新約・精霊眼の少女

みつまめ つぼみ

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第3章:金色の輝き

69.神託(3)

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 期待されているのは『神託』だ。

 ということは神様に質問して、その答えを伝えれば、陛下は満足するだろう。

 私は国王陛下に尋ねる。

「何をお聞きになりたいですか?」

「そうだな、今決まったことが今後どうなるか。予言をもらってみてほしい」

「わかりました」

 目をつぶり、イングヴェイの気配を探り出す。

 うーん、イングヴェイの気配はあるけど、この場所まで彼の声が届くかなぁ。


(おーい、イングヴェイー? 聞こえるー?)

『ああ、聞こえているとも』

 前回よりも、明瞭な声が返ってきた。

(実はねー。今、偉い人たちと会議してたんだけどさー)

『見ていたからわかっているよ。
 良いプランだと、私も思う』

(……それだけ? 成功するかはわからないの?)

『そこは”神の試練”とでも思ってくれ。
 私にも、あまり”確かな未来”というものは見えないんだ。
 神は万能ではないからね」

(そっかー。成功率は、どのくらいあると思う?)

『君の頑張り次第、だな』

(うぇ~?! 私の責任、重大すぎない? 国家の存亡を背負うの?!)

『君にしかできない事だから、仕方がないね』

 私に対しての殺し文句だなぁ。それは。

(うぅ……しょうがない、頑張ります)

『うん、頑張りたまえ』


 私は目を開けた。

 周囲の人間は、どこか感銘を受けたような顔をしていた。

 私はきょとんとしながら、神託の内容を告げる。

「良いプランだと言われました。
 でも成功するかどうかは、わたくしの頑張り次第だそうです。
 神様も、未来の事はよくわからないと言われました」

 国王陛下が満足気にうなずいた。

「神が太鼓判を押すなら、私も異存はない。
 しかし、それが神託か。
 なんとも神々しい魔力だった」

 何かを思い出すかのように、国王陛下は遠い目をしていた。

 私は小首をかしげて応える。

「神々しい魔力、ですか?」

「ああ、そうだ。
 君の魔力が神託を受けている間、変化していたんだ。
 我々はそれに、畏怖とも言うべき感覚を覚えた」

 横からジュリアスが説明してくれた。

 魔術には、他人の魔力を感知する術式があるらしい。

 魔力の制御に長けてくると、他人の魔力を検知する能力が備わってくる。

 それを強化する術式なんだとか。

 精霊眼と違って目には見えないけど、魔力の気配を肌で感じ取ることができるらしい。

 神託が始まった瞬間、異変を感じたその場の人間全員が、その術式を使った。

 これは熟練の魔導士なら、当たり前のスキルなのだという。

 もちろん、ジュリアスも修得済みだと言っていた。

 そっか、私にそんな変化があったのか。

 国王陛下がお茶会の参加者を見回して告げる。

「わかっているとは思うが、神託の事は我々だけの国家機密とする。
 決して白竜教会に知られるな!」

 よく見ると、周囲に従者や使用人の姿がない。

 いつの間にか人払いがされていたみたいだ。

 それにこれは……魔力遮断の結界術式?

 私の魔力が外に漏れないようにしてたのか。お父様かな?

 これなら外から覗いてる人が居ても、イングヴェイの魔力を感じることはできないな。

 あれ? 魔力を遮断する術式でも、神託には影響がなかったな?

 ……まぁ、そうか。人間が作り出す魔術結界なんて、神様にとっては無力か。

 お父様を見ると、人の良い笑みを浮かべていた。

 きっと狙った通りの結果に話を落とし込めて、満足してるのだろう。

 彼は美味しそうに紅茶を口にしていた。

 私は隣のジュリアスに告げる。

「なんだか、大変なことになりましたわね」

 ジュリアスが平然と応える。

「この状況下では、現実的なプランだと思いますよ。
 俺たちの実力は、もう現役の宮廷魔導士と遜色がありません。
 足りないのは経験と実績だけですから」

 その『経験と実績』こそ、実戦では大きな結果の違いにつながるんじゃないのかな?!

 ジュリアスがニコリと微笑んで告げる。

「俺たちに、その『経験と実績』を得る場を与えることも、考えの内なのでしょう。
 将来を見越してのプランでもある、ということですよ」

 そっか、さすがお父様だ。

 国家存亡の危機すら、人材育成のことを考えて計画を練ってるのか。

 よーし、決まったことをくよくよ考えても仕方がない!

 できることを、全力で! いつも通りに頑張ろう!




****

 夜になり、私はお風呂から上がり、ベッドに身を投げ出していた。

「ウルリケー、ミルクティーちょうだーい」

 私はウルリケに甘え声を投げかけた。

 ウルリケは微笑みながら、私に甘いミルクティーを手渡してくる。

 私はそれを、上体を起こして受け取った。

「お茶会に国王陛下が出てこられるだなんて、聞いてませんでしたわ」

 ミルクティーの優しい香りが、私の疲れを癒していく。

「あら、陛下がお見えだったんですか?」

「そうなの! 本当に緊張しましたわ……」

 お父様も、少しは事前に教えてくれたってよくない?!

 なんでサプライズを仕掛けるのかなぁ?!

 私はミルクティーを飲み干すと、ほっと一息をついてから告げる。

「疲れたので、今夜は早めに寝ますわね」

「はい、わかりました。
 ごゆっくりおやすみください」

 ウルリケは私がベッドに潜り込むのを確認すると、明かりを消して辞去していった。


 私はベッドに潜り込んだまま、真っ暗な天井を見つめていた。

 お父様からは、いくつかの初歩的な古代魔法を教わった。

 でもこれは、生活魔術みたいな『日常的な用途に使う魔法』だ。

 今回の任務で活かせるものじゃない。

 あくまでも、私が古代魔法に慣れるための課題だったんだろう。

 これだけじゃ足りない。

 古代遺跡に向かうまで、まだ時間はあるはず。

 それなら、私には取れる選択肢がある。

 疲れた身体に気合を入れて、私はベッドから起き上がった。

 明かりが消えていても今夜は月が出ている。

 歩くのには困らなかった。

 そのまま部屋の隅で、ハンガーにかかっている制服の元へ行く。

 そのポケットからトネリコの葉を取り出し、見つめていた。

 この葉っぱに念じれば、あそこに行けるはず。

 だけど、過ごした時間がずれちゃう。

 朝までに戻ってこれないと、私を探して屋敷が大騒ぎになる。

 こういう時は、神頼みだ!

 私はイングヴェイの気配を手繰り寄せ、話しかける。


(ねぇイングヴェイ。こちらの時間とそちらの時間は、どうして流れが違うの?)

『それはしょうがない。
 人間の世界と神の世界だ。
 時の流れ方が異なるのは、避けられないよ』

(どうにかして、こっちと同じ時間の速さに出来ないかなぁ?)

『そうだな……その葉を、半分に分けてその部屋に置いてみるといい。
 その葉は君の魂と結びついている。
 あるいはそれで、同期するかもしれない』


 神様の発言にしては頼りない。

 だけどこれは神の預言。

 やってみる価値はあるはず!

 言われた通り、葉を二つにいた。

 片方は制服のポケットに入れて、代わりに懐中時計を取り出す。

 壁時計を見て、懐中時計の針を合わせておく。

 これでどのくらい時間がずれたのか、わかるはずだ。

 あとは、残った葉に念じるだけ。

 私は目をつぶり、一度訪れた『泉のほとり』をイメージした。

 ――次の瞬間、周囲の空気が変わった。

 恐る恐る目を開けると、そこは真っ暗闇。

 うっすらと泉が見えていて、ちゃぷちゃぷと水音が聞こえてきている。

「来れちゃった……」

 私は呆然としながら、周囲の様子を探っていた。

 自分でやっておいてなんだけど、まだ信じられない。

 神の世界に、こんな簡単に来れていいのかなぁ?

「君は『神の寵愛』を受けた子だからね。
 それくらいの特権は、私が許すよ」

 聞こえてきた軽妙な声に、私は振り返る。

 私のそばに、いつの間にか微笑んでいるイングヴェイの姿があった。

「神様が許すなら、誰も文句は言えないわね」

 私は微笑みを浮かべながら近づいて行く。

 イングヴェイが、試すような微笑みで私に告げる。

「それで、今日は何の用だい?」

「わかってるんでしょ?
 古代魔法を教えて欲しいの」

 イングヴェイなら、古代魔法にも詳しいはず。

 もっと実用的で実戦的な魔法、そんなものを知ってるんじゃないかな。

 さっき時刻を合わせた時、針は九時をさしていた。

 ウルリケに神様の話はできないから、ここに来ていることを知られちゃいけない。

 寝不足で疑われない、ギリギリのタイムリミットは多分、十二時が限界だろう。

 この三時間で何ができるはわからない。

 でも、やらないよりはマシなはずだ。

 より良い結果を得るために、できる限りの努力をする。

 いつも通りに頑張るだけ。

 イングヴェイが楽しそうな笑い声をあげる。

「ハハハ! 相変わらず君は貪欲だね!
 いいとも、教えられることは教えよう。
 さぁ、おいで」

 そう言って彼は振り返り、歩きだした――その進む先には、さっきまで存在しなかった洋館が現れていた。

「ねぇイングヴェイ。あの館、いつの間に現れたの?
 さっきまでは、確かになかったと思うんだけど」

 私はイングヴェイの後を、小走りで追いかけながら尋ねた。

 彼は振り返らずに応える。

「私が『そこに在れ』と願えば、『それ』は『そこに在る』。
 神だからね。簡単な事さ」

 私は呆れて応える。

「でたらめな力ね。
 それがあなたの権能なの?」

「私の権能はたくさんあるよ。
 その中のひとつではあるね」

「お父様が、『ここは知恵の泉じゃないか』って言ってたわ。
 知恵の神はどこに行っちゃったの?」

「滅んだよ。昔、神同士が争ったことがあってね。
 その時に大多数の神が滅んだ。
 私はその数少ない生き残りだ」

「じゃあ、あなたはなぜここに居るの?」

「私はここを守るべきだと思ったから守っている。
 結構危ない場所だからね、ここは」

「滅んだ神様は、どこへ行ってしまうの?
 それは人間の死とは別?」

「滅んだ神の一部は、創世の神の元へ行ったよ。
 残りは消滅してしまった」

「神様も生まれ変わるの?」

「それを判断するのは、創世の神だ。
 滅んだ彼らがどうなったかは、今の私にはわからないな。
 ――さぁ着いたよ、おはいり」

 そして私は、再び館に招き入れられた。
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