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第3章:金色の輝き

65.帰路(1)

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 女子組がテントに入ると、私は≪遮音≫の結界をテントに張った。

 エマが不思議そうに私に告げる。

「それって、どういう術式なの?」

「空気の振動を抑える術式ですわ。
 音は空気を揺らして伝わるもの。
 その振動を抑えることで、音を遮りますの」

 風の魔術理論のひとつだ。

 エマは「なるほどー」と納得した様子だった。

 今夜も五人で枕を並べる。

 私は目をつぶり、イングヴェイの気配を捉えて話しかける。


(イングヴェイ、今日の事はみんなに話しても大丈夫?)

『構わないが、私の名前は伏せてくれ。
 私はかつて”豊穣の神”と呼ばれた。
 そちらの名前を使って欲しい』

(わかった。それ以外は話していいのね?)

『君の判断に任せよう』


 目を開けて、私はみんなに告げる。

「許可はもらいましたわ。
 じゃあ、今日起こったことを伝えますが……絶対に口外しないでね?」

 特にエマを睨み付けながら、全員に釘を刺した。

 彼女は情報通で噂好き――油断をすると、ポロリと漏らしてしまいそうだ。

 エマは苦笑を浮かべて応える。

「大丈夫だってばー。心配性だなー」


 私は泉のほとりで体験したことを、四人に伝えていった。

 ――ただし、国の存亡にかかわる部分は濁した。


 クラウは半信半疑みたいだ。

「豊穣の神、ねぇ」

 ルイズが笑顔を輝かせて告げる。

「その名前なら、古代の神話に残っていたはずよ」

「古代の神話?」

 ルイズがうなずいた。

「ええ、そうよ。
 大陸各地に残る口伝がいくつかあるの。
 その中に登場する神の名前に、『豊穣の神』が居たと思うわ」

 どうやらルイズは隠れ神学マニアらしい。

 よくそんなマニアックな情報を知ってるなぁ。

 ルイズがウキウキとして話を続ける。

 現代で信仰されているのは、『創竜神』という白い竜の神様。

 『白竜教会』というのが、大陸で最大勢力を誇る宗教だ。

 だけど古代では、『創世の神』を最高神とした多神教が崇拝されていたらしい。

 今では忘れられてしまった神々、その時代の神様を通称で『古き神々』と呼ぶそうだ。

 現代でも、古き神々を信仰する地域がわずかに残っているという。

「――ヒルダが出会ったのは、そういった古き神だったのでしょう」

 なんだか本当に詳しそうだ。

 私はルイズに尋ねてみる。

「神様には名前がないのかしら?
 創世とか豊穣とか、それって権能――神様の力の種類っですわよね?」

「名前はあったらしいんだけどね」

 古代において、『相手に名前を知られる』というのはとても危険なことだったらしい。

 だから神々は名前を秘匿していたのだとか。

 神の名前を使えば、より大きな力を得られると伝わっている。

 同時に、その神の名前で『相手を制約下に置く』こともできてしまうらしい。

 もちろん、人間にはそんな力はないらしいのだけれど。

 神々はよく喧嘩をするという話もある。

 なので、喧嘩で不利にならないように隠している、という逸話があるそうだ。

「――だから、神々もお互いの名前は知らないことが多かった、という伝承があるわ」

 ルイズ、詳しすぎない?

 下手すると魔術フリークのお父様と、語り合えたりしない?

 私は若干引き気味で話を聞いていた。

 リッドがルイズに尋ねる。

「そんなにしょっちゅう喧嘩してたのかい?」

「そうらしいわ。
 『喧嘩をしては、創世の神が仲裁をした』という逸話があるくらいよ。
 ヒルダが言う通り、個人主義の集まりなのでしょう」

 クラウがルイズに告げる。

「でもヒルダは『今は束ねる者も居ない』と聞いたのよね?
 『創世の神が居ない』ということにならないかしら」

「それは神様に聞いてみないと、私にはわからないわ。
 ヒルダはまだここなら、話を聞けるんでしょう?
 直接聞いてみたら?」

 私はうなずいて目をつぶり、イングヴェイの気配をたどって話しかける。


(ねぇイングヴェイ。創世の神は今、そこに居ないの?)

『ああ、今は居ないよ。
 あいつは上の世界に行ってしまったからね』

(上の世界って?)

『君たちに説明するのに、これ以上の言葉はないんだ。
 おそらく今は、理解できない。
 すまないね』


 私は目を開けて告げる。

「『上の世界に行ってしまったから今は居ない』ですって」

 私の言葉を聞いて、ルイズは深く考え込んでしまった。

 クラウが微笑みながら告げる。

「神様と話をできる人間なんて、初めて耳にしたわ。
 白竜教会がこれを知ったら、死ぬ気で確保しに来るんじゃないかしら」

 『本物の神の声を聞ける』人間なんて、利用価値は計り知れない。

 大きな宗教団体が目を付けても、不思議じゃない。

 白竜教会の勢力は、大陸全土に及ぶ。

 狙われたら、逃げ場はない。

 大国家である帝国ですら、白竜教会が敵として認定したら存亡の危機だ。

 それくらいの影響力を持っている。

 だから各国とも、白竜教会を敵に回さないよう、便宜が図られていると聞く。

 私はげんなりとしてクラウに告げる。

「冗談でもやめてくださる?
 さすがにこれ以上、敵は作りたくありませんわ……」

 貴族に狙われかけた人生をギリギリで回避したっていうのに。

 今度は宗教信仰者に狙われる人生なんて、悪夢でしかない。

 ルイズがようやく顔を上げて告げる。

「創世の神はおそらく、次のステージに進んだのよ」

「次のステージ?」

 聞いていた全員の声がハモった。

「ええ、そうよ。神には格があるらしいの」

 俗に『神格』とも呼ばれ、偉い神様ほど『神格が高い』と表現される。

 その神格がこの世界に収まりきらなくなった時、神格に相応しい世界に行くそうだ。

「――もっと詳しいことは、ヴォルフガング様がご存じのはずよ」

 私はルイズの言葉を心に留めることにした。

 あとでお父様に聞いてみよう。


 その後は、私が消えている間のみんなの様子を聞いて過ごした。

 特に男性陣の取り乱しようが物凄かったらしい。

 私たちは笑い合いながら、夜を過ごした。




****

 翌朝になり、テントを片付けていった。

 兵士たちにお礼を述べてから、私たちは馬車に戻る。

 予定の実戦経験を積む機会はほとんどなかったけど、『今回は仕方がない』と言われた。

 馬車は学院に向けて出発した。


 帰路の途中、私はルイズの話を思い出し、お父様に尋ねる。

「ねぇお父様。
 『神様の格』の話をご存じですか?
 次のステージに上がるとか、ルイズが言っていたのですけれど」

 お父様が大きくうなずいた。

「その話をする前にまず、『魂の格』についてはなそう」

「魂の格、ですか?」

「魂には、格があるんだ」

 より善い行いをするほど、格が上がると言われているそうだ。

 たとえ人間でも、魂が充分に昇格すれば神様になれるらしい。

 これはいくつかの神話で、そういう逸話が残っているそうだ。

 私も『人が神様になった』という物語をいくつか知っていた。

 ただの童話かと思っていたら、魔術的な話が関わってくるのか。

 その多くは偉業を成し遂げ、神から認められて新しい神になるという英雄譚。

 それ以外にも神の来歴を調べると、かつては人間だった、というパターンもあるらしい。

「――それはまた、神にも適用されると言われている。
 つまり、神にも魂があるんだ。
 その魂が充分に昇格すると、神は新しい世界に移住する。
 より強い力を得るためにね」

 人間も神様も一緒なのか。

「以前、『人間の体は魂を最優先で保護する』と教えたね?
 覚えているかい?」

 私はうなずいた。

 それは『生まれ変わりのシステム』なのだそうだ。

 生まれ変わりで磨き続けた魂が、次のステージに繰り上がる。

 人間の次のステージは神様だ。

 つまりこれは、新しい神様を作るシステムなのだ、とお父様が説明した。

 『あくまでも仮説だけどね』、と付け加えて。

 現在信仰されている『創竜神』は、古くは『創世の神』の従属神だったらしい。

 だけど時代とともに『創世の神』の名前が忘れ去られて行った。

 『創世の神が魂を判定する』という逸話は、現代では『創竜神』に引き継がれているのだとか。

 磨かれた魂は創世の神の元へ召され、そこで格を判断される。

 神に相応しい魂だと判定されたら、人間ではなく神様として生まれ変わる。

「――これが神の、そして魂の格に関するシステムだね」

「それはつまり、神様も『新しい神様に生まれ変わる』、ということでしょうか」

 イングヴェイは『創世の神は上の世界に行った』と告げた。

 つまり、次のステージに進んだんだ。

 じゃあ魂の格を判定する創世の神の魂は、誰が判定したのだろうか。

 ……こんなの、人間にわかる訳がないか。

「そういうことだね。
 より上位の存在に生まれ変わるんだ。
 しかし、なぜそんな話題になったんだい?」

 んー、なんて切り出そうかな。

 お父様が小首をかしげて私を見つめた。

「かなり深い話だと思うのだが……。
 普段のお前たちが、話題にすることではないだろう?」

 私は馬車の覗き窓から、御者の背中を確認した。

 御者へ指示を出すため、馬車の中から声が聞こえるようになっている。

「……お父様、馬車の外に会話が漏れないように、結界を張っていただけますか」

 お父様は真剣な表情でうなずいた。
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