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第3章:金色の輝き

55.特別課外授業(1)

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 六月に入り、ついにシュテルンの特別課外授業の日がやってきた。

 日程は二泊三日。

 近くの古代遺跡探索と明示された。

 幸いなのか不幸なのか、定期試験で落第点を取る生徒は一人も居なかった。

 つまり、十一人全員が参加する。

 意外だったのはディーターの成績だ。

 学年違いとは言え、ハーディを追い越していた。

 学業で低迷していたディーターにとって、異例の好成績だと思う。

 これにはクラウも感心していた。

 一方でクラウは、魔術の成績でフィルに負けて悔しがっていた。

 フィルはどうやって、あれほどの腕を身に付けたのか。

 不思議でしょうがない。

 ただの軽薄な男以上の素質が、彼にはあるようだ。


 朝七時半――普段の通学時刻よりも一時間早く、みんなが集められた。

 参加者はシュテルン全員と、予備戦力の魔術騎士が一小隊。

 その魔術騎士部隊の中に、最悪の人物が居た。

「やぁ、ヒルデガルト。
 君は今日も可憐だね。
 朝の君も美しいよ」

 ライナー様である。

 私は引きつった笑みで応える。

「なぜ、ライナー様がここにいらっしゃるの?」

 ライナー様は朝の清々しさを満喫するような笑顔だ。

「なに、君のそばに行ける任務があると聞いてね。
 無理やりねじ込んだのさ」

 お父様は渋い顔をしていた。

 魔術騎士部隊は、フランツ殿下の護衛だ。

 追い返すわけにもいかないのだろう。

 かといって『チェンジ!』と言って、交代要員を準備する時間もない。

 ライナー様の同行を、認めざるを得ないのだ。

 だからって、この状況は困る!

 私はお父様にすがるような目を向けた。

 お父様が大きな声でライナー様に告げる。

「ライナー! 生徒に近寄るな!
 これは親睦会ではないぞ!」

 ライナー様は両手を広げて応える。

「はいはい、承知しておりますよ。お爺様」

 彼は私に「それではまた」と告げ、部隊に戻っていった。


「ヒルダ、笑みが崩れてますわよ?」

 儚い微笑みのクラウに忠告された。

 私の顔はげんなりとしたままらしい。

 だけど、自力で元に戻せる気がしなかった。

 二泊三日の間、ずっと一緒とか……ちょっと許してほしい。

 ルイズが私の背中をさすってくれる。

「大丈夫、私たちも気を付けるから。安心して」

「ありがとう~ルイズ~!」

 その優しさに、私は彼女の胸に思わず飛び込んでいた。


 ジュリアスは変わらず、落ち着いた表情でライナー様を見つめていた。

 彼にとって、ライナー様は敵と認識されていないらしい。

 私のためなら迷わず国を捨てられるジュリアスは、本家なんて怖くないんだろう。

 だからって、揉め事を放置もできないし。

 ――なにごともありませんように!

 私はまた、神様にお祈りしていた。




****

 私たちは馬車に乗りこみ、目的地である古代遺跡に向かう。

 学院からだと、馬車で半日ほどかかるらしい。

 遺跡は国家の調査が済んでいるので、危険性は低い。

 だけど小型の魔物や魔法生物が出没するので、油断は禁物との事だった。


 私の馬車にはお父様とディーター、ジュリアスが乗っている。

 みんなもいくつかの馬車に分乗だ。

 クラウたち女子四人組が二台目に。

 フランツ殿下と魔術騎士三人が三台目に。

 最後がフィルとハーディ、そしてベルト様だ。

 ベルト様が貧乏くじすぎる。

 あの人、結構繊細だからなぁ。

 胃を痛めてないと良いんだけど。


 私はお父様に尋ねてみる。

「魔法生物とは、どういうものなのですか?」

「ふむ、では説明をしてあげよう」

 この世の法則に基づかない、神秘に根差した生命のことを『魔法生物』と呼ぶらしい。

 どう生まれたのか、どうやって生命を維持しているのかは、よくわかってないそうだ。

 『まるで生命体のように見える』から、そう呼んでいるだけなのだとか。

 この世の法則を覆す魔術を、魔法と呼ぶ。

 なので、この世の法則に従わない生命を魔法生物と呼ぶ。

 そして、本当に生命なのかもわからない。

 もしかすると、古代魔法で生み出された現象なのかもしれない。

 その区別は、人間にはつかないだろう、ということだった。

 私は別の質問もしてみる。

「では、遺跡に出る魔物はどういったものなのですか?」

「それはお前たちに与えられた課題だ。
 自分たちの目で見て、自分たちで判断しなさい」

 つまり、初見で相手の危険性を推しはかり、対処していく。

 そういう訓練なのだろう。

 魔法生物のことを教えてくれたのは、それだけ危険だということだ。

 何が起こるかわからず、不用意に近づいてはいけないと言われた。

「はい、わかりました」

 私は素直にうなずいた。




****

 到着するまで暇だな。

 せっかくだし、あれを試してみようか。

 私はディーターに告げる。

「あなたは『蜃気楼』を試したことはありますか」

 ディーターはうつむきがちに応える。

「はい……でも、どうしても≪幻影≫以上にならないんです」

 ≪幻影≫の魔導術式は、媒介の形状を変化させ、形だけ似せる魔術だ。

 『蜃気楼』と違うのは、触れれば幻だとわかってしまうこと。

 『蜃気楼』は対象の存在そのものを屈折させ、媒介に投影する魔術。

 そこには感触があるし、匂いもある。

 この世の法則を超えた超常現象、それが魔法だ。

 媒介はあくまでも投影先に過ぎない。

 私は小首をかしげた。

「うーん、わたくしは≪幻影≫と『蜃気楼』は、まったく別物だと思うのですけれど。
 どうして≪幻影≫になってしまうのかしら?」

 ディーターは驚いたようだった。

「別物、なのですか?
 あれほど姿を似せられるのに?」

 ディーターは『蜃気楼』と≪幻影≫の区別が、感覚で掴めてないのか。

 私はお父様の『蜃気楼』を見て、直感で真似をした。

 この感性を持ってないと、術式を知っているだけじゃ成功しないのかな。

 私は少し考えてから、お父様に尋ねる。

「ディーターに魔力同調して、『蜃気楼』を使っても構いませんか?」

 一族ではあるし、魔法を伝えることに問題はないはずだ。

 でもなぜか、お父様がやってこなかった指導でもあるはず。

 一度でも経験していたら、≪幻影≫と勘違いするはずないし。

 お父様は渋々うなずいて応える。

「……そうだな、試してみるといい」

 私はディーターに向き直って告げる。

「これから魔力同調をするけど、構わないかしら」

「え? ええ、構いませんけど。
 それで僕に『蜃気楼』を使えるのでしょうか」

「わたくしは出来る気がしてますから、たぶん大丈夫ですわ」

 魔術はイメージ。

 『できる気がする』は、とても大事なファクターだ。

 逆に『無理かもしれない』と思えば、術式の成功率は著しく落ちる。

 まずは、成功体験を教え込んでみよう!

「じゃあディーター、このハンカチを持って。
 もう片方の手を上に広げてくれるかしら」

 ディーターは言われた通り、右手でハンカチを受け取り、左手を上に向けて広げた。

「こう、ですか?」

 私はディーターに魔力同調していく。

 この魔力だと……水や風が相性良さそうだな。

 彼の魔力で風を媒介にした、ハンカチの『蜃気楼』を作って見せた。

 ディーターは目を見開いて、左手のハンカチを見つめている。

「すごい、ちゃんと感触と重さがある……」

 ――ポイントがずれてる。

 私はため息をついて告げる。

「ディーター、『蜃気楼』に感激している暇があるの?
 自分の魔力がどうやって『蜃気楼』を作ったのか。
 それをしっかりと思い出して」

「えっ?! そんなことを言われても……。
 叔母上ったら、あっという間に済ませてしまったものだから」

 戸惑うディーターを見て、私は思わず頭を抱えてしまった。

「ディーター? 『これから使います』と言っていたのよ?
 なぜもっと注意して観察していなかったの?」

 ディーターは無言でうつむいていた。

 私は深いため息をつく。

「わかりました。今回だけですわよ?
 もう一度、できるだけゆっくり『蜃気楼』を作ります。
 今度は決して感覚を見逃さないで」

 私は一度『蜃気楼』を解除し、再び『蜃気楼』を発動する。

 ディーターの左手の上に小さく風が巻き起こり、それが徐々にハンカチに変わっていった。

「……どう? 何かわかった?」

 私の言葉に、ディーターは何も返さない。

 ただ黙って『蜃気楼』のハンカチを見つめていた。

「ディーター?」

「――え?! あ、はい。
 確かに、≪幻影≫とはまったく別物なのですね」

 ディーターの目は、まだ『蜃気楼』のハンカチを見つめている。

 もしかすると、『蜃気楼』の感覚を掴み始めたのかもしれない。

「これから毎日、今の感覚を思い出しながら『蜃気楼』を作ってみて。
 術式そのものは、お父様から教わっているはず。
 それを今度こそ、理解できたのではなくて?」

 ディーターは『蜃気楼』のハンカチを見つめながら、静かにうなずいた。

 よかった、少しは習得の目があるかもしれない。

 私はディーターとの魔力同調を解除し、椅子に座り直した。

「ねぇお父様、なぜ魔力同調を今までつかってこられなかったのですか?」

 同調して使って見せれば、習得はずっと早かったはずだ。

 お父様は不機嫌そうに口を開く。

「自力で到達できぬ者に、わが生涯の集大成を教えたくなかっただけだ」

 あら、じゃあ今のも不本意だったのか。

 私は肩を落としてお父様に告げる。

「ごめんなさい、お父様。
 勝手なことを致しました」

 お父様の顔が、優しい苦笑いに変わった。

「構わないよ、今はお前の魔法でもある。
 お前がどう伝えようが、お前の判断に任せる。
 なにより、それが必要ならば尚の事だ」

 お父様も、同じ考えなのか。

 でもこれでディーターが『蜃気楼』を修得すれば、ライナー様の求愛を跳ね返せる!

 頑張って、ディーター!
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