新約・精霊眼の少女

みつまめ つぼみ

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第3章:金色の輝き

60.泉の畔(1)

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「あれ? ここはどこ?」

 私は気が付くと、真っ暗な空間に一人で立っていた。

 耳には、ちゃぷちゃぷ、と水音が聞こえてくる。

 周囲に人の気配はない。

「お父様! クラウ! ジュリアス! みなさま! どこですか!」

 声を張り上げてみても、反応は全くなかった。

 それどころか、声が反響していない。

 とても広い空間に、私は居る。

 あの石碑がある広間は広かったけど、声は反響して聞こえていた。

 声が反響しないほど広い空間に、一瞬で飛ばされたんだ。

 どうする?

 動くべきか、留まるべきか。

 なんらかの魔法が発動したのは明らかだった。

 空間を転移させる魔法。

 そんなものが、あるのだろうか。

 少なくとも、現代の魔術理論で到達できる現象だとは思えない。

 私はひとまず、索敵魔術を広げた。

 半径五十メートル。さっきの広間と同じ広さに。

 ――だめだ、空間全体に強い魔力が漂い過ぎてる。

 これじゃあ何も区別がつかない。

 まるで、この空間全体が魔法で編まれたかのようだ。

 強力な魔力の中に居る――それがわかっただけだった。

 私の索敵魔術は、ここじゃ無力だ。

 魔力を温存するために、術式を解除した。


 水音が続く中、暗闇の中で立ち尽くす。

 私は特大のため息をついた。

「どうしろっていうのよ……」

 途方に暮れるとは、このことだろう。


 五分ほど留まってみても、何も変化は訪れない。

 仕方ない、少し動いてみるか。

 変化が訪れないなら、自分で変化を起こす――ただの直感だった。

 私は唯一の手掛かりである、水音の方に歩いて行く。

 足元は土のようだ。ペタリペタリと足音がする。

 暗闇で転ばないよう、慎重に足を前に出した。


 少し目が慣れたのか、あるいは魔力濃度が違うのか。

 私の目の前に、大きな水たまりがあるのがわかった。

 その水たまりが起こす波が、水音の招待だった。

「水たまり? 地下水かな」

「違うよ。ここは泉のほとりさ」

 突然背後から声をかけられ、慌てて振り返って腰を落とす。

 いつでも動けるようにしながら、声の主を見つめる。

 ――気配なんて、なかったはずなのに!

 そこには、金色に輝いた青年が立っていた。

 長い金髪を身にまとい、随分とラフな服装で立っている。

 まるで平民が休日に着るような服だ。

 フィルすらかすむほど人間離れした美貌、すらっとした長身。

 私は訝しみながら、その人を観察していた。

 敵意は……ないように見える。

「敵意なんてないさ」

 ――心を読まれた?!

 まるで、お父様みたいなことをしてくる。

「ハハハ! そうか、君の父親は、相手の心理を読むのに長けているんだね」

 その青年は、軽やかに笑った。

「……あなたは『心理を読む』、なんて生易しいことをしてる訳じゃないみたいね」

 初めて会った人物に、与えてもいない情報を口にされた。

 心理戦の類じゃない。

 精霊眼で見るその男性は、魔力が強すぎて光の塊に見えた。

 私に右目が無かったら、眩しくて顔の判別がつかなかっただろう。

 青年は敵意のない笑みを浮かべて告げる。

「ここで立ち話というのもなんだ。
 私の館においで。
 お茶くらいは出してあげよう――ついておいで」

 そういって私を指で招くと、男性は後ろに振り返って歩きだした。

 その歩いて行く先には、さっきまで気が付かなかった三階建ての洋館が見えた。

 ……どうする?

 ようやく訪れた変化。

 だけど現れた青年は、信じるには胡散臭すぎた。

 私が悩んで立ち止まっていると、青年がこちらに振り返る。

「そこに居ても、何も変化は起こらないよ。
 取って食ったりはしない。
 いいからおいで」

 そう言って、また歩きだした。

 ……信じてみるか。

 私は大きくため息をついた後、金色に光る男性の背を追った。




****

 洋館は、見慣れた建築様式。

 高位貴族の屋敷に近い物だった。

 扉をくぐると、中は明かりに包まれていた。

 突然の事で、少し目がくらんで目を細める。

「ハハハ! あそこは暗いからね。
 目が慣れるまで、少しかかるよ」

 言われた通り、目が慣れるまでちょっとかかった。

 ようやく目が慣れると、洋館の中の光景も目に入る。

 やっぱり、見慣れた建築様式だ。

 青年は私の目が慣れるのを待つように、玄関の少し先で待っていた。

「あなたは、一人でここに住んでるの?」

 青年がうなずいて応える。

「ああ、ずっと一人で住んでいる。
 君みたいな子がやってくるのを、待つためにね」

 ……私みたいな?

「精霊眼を持った者しか、ここには招くことができないんだ」

 私は警戒しながら告げる。

「……あなたは何者ですか?
 私を知っているの?」

 青年は楽しそうに笑いながら応える。

「それは、お茶を飲みながら話そう。
 さぁ、ついておいで。
 応接間に案内しよう」

 そう言って青年は、再び歩きだした。

 どうする?

 精霊眼を知ってるの?

 この目について、何かを教えてもらえる?

 私は小さく息をつくと、青年の後を追った。




****

 私は案内された応接間、そのソファに座っていた。

 もうこうなったら、なるようになれ、だ!

 ほとんどやけっぱちだ。

 じたばたしても始まらない。

「そうそう、そのくらい腹が座ってないと、これから話すことについてこられないよ?」

 私の前に紅茶を置いた後、青年は私の向かいに腰かけた。

 青年が微笑んで告げる。

「ではまず、自己紹介をしておこう。
 私の名前はイングヴェイだ」

「……ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタインです」

 青年――イングヴェイは、自分の紅茶を口に含んだ後、私に告げる。

「ではヒルデガルト。
 君が今、知りたいことは何だい?」

 知りたいこと……。

 私は少し考えてから応える。

「みんなのところへの戻り方よ」

「大丈夫、話が終わったら、君を元の場所に戻してあげよう。
 それと紅茶に毒なんて入ってないから、安心して飲むといい」

 イングヴェイに見つめられ、仕方なく紅茶を口にする。

 ――あ、結構美味しい。

「そうか、口に合って良かった」

 心が読めるなら、私が言葉を口に出す必要、ないんじゃない?

 私は少し不貞腐れていた。

「それでは会話にならないだろう?
 私も長いこと一人でね。
 会話には飢えているんだ」

 イングヴェイは私の顔を見て、また楽しそうに微笑んだ。

「それで? あなたの話ってなんなの?」

「そうだな……今日のところは、精霊眼の正しい使い方についてレクチャーしよう」

「『今日のところは』って、どういう意味?!」

 思わず立ち上がり、イングヴェイを見下ろした。

 私が睨み付けても、イングヴェイはにこやかに見上げてくる。

「ヒルデガルト。
 君は近いうちに、またここに来る――そう言ったのさ。
 それは君の自由意思で行われる。
 無理やりつれてくるわけじゃないから、安心するといい」

 何を安心しろっていうのよ?!

 こんな訳のわからない空間に、私が自分の意志で再びやってくる?!

 そんなの、あるわけがないじゃない!

 どうやってきたのかもわからないしさ!

「まぁまぁ、そう怒らないで。
 さぁ、座りなさい」

 渋々、私はもう一度ソファに腰を下ろした。

 彼と話していると、不思議と毒気を抜かれる気がする。

 落ち着いた彼の空気が、そうさせてるんだろうか。

 微笑んだままのイングヴェイが私に告げる。

「ではまず、君に質問だ。
 『魔法』とは、なんだと思う?」

「……高度な魔術で発生する、この世の法則を超えた超常現象、と習いました」

 イングヴェイは微笑んで応える。

「そうだね。
 今の時代の君たちは、そう理解している。
 だが、それは間違いだ」

 私はムッとして応える。

「間違い? 本当は違うと言いたいの?」

「そうだ。
 『魔法』とはね、神の権能なんだ。
 それを人間が使った時、それは魔法として姿を現す」

 神の権能――神様の力が、魔法?

 イングヴェイが言葉を続ける。

「元来の魔法とは、神から力を借りて行使される超常現象の事だ。
 現代の魔術はそれを、人間が理解できる範囲で模倣している技術だよ」

「……つまり、魔術と魔法は、まったく別の現象、と言いたいの?」

 イングヴェイが楽しそうに笑った。

「いいね、理解が早い」

 私たちは、自分の魔力を使って魔術を行使している。

 私たちが『魔法』と呼ぶものも、結局は高度な魔術でしかない。

 使うのは、自分の魔力だ。

 だけど『元来の魔法』は、神様の力を借りるらしい。

 術者の魔力は、ほとんど必要ないのだという。

 元来の魔法――まさか、古代魔法のこと?

 そりゃあ神様から力を借りるなら、人間のちっぽけな魔力なんて意味がない。

 使う必要もないだろうけど。

「そう! その通りだ!」

 イングヴェイが嬉しそうに声を上げた。

 魔法を使う時の呼び水として、術者の魔力を少し使うそうだ。

 けれど魔法の大部分は、神様から借りた力を使う。

 神様から力を借り続けられる限り、魔法を維持することができるのだという。

 それこそ何か月でも維持することができる、らしい。

 私は思わずため息を漏らした。

 思考を読むのか、会話をしたいのか、はっきりしてほしい。

 なんだか、相手をするのが疲れてきたな。

「ハハハ! すまない! 以後、思考を読まないように気を付けるよ」

「そう言いながら思考に返事してますけど?!」

 イングヴェイは笑いながら「すまない」とまた口にした。

 なんでこの人、こんなに楽しそうなんだろう?!
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