新約・精霊眼の少女

みつまめ つぼみ

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第3章:金色の輝き

54.社交界(2)

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 ホール中央までエスコートされ、私たちは踊り出す。

 今夜も周囲が騒然となる。

 さっきのライナー様の発言も交えて、噂が広がってる気がする。

 これでまた、噂が増えるなぁ。

 ライナー様が私に告げる。

「君は見るたびに私を魅了するね」

「あら、私はあなたの行いに、幻滅を重ねるばかりですわ」

 ライナー様は軽妙に笑った。

「ハハハ! 今はそれでいいさ。
 私が本気であることを、まずは理解してもらう」

 何を考えてるのか、さっぱりわからない。

 こういうところはお父様そっくりだ。

「ライナー様なら、令嬢を選び放題ではありませんか?
 なぜ今まで、お相手を作ってこられなかったのですか?」

「君と一緒さ。
 どうせ婚姻するなら、恋に落ちた相手が良かった」

「そんなことで公爵家嫡男が務まるのですか?
 きちんと見合った相手を探して、身を固めるのも責務の内でしょう?」

「なに、少し時間はかかったが、こうして見合った相手に恋に落ちた。問題はない」

 ライナー様は実に楽しそうに笑っていた。

 この世の春を謳歌する微笑みだ。

 だけど私は、淑女の微笑みを維持するので精一杯。

「問題が大ありですわ。
 私は公爵家に見合った人間ではありません。
 そもそも婚約者が居ます。
 ライナー様のお相手にはなりませんよ」

「君は特等級の魔力を持ち、お爺様の『蜃気楼』を継承している。
 我が公爵家が迎える女性として、充分すぎる条件がそろっているよ」

 一族の中で『蜃気楼』を使えるのは、私とお父様だけらしい。

 『蜃気楼』は『ファルケンシュタイン公爵家の魔法』だ。

 本家が失伝するのは、著しく名誉が傷ついてしまう。

 だからって、私を本家に取り込むって話になるの?

 ライナー様が微笑んで告げる。

「そして婚約解消など、貴族社会では珍しくもない。
 より有利な条件で婚約を結び直すだけだからね」

 私は険を込めてライナー様を睨み付ける。

「一番の問題は、私がジュリアスを愛している、ということですわ。
 私の心はあなたにありません。
 あなたがどう望もうとも、覆りませんよ」

「それはやってみなければわからないさ。
 それにファルケンシュタイン公爵家なら、君を無理やり奪い取ることもできる」

 ――なにそれ?!

「そんなこと、お父様がお許しにならないわ」

「現公爵家当主は父上だ。
 お爺様の影響力は未だ根強いが、全面戦争になれば父上に分がある」

 ルドルフ兄様は宰相。

 政財界での影響力は、現役を退いたお父様より上だ。

 お父様は公爵家の実権を、すべてルドルフ兄様に譲り渡している。

 陰から公爵家を操るような真似を嫌ったのだ。

 ライナー様が本当にそのつもりで動き、ルドルフ兄様がうなずけば――。

 いや、『蜃気楼』の継承問題がある。

 おそらくうなずくだろう。

 そのくらい、魔導士の家が魔法を失伝するというのは体面が悪い。

 ライナー様の言葉は、ハッタリやこけおどしなんかじゃない。

 私は厳しい顔でライナー様を睨み付けていた。

 彼は微笑みながら応える。

「……そう怖い顔をしないでくれ。
 あくまでも『それが可能だ』と知って欲しかっただけだ。
 そして私がその手段を取らないでいる、ということもね」

「それは、どういう意味でしょうか」

「言っただろう? 『君と一緒』なのさ。
 私はね、ヒルデガルト。君の心が欲しい」

「……わたくしも伝えましたわよ。
 『覆りません』と」

「それを覆すのが、私の腕の見せ所だな」

 そう言ってライナー様は軽妙に笑いだした。

 私と一緒に踊れるのが、よほど楽しいのだろう。


 私は淑女の微笑みで、ダンスを踊り切った。




****

 ライナー様に手を引かれ、ジュリアスの元に戻っていく。

 ジュリアスは少し不機嫌になって、ライナー様に告げる。

「これで通算二回、あなたはヒルダと踊った。
 もうこれ以上、『親睦』を理由にヒルダと踊らせはしませんよ」

 ライナー様が楽しそうに応える。

「そうかい? 君が私に立ちはだかるというなら、こちらにも考えを変える用意がある」

 ――さっきのプランを、実行する気?!

 私はジュリアスの背後に張り付くようにして、二人の動向を見守った。

 一歩も引かないジュリアスに、ライナー様が告げる。

「……まぁいい。今夜はこの辺で帰るとするよ」

 そのまま、ライナー様は私たちから離れ、入り口の方に向かっていった。


 クラウたちが合流してきて、一斉にため息をついていた。

「とんだ疫病神ね」

 同感だ。

 だけど相手は本家嫡男。

 公の場で邪険に扱うことは許されない。

 ――だというのに! ジュリアスには引く気が全くないし!

 こういう場合、私はどう動いたらいいんだろう?

「早く諦めてくださることを祈りますわ……」

 エマが力強く告げる。

「大丈夫! 今日の様子は巧いこと噂に乗せておくから! まかせといて!」

 持つべきものは友だなぁ。




****

 その後もライナー様は、私が参加する夜会に毎回現れていた。

 私の前に来ては、ダンスを一曲望んでいく。

 だけどジュリアスが今度は引かなかった。

 私が何を言っても、ライナー様をブロックし続けた。

 このままだと、ライナー様が本家の力で私を奪い取りに来るかもしれない。

 そうジュリアスに伝えても、彼は飄々として応える。

「貴族の力で囲い込みに来るなら、逃げ出して平民になればいいんです。
 他国に逃げれば、ファルケンシュタイン公爵家だろうと怖くありませんよ」

 思い切りが良すぎる!

 クラウやエマに噂を操ってもらってるけど、既に手遅れ気味らしい。

 『グランツ伯爵家が本家と対立してる』と噂が流れてるそうだ。

 うーん、頭が痛い。

 困った時のお父様頼み、ここは素直に相談してみよう。




****

「お父様、少しよろしいでしょうか」

「ああ、入っておいで」

 お父様の書斎を訪ね、悩みを打ち明けることにした。

「ライナー様のことで、どうしたらよいのか。
 ご相談に伺いました」

 お父様が小さく息をつく。

「そのことか。
 私もなんとかしてやりたいんだがね」

 かつてお父様は『我が家に婚姻を強いる他家は、王家以外に居ない』と言い切った。

 そこに嘘はなかったはずだ。

 だけどまさか、家の中から結婚を強制してくる人間が現れるなんて。

 これはさすがのお父様も、予想外だったんだろうな。

 何かをできるなら、お父様はもう手を打ってるはず。

 現状でできることはやっていても、『今は言えることがない』のだろう。

「……わかりました。引き続き、よろしくお願いします」

 お父様が渋い顔でうなずいた。

 私は書斎を辞去して、自分の部屋に戻った。




****

 夜になり、ベッドで横たわりながら考える。

 本家が私を欲しがる一番の理由、『蜃気楼』の継承問題。

 お父様以外に私しか使えない、この魔法の存在が鍵になってる。

 この状況を崩さない限り、ルドルフ兄様はライナー様の味方だ。

 公爵家の実権を持たないお父様に、勝ち目はないだろう。

 このまま向こうに切り札がある状態は、あまりにも危険だ。

 ライナー様の気まぐれ次第で、私は本家に奪われる。

 それが決まったら、ジュリアスは私を連れて国外に逃げ出してしまうだろう。

 それじゃあ、『この国で一番輝いて見せる』という私の誓いを果たせない。

 ライナー様かディーター、どちらかが『蜃気楼』を修得すれば状況が変わる。

 だけどライナー様は、修得できたとしてもそれをしないだろう。

 とすると、残る選択肢は『ディーターに習得させる』。これしかない。

 あの子の努力に、その熱意に賭ける!

 そう結論づけて、私は眠りに落ちた。
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