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第3章:金色の輝き

58.特別課外授業(4)

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 『朝食がない』と知った生徒たちは、肩を落としていた。

 お父様はいつもの笑みで告げる。

「次の食事からは、狩りをしても構わないよ」

「お父様? この中に血抜きや腑分けができる者がいるとお思いですか?」

 動物の肉は、狩ったからってすぐ食べられる訳じゃない。

 それなりの処理が必要だし、部位の切り分けだって必要だ。

 貴族は狩りをたしなむこともあるけど、あれは食べることを目的としてない。

 自力で下処理ができる貴族子女は、レアだろう。

 お父様が私を見て告げる。

「おや? お前はできそうだね?」

「ええ、まぁ……ウサギを二回ほど、捌いたことがあります」

「じゃあお前がそれを担当するといい。
 他の者は、獲物を確保しなさい」

 お父様は笑顔のまま。

 本気で言ってる?!

「ウサギ以外は経験ありませんよ?!
 この辺りにウサギがいなかったら、ずーっと食事抜きですか?!」

「なあに、人間しばらく食べなくても、死にはしないさ。
 でも水はきちんと飲むんだよ?」

 あ、これはいつものスパルタモードだ。

 すべてを悟った私とジュリアスは、諦観の表情で過ごしていた。

 ルイズがおずおずと聞きに来る。

「ねぇ、まさか……ヴォルフガング様の授業って、いつもこんな滅茶苦茶なの?」

「ええ、そうね。このくらいの無茶振りは、いつものことですわ」

 私とジュリアスが同時にうなずいた。

 ルイズもがっくりとうなだれて、諦観の表情を浮かべ始めた。

「そうよね、変態養成所ですものね。
 これぐらいが日常なのね、きっと」

 ルイズにまで変態扱いされちゃったか。


 こうしてほとんどの生徒たちがお腹を減らす中、私たちは遺跡の中へ足を踏み入れた。




****

 古代遺跡。

 ずっと古い時代、それこそ神話の時代からあると伝えられている。

 石で作られた巨大な門が、苔むして私たちを待ち構えていた。

 門の左右には王国兵が立っている。

 ここは王国の管理下にあるので、当然だろう。


 私たち生徒を待機させ、お父様は門番と何かを話し、うなずいていた。

 戻ってきたお父様が告げる。

「では行こうか」


 私たちは相談して、まとまって移動することにした。

 前列にフランツ殿下、ベルト様、リッド。

 中列にジュリアス、私、クラウ、ルイズ。

 後列がディーター、エマ。

 この中で白兵戦ができるのは、殿下とベルト様。

 リッドも多少はできるらしい。

 一番小柄なエマと、年下のディーターには後ろに回ってもらった。

 基本は魔術で対応するつもりなので、これでなんとかなるだろう。

 第一王子が最前列だけど、本人が乗り気だったので怒られることはないだろう。

 フィルとハーディのペアは、私たちから離れて移動している。

 私たちとフィルたちの間にお父様が。

 かなり後方に魔術騎士部隊が付いてきていた。


 敵性生物が出る可能性を考慮し、ジュリアスが索敵魔術を発動させることになった。

「きつくなったら代わりますわよ?」

「そうですね。その時はお願いします」

 ジュリアスにしては、素直に提案を受け入れたな。

 索敵魔術は消耗が激しい。

 それをよく理解してるんだろう。

 無理をしても良いことはないからね。

「ねぇジュリアス、ここはいつ頃の遺跡なの?」

「千年以上前、と言われています。
 少なくとも千年前の記録として、この遺跡の存在が確認されていますから」

 千年……そんなに古いのか。

 ここは千年前には、既に遺跡だった。

 つまり作られたのは、もっとずっと古い時代ということだ。

 苔むしてるけど、とてもそんな長い年月、風雨にさらされていたように見えない。

 石材には、傷ひとつない。

 そして私の左目では、この遺跡のもう一つの姿も見えていた。

「……この遺跡、ただの石造りではありませんわね?」

 ジュリアスが驚いた表情で私を見る。

「ええ、そうです。通常の石ではありません。
 とてもよく似た『何か』、ではありますが、何が違うのか、わかっていません。
 ――しかし、よくわかりましたね」

 私は黙ってうなずいた。

 この遺跡の石は魔力を含んでる。

 精霊眼で、その魔力が見えのだ。

 そして――この石は、存在を屈折させられている。

 いわば、恒久的な『蜃気楼』のような石。

 今見ているのは石の実体じゃない。

 存在を屈折させて、投影されているだけだ。

 私たちは今、構造物の『蜃気楼』の中に居る。

 この構造物の本体がどこにあるのか、その見当はつかなかった。

 『何に投影してるのか』も、さっぱりわからない。

 この感覚は、私が『蜃気楼』の使い手だから気付いたんだろう。

 じゃあお爺様やディーターも、気が付いてるのかな。

 ――いや違う。逆なんだ。

 この遺跡を見て、お父様は『蜃気楼』を発案した。

 つまり『蜃気楼』という魔法のオリジナルが、この遺跡の魔法なんだ。

「わたくしたちは既に、巨大な魔法の中に入りこんでますのね」

 横で聞いていたクラウが、眉をひそめて私に告げる。

「それは、どういう意味かしら」

「この古代遺跡自体が、『魔法で保護された巨大な構造物』という意味ですわ。
 そうであれば何が起こるか、本当にわかりませんわね」

 私は真面目に注意を促した。

 みんなはすぐに理解してくれて、壁から少し距離を置いて歩くようになった。

 不用意に周囲に触れれば、何に巻き込まれるかわからない。

 私の精霊眼でも、周囲一帯が魔力を帯びてることしかわからなかった。

 これじゃあ何か仕込まれていても、気付けないだろう。

 ジュリアスの冷静な声が告げる。

「敵性反応、二時の方向、十五メートルです。
 十二……九……」

 ジュリアスのカウントダウンが進んでいく。

 足の速い相手だ。

 自分たちの向いてる方向を十二時と定めて二時の方角。

 つまり前方右手だ。

 そちらは草が覆い茂っていて、何が近づいてきてるかわからない。

 みんなが臨戦態勢を整える。

 殿下とベルト様、リッドが剣を構えた。

 他のみんなは短杖を構えている。

 これは短い杖だけど、身を守る助けくらいにはなる。

 後ろの様子を見ると、魔術騎士たちも剣を手に提げていた。

 フィルたちは、私たちの様子を見てから剣を抜いたようだ。

「三……来ます!」

 ジュリアスの声とともに、右手前方の茂みから灰色狼が飛び出した。

 体長二メートルを優に越している。

 灰色狼は、この地方では害獣として有名だ。

 成体の体長は二メートル前後で、人が襲われることも珍しくない。

 本来は群れで行動する生物だけど、群れからはぐれたのか、単体で現れた。

 ジュリアスが告げる。

「腹を空かせているみたいですね。獰猛で俊敏です。
 ――殿下、ノルベルト。お二人にお願いします。
 他はサポートを」

 指示に従い、フランツ殿下とベルト様が剣を構えつつ前に出る。

 リッドはその場で、私たちを守るように剣を構えた。

 私は炎の縄で灰色狼を縛ろうと術式を発動――失敗?!

 術式が完成するより早く、縄から抜け出されてしまった。

 私の瞬発力でも捕らえきれないのか。

 野生生物は侮れないなぁ。

 そのままジグザグに襲い掛かってくる灰色狼に向かって、ベルト様が動いた。

 気が付いたら、ベルト様の剣が灰色狼に傷を負わせていた。

 いつの間にかフランツ殿下も動いていて、灰色狼に傷を負わせていたみたいだ。

 二人が連携する動きが、まったく見えなかった。

 騎士レベルの人たちが≪身体強化≫をすると、こうなるのか。

 手傷を負った灰色狼が一歩退き、私たちを睨み付けてくる。

 次の瞬間、私はまた殿下とベルト様の姿を見失い、灰色狼の首が斬り落とされていた。
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