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第3章:金色の輝き

71.嵐の前

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 国王陛下とのお茶会から数日後。

 朝の教室に居るみんなの顔に、緊張が混じっていた。

 たぶん、お茶会の話を聞かされたんだろうなぁ。

 王国存亡をかけた大仕事。責任は重大だ。

 人前でむやみに語れる話じゃない。

「おはよう、ヒルダ」

「おはよう、クラウ」

 何気ない、いつもの挨拶。

 だけどその目からは、不安がぬぐいきれてない。

 私は、みんなの表情を順番に見ていった。


 フランツ殿下の目を見る。

 不安を感じてない訳じゃない。

 だけどそれ以上に、国家を背負う人間の覚悟が感じられた。

 その姿には、王者の風格――その兆しがあった。


 クラウはいつもの儚い微笑み。

 だけど私を見る時だけ、わずかな不安が見え隠れしてる。

 心配、させちゃってるな。

 今回は危険な任務だもんね。

 身の安全なんて、誰も保証してくれない。

 クラウの本性は甘えん坊で、心優しい女の子だ。

 自分に及ぶ危険より、私のことを心配してるみたい。


 ルイズ、エマ、リッド。

 やっぱり大任過ぎて、心細いんだろう。

 無理して笑っているのがわかってしまう。


 ディーターは前回の特別課外授業以来、一番様子が変わっていた。

 自力で『蜃気楼』を維持できたことが、自信につながってるんだと思う。

 もう『軟弱貴公子』と呼ばれていた頃の姿は、そこにはなかった。

 力強い眼差しで、不安を押し返してる。

 彼だって、ファルケンシュタイン公爵家の男の子だもんね。

 お父様の直系として、困難に立ち向かう気概を持ってくれたんだ。


 ベルト様は私を心配してなのか、表情が陰っていた。

 数少ない前衛なのだから、頑張ってよね!

 私の心配をしてる場合じゃないよ?


 ジュリアスは、いつもの落ち着いた雰囲気。

 特等級魔導士として、遺跡破壊を担当するのは私たち。

 だけど私を心配させまいとして、いつも通りに振る舞ってる。

 私のことを心配する素振りもみせない。

 それでも、目にはやっぱり少し暗い陰があった。

 ジュリアスが優しい人だってことは、いくら隠してもわかってるんだからね?


 フィルとハーディは何も知らされていないみたい。

 いつも通りに談笑している。

 ときどき私をちらちらと見てる――まだ諦めてないのぉ?!


 みんなの顔を確認してから、私は自分の席に腰を下ろす。

 そしていつものように、自習の本を開いた。

 今さらじたばたしても始まらないし!

 自分ができることを、精一杯やるんだ!

 私の両肩に国家の存亡がかかってる? だからなに?

 私はいつも通り、『自分が許せる自分』であり続けるだけ。

 その結果、その道が愛しい人たちとの別れになったとしても……後悔なんて、するもんか!


 そうして、午前の授業が始まった。




****

 午後の魔術授業の時間になった。

 お父様から次回の特別課外授業の内容が告知された。

 次回は七月の頭。

 目的地はシュネーヴァイス山脈中腹にある古代遺跡。

 その遺跡を調査する、という名目らしい。

 日程は三週間だけど、最大一か月を見込んでるみたい。

 グランツからシュネーヴァイス山脈までは馬車で一週間弱。

 そこから中腹まで上るのに、三日から五日ぐらいかかるらしい。

 順調な旅程なら、往復で三週間前後。

 だけど道中に登山が待っている。

 山では何が起こるか、予測するのが難しいらしい。

 何かトラブルがあれば、一週間程度のマージンを見る、と言われた。


 指示された魔力鍛錬をしながら、クラウが不安気にぽつりと漏らす。

「随分な長旅になりそうですわね」

 私はのんきに応える。

「道中の食事は、食料車を連れて行くみたいですわよ?
 今回はまともな物を食べられると思いますわ」

 往復二週間分の食材や調味料を運んでいくらしい。

 大人数になるから、現地調達には頼れないみたいだ。

 エマが会話に参加してくる。

「どうも今回の特別課外授業、国外まで喧伝してるみたい」

 すでに国内外、広範囲に噂が広まってるらしい。

 詳しくはまだ誰も知らない。

 ただ、『レブナント王国のエリート学生が、古代遺跡調査に向かう』ということだけ。

 古代遺跡調査は、本来高度な魔導士の仕事だ。

 そして各国が保有している古代遺跡は、厳重に管理されている。

 そこに学生が向かうこと自体、前代未聞ということだった。

「――何か新しい発見でもしないと、がっかりされるかもねぇ」

「え゛?! それはさすがにどうなんですか?!」

 お父様たちの仕業かな。

 情報工作、ということだと思うけど。

 『学生の研修』ということを、アピールしたいんだろう。

 だけど本当の目的は『調査』じゃなくて『破壊任務』だよ?

 任務の結果がどうなろうと、『何も分かりませんでした』って言うしかないんだけど。

 大人の都合で、私たちが振り回されてるなぁ。

 ほーら、みんなが余計に緊張し始めた。

 ルイズがエマに応える。

「手ぶらで帰ってくる私たちのことも、考えて欲しいわ」

 みんなの気持ちを代弁した一言だ。

 思わずうなずいてしまった。

 だけど、リッドが気楽にみんなに告げる。

「なーに、エリーととはいえ所詮学生なんだ。
 専門家でも分からないもんは、わからないのが当たり前さ。
 気負う必要なんてないだろ」

 確かに、それは一理ある。

 リッドの言葉で、みんなから余計な気負いが抜けていく。

 こういう時、楽観主義のルイズは頼りになるなぁ。

 ジュリアスは、フィルとハーディを見てるみたいだった。

「彼らは詳細を知らされてないみたいですね」

 ベルト様がそれに応える。

「下手に教えて、情報が漏れても困るからな。
 彼らは信用が置けるとは言い難い。
 仕方がないだろう」

 彼らはクラウやエマの情報網でも、未だに正体がつかめない。

 どこに通じてるのかもわからず、懸念材料の一つだ。

 最悪、現地で拘束して転がすかなぁ。

 だけど信用できるなら、彼らも貴重な戦力だ。

 有効活用できることを祈ろう。

 フランツ殿下が、真剣な目でみんなに告げる。

「だが日程が決まった以上、あとは腹をくくって臨むだけだ。
 全員、万全を期してくれ。頼むぞ」

 王者の風格で発破をかけてきた。

 みんなの顔が引き締まっていく。

 こういう所は、ちゃんと『王子様』だよなぁ。

 私も負けていられないぞ?!




****

 フィルとハーディは、シュテルンの空気が違うことに感づいていた。

「なぁフィル、お前はどう思う」

 ハーディのぶっきらぼうな質問に、フィルが微笑んで応える。

「どうもこうもないさ。
 何が起こるのかはわからないが、彼女の心を盗める機会があれば狙うだけ。
 ついでにシュルマン伯爵令息を蹴落とせれば万々歳だ」

 ハーディが口の端を持ち上げて笑った。

「フン、いつものお前らしくないな。
 もっと狡猾に立ち回るのが『フィル・ブランデンブルク』だろう?」

「そういうお前こそ、いつものお前らしくないぞ?
 もっと豪放に立ち回るのが『ハーディ・ドレフニオク』だっただろう?」

 二人が黙って小さく笑い合った。

「お互い、柄にもないことになっているな」

「まったくだな。
 ――彼らの気配が不穏だ。
 今回の課外授業、覚悟が必要かもしれない」

 ハーディがフィルを見て告げる。

「覚悟? どんな覚悟だ?」

 フィルは真剣な顔で告げる。

「……命を賭す覚悟だ」

 ハーディが「フン」と鼻で笑った。

「彼女の力になれるなら、この命などくれてやる」

 フィルが口笛を吹いて茶化した。

「おーおー、そこまで本気か。
 私はそこまで覚悟ができるか、まだわからないな。
 だがそれでも、世界で唯一見惚れた女性だ。守ってみせるさ」

 二人の男たちは拳を打ち付け合い、魔力鍛錬に戻った。

 その様子に、他の人間が気付く様子はなかった。
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