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第2章:綺羅星
45.合格発表
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朝の教室に入り、「おはようございます」と挨拶をする。
いつもと変わらない朝の光景。
そこに私の噂話の影は感じられなかった。
「誰も噂をしていないのですわね」
ジュリアスが苦笑を浮かべて応える。
「あの日、食堂に居たのは三十人前後だと思います。
その中で現場を目撃したのは、十人もいないでしょう。
真偽不明の噂、そんなところじゃないですか」
私が『あの男』を殴り飛ばした――そんな話を信じる人間がほとんど居ないのだろう。
席に着くと、クラウが挨拶を告げてくる。
「おはよう、ヒルダ。少しは落ち着いたかしら」
私は苦笑を浮かべて応える。
「おそらく、昨日と変わらないと思いますわ」
自分でもどうにもできないのだから、これは仕方がないと思う。
『あの男』の名前を聞いただけで、私は怒りに支配されてしまうのだから。
私の表情を見たルイズがふぅ、とため息をついた。
「ねぇヒルダ。少し話を聞いて欲しいの。
『他の女がかすむ』という言葉には『あなたしか目に入らない』という意味があるのよ。
決して私たちを侮辱するつもりで言ったわけではないと思うわ」
その言葉に、私は唖然としていた。
「侮辱したわけじゃ、なかったの?」
ジュリアスが小さく息をついた。
「ですから『やり過ぎだ』と言いましたよ。
軽薄な言葉である事は間違いありません。
ですが、あそこまでされるような言葉でもないんです」
私はがっくりと肩を落として告げる。
「……あとで謝罪に行かねばなりませんわね」
クラウがほっとしたように告げる。
「ようやくその気になってくれたのね。
焦らなくても、シュテルンで会うことになるはずよ」
じゃあその時に『やり過ぎた』ことは謝罪しよう。
――だけど、ジュリアスを侮辱したことは忘れてない。
あの男は、ジュリアスを『男らしくない』と言った。
『女性を満足させることができない』とも。
それは男性としてのジュリアスを否定する、酷い侮辱だ。
私がフィル・ブランデンブルクを心から許すことは、決してないだろう。
****
昼休み、食堂に向かう途中の廊下に、選考会の結果が張り出されていた。
「あら、もう結果が出たんですのね。
さすがお父様、仕事が早いですわ」
みんなで張り出された名簿を眺めていく。
どうやら評価点で順位も着けられているらしい。
名簿の一番上に輝くのは私の名前。
二番手がジュリアスだった。
「わたくしが一位でいいのかしら。
ジュリアスの方が上ではなくて?」
ジュリアスが困ったように微笑んだ。
「今の時点では、間違いなくあなたの方が上ですよ。
もっと自信を持ってください」
そうなのか。
でも時間の問題だと思うんだけどな。
三番手を見ていく。
「クラウが三位ですわよね、きっと」
だけどそこに記されていたのは別の名前。
「――フィル・ブランデンブルク?! 嘘!
クラウよりも好成績を残したというの?!」
クラウの眉間にしわが寄っていた。
「私よりも上位、ですか。
あんな男に負けるなんて、実に不愉快ね。
己の不甲斐なさに腹が立つわ」
だけど、彼は砂時計鍛錬をしていないはず。
それでクラウを超えたのだ。
その魔術の腕は、疑いようもなかった。
フィルの後はみんなの名前が続く。
四位はクラウ。
五位がルイズ。
六位にベルト様。
七位がエマ。
八位はリッド。
九位にフランツ殿下。
そして――。
「ハーディ・ドレフニオク?!
確か、フィル様と一緒に居たという?
生粋の騎士の家系ではなかったの?!」
人を率いる力こそ劣るけど、実力ではベルト様以上という男。
私はクラウに振り向いて尋ねる。
「ねぇクラウ。どういう方ですの?」
クラウは冷たい眼差しで、その名前を見つめていた。
「良く言えば『豪快』。
悪く言えば『野蛮』。
そんな方と聞いていますわ」
これはクラウ流の言い回し。
オブラートに包んだ表現が『豪快な人』。
本音が『野蛮な男』。
つまり、フィルの友人らしいこの人は、粗野な人ということだろう。
そして最後、十一人目の名前を見る。
「――ディーター?! あの子も合格していたの?!」
そこには確かに『ディーター・フォン・ファルケンシュタイン』と記されていた。
クラウが不機嫌の権化のようなオーラを漂わせていた。
「私が嫌う人間が三人、ですか。
最悪ですわね」
『シュテルン』は来月、五月から稼働するらしい。
このクラス、いったいどうなるんだろう?!
****
食堂で昼食を食べながら、新しいクラスメイトについて話題を交換していく。
フィル・ブランデンブルク。
良く言えば『軽妙』。
悪く言えば『軽薄』
それがクラウの評価だった。
高い魔導の腕を持つけど、詳細は噂にも上がってこない。
小さな夜会に参加すると、彼の周りには女性が詰めかけるそうだ。
その割に、女性と親しくなったという噂は聞かないらしい。
外見だけは綺麗だから、それは理解できた。
だけど軽薄で軽蔑に値する人間だと、私は評価していた。
ハーディ・ドレフニオク。
良く言えば『豪快』。
悪く言えば『野蛮』
そしておそらく、フィルの友人。
その人間性は、推して知るべしだろう。
彼についても、油断をするべきじゃない。
ディーター・フォン・ファルケンシュタイン。
良く言えば『穏やか』。
悪く言えば『軟弱者』。
クラウは冷淡に言い切った。
あの子は努力を苦手とする子だった。
だけど選考会で合格し、お父様が『シュテルン』 への編入を許した。
心を入れ替えて、努力できるようになったのかもしれない。
三人のうちで、仲良くなれそうなのはディーターくらい。
十一人の中で最終学年じゃないのも、ディーターただ一人。
義理とは言え親類なのだし、彼をサポートしてあげたいな。
クラウは『恵まれた環境に身を置きながら、努力せずに結果を残せない人間』とばっさりだ。
ファルケンシュタイン公爵家の次男に生まれ、環境は申し分がない。
魔力も一等級、お爺様の孫だから、魔術の才能だって受け継いでるはず。
その彼が努力を覚えたなら、きっと結果を残せるはずだ。
****
シュテルンが稼働するまでは、従来の教室で授業を受けろと指示があった。
私の場合、月末の定期試験で落第点がひとつでもあれば、合格取り消しだ。
「不安ですわ……」
私は思わず本音を漏らしていた。
ジュリアスがあきれたように告げる。
「あなたが落第点なんて、取るわけがないでしょう。
何を不安がっているのやら」
そうは言うけど、私にとっては初めての定期試験だ。
そこで手を抜く気はなかった。
フランツ殿下が私に告げる。
「そんな通過間違いなしの試験を心配するより、週末の心配をしておけ」
私はハッと我に返った。
今週末は、私とジュリアスの婚約を祝う夜会。
もちろん、社交界に関わる気がない私は、大きな夜会に参加する気はなかった。
こじんまりとした、身内だけのひっそりとした夜会だ。
だけど私がジュリアスと婚約してから、初めての夜会でもある。
最初で最後の夜会だと思うけど、ジュリアスのご両親が『是非お祝したい』と言ってきた。
私の身勝手な婚約に付き合わせてしまってもいる。
このぐらいは、望みを叶えてあげたいと思ってうなずいた。
夜会はパートナーを同伴するのが慣例だ。
みんなも自分の婚約者を連れてくるという。
そこで失敗しないよう、気合を入れておこう!
いつもと変わらない朝の光景。
そこに私の噂話の影は感じられなかった。
「誰も噂をしていないのですわね」
ジュリアスが苦笑を浮かべて応える。
「あの日、食堂に居たのは三十人前後だと思います。
その中で現場を目撃したのは、十人もいないでしょう。
真偽不明の噂、そんなところじゃないですか」
私が『あの男』を殴り飛ばした――そんな話を信じる人間がほとんど居ないのだろう。
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「おそらく、昨日と変わらないと思いますわ」
自分でもどうにもできないのだから、これは仕方がないと思う。
『あの男』の名前を聞いただけで、私は怒りに支配されてしまうのだから。
私の表情を見たルイズがふぅ、とため息をついた。
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決して私たちを侮辱するつもりで言ったわけではないと思うわ」
その言葉に、私は唖然としていた。
「侮辱したわけじゃ、なかったの?」
ジュリアスが小さく息をついた。
「ですから『やり過ぎだ』と言いましたよ。
軽薄な言葉である事は間違いありません。
ですが、あそこまでされるような言葉でもないんです」
私はがっくりと肩を落として告げる。
「……あとで謝罪に行かねばなりませんわね」
クラウがほっとしたように告げる。
「ようやくその気になってくれたのね。
焦らなくても、シュテルンで会うことになるはずよ」
じゃあその時に『やり過ぎた』ことは謝罪しよう。
――だけど、ジュリアスを侮辱したことは忘れてない。
あの男は、ジュリアスを『男らしくない』と言った。
『女性を満足させることができない』とも。
それは男性としてのジュリアスを否定する、酷い侮辱だ。
私がフィル・ブランデンブルクを心から許すことは、決してないだろう。
****
昼休み、食堂に向かう途中の廊下に、選考会の結果が張り出されていた。
「あら、もう結果が出たんですのね。
さすがお父様、仕事が早いですわ」
みんなで張り出された名簿を眺めていく。
どうやら評価点で順位も着けられているらしい。
名簿の一番上に輝くのは私の名前。
二番手がジュリアスだった。
「わたくしが一位でいいのかしら。
ジュリアスの方が上ではなくて?」
ジュリアスが困ったように微笑んだ。
「今の時点では、間違いなくあなたの方が上ですよ。
もっと自信を持ってください」
そうなのか。
でも時間の問題だと思うんだけどな。
三番手を見ていく。
「クラウが三位ですわよね、きっと」
だけどそこに記されていたのは別の名前。
「――フィル・ブランデンブルク?! 嘘!
クラウよりも好成績を残したというの?!」
クラウの眉間にしわが寄っていた。
「私よりも上位、ですか。
あんな男に負けるなんて、実に不愉快ね。
己の不甲斐なさに腹が立つわ」
だけど、彼は砂時計鍛錬をしていないはず。
それでクラウを超えたのだ。
その魔術の腕は、疑いようもなかった。
フィルの後はみんなの名前が続く。
四位はクラウ。
五位がルイズ。
六位にベルト様。
七位がエマ。
八位はリッド。
九位にフランツ殿下。
そして――。
「ハーディ・ドレフニオク?!
確か、フィル様と一緒に居たという?
生粋の騎士の家系ではなかったの?!」
人を率いる力こそ劣るけど、実力ではベルト様以上という男。
私はクラウに振り向いて尋ねる。
「ねぇクラウ。どういう方ですの?」
クラウは冷たい眼差しで、その名前を見つめていた。
「良く言えば『豪快』。
悪く言えば『野蛮』。
そんな方と聞いていますわ」
これはクラウ流の言い回し。
オブラートに包んだ表現が『豪快な人』。
本音が『野蛮な男』。
つまり、フィルの友人らしいこの人は、粗野な人ということだろう。
そして最後、十一人目の名前を見る。
「――ディーター?! あの子も合格していたの?!」
そこには確かに『ディーター・フォン・ファルケンシュタイン』と記されていた。
クラウが不機嫌の権化のようなオーラを漂わせていた。
「私が嫌う人間が三人、ですか。
最悪ですわね」
『シュテルン』は来月、五月から稼働するらしい。
このクラス、いったいどうなるんだろう?!
****
食堂で昼食を食べながら、新しいクラスメイトについて話題を交換していく。
フィル・ブランデンブルク。
良く言えば『軽妙』。
悪く言えば『軽薄』
それがクラウの評価だった。
高い魔導の腕を持つけど、詳細は噂にも上がってこない。
小さな夜会に参加すると、彼の周りには女性が詰めかけるそうだ。
その割に、女性と親しくなったという噂は聞かないらしい。
外見だけは綺麗だから、それは理解できた。
だけど軽薄で軽蔑に値する人間だと、私は評価していた。
ハーディ・ドレフニオク。
良く言えば『豪快』。
悪く言えば『野蛮』
そしておそらく、フィルの友人。
その人間性は、推して知るべしだろう。
彼についても、油断をするべきじゃない。
ディーター・フォン・ファルケンシュタイン。
良く言えば『穏やか』。
悪く言えば『軟弱者』。
クラウは冷淡に言い切った。
あの子は努力を苦手とする子だった。
だけど選考会で合格し、お父様が『シュテルン』 への編入を許した。
心を入れ替えて、努力できるようになったのかもしれない。
三人のうちで、仲良くなれそうなのはディーターくらい。
十一人の中で最終学年じゃないのも、ディーターただ一人。
義理とは言え親類なのだし、彼をサポートしてあげたいな。
クラウは『恵まれた環境に身を置きながら、努力せずに結果を残せない人間』とばっさりだ。
ファルケンシュタイン公爵家の次男に生まれ、環境は申し分がない。
魔力も一等級、お爺様の孫だから、魔術の才能だって受け継いでるはず。
その彼が努力を覚えたなら、きっと結果を残せるはずだ。
****
シュテルンが稼働するまでは、従来の教室で授業を受けろと指示があった。
私の場合、月末の定期試験で落第点がひとつでもあれば、合格取り消しだ。
「不安ですわ……」
私は思わず本音を漏らしていた。
ジュリアスがあきれたように告げる。
「あなたが落第点なんて、取るわけがないでしょう。
何を不安がっているのやら」
そうは言うけど、私にとっては初めての定期試験だ。
そこで手を抜く気はなかった。
フランツ殿下が私に告げる。
「そんな通過間違いなしの試験を心配するより、週末の心配をしておけ」
私はハッと我に返った。
今週末は、私とジュリアスの婚約を祝う夜会。
もちろん、社交界に関わる気がない私は、大きな夜会に参加する気はなかった。
こじんまりとした、身内だけのひっそりとした夜会だ。
だけど私がジュリアスと婚約してから、初めての夜会でもある。
最初で最後の夜会だと思うけど、ジュリアスのご両親が『是非お祝したい』と言ってきた。
私の身勝手な婚約に付き合わせてしまってもいる。
このぐらいは、望みを叶えてあげたいと思ってうなずいた。
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