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第4章:温かい家庭

89.帝国の影

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 私は陛下に質問を投げかける。

「陛下は『古代遺跡破壊に対する私の功績』に報えたと、そう思えましたか?」

 これで『まだまだ足りない』とか言い出したら、さすがに諫言かんげんしないと。

 もう充分に過分な配慮を頂いてるのだし。

 陛下は私の言葉に大きくうなずいた。

「ああ、やっとだね。
 これでやっと気持ちよく眠れるよ」

 私は胸を撫で下ろした。

 ――っと、もうひとつ質問があったんだ。

「先ほど陛下は『私が両王を魅了した』とおっしゃいましたが、どういう意味でしょうか」

 私が両国にしたことは、結果的には条約締結の仲立ちに過ぎないはずだ。

 なぜか我が国まで含まれてしまったので、成果がアホみたいなことになっちゃったけど。

 私の言葉を受け、陛下が執務机から二通の書状を取り出し、私に差し出してきた。

「君自身の目で確認するといい」

 私は言われた通り、書状を広げて目を通していく。

「これは……両王からの『感謝状』ですか?」

 国家間でこんな物を送ることがあるんだなぁ。

 あの二人、いつの間にこんな物を陛下に送り届けてたんだろうか。

 陛下が楽しそうに告げる。

「読んでの通り、君が両国に成したことに、両王は深く感謝している」

 国家元首が一介の魔導士に贈るような物じゃないそうだ。

 これは異例の珍事、滅多にあることじゃないと。

 両王が三国間不可侵条約を結ぶ気になったのも、私の人徳がなせる業だと改めて力説された。

 彼らは私に気持ちだけじゃなく、形で報いたいと、そう思ったのだろうと。

「――今後も東方国家群については、君に飛び回ってもらうことになる。
 少し、忙しくなるかもしれないね」

 陛下は私にウィンクを飛ばして告げた。

 私は小首をかしげながら応える。

「東方国家群について、『飛び回る』ですか?
 アウレウスが落ち着いた今、東方国家群に大きな問題などありません。
 どういう意味なのでしょうか」

 私の疑問に、陛下の笑顔が曇った。

「ペルペテュエル帝国に、不穏な気配がある。
 再びユルゲンに命じ、北の動向を調査してもらっているところだ。
 ――もしかすると、帝国が東方国家群を飲み込もうとするかもしれない」

「そんな?! 帝国にはまだ、それほどの余力がなかったはずです!」

 昨年も帝国内で小さい内乱が発生している。

 それを平定したばかりで、回復している途中のはずだ。

 そんな国内掌握すらままならない状態で、東方国家群を飲み込む?

 小国家の集合体とはいえ、東方国家群全体で見れば五十万人規模になる。

 それを飲み込もうとするなら、帝国全軍の半数を割かなければ無理だろう。

 だけど帝国の西側には西方国家群が居る。

 帝国が東方国家群を目指して南進すれば、西方国家群が黙って見ているわけがない。

 背後から襲い掛かるのは間違いない。

 五十万人規模を動員する余裕なんて、帝国にはないはずだ。

 陛下はうなずいた後、私に応える。

「私もそう思っているのだがね。
 密偵が上げてくる報告が、どうにもきな臭い」

 戦争の準備を進めているのは確からしい。

 そして攻め込むならば、防衛力が高い西方ではないという読みだった。

 東方国家群はひとつずつなら、小さく弱い国家だ。

 国家間で連携するにしても、限界はある。

 今再びシュネーヴァイス山脈を越えてレブナントに攻めてくるというのも考えにくかった。

 帝国にとって我が国は『古代遺跡すら消失させる魔導士が居る国』だ。

 相当の勝算がない限り、手を出してくることはないだろう。

 つまり消去法で、帝国の矛先は東方国家群となる。

「――だから、万が一の事態に陥るようであれば、君に折衝に走ってもらうことになる。
 そして我が軍が東方に援軍を送りこみ、帝国を迎撃する。
 まだ、可能性の段階だがね」

「そんな……」

 私は言葉を失いかけた。

 せっかく安定を手に入れた東方国家群に、帝国が牙をむく。

 ――そんな事態は、断じて認める訳にはいかない!

 私の決意を見た陛下の顔に、少し笑顔が戻った。

「そんなタイミングでの『君の功績』だ。
 決して過分な褒賞ではなかったと、納得してもらえただろうか」


 アウレウスが敵対国として我が国の東に位置する状況。

 それだと南下してくる帝国軍を迎え撃つのに、余計な時間がかかる。

 まっすぐ東に進軍できない上に、アウレウスを大きく迂回して進まなければならない。

 そんなのんびりとした行軍では、帝国の進軍に対応できないかもしれない。

 みすみす帝国が拡大していくのを、許してしまう結果を招くだろう。

 そんな致命的な遅れを生みかねなかった。

 だけど不可侵条約を結んだ今なら、アウレウスを通過してまっすぐ帝国軍を迎え撃てる。

 帝国の動きに、迅速に対応できるだろう。


「……納得、致しました」

 陛下が小さく息をついた。

「理解してくれて、よかったよ。
 帝国の動向については、逐次フランツの方にも報告を上げさせる。
 それで何か気付いたことがあれば、遠慮なく進言して欲しい。
 ――私からの話は以上だ。下がっていいよ」

 私は陛下に一度頭を下げてから、立ち上がって執務室を辞去した。




****

「お帰りなさいませ、奥様」

 私はウルリケに出迎えてもらいつつ、伯爵邸の玄関をくぐる。

「ただいま、ウルリケ」

 ジュリアスが帰ってくるのは、予定では二週間後ぐらいか。

 早く会いたいなぁ。

 私が侯爵になるって知ったら、さすがのジュリアスでも驚くかな?


 夕食の席で、お父様にも報告をしていた。

 お父様は笑いながら話を聞いていた。

「お前が侯爵とはね。
 陛下も大胆なことをなさるものだ」

 ジュリアスに爵位を譲り無爵となったお父様は、今は新しい魔法を研究している。

 古代魔法に匹敵する現代魔法――そんな夢物語を、現実にしたいのだと。

 とても充実しているようで、三年前より若々しさが出てきたようにすら思う。

 私はお父様に応える。

「笑い事じゃありませんわよ?
 陛下に直接、説得されて納得しましたけど。
 褒賞を宣告された時は、どうやって逃れようかと思ってましたもの」

 ため息をついてからワインでのどを潤し、夕食を口に運んでいく。

 弱冠十八歳で侯爵授与だ。

 戦時でなければ、まずありえない人事だろう。

 その上、広大で豊かな穀倉地帯を領地として預かる。

 これで我が家も大地主の仲間入りだ。

 ――うちはグランツ伯爵家になるの? それとも、エドラウス侯爵家?

 どちらにしても、ファミリーネームと違う爵位で、大変ややこしい。

「ジュリアスは私が爵位で上回ったら、なんて思うだろう」

 ぽつりとつぶやいた。

 たぶん彼は、こう言うだろう。

「何も変わりませんよ。
 俺の横であなたが微笑んでいれば、それ以上求めません」

 そうそう、そんな風に――えっ?! ジュリアス?!

 驚いて声のする方を見ると、いつもの落ち着いた様子のジュリアスが居た。

 何気ない顔をして、平然とこちらに歩み寄ってくる。

「あなたは放置しておくと心配ですからね。
 現地の人間に手早く指示だけ伝えて、引き継いで戻ってきました」

「だってジュリアス、あと二週間ぐらいかかるって……」

「最長で、と言いませんでしたか。
 派遣されてきた人材が思ったより筋が良かったので、宰相補佐も頼んできただけです。
 正式な宰相補佐は、今頃エシュヴィアに到着している頃でしょう」

 ……さてはこいつ、私と離れるのが寂しかったんだな?

 可愛い奴め!

 私は頬を緩ませながら、ジュリアスを抱きしめていた。

 お父様が楽しそうな笑い声と共に告げる。

「新婚三年目、まだまだお熱いね。
 ――しかし、お前がそれほどの褒賞に納得するなんて、何を言われたんだい?」

 ハッと我に返り、お父様に振り返った。

「実はですね、帝国に動きが見られるそうです。
 そうすると今後私は、東方を飛び回ることになるかもしれないと。
 今回の私の働きは、その地盤を固める大きな一歩だと」

 お父様は、それだけですべてを納得したらしい。

 大きくうなずいて私に応える。

「なるほど……できれば、杞憂であって欲しいね」

 そう言ってワインを傾けていた。
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