新約・精霊眼の少女

みつまめ つぼみ

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第3章:金色の輝き

67.神託(1)

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 私とお父様は午前の鍛錬を終え、屋敷に戻った。

 侍従が手紙をお父様に差し出して告げる。

「旦那様、お手紙が届いております」

 お父様は手紙の裏を確認して、眉をひそめていた。

 そのまま風の魔術で封を切り、中の便箋に目を通していく。

「……ヒルダ、来週末の予定を空けておきなさい」

 私は小首をかしげて尋ねる。

「どういうことですか?
 何か用事ができまして?」

 お父様がうなずいた。

「それと、ジュリアスにも正装で来るように伝えておきなさい。
 来週は三人でお茶会に出席するよ」

 おや? 社交場嫌いのお父様が、お茶会?

「……わかりました。伝えておきます」

 お父様は手紙を、その場で燃やしてしまった。

 何が書かれていたんだろう?




****

 翌週、お昼から私とジュリアスはお父様に連れられて、とある屋敷に向かった。

 その屋敷の大きさで、嫌な予感はしていた。

 馬車から降りると、私たちを出迎えてくれる人影――。

「ああ、来てくださいましたか。父上」

 ルドルフ兄様?! ここって、まさかファルケンシュタイン公爵家?!

 お父様がルドルフ兄様に告げる。

「他の参加者は?」

「もう全員見えてますよ。あとは父上たちだけです」

 お父様がうなずき、どこかに向かって歩きだす。

 私はジュリアスと一緒に、困惑しながらお父様の背中を追った。




****

 お茶会の会場は公爵家の中庭。

 出席者の顔を見て、私は眩暈めまいを覚えていた。

 本家からは公爵家当主のルドルフ兄様。

 公爵家嫡男のライナー様。

 そして初めて見る顔――お父様がユルゲン様だと教えてくれた。

 ルドルフ兄様の弟、お父様の次男だ。

 飄々としている笑顔は、お父様譲りに見えた。

 招待客はヴィンケルマン公爵。

 さらにブラウンシュヴァイク辺境伯。

 加えてレーカー侯爵。

 シャーヴァン辺境伯の顔もある。

 つまり、クラウたちの父親――四方守護軍最高司令官の四人だ。

 極めつけ――マントに王冠、これでもかと風格を見せつける男性。

 カール・パトリック・フォン・レブナント国王陛下。

 既に着席している錚々そうそうたる顔ぶれの数々。

 私はただ、呆然として動けなくなっていた。

 何も知らされずにお茶会にきたら、レブナント王国の重鎮がそろい踏みだ。

 これ以上ないくらいのメンバーがそろっていた。

 この場に、なんで私とジュリアスが呼ばれたの?

 私は震えを抑えきれない声でお父様に告げる。

「なんですか? この集まりは」

 お父様は現在の肩書こそグランツ伯爵だけど、前公爵家当主。

 前筆頭宮廷魔導士だし、この中に混じっても問題はない。

 だけど私の肩書、ただの伯爵令嬢なんですけど?

 精霊眼を持ってるだけの、普通の女の子だよ?

 なんでこの場に呼ばれてるわけ?

 国王陛下がこちらに気付き、立ち上がった。

 王者の風格が、ゆっくりと近づいてくる。

 自分の体が縮こまるのを、嫌でも理解させられた。

 国王陛下が私の目前に来て告げる。

「よくきたね、ヒルデガルト。
 直接会うのは、三月の夜会以来かな?」

 私は深々と淑女の礼を取り、陛下に応える。

「その節はご迷惑をおかけしました!」

 何をしたのかすら覚えていない。

 だけど反射的に謝っていた。

 さすがに! 王様は! まだ! 無理!

 立派な貴族として戦う覚悟は持った。

 だけど国家最高権力者は、心と体が耐えられなかった。

 不意打ちで即応しろとか、無茶が過ぎる!

 緊張している私に、陛下が笑いながら告げる。

「ハハハ! 息子に軽口を叩ける君は、どこに行ったんだい?
 そんなに固くなることはないよ」

 軽口……あの夜の発言、全部聞かれてたのか。

 今度から言葉には気を付けよう。

 ジュリアスを横目で見ると、平然といつものマイペースを保っていた。

 こいつ、緊張という文字を知らないのか?!

 ジュリアスの図太さ、今だけでいいからちょっと分けて欲しい!


 陛下から促されて、私は淑女の礼を解いた。

 そのまま背中を押され、椅子に腰を下ろす――陛下の右隣に、である。

 ――なんで、陛下の隣に?!

 私の右隣はジュリアス、その隣がお父様だ。

 これ、陛下の隣がお父様でよくない?!

 私は器用に左半分だけ、ガチガチに緊張していた。

 涙目でジュリアスに告げる。

「どうしよう……」

 ジュリアスが小さく息をついて応える。

「大丈夫、俺が隣に居ます」

 そうなんだけどね?!

 そこは『席を代わる』って言って欲しかったかな?!

 などと理不尽なことを思っていた。

 左からくるプレッシャーがきつい……。

 嫌な汗が止まらない。

 必死に淑女の微笑を維持するので、精一杯だった。


 ルドルフ兄様が大きく手を打ち鳴らし、声を張り上げる。

「さぁ、全員そろったね。お茶会を始めよう!」

 かくして、目的不明のお茶会の幕が切って落とされた。




****

 給仕が丁寧にお茶を運んでくる。

 緊張を紛らわすために、私は一口お茶を飲む。

 最高級品のはずなのに、ぜんぜん味がしない……。

 国王陛下が、私の背中をポンと叩いた。

「だから、そんなに緊張しなくていいんだよ。
 いつもの君を見せてほしい」

 そんな無茶な。

 この顔ぶれで緊張するなという方が――。

 ん? 『この顔ぶれ』? 私はふと気が付いた。

 これって、『国防に関わる人間』ばっかりじゃない?

 ルドルフ兄様は宰相。国政の中心人物だ。

 ユルゲン様は諜報部と聞いてる。

 国外の情報を持ち帰ってくるのが仕事だ。

 ヴィンケルマン公爵たちは、言わずと知れた四方守護軍司令官。

 国家の防衛に関係する重鎮ばかりが揃ってる。

 ライナー様と私やジュリアンは……なんで居るんだろう?

 おまけなのかな?

 私は国王陛下を見上げ、おずおずと告げる。

「……もしかして本日は、帝国の動向に関するお話をされるのですか?」

 国王陛下が満足そうにうなずいた。

「うん、聞いて居た通り、聡明な子だね」

 陛下が目線でお父様に合図をした。

 お父様がうなずき、口火を切る。

「――では、改めて私から説明しましょう」


 私が豊穣の神と『交信』したこと。

 それによって、帝国が古代魔法を手に入れる寸前であると告げられたこと。

 帝国が古代魔法を手に入れたら、王国が三年後に滅びると予言されたこと。


 お父様はここまでを、かいつまんで説明していった。

 私の古代魔法や、直接『会った』ことは、どうやら秘密らしい。


 ブラウンシュヴァイク辺境伯がまず口を開く。

「北方の問題であるなら、我が北方守護がもっとも動かねばなりませんな」

 今は六月、シュネーヴァイス山脈が雪に閉ざされるまで、四か月以上ある。

 その間に山中の古代遺跡を破壊するのが最善だ、と主張した。


 レーカー侯爵が眉をひそめて告げる。

「いや、いま軍を動員するのはまずい」

 シュネーヴァイス山脈は帝国領でも王国領でもない緩衝地帯。

 そこで帝国軍を襲撃すれば、宣戦布告と取られかねない。

 レブナント王国に『他国へ侵攻する意思がある』と思われる訳にはいかない。

 東方国家群は小康状態。

 レブナントが穏健だから、なんとかバランスしてる状態だ、と主張した。


 国王陛下は二人の意見を聞いてから一度うなずき、ユルゲン様に告げる。

「ユルゲン、帝国の動向はどうだった」

 ユルゲン様は、優雅にお茶を口に運んでから応じる。

「そうですねぇ~。
 その遺跡に眠っているものの解析は、かなり進んでいると見て良いでしょう」

 兵器の量産体制を、急ピッチで整えている様子があるという。

 古代魔法を手に入れるのであれば、『それを魔導具に封じて使う可能性が高い』と言った。

 調達している素材や部品、手配している技師は、携行型兵器に関係するものだという。

 魔導具には、手に持って魔術を撃ち出す携行型火砲というものがある。

 おそらくその類を開発しているのだろう、と告げた。

 小型で強力な兵器を持った少数精鋭での高山越え――これがおそらく、帝国のプランだ。


 ユルゲン様は、のんびりした口調で穏やかじゃない情報を口にした。

 『古代魔法の火力』を撃ち出す、携行型火砲の量産だ。

 術者がその場に居なくても、一般の兵士がその火力を扱える。

 実現すれば、戦線を維持するのはまず不可能。

 帝国に蹂躙されるのは、火を見るよりも明らかだった。

 それにしてもユルゲン様、陛下相手でものらりくらりとしてるんだなぁ。

 ジュリアスもびっくりする、とんでもないマイペース振りだ。

 だけど、帝国最高機密ともいえる『開発中の兵器情報』なんてものを持ち帰った。

 並大抵の実力じゃない。

 国王陛下が眉をひそめ、ユルゲン様に尋ねる。

「猶予はどの程度だ?」

「そうですねぇ……その神様の言う通り、一年以内に完成するんじゃないですか?
 今のうちに遺跡を破壊すれば、未完成の魔導具は大した脅威にはならんでしょう。
 私は年内の遺跡破壊をお勧めしますよ」

 そう言って、ユルゲン様は再びカップに口をつけた。
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