上 下
67 / 102
第3章:金色の輝き

67.神託(1)

しおりを挟む
 私とお父様は午前の鍛錬を終え、屋敷に戻った。

 侍従が手紙をお父様に差し出して告げる。

「旦那様、お手紙が届いております」

 お父様は手紙の裏を確認して、眉をひそめていた。

 そのまま風の魔術で封を切り、中の便箋に目を通していく。

「……ヒルダ、来週末の予定を空けておきなさい」

 私は小首をかしげて尋ねる。

「どういうことですか?
 何か用事ができまして?」

 お父様がうなずいた。

「それと、ジュリアスにも正装で来るように伝えておきなさい。
 来週は三人でお茶会に出席するよ」

 おや? 社交場嫌いのお父様が、お茶会?

「……わかりました。伝えておきます」

 お父様は手紙を、その場で燃やしてしまった。

 何が書かれていたんだろう?




****

 翌週、お昼から私とジュリアスはお父様に連れられて、とある屋敷に向かった。

 その屋敷の大きさで、嫌な予感はしていた。

 馬車から降りると、私たちを出迎えてくれる人影――。

「ああ、来てくださいましたか。父上」

 ルドルフ兄様?! ここって、まさかファルケンシュタイン公爵家?!

 お父様がルドルフ兄様に告げる。

「他の参加者は?」

「もう全員見えてますよ。あとは父上たちだけです」

 お父様がうなずき、どこかに向かって歩きだす。

 私はジュリアスと一緒に、困惑しながらお父様の背中を追った。




****

 お茶会の会場は公爵家の中庭。

 出席者の顔を見て、私は眩暈めまいを覚えていた。

 本家からは公爵家当主のルドルフ兄様。

 公爵家嫡男のライナー様。

 そして初めて見る顔――お父様がユルゲン様だと教えてくれた。

 ルドルフ兄様の弟、お父様の次男だ。

 飄々としている笑顔は、お父様譲りに見えた。

 招待客はヴィンケルマン公爵。

 さらにブラウンシュヴァイク辺境伯。

 加えてレーカー侯爵。

 シャーヴァン辺境伯の顔もある。

 つまり、クラウたちの父親――四方守護軍最高司令官の四人だ。

 極めつけ――マントに王冠、これでもかと風格を見せつける男性。

 カール・パトリック・フォン・レブナント国王陛下。

 既に着席している錚々そうそうたる顔ぶれの数々。

 私はただ、呆然として動けなくなっていた。

 何も知らされずにお茶会にきたら、レブナント王国の重鎮がそろい踏みだ。

 これ以上ないくらいのメンバーがそろっていた。

 この場に、なんで私とジュリアスが呼ばれたの?

 私は震えを抑えきれない声でお父様に告げる。

「なんですか? この集まりは」

 お父様は現在の肩書こそグランツ伯爵だけど、前公爵家当主。

 前筆頭宮廷魔導士だし、この中に混じっても問題はない。

 だけど私の肩書、ただの伯爵令嬢なんですけど?

 精霊眼を持ってるだけの、普通の女の子だよ?

 なんでこの場に呼ばれてるわけ?

 国王陛下がこちらに気付き、立ち上がった。

 王者の風格が、ゆっくりと近づいてくる。

 自分の体が縮こまるのを、嫌でも理解させられた。

 国王陛下が私の目前に来て告げる。

「よくきたね、ヒルデガルト。
 直接会うのは、三月の夜会以来かな?」

 私は深々と淑女の礼を取り、陛下に応える。

「その節はご迷惑をおかけしました!」

 何をしたのかすら覚えていない。

 だけど反射的に謝っていた。

 さすがに! 王様は! まだ! 無理!

 立派な貴族として戦う覚悟は持った。

 だけど国家最高権力者は、心と体が耐えられなかった。

 不意打ちで即応しろとか、無茶が過ぎる!

 緊張している私に、陛下が笑いながら告げる。

「ハハハ! 息子に軽口を叩ける君は、どこに行ったんだい?
 そんなに固くなることはないよ」

 軽口……あの夜の発言、全部聞かれてたのか。

 今度から言葉には気を付けよう。

 ジュリアスを横目で見ると、平然といつものマイペースを保っていた。

 こいつ、緊張という文字を知らないのか?!

 ジュリアスの図太さ、今だけでいいからちょっと分けて欲しい!


 陛下から促されて、私は淑女の礼を解いた。

 そのまま背中を押され、椅子に腰を下ろす――陛下の右隣に、である。

 ――なんで、陛下の隣に?!

 私の右隣はジュリアス、その隣がお父様だ。

 これ、陛下の隣がお父様でよくない?!

 私は器用に左半分だけ、ガチガチに緊張していた。

 涙目でジュリアスに告げる。

「どうしよう……」

 ジュリアスが小さく息をついて応える。

「大丈夫、俺が隣に居ます」

 そうなんだけどね?!

 そこは『席を代わる』って言って欲しかったかな?!

 などと理不尽なことを思っていた。

 左からくるプレッシャーがきつい……。

 嫌な汗が止まらない。

 必死に淑女の微笑を維持するので、精一杯だった。


 ルドルフ兄様が大きく手を打ち鳴らし、声を張り上げる。

「さぁ、全員そろったね。お茶会を始めよう!」

 かくして、目的不明のお茶会の幕が切って落とされた。




****

 給仕が丁寧にお茶を運んでくる。

 緊張を紛らわすために、私は一口お茶を飲む。

 最高級品のはずなのに、ぜんぜん味がしない……。

 国王陛下が、私の背中をポンと叩いた。

「だから、そんなに緊張しなくていいんだよ。
 いつもの君を見せてほしい」

 そんな無茶な。

 この顔ぶれで緊張するなという方が――。

 ん? 『この顔ぶれ』? 私はふと気が付いた。

 これって、『国防に関わる人間』ばっかりじゃない?

 ルドルフ兄様は宰相。国政の中心人物だ。

 ユルゲン様は諜報部と聞いてる。

 国外の情報を持ち帰ってくるのが仕事だ。

 ヴィンケルマン公爵たちは、言わずと知れた四方守護軍司令官。

 国家の防衛に関係する重鎮ばかりが揃ってる。

 ライナー様と私やジュリアンは……なんで居るんだろう?

 おまけなのかな?

 私は国王陛下を見上げ、おずおずと告げる。

「……もしかして本日は、帝国の動向に関するお話をされるのですか?」

 国王陛下が満足そうにうなずいた。

「うん、聞いて居た通り、聡明な子だね」

 陛下が目線でお父様に合図をした。

 お父様がうなずき、口火を切る。

「――では、改めて私から説明しましょう」


 私が豊穣の神と『交信』したこと。

 それによって、帝国が古代魔法を手に入れる寸前であると告げられたこと。

 帝国が古代魔法を手に入れたら、王国が三年後に滅びると予言されたこと。


 お父様はここまでを、かいつまんで説明していった。

 私の古代魔法や、直接『会った』ことは、どうやら秘密らしい。


 ブラウンシュヴァイク辺境伯がまず口を開く。

「北方の問題であるなら、我が北方守護がもっとも動かねばなりませんな」

 今は六月、シュネーヴァイス山脈が雪に閉ざされるまで、四か月以上ある。

 その間に山中の古代遺跡を破壊するのが最善だ、と主張した。


 レーカー侯爵が眉をひそめて告げる。

「いや、いま軍を動員するのはまずい」

 シュネーヴァイス山脈は帝国領でも王国領でもない緩衝地帯。

 そこで帝国軍を襲撃すれば、宣戦布告と取られかねない。

 レブナント王国に『他国へ侵攻する意思がある』と思われる訳にはいかない。

 東方国家群は小康状態。

 レブナントが穏健だから、なんとかバランスしてる状態だ、と主張した。


 国王陛下は二人の意見を聞いてから一度うなずき、ユルゲン様に告げる。

「ユルゲン、帝国の動向はどうだった」

 ユルゲン様は、優雅にお茶を口に運んでから応じる。

「そうですねぇ~。
 その遺跡に眠っているものの解析は、かなり進んでいると見て良いでしょう」

 兵器の量産体制を、急ピッチで整えている様子があるという。

 古代魔法を手に入れるのであれば、『それを魔導具に封じて使う可能性が高い』と言った。

 調達している素材や部品、手配している技師は、携行型兵器に関係するものだという。

 魔導具には、手に持って魔術を撃ち出す携行型火砲というものがある。

 おそらくその類を開発しているのだろう、と告げた。

 小型で強力な兵器を持った少数精鋭での高山越え――これがおそらく、帝国のプランだ。


 ユルゲン様は、のんびりした口調で穏やかじゃない情報を口にした。

 『古代魔法の火力』を撃ち出す、携行型火砲の量産だ。

 術者がその場に居なくても、一般の兵士がその火力を扱える。

 実現すれば、戦線を維持するのはまず不可能。

 帝国に蹂躙されるのは、火を見るよりも明らかだった。

 それにしてもユルゲン様、陛下相手でものらりくらりとしてるんだなぁ。

 ジュリアスもびっくりする、とんでもないマイペース振りだ。

 だけど、帝国最高機密ともいえる『開発中の兵器情報』なんてものを持ち帰った。

 並大抵の実力じゃない。

 国王陛下が眉をひそめ、ユルゲン様に尋ねる。

「猶予はどの程度だ?」

「そうですねぇ……その神様の言う通り、一年以内に完成するんじゃないですか?
 今のうちに遺跡を破壊すれば、未完成の魔導具は大した脅威にはならんでしょう。
 私は年内の遺跡破壊をお勧めしますよ」

 そう言って、ユルゲン様は再びカップに口をつけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...