上 下
45 / 102
第2章:綺羅星

45.合格発表

しおりを挟む
 朝の教室に入り、「おはようございます」と挨拶をする。

 いつもと変わらない朝の光景。

 そこに私の噂話の影は感じられなかった。

「誰も噂をしていないのですわね」

 ジュリアスが苦笑を浮かべて応える。

「あの日、食堂に居たのは三十人前後だと思います。
 その中で現場を目撃したのは、十人もいないでしょう。
 真偽不明の噂、そんなところじゃないですか」

 私が『あの男』を殴り飛ばした――そんな話を信じる人間がほとんど居ないのだろう。

 席に着くと、クラウが挨拶を告げてくる。

「おはよう、ヒルダ。少しは落ち着いたかしら」

 私は苦笑を浮かべて応える。

「おそらく、昨日と変わらないと思いますわ」

 自分でもどうにもできないのだから、これは仕方がないと思う。

 『あの男』の名前を聞いただけで、私は怒りに支配されてしまうのだから。

 私の表情を見たルイズがふぅ、とため息をついた。

「ねぇヒルダ。少し話を聞いて欲しいの。
 『他の女がかすむ』という言葉には『あなたしか目に入らない』という意味があるのよ。
 決して私たちを侮辱するつもりで言ったわけではないと思うわ」

 その言葉に、私は唖然としていた。

「侮辱したわけじゃ、なかったの?」

 ジュリアスが小さく息をついた。

「ですから『やり過ぎだ』と言いましたよ。
 軽薄な言葉である事は間違いありません。
 ですが、あそこまでされるような言葉でもないんです」

 私はがっくりと肩を落として告げる。

「……あとで謝罪に行かねばなりませんわね」

 クラウがほっとしたように告げる。

「ようやくその気になってくれたのね。
 焦らなくても、シュテルンで会うことになるはずよ」

 じゃあその時に『やり過ぎた』ことは謝罪しよう。

 ――だけど、ジュリアスを侮辱したことは忘れてない。

 あの男は、ジュリアスを『男らしくない』と言った。

 『女性を満足させることができない』とも。

 それは男性としてのジュリアスを否定する、酷い侮辱だ。

 私がフィル・ブランデンブルクを心から許すことは、決してないだろう。




****

 昼休み、食堂に向かう途中の廊下に、選考会の結果が張り出されていた。

「あら、もう結果が出たんですのね。
 さすがお父様、仕事が早いですわ」

 みんなで張り出された名簿を眺めていく。

 どうやら評価点で順位も着けられているらしい。

 名簿の一番上に輝くのは私の名前。

 二番手がジュリアスだった。

「わたくしが一位でいいのかしら。
 ジュリアスの方が上ではなくて?」

 ジュリアスが困ったように微笑んだ。

「今の時点では、間違いなくあなたの方が上ですよ。
 もっと自信を持ってください」

 そうなのか。

 でも時間の問題だと思うんだけどな。

 三番手を見ていく。

「クラウが三位ですわよね、きっと」

 だけどそこに記されていたのは別の名前。

「――フィル・ブランデンブルク?! 嘘!
 クラウよりも好成績を残したというの?!」

 クラウの眉間にしわが寄っていた。

「私よりも上位、ですか。
 あんな男に負けるなんて、実に不愉快ね。
 己の不甲斐なさに腹が立つわ」

 だけど、彼は砂時計鍛錬をしていないはず。

 それでクラウを超えたのだ。

 その魔術の腕は、疑いようもなかった。

 フィルの後はみんなの名前が続く。

 四位はクラウ。

 五位がルイズ。

 六位にベルト様。

 七位がエマ。

 八位はリッド。

 九位にフランツ殿下。

 そして――。

「ハーディ・ドレフニオク?!
 確か、フィル様と一緒に居たという?
 生粋の騎士の家系ではなかったの?!」

 人を率いる力こそ劣るけど、実力ではベルト様以上という男。

 私はクラウに振り向いて尋ねる。

「ねぇクラウ。どういう方ですの?」

 クラウは冷たい眼差しで、その名前を見つめていた。

「良く言えば『豪快』。
 悪く言えば『野蛮』。
 そんな方と聞いていますわ」

 これはクラウ流の言い回し。

 オブラートに包んだ表現が『豪快な人』。

 本音が『野蛮な男』。

 つまり、フィルの友人らしいこの人は、粗野な人ということだろう。

 そして最後、十一人目の名前を見る。

「――ディーター?! あの子も合格していたの?!」

 そこには確かに『ディーター・フォン・ファルケンシュタイン』と記されていた。

 クラウが不機嫌の権化のようなオーラを漂わせていた。

「私が嫌う人間が三人、ですか。
 最悪ですわね」

 『シュテルン』は来月、五月から稼働するらしい。

 このクラス、いったいどうなるんだろう?!




****

 食堂で昼食を食べながら、新しいクラスメイトについて話題を交換していく。


 フィル・ブランデンブルク。

 良く言えば『軽妙』。

 悪く言えば『軽薄』

 それがクラウの評価だった。

 高い魔導の腕を持つけど、詳細は噂にも上がってこない。

 小さな夜会に参加すると、彼の周りには女性が詰めかけるそうだ。

 その割に、女性と親しくなったという噂は聞かないらしい。

 外見だけは綺麗だから、それは理解できた。

 だけど軽薄で軽蔑に値する人間だと、私は評価していた。


 ハーディ・ドレフニオク。

 良く言えば『豪快』。

 悪く言えば『野蛮』

 そしておそらく、フィルの友人。

 その人間性は、推して知るべしだろう。

 彼についても、油断をするべきじゃない。


 ディーター・フォン・ファルケンシュタイン。

 良く言えば『穏やか』。

 悪く言えば『軟弱者』。

 クラウは冷淡に言い切った。

 あの子は努力を苦手とする子だった。

 だけど選考会で合格し、お父様が『シュテルン』 への編入を許した。

 心を入れ替えて、努力できるようになったのかもしれない。


 三人のうちで、仲良くなれそうなのはディーターくらい。

 十一人の中で最終学年じゃないのも、ディーターただ一人。

 義理とは言え親類なのだし、彼をサポートしてあげたいな。

 クラウは『恵まれた環境に身を置きながら、努力せずに結果を残せない人間』とばっさりだ。

 ファルケンシュタイン公爵家の次男に生まれ、環境は申し分がない。

 魔力も一等級、お爺様の孫だから、魔術の才能だって受け継いでるはず。

 その彼が努力を覚えたなら、きっと結果を残せるはずだ。




****

 シュテルンが稼働するまでは、従来の教室で授業を受けろと指示があった。

 私の場合、月末の定期試験で落第点がひとつでもあれば、合格取り消しだ。

「不安ですわ……」

 私は思わず本音を漏らしていた。

 ジュリアスがあきれたように告げる。

「あなたが落第点なんて、取るわけがないでしょう。
 何を不安がっているのやら」

 そうは言うけど、私にとっては初めての定期試験だ。

 そこで手を抜く気はなかった。

 フランツ殿下が私に告げる。

「そんな通過間違いなしの試験を心配するより、週末の心配をしておけ」

 私はハッと我に返った。

 今週末は、私とジュリアスの婚約を祝う夜会。

 もちろん、社交界に関わる気がない私は、大きな夜会に参加する気はなかった。

 こじんまりとした、身内だけのひっそりとした夜会だ。

 だけど私がジュリアスと婚約してから、初めての夜会でもある。

 最初で最後の夜会だと思うけど、ジュリアスのご両親が『是非お祝したい』と言ってきた。

 私の身勝手な婚約に付き合わせてしまってもいる。

 このぐらいは、望みを叶えてあげたいと思ってうなずいた。

 夜会はパートナーを同伴するのが慣例だ。

 みんなも自分の婚約者を連れてくるという。

 そこで失敗しないよう、気合を入れておこう!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

竜人の王である夫に運命の番が見つかったので離婚されました。結局再婚いたしますが。

重田いの
恋愛
竜人族は少子化に焦っていた。彼らは卵で産まれるのだが、その卵はなかなか孵化しないのだ。 少子化を食い止める鍵はたったひとつ! 運命の番様である! 番様と番うと、竜人族であっても卵ではなく子供が産まれる。悲劇を回避できるのだ……。 そして今日、王妃ファニアミリアの夫、王レヴニールに運命の番が見つかった。 離婚された王妃が、結局元サヤ再婚するまでのすったもんだのお話。 翼と角としっぽが生えてるタイプの竜人なので苦手な方はお気をつけて~。

処理中です...