上 下
43 / 102
第2章:綺羅星

43.シュテルン選考会(4)

しおりを挟む
 控室に戻ってきたフランツ殿下は、満面の笑みだった。

 戻ってきた瞬間のサムズアップ!

「ハハハ! ヴォルフガングからほめられたぞ!
 掛け値なしの褒め言葉を受け取ったのは初めてだ!」

 殿下、いつも叱られてばかりだったからなぁ。

 ベルト様も、どこかゆったりとした空気で告げる。

「最後は私か。
 殿下が突破出来て、私が不合格になど、ならぬようにせねばな」

 フランツ殿下が合格したことで、緊張がほぐれたみたい。

 ふと降らぬ殿下が、思い出したように告げる。

「俺たちは八人だよな。
 ノルベルトがまだだから、合格者は七人のはずだ」

 私はうなずいて応える。

「その通りですわね。
 私たち以外の生徒に合格者はいなさそうですし」

「ヴォルフガングが言ってたんだ。
 『この分なら合格者は十人以上だ』ってな」

 クラウがうつむき気味に考えこんでいた。

「ノルベルト様を合格予定とみなしても、既に二名の合格者がいるのね」

 合格したまま、控室に戻ってこない生徒が居た、ということだ。

 でもクラウでも、百人近く居た生徒全員の力量を把握するのは難しいらしい。

 それ以上は推測しても無駄だろう、ということで話は打ち切りになった。


「次! ノルベルト・フォン・キルステン!」

 音がなるほど頬を両手で叩き、ベルト様が気合を入れていた。

「では、合格してきます」




****

 ベルト様も帰ってきてサムズアップ!

 私たちは八人全員が合格、ということになった。

 殿下が指揮を執り、全員で円陣を組んでハイタッチを交わす。

 実に青春の絵面だ。

 ジュリアスも恥ずかしそうに加わっていた。


「そういえば、みなさまはどのような魔術で合格なさったの?」

 それを打ち明けたのは私だけだ。

 ジュリアスが苦笑いをして応える。

「俺は魔法を使え、と言われました。
 魔法はその家の『秘儀』です。
 たとえ友人でも、その内容を教える訳にはいきません」

 どうしても知りたければ、筆頭宮廷魔導士になるしかないらしい。

 筆頭宮廷魔導士は、国家が保有する魔法の知識を管理している。

 その知識をもとに、国王陛下へ助言を出すらしい。

 誰かが知っていなければならない情報。

 だけどむやみに教えることはできない。

 だからこういった制度になってるらしかった。

 魔法を持たない家も珍しくない。

 特に騎士の家系のベルト様や、王族のフランツ殿下は家に魔法がない。

 そういったケースは、『魔法銀ミスリルの形を変えろ』と言われたらしい。

 フランツ王子が告げる。

「あの金属、本当にデリケートだったな。
 なんとか形にはしたが、特訓前なら絶対に無理だったぞ」

 だけど、みんなが無事に通過したのだ。

 そろそろお昼だし、食堂でお祝いの続きをしよう!




****

 普段より人の少ない食堂。

 ヒルデガルトたちは、いつものように八人でテーブルを囲んでいた。

 歓談しながら食事を食べ進めるヒルデガルトの背後から、一人の青年が歩み寄る。

「――失礼、ヒルデガルト嬢、でよろしいかな?」

「ほぇ?」

 ヒルデガルトは不意を突かれ、間抜けな声を漏らした。

 サンドイッチに食いつきながら、背後に振り返る。

 彼女の前には、麗人と呼んで差し支えのない青年が立っていた。

 艶やかなゴールドブロンドをまとった長身。

 一見すると女性のようにも見えるが、骨格が男性であることを主張している。

 ターコイズブルーの瞳は、ヒルデガルトの瞳を真っ直ぐ見つめていた。

 険のこもった声でクラウディアが告げる。

「あなた、どなたかしら? 何かご用?」

 青年はひるまずに応える。

「失敬、フィル・ブランデンブルクと申します。
 シュテルン合格者の一人ですよ。
 これを機にご挨拶を、と思いまして」

 フィルの手が、サンドイッチに食いついているヒルデガルトの手を取った。

 そのままひざまずき、彼女の左手の甲に唇を落していく。

 ――何事?!

 ヒルデガルトは頭が真っ白になっていた。

 フィルはヒルデガルトを見上げて告げる。

「私はあなたとお近づきになりたい。
 どうか私に、あなたの横に居ることを許してほしい」

 ヒルデガルトは混乱しながらも、フィルに告げる。

「あ、あの! わたくし婚約者が居ますので!」

 フィルがジュリアスを一瞥いちべつし、口の端を軽く持ち上げた。

「シュルマン伯爵令息のことですか?
 彼のことなど、私が忘れさせてあげますよ。
 あのように男らしさを持ち合わせないのでは、あなたも不満があるでしょう」

 ヒルデガルトの表情が凍り付いた。

 静かな怒りをたたえた瞳で、フィルを見下ろす。

「……今、なんとおっしゃったのかしら」

 フィルが微笑んで応える。

「背も低く、体も鍛えず、まるで子供同然の身なりだ。
 あれでは男性として、女性を満足させることなどできはしない。
 彼に失望する前に、私に乗り換えてはいかがかな?」

 ヒルデガルトの目が、次第に険しくなっていた。

 だが精霊眼しか見ていないフィルは、彼女の変化に気が付いていない。

 フィルがさらに言葉を続ける。

「あなたこそ美の化身だ。
 その可憐な美貌の前では、他の令嬢などかすんでしまう。
 私をあなたの心に住まわせてはもらえないだろうか」

 その言葉を、ヒルデガルトは怒りをたたえた目で受け止めた。

 ――かすむ? 他の令嬢が、クラウが『かすむ』と言ったのか。彼女たちの目の前で!

 それに気付いた瞬間、ヒルデガルトの意識から思考が途切れた。

 フィルは軽薄な言葉を彼女に浴びせ続けていた。

 彼に向かって、ヒルデガルトが空いている右手をゆっくりと振り上げ、拳を作った。

 その体は、怒りで細かく震えている。

 ヒルデガルトの異変に気付いたフィルが声をかける。

「レディ? どうしましたか?」

 ――次の瞬間、ヒルデガルトの右拳がフィルの顔面中央にさく裂していた。

 疾風迅雷。電光石火の早業だった。

 一切の手加減がない全力。

 特等級の魔力を惜しみなく注ぎ込んだ≪身体強化≫での右ストレート。

 あまりの衝撃に、ヒルデガルトの右腕は筋線維と骨格が悲鳴を上げていた。

 彼女に殴り飛ばされたフィルは食堂の宙を舞い、激しく壁に叩き付けられていた。

 周囲にわずかに居た生徒たちが、なにごとかと視線を寄越す。

 ヒルデガルトは幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、フィルに向かって歩み始めた。

「言うに事欠いて、他の令嬢が、クラウが『かすむ』?
 よくも私の友達を侮辱してくれたわね。
 その顔面、その性根に相応しい形に叩き直してあげるわ」

 彼女がフィルに近寄ろうとする姿で我に返った仲間たちが、彼女を止めに走った。

 ノルベルトは彼女を背後から羽交い絞めにして引き留めた。

「ヒルダ嬢! やりすぎです!」

 ジュリアスは前に回り、彼女の両肩を抑えつけた。

「冷静になってください、ヒルダ嬢!
 ≪身体強化≫をしてまで殴るなど、淑女のやることではありませんよ?!」

 両者とも、≪身体強化≫でヒルデガルトの前進を妨げている。

 それでも彼女は前進を諦めなかった。

 男子二人を引きずりながら、徐々にフィルに近づいて行く。

 ヒルデガルトが激しく吼える。

「ジュリアスが『男らしくない』など、良くも言えたな?!
 お前にジュリアスを語る資格などない!
 その汚い口で、彼の名を呼ぶな!」

 フィルは鼻血で顔面を染めながら、呆然と彼女を見上げていた。

 ヒルデガルトの一撃は、まともに食らっていたら致命傷だ。

 それをとっさに、魔術で致命傷を避けていた。

 フィルでなければ命はなかったかもしれない。

 ヒルデガルトの裂帛れっぱくの気迫に、ただ圧倒されていた。

 彼女の右手を、近づいたクラウディアの両手が包み込んだ。

「ねぇヒルダ。
 お願いだから、こちらを向いて?」

 その優しい声に、ヒルデガルトの目線が動き、声の主を捉えた。

 彼女の視界に入ってきたのはクラウディアの、心からの優しい微笑みだった。

「あなたの気持ちはとても嬉しい。
 でも、もうこれで充分よ。
 これ以上は必要ないわ。
 だから、落ち着いて?」

 彼女の様子を見ていて、ようやくヒルデガルトの思考が戻ってくる。

 その表情から険しさが薄れていった。

「――クラウ」

「ほら、手が傷ついてしまっているわ。
 一緒に医務室に行きましょう? ね?」

 ヒルデガルトは静かにうなずき、ジュリアスとノルベルトに告げる。

「ごめんなさい、もう大丈夫です」

 ノルベルトは恐る恐る、ヒルデガルトから手を離した。

 ジュリアスがヒルデガルトに告げる。

「やっと冷静になりましたか?
 俺も医務室に一緒に行きます。
 歩けますか?」

 ヒルデガルトは恥ずかしそうにうなずいた。

「ごめんなさい、ジュリアス。
 あなたにも迷惑をかけてしまって」

「構いませんよ。
 気にしないでください」

 クラウディアに肩を抱かれ、ヒルデガルトたちは外に向かって歩きだす。

 ――だが思い出したように足を止め、フィルに振り返り睥睨へいげいした。

「フィル・ブランデンブルク。二度と私に近づくな」

 その声は、恐ろしく冷たい響きを持っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...