今回が特別だけだと思うけど。
これ以上の功績を上げることは、たぶんもうないんじゃないかなぁ」
それくらい、今回の私の功績は著しかった。
今後もこれ以上はないだろう。
そんな乾いた笑いをあげる私に、フランツ殿下が告げる。
「いや、帝国の動きが本物なら、ヒルデガルトにはもっと活躍してもらうことになる。
そうなればいよいよ、次期筆頭宮廷魔術師に手が届きかねないぞ」
私は笑いを止め、殿下に振り向いて真剣な顔で告げる。
「何か新しい情報が入って来てるんですか?」
殿下は書類に向かいつつ、静かにうなずいた。
「ユルゲンから第一報が届いている。
お前たちも、目を通しておいてくれ」
そう言うと、一束のレポートを私に差し出した。
私はそれを受け取り、読み下していく。
目を通し終わったレポートをジュリアスに手渡し、しばらく考えを巡らせた。
ジュリアスもレポートを読み終わり、殿下に告げる。
「殿下、事態が動くのはいつ頃だと思いますか」
「そうだな……早ければ来年の雪解けとともに、侵攻が開始されるかもな」
帝国と東方国家群の間にも、シュネーヴァイス山脈は横たわっている。
だけどその中央部が一部途切れ、広い平原が広がっていた。
現在その平原は、帝国に隣接した東方国家連合軍が砦を築いて防衛している。
現在は七月。四か月もすれば冬になり、平原は雪で閉ざされる。
雪に閉ざされれば、平原で有利な『帝国自慢の騎兵隊』は使えなくなる。
フランツ殿下は『平原で騎兵をつかえるタイミングを待つだろう』という読みだ。
雪解けとともに騎兵で押し寄せ、砦を突破し、隣接する国家を飲み込む。
その場合は勢いに任せ、後方の国家群も飲み込まれて行くだろう。
ジュリアスが疑問を口にする。
「ですが東方国家群に攻め入る割に、動員規模が小さいという予想がありますね。
隣国のみを征服し、そこで止まるつもりなら年内も有り得ますよ」
つまり砦を突破し防壁を無効化だけしてしまうのだ。
そして雪解けを迎えてから新たに兵力を送り込み、本格的な侵攻を開始する。
ジュリアスは『橋頭保だけを作りに来る』という読みだ。
雪に閉ざされたとしても、平原ならば補給線はまだ確保できる。
制圧統治した現地から物資を奪うこともできるだろう。
砦を守る連合軍を失った東方国家群に、すぐに押し返す力など期待できない。
隣国を飲み込んだ帝国軍に対抗するためには、新たな連合軍を編成する必要がある。
それに合意し出兵の準備を行っている間に年が明け、前線を構築する頃には手遅れとなる。
帝国は自慢の騎兵で新たな東方連合軍を蹴散らし、食い荒らしていくだろう。
我が国がどれだけ迅速に軍事支援できるか、それで全てが決まる。
遅れればその分だけ、帝国が東方国家群を食い荒らしていく。
フランツ殿下がジュリアスに応える。
「前回の『魔法兵器』、それに類似した物を持っているのかもしれない」
シュネーヴァイス山脈に眠っていたと言われる古代魔法による兵器技術。
完全解析が終わる前に、古代遺跡は破壊した。
だけど、帝国側の古代魔法使いを始末できなかった。
その『古代魔法の術者』が居る限り、帝国の脅威はなくならない。
今回の動きに、『古代魔法兵器』が関わっていないとは誰も言えない。
別の遺跡を解析して、魔法兵器を完成させてくるかもしれない。
そんなものを持ち出されたら、とんでもない脅威だ。
レブナント王国軍でも、対抗するのが難しいだろう。
帝国が西方国家群に対する守りにも『古代魔法兵器』を持ち出すなら、なお厄介だ。
少ない兵力で西方を守備し、残った兵力で東方を蹂躙しに来るプランも考えられる。
ジュリアスがフランツ殿下に反論する。
「ですが現在の帝国領に、前回のような古代遺跡が眠っているとは考えにくい。
でなければわざわざ、我が国に隣接した遺跡を解析しようとは思わないでしょう」
フランツ殿下が私に顔を向けた。
「なぁ、『古き神々の叡智』に関することなら、豊穣の神の神託が使えるんじゃないか?
ちょっと聞いてみてくれ」
「わかりました、聞いてみますね」
私はうなずいた後、イングヴェイの気配を手繰り寄せ語りかける。
(――イングヴェイ、今回の帝国に、古代魔法の陰はあるの?)
『あるよ。君たちが危惧している通りだ。
前回得られていた遺跡の情報から独自に開発を進めていた。
遂にそれなりの成功を収めたようだ』
(ちょっと待って?!
それってつまり、帝国が攻めてくるときは確実に魔法兵器を持ち込んでくるってこと?!)
『そういうことになるね。
だが絶望的な戦況を覆すほど厄介な代物でもない。
ちょっと東方国家群が消え去る程度の話だ』
(ちょっとどころじゃなあああああああああああい!!
だい! もん! だい!)
『ハハハ! 放置していればそうなる、というだけだ。
君たちが適切に対処できれば、瀬戸際で防ぐことも可能だろう』
(帝国はいつ、どの程度の規模で攻めてくるの?!)
『ここから先は、君たちが自力で頑張るんだ。
だが今回は割とイージーだと思うよ?
なんせ君がついてるのだからね』
(……私も古代魔法で応戦しろってこと?)
『帝国には、君の古代魔法に抗う力はないからね。
君が本気を出せば、簡単に追い払えるだろう』
(私、古代魔法はなるだけ使いたくないんだけど)
『ならば、苦難の道を受け入れることになるね。
君たちが助成したとしても、東方国家群は帝国に飲み込まれる。
だが全滅まではしないだろう。
どちらを選ぶかは、君次第だ』
私は深いため息をついてから、イングヴェイの言葉をフランツ殿下に伝えた。
フランツ殿下はしばらく考えこんだ後、「父上を呼んでくる」と告げて執務室から出て行った。
あれから三か月が経過した。
ジュリアスと一緒に出勤した私は、書類仕事を片付けていた。
「あんなに早く帰ってきて、エシュヴィアの内政は大丈夫なのかな?」
「国内の問題点はリストアップして、対策を指示しておきました。
あとは現地の人間がそれを見ながら、自分で考えて対応するでしょう」
え、帰ってくるまでの時間、一週間くらいしかなかったよね?
その期間でエシュヴィアを把握して、それだけの書類を作ったの?
さすがジュリアス、仕事が早い……。
今のジュリアスは身体も鍛え、背も私より頭一つ分大きくなった。
顔つきも男性らしさが増し、かつての少年らしさは、面影を残すのみだ。
そこにちょっと寂しさも感じるけど、今のジュリアスも素敵だと思う。
大人びた雰囲気で頼りがいがあって、本当に良い夫に恵まれたと思う。
ジュリアスがちらりとこちらを見て告げる。
「俺の方こそ『良い妻に巡り合えた』と思っているんです。お互い様ですよ」
――そうやって心の声に反応しないで?!
クラウが書類を見ながらクスクスと笑った。
「新婚三年目でも、まだまだお熱いのね」
いやー、それほどでも?
私は照れながら頭を掻いていた。
――相手の心の機微を読む。
交渉をする場面で、とても重要なスキルだ。
私にはまだ、ここまで的確に相手の心を読むことができない。
ジュリアス、本当に何でもできるからなぁ。
ふぅ、とジュリアスがため息をついた。
「あなたは三年前、『俺の方が頭角を現す方が早い』と言ってましたね。
少しは背中を追いかける身にもなってもらえませんか。
このままだと次の筆頭宮廷魔導士に一番近いのは、あなたですよ?」
私は乾いた笑いで応える。
「いやー、さすがに今回が特別だけだと思うけど。
これ以上の功績を上げることは、たぶんもうないんじゃないかなぁ」
それくらい、今回の私の功績は著しかった。
今後もこれ以上はないだろう。
そんな乾いた笑いをあげる私に、フランツ殿下が告げる。
「いや、帝国の動きが本物なら、ヒルデガルトにはもっと活躍してもらうことになる。
そうなればいよいよ、次期筆頭宮廷魔術師に手が届きかねないぞ」
私は笑いを止め、殿下に振り向いて真剣な顔で告げる。
「何か新しい情報が入って来てるんですか?」
殿下は書類に向かいつつ、静かにうなずいた。
「ユルゲンから第一報が届いている。
お前たちも、目を通しておいてくれ」
そう言うと、一束のレポートを私に差し出した。
私はそれを受け取り、読み下していく。
目を通し終わったレポートをジュリアスに手渡し、しばらく考えを巡らせた。
ジュリアスもレポートを読み終わり、殿下に告げる。
「殿下、事態が動くのはいつ頃だと思いますか」
「そうだな……早ければ来年の雪解けとともに、侵攻が開始されるかもな」
帝国と東方国家群の間にも、シュネーヴァイス山脈は横たわっている。
だけどその中央部が一部途切れ、広い平原が広がっていた。
現在その平原は、帝国に隣接した東方国家連合軍が砦を築いて防衛している。
現在は七月。四か月もすれば冬になり、平原は雪で閉ざされる。
雪に閉ざされれば、平原で有利な『帝国自慢の騎兵隊』は使えなくなる。
フランツ殿下は『平原で騎兵をつかえるタイミングを待つだろう』という読みだ。
雪解けとともに騎兵で押し寄せ、砦を突破し、隣接する国家を飲み込む。
その場合は勢いに任せ、後方の国家群も飲み込まれて行くだろう。
ジュリアスが疑問を口にする。
「ですが東方国家群に攻め入る割に、動員規模が小さいという予想がありますね。
隣国のみを征服し、そこで止まるつもりなら年内も有り得ますよ」
つまり砦を突破し防壁を無効化だけしてしまうのだ。
そして雪解けを迎えてから新たに兵力を送り込み、本格的な侵攻を開始する。
ジュリアスは『橋頭保だけを作りに来る』という読みだ。
雪に閉ざされたとしても、平原ならば補給線はまだ確保できる。
制圧統治した現地から物資を奪うこともできるだろう。
砦を守る連合軍を失った東方国家群に、すぐに押し返す力など期待できない。
隣国を飲み込んだ帝国軍に対抗するためには、新たな連合軍を編成する必要がある。
それに合意し出兵の準備を行っている間に年が明け、前線を構築する頃には手遅れとなる。
帝国は自慢の騎兵で新たな東方連合軍を蹴散らし、食い荒らしていくだろう。
我が国がどれだけ迅速に軍事支援できるか、それで全てが決まる。
遅れればその分だけ、帝国が東方国家群を食い荒らしていく。
フランツ殿下がジュリアスに応える。
「前回の『魔法兵器』、それに類似した物を持っているのかもしれない」
シュネーヴァイス山脈に眠っていたと言われる古代魔法による兵器技術。
完全解析が終わる前に、古代遺跡は破壊した。
だけど、帝国側の古代魔法使いを始末できなかった。
その『古代魔法の術者』が居る限り、帝国の脅威はなくならない。
今回の動きに、『古代魔法兵器』が関わっていないとは誰も言えない。
別の遺跡を解析して、魔法兵器を完成させてくるかもしれない。
そんなものを持ち出されたら、とんでもない脅威だ。
レブナント王国軍でも、対抗するのが難しいだろう。
帝国が西方国家群に対する守りにも『古代魔法兵器』を持ち出すなら、なお厄介だ。
少ない兵力で西方を守備し、残った兵力で東方を蹂躙しに来るプランも考えられる。
ジュリアスがフランツ殿下に反論する。
「ですが現在の帝国領に、前回のような古代遺跡が眠っているとは考えにくい。
でなければわざわざ、我が国に隣接した遺跡を解析しようとは思わないでしょう」
フランツ殿下が私に顔を向けた。
「なぁ、『古き神々の叡智』に関することなら、豊穣の神の神託が使えるんじゃないか?
ちょっと聞いてみてくれ」
「わかりました、聞いてみますね」
私はうなずいた後、イングヴェイの気配を手繰り寄せ語りかける。
(――イングヴェイ、今回の帝国に、古代魔法の陰はあるの?)
『あるよ。君たちが危惧している通りだ。
前回得られていた遺跡の情報から独自に開発を進めていた。
遂にそれなりの成功を収めたようだ』
(ちょっと待って?!
それってつまり、帝国が攻めてくるときは確実に魔法兵器を持ち込んでくるってこと?!)
『そういうことになるね。
だが絶望的な戦況を覆すほど厄介な代物でもない。
ちょっと東方国家群が消え去る程度の話だ』
(ちょっとどころじゃなあああああああああああい!!
だい! もん! だい!)
『ハハハ! 放置していればそうなる、というだけだ。
君たちが適切に対処できれば、瀬戸際で防ぐことも可能だろう』
(帝国はいつ、どの程度の規模で攻めてくるの?!)
『ここから先は、君たちが自力で頑張るんだ。
だが今回は割とイージーだと思うよ?
なんせ君がついてるのだからね』
(……私も古代魔法で応戦しろってこと?)
『帝国には、君の古代魔法に抗う力はないからね。
君が本気を出せば、簡単に追い払えるだろう』
(私、古代魔法はなるだけ使いたくないんだけど)
『ならば、苦難の道を受け入れることになるね。
君たちが助成したとしても、東方国家群は帝国に飲み込まれる。
だが全滅まではしないだろう。
どちらを選ぶかは、君次第だ』
私は深いため息をついてから、イングヴェイの言葉をフランツ殿下に伝えた。
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