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第3章:金色の輝き

74.勝利の剣

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「叔母上?!」

 ディーターの声に反応し、私を見る人たちが居た。

 その目の前で。

 帝国兵の斬撃が、私の体を縦に切り裂いていた。

 ああ、切られると熱いんだな。

 私はのんきなことを考えながら、自分の血しぶきを見ていた。

 帝国兵の刃は、私の胸を深く切り裂いていた。

 私でも分かる。これは致命傷だ。

 せっかく覚えた防御魔法、とっさに使えなかったな。鍛錬不足だ。

 自己嫌悪を感じてる私の首を、帝国兵の刃が狙ってきた。

 これで、終わりなのかな。

 その刃が私に届く――そう諦めかけた時。

 必死の形相のライナー様が、帝国兵の腕ごと、相手の首を切り飛ばしていた。




****

 残り、七名か。

 これで膠着状態から抜け出せるはず。

 ……出血がひどいや。

 この傷じゃ、そう遠くないうちに意識を失うだろう。そして、命も。

 この傷で、遺跡破壊、できるかな。


 全体で見れば、こちらが優勢だ。

 みんなが歯を食いしばって頑張ってる。

 私はジュリアスに肩を借りながら、黙って戦況を見守った。

 拮抗していた戦力が崩れ、次第に帝国兵の数が減っていく。

 間もなく四人となり、三人となり、ついに最後の一人が切り捨てられた。


 私の元に、みんなが集まってくる。

 私は微笑んで告げる。

「みなさまもすごかったですが、さすが魔術騎士の精鋭ですね! お強いです!」

 みんなの顔色が悪い。

 そんなに私の傷、酷いのかな。

 フッと意識が遠くなって、記憶が途切れた。

 気が付いた時には、私はお父様に抱きかかえられていた。

 ……あれ? いつ倒れたのかな?

 私はお父様を見上げて告げる。

「解析は終わったのですか?」

 お父様は首を横に振って、私を強く抱きしめてきた。

「駄目ですよ? お父様は、ご自分の役目を果たしてください。
 わたくしはまだ、大丈夫です」

 そう、まだ大丈夫。

 私の蝋燭は、まだ燃え尽きない。

 フィルが前に出てきて、私に告げる。

「できる限り、私に治療させてください」

 ああ、治癒魔術が得意って言ってたっけ。

 この傷をどこまで治せるのかな……やらないよりは、マシか。

 私は黙ってうなずいた。

 フィルが魔力同調してきて、私の傷を癒していく。

 外傷は塞がっていき、少しして出血が止まった。

 フィルが悔しそうに告げる。

「……申し訳ありません。
 これ以上の治癒は、私には」

 私は微笑んで応える。

「いえ、充分です。ありがとう」

 一人で立ち上がり、足を踏ん張る。

 喉の奥から血が溢れてくる。

 内臓の傷までは、癒えてないのか。

 咳き込んで、それが収まるとお父様に告げる。

「解析を、お願いします」

 そう言いながら、お父様の背中を強く押した。

 お父様は泣きそうな顔で、歯を食いしばって遺跡の解析を再開した。

 残された時間は、どれくらいだろう。

 解析が終わるのが早いか。

 帝国兵の応援が来るのが早いか。

 あるいは、私の蝋燭が燃え尽きるのが早いか。

 ジュリアスも、泣きそうな顔で私を見つめていた。

 私はジュリアスに微笑みながら告げる。

「ジュリアス、そんな顔をしないで。
 お父様のサポートをして差し上げて?」

 ジュリアスは私の目をしばらく見つめた。

 何かを決意したように、彼もお父様の横に並んだ。

 くらっと眩暈めまいがして、体が揺れた。

 私の体を、クラウとルイズが支えていた。

 クラウが泣きながら叫ぶ。

「ねぇヒルダ! 魔法で傷を治せないの?!」

 私は微笑んで応える。

「治癒は、治癒の神の特権なんですって。
 だからわたくしには使えないと言われたわ。
 それにフィル様が治療してくださったから、少しはマシなはずよ?」

 涙目のクラウが、悔しそうに唇をかんだ。
 
 私は二人に支えられながら、お父様とジュリアスを見守った。

 ……この解析結果次第では、私は『最後の手段』を取らないと。

 それまで、この蝋燭が持ちますように。

 解析をしていたジュリアスが「クソッ!」と叫んで壁を殴りつけた。

 お父様もうなだれ、肩を落としている。

 私は二人に告げる。

「解析、終わりました?
 この遺跡は破壊できそうですか?
 無力化は?」

 お父様が、静かに応える。

「この遺跡も、存在が屈折している。
 私たちが傷つけられる存在じゃない。
 この部屋は、いたるところに『古き神々の叡智メタ・ロゴス』の記述があるようだ。
 部屋全体を破壊できなければ、目的は達成できない」

「そう、ですか……」

 私は目を伏せ、考える。

 この部屋のいたるところに記述がある。

 それなら、この部屋の完全破壊以外にない。

 ――『最後の手段』しかない、か。

 お父様が私に告げる。

「ここは一度、撤退しよう。
 あとは軍に任せるんだ」

 私は静かに首を横に振った。

 破壊できなければ、帝国との戦争は避けられない。

 遺跡を占拠しても、守り切れなければ同じこと。

 確実にレブナント王国を守るためには、今ここで、遺跡を破壊しなきゃ。

 ――私の蝋燭が、残ってるうちに。


 私は目を上げ、みんなを見回した。

 お父様を見据え、言葉を発する。

「わたくしがこの部屋を破壊します」

 自分が思ってるより、はっきりとした声が出た。

 私、まだまだやれそうじゃん。


 クラウとルイズを押しのけ、一人で立つ。

 ちょっとふらついたけど、気合と根性で踏ん張った。

 みんなをまた見回して告げる。

「これから神の権能を使います。
 みなさまは遺跡の外へ避難を。
 どこまで力が及ぶか、わたくしにもわからないの」

 なんだか、みんなが泣きそうな顔だ。

 大丈夫、大丈夫だって。

 私は死ぬつもり、ないし。

 また必ず、会えるよ。

 だけど、きっともう、一人で歩けなくなってると思う。

 だから――。

 私はニコリと笑顔で告げる。

「破壊が終わったら、ちゃんと迎えに来てくださいね」

 その時はもう、私に言葉を告げる力はないかもしれないけれど。




****

 一人、また一人と駆け出していく。

 泣きそうになりながら。

 悔しそうに唇を噛み締めながら。

 みんな、心配性だなぁ。

 『ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタイン』は、これで最後かもしれない。

 でもきっと、生まれ変わった私と会えるよ。

 その時は、また仲良くして欲しいな。


 部屋にひとり、ジュリアスが残っているのに気が付いた。

「ジュリアス? あなたも早く逃げて」

 彼は黙って、私の唇に唇を重ねた。

「……待ってます。必ず、生きて戻ってきてください」

 そう言って、彼は駆け出していった。




****

 みんなの気配が遠のき、私は小さく息をついた。

 残った蝋燭の炎が、吐息で揺れる。

「……変なとこが、キザだったんだなぁ。ジュリアス」

 守れない約束を、するつもりはない。

 けどこの場合、さすがに守れそうにないかな。

 生まれ変わったら、また会いに行くからさ。

 それで許してくれないかなぁ?


 私は目を開けたまま、イングヴェイの気配を手繰り寄せる。

 ――もう目を閉じたら、そのまま眠ってしまう気がしたから。


(イングヴェイ、聞こえてるー?)

『ああ、もちろん。感度良好だ』

 随分とクリアな声が響いてきた。

(あなたの破壊の権能、借りるねー)

『……全力を尽くすつもりかい?』

(今の私に、二回目のチャンスはないと思うし。一回で決めてみせるよ)

 一呼吸の間があった。

『それが君の意志ならば、私はそれを尊重しよう』

 どこか寂しそうな声が聞こえてきた。

(やだなぁ。私は耐えきって見せるよ。
 自己犠牲なんて、柄じゃないし!
 だからさ、ひとつだけお願い、いいかな?)

『……なんだい? 言ってごらん』

(また私は、みんなのそばで生きていきたいんだ。
 生まれ変わった私を、導いて)

『……承ろう。その時はまた、精霊眼を授けるよ』

(えー?! またー?! ……まぁ、いいけど。
 それじゃあイングヴェイ! あなたの権能を私に貸して!)

『心得た』


 イングヴェイの濃密な魔力が、私の手元に集まってくる。

 魔力は眩い金色の剣を形作り、私の両手に握られていた。

「綺麗……」

 っと、見惚れてる場合じゃない。

 不意に、私は大きく咳き込んだ。

 口の中の邪魔な鉄錆の味を、床に吐き捨てる。

「――いよし! 準備万端!」

 床を見据え、剣を頭上に振りかぶる。

 ……怖くて足が震えてる。

 わかってる。全部強がりだ。

 これで『私』が終わるかもしれない。

 魂の消滅なんて、想像もできない。

 ――だけど! そんな終わり方をする私なんて、許せない!

 最後まで『自分が許せる自分』で、在り続けてやる!

「せーの!」

 残った力、全てを込めて振り下ろした。

 私の視界を、金色の閃光が埋め尽くした。
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