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第2章:綺羅星
42.シュテルン選考会(3)
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選考会の会場は、広いスペースに長机が一つ。
その机の前にお父様が座っている。
部屋の中央にも椅子が一つ置いてある。
長机の上には、銀色の手鏡がひとつ、置いてあった。
あの鏡を審査に使うのかな。
「ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタイン、入ります」
お父様がいつもの微笑みで応える。
「うん、おかけなさい」
中央の椅子に座ると、お父様が口を開く。
「お前は編入直後だから成績を出せない。
だがお前の学力は学院側に認めさせてある。
お前の学力については、私が全責任を取るということで承知させてあるよ」
私は黙ってうなずいた。
お父様が人の良い笑みで告げる。
「一芸は……言うまでもないね。
お前は『蜃気楼』を使える。あれで充分だ。
――それでは課題を与えるよ。準備は良いね?」
「はい、お父様」
お父様はうなずくと、傍らの手鏡を私に手渡した。
「これは魔法銀の手鏡だ。
これを使って『蜃気楼』を作りなさい。
制限時間は十分だ――始め!」
パン、とお父様が両手を打ち鳴らした。
――え?! 魔法銀? これで『蜃気楼』?!
金属を媒介にした魔術なんて、使ったことはない。
魔法銀《ミスリル》なんて金属も、初めて聞いた。
だけどカウントダウンは始まっている。
混乱してる暇はない。
まず、どんな金属なのか把握しないと!
早速、手鏡に魔力を浸透させる。
驚くほどの速さで魔力が金属に順応していった。
凄い魔力伝導率だな。
でもこの手応えなら、水と同じ感覚で行ける気がする。
問題は、体積を増やせるか否か!
この圧倒的に堆積が小さな手鏡で、『もう一人の私』を作らなきゃいけない。
どうにかして膨らませないと。
魔法銀《ミスリル》に対していくつもの魔力の波長を当て、感触を確かめていく。
……やっぱり金属の体積を増やすことは難しそうだ。
金属を操る魔術は土の属性。
土の属性は体積を増やすことがそもそも難しい。
そんな金属を膨らませるなんて、魔法以外に方法はない気がする。
――となれば、薄く引き伸ばす! これしかない!
方針が決まったので、椅子から立ち上がり手鏡に意識を集中させる。
手鏡がどろりと溶け落ち、みるみる『私』を形作っていく。
薄くしただけじゃ面積が足りないか。
ならば、存在自体を薄める!
魔力で魔法銀の粒子を掴み、隙間を広げていく。
隙間には同調した魔力を流し込んで、強度を維持させた。
――強度が厳しい! 強めに補強しないと!
超極薄に引き延ばされた魔法銀が、ついに『私』を形作った。
二人の私がお父様に淑女の礼を取る。
私はお父様に微笑んで告げる。
「いかがでしょうか」
「うん、合格」
お父様は、極上の笑みを浮かべていた。
****
私は一息つくと、『蜃気楼』を解除した。
もう一人の『私』が、私の姿のまま魔法銀に戻っていく。
「金属で『蜃気楼』を作ると、こうなるのですね」
お父様がうなずいた。
「これはこれで使い道があるからね。
覚えておくといいよ」
たとえば魔術を維持しなくても、人間が立っているように見せられる。
でもこんなの、魔法銀以外の金属じゃできない気がするな。
お父様が私に告げる。
「お前はこのあと、どうするね?
自宅に戻っても構わないが」
私は少し考えてから応える。
「控室に戻って、課題の内容をクラウたちに教えても構いませんか?」
「ああ、問題ないよ。
魔法銀のことも教えてやるといい。
知ったからと言って、すぐに対策できるものじゃないからね」
私はお父様に頭を下げて告げる。
「ありがとうございます」
そうして私は、選考会会場を辞去した。
****
ジュリアスが難しい顔をしてうつむいていた。
「魔法銀ですか。また厄介な課題だ」
「そうなのですか?
確かに、ものすごく難しかったですけれど」
クラウディアがヒステリックに声を上げる。
「ちょっと! ヒルダでも難しいって、初めて聞いたわよ?!」
「別にお父様の無理難題は、今に始まったことじゃありませんわよ?」
グランツに通う前、いや今でもそれが日常だし。
ジュリアスが魔法銀について解説してくれた。
魔法銀は魔力との順応性に秀でた希少金属らしい。
合金にして武具に使うことが多いのだとか。
魔法銀《ミスリル》を媒介にした有名な魔術もいくつか存在するという。
「――ただし、あの金属は恐ろしくデリケートです」
「デリケート?」
むしろ、反応が良くて扱いやすかったけどなぁ?
ジュリアスから『あなたは別格ですよ』という冷たい視線が飛んできた。
魔力に反応しすぎる金属だ、とジュリアスは言い換えた。
雑な魔力制御をすれば、簡単に形が歪んでしまうらしい。
とても繊細な魔力制御が要求される、と言っていた。
そして今回の課題は『魔法銀《ミスリル》で得意魔術を成立させること』だと。
その上で、魔力制御の質を審査される。
「――受験生が十人も残れば、御の字じゃないですか」
そんなに少ないの?!
ジュリアスの解説が続く。
加えて十分の制限時間付き。
その短い時間で魔法銀との相性を把握する必要がある。
こんな希少金属に触れたことのある生徒は、おそらく居ない。
焦って気がはやれば、術式の成功率が大きく落ちる。
「――実に嫌らしい状況設定だ」
話を聞いていたクラウたちの表情は硬い。
それまで真剣だったジュリアスの表情が、急に柔らかくなった。
「と、まぁ暗い材料はこれぐらいにしておきましょうか」
前から言っていた通り、審査は魔力制御の質。
『砂一粒』よりかなり難しくなったけれど、みんなならきっとできるはず。
精密な魔力制御を心がけて欲しい、とジュリアスは言った。
「――もういっそ、制限時間は忘れてしまいましょう。
そのくらいの気持ちで臨んでください」
やっぱりこういう時、ジュリアスは頼りになるなぁ。
自分のことじゃないのに、とっても誇らしい。
自慢したくて仕方がなかった。
私たちの話を聞いていたのか、控室の中がざわついていた。
再び教師が現れて、名簿を見て告げる。
「次、ジュリアス・シュルマン!」
ジュリアスの顔に決意がみなぎっていた。
****
三分後、ジュリアスが控室に帰ってきた。
私は恐る恐る尋ねる。
「……どうでしたか?」
ジュリアスはすまし顔でサムズアップして応えた。
「思った通りの審査内容でした。
三か月前の俺だったら失格になるところです」
その後、数人の名前が呼ばれて行った。
だけど控室に戻ってきた彼らの表情は暗い。
「……失格になったのかしら」
ジュリアスも部屋の様子を眺めて応える。
「無策で臨めば普通はそうなります。
逆に、無策でも合格できる人材を発掘できれば大成功でしょう」
また教師が生徒の名前を呼ぶ。
「次! クラウディア・フォン・ヴィンケルマン!」
「うわわ、私?!」
完全に動揺してるクラウの両肩を叩いて、私は告げる。
「大丈夫! 自信を持ってクラウ! あなたならできますわ!」
クラウは一瞬だけ怯んでいた。
だけど私の目を見て、力強くうなずいてみせた。
****
十分後、控室に戻ってきたクラウは、酷く疲れ切っていた。
「クラウ! 大丈夫?!」
彼女に駆け寄って肩を抱く。
「だ、だいじょうぶ……。
あんなに集中したのは、生まれて初めてかも」
ジュリアスが冷静な声で告げる。
「その様子なら、合格できましたね?」
クラウは疲れた顔のまま、ニコリとジュリアスに微笑みを返した。
「当然じゃない?
私を誰だと思っているの?」
――そこには普段の『学院の女王』の姿があった。
その後に呼ばれたルイズ、エマ、リッドも、帰るとへとへとになっていた。
愚痴りながら私たちに合流する。
それでも全員が合格していた。
「みなさま、すごいですわ!」
女子五人で抱き合い、健闘を褒め合っていた。
ジュリアスが男子二人を見て告げる。
「残るのは殿下とノルベルトのみですが、殿下が心配ですね」
「たぶん大丈夫よ」
へろへろのルイーゼが教えてくれた。
応募者の力量を見て、加減はしてくれるそうだ。
特に魔法銀と相性が悪い術式の場合、『術式が途中で止まってもいい』らしい。
だけどそれは、『発動はさせなければならない』。
相性が悪い術式の場合、発動自体が難しいだろう。
「――最初に思ってたよりは、なんとかなりそうだったわ。
だから殿下も大丈夫よ」
「そ、そうか。うむ」
殿下の緊張は、まだほぐれないみたいだ。
またしばらく、別の生徒が呼ばれて行く。
控室に戻らない生徒も多いらしく、室内は閑散とし始めた。
そして教師が新たに名前を呼ぶ。
「次! フランツ・ヨアヒム・フォン・レブナント殿下!」
「……いってくる」
ふらふらと出て行く殿下の後姿を、私たちはじっと見守った。
その机の前にお父様が座っている。
部屋の中央にも椅子が一つ置いてある。
長机の上には、銀色の手鏡がひとつ、置いてあった。
あの鏡を審査に使うのかな。
「ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタイン、入ります」
お父様がいつもの微笑みで応える。
「うん、おかけなさい」
中央の椅子に座ると、お父様が口を開く。
「お前は編入直後だから成績を出せない。
だがお前の学力は学院側に認めさせてある。
お前の学力については、私が全責任を取るということで承知させてあるよ」
私は黙ってうなずいた。
お父様が人の良い笑みで告げる。
「一芸は……言うまでもないね。
お前は『蜃気楼』を使える。あれで充分だ。
――それでは課題を与えるよ。準備は良いね?」
「はい、お父様」
お父様はうなずくと、傍らの手鏡を私に手渡した。
「これは魔法銀の手鏡だ。
これを使って『蜃気楼』を作りなさい。
制限時間は十分だ――始め!」
パン、とお父様が両手を打ち鳴らした。
――え?! 魔法銀? これで『蜃気楼』?!
金属を媒介にした魔術なんて、使ったことはない。
魔法銀《ミスリル》なんて金属も、初めて聞いた。
だけどカウントダウンは始まっている。
混乱してる暇はない。
まず、どんな金属なのか把握しないと!
早速、手鏡に魔力を浸透させる。
驚くほどの速さで魔力が金属に順応していった。
凄い魔力伝導率だな。
でもこの手応えなら、水と同じ感覚で行ける気がする。
問題は、体積を増やせるか否か!
この圧倒的に堆積が小さな手鏡で、『もう一人の私』を作らなきゃいけない。
どうにかして膨らませないと。
魔法銀《ミスリル》に対していくつもの魔力の波長を当て、感触を確かめていく。
……やっぱり金属の体積を増やすことは難しそうだ。
金属を操る魔術は土の属性。
土の属性は体積を増やすことがそもそも難しい。
そんな金属を膨らませるなんて、魔法以外に方法はない気がする。
――となれば、薄く引き伸ばす! これしかない!
方針が決まったので、椅子から立ち上がり手鏡に意識を集中させる。
手鏡がどろりと溶け落ち、みるみる『私』を形作っていく。
薄くしただけじゃ面積が足りないか。
ならば、存在自体を薄める!
魔力で魔法銀の粒子を掴み、隙間を広げていく。
隙間には同調した魔力を流し込んで、強度を維持させた。
――強度が厳しい! 強めに補強しないと!
超極薄に引き延ばされた魔法銀が、ついに『私』を形作った。
二人の私がお父様に淑女の礼を取る。
私はお父様に微笑んで告げる。
「いかがでしょうか」
「うん、合格」
お父様は、極上の笑みを浮かべていた。
****
私は一息つくと、『蜃気楼』を解除した。
もう一人の『私』が、私の姿のまま魔法銀に戻っていく。
「金属で『蜃気楼』を作ると、こうなるのですね」
お父様がうなずいた。
「これはこれで使い道があるからね。
覚えておくといいよ」
たとえば魔術を維持しなくても、人間が立っているように見せられる。
でもこんなの、魔法銀以外の金属じゃできない気がするな。
お父様が私に告げる。
「お前はこのあと、どうするね?
自宅に戻っても構わないが」
私は少し考えてから応える。
「控室に戻って、課題の内容をクラウたちに教えても構いませんか?」
「ああ、問題ないよ。
魔法銀のことも教えてやるといい。
知ったからと言って、すぐに対策できるものじゃないからね」
私はお父様に頭を下げて告げる。
「ありがとうございます」
そうして私は、選考会会場を辞去した。
****
ジュリアスが難しい顔をしてうつむいていた。
「魔法銀ですか。また厄介な課題だ」
「そうなのですか?
確かに、ものすごく難しかったですけれど」
クラウディアがヒステリックに声を上げる。
「ちょっと! ヒルダでも難しいって、初めて聞いたわよ?!」
「別にお父様の無理難題は、今に始まったことじゃありませんわよ?」
グランツに通う前、いや今でもそれが日常だし。
ジュリアスが魔法銀について解説してくれた。
魔法銀は魔力との順応性に秀でた希少金属らしい。
合金にして武具に使うことが多いのだとか。
魔法銀《ミスリル》を媒介にした有名な魔術もいくつか存在するという。
「――ただし、あの金属は恐ろしくデリケートです」
「デリケート?」
むしろ、反応が良くて扱いやすかったけどなぁ?
ジュリアスから『あなたは別格ですよ』という冷たい視線が飛んできた。
魔力に反応しすぎる金属だ、とジュリアスは言い換えた。
雑な魔力制御をすれば、簡単に形が歪んでしまうらしい。
とても繊細な魔力制御が要求される、と言っていた。
そして今回の課題は『魔法銀《ミスリル》で得意魔術を成立させること』だと。
その上で、魔力制御の質を審査される。
「――受験生が十人も残れば、御の字じゃないですか」
そんなに少ないの?!
ジュリアスの解説が続く。
加えて十分の制限時間付き。
その短い時間で魔法銀との相性を把握する必要がある。
こんな希少金属に触れたことのある生徒は、おそらく居ない。
焦って気がはやれば、術式の成功率が大きく落ちる。
「――実に嫌らしい状況設定だ」
話を聞いていたクラウたちの表情は硬い。
それまで真剣だったジュリアスの表情が、急に柔らかくなった。
「と、まぁ暗い材料はこれぐらいにしておきましょうか」
前から言っていた通り、審査は魔力制御の質。
『砂一粒』よりかなり難しくなったけれど、みんなならきっとできるはず。
精密な魔力制御を心がけて欲しい、とジュリアスは言った。
「――もういっそ、制限時間は忘れてしまいましょう。
そのくらいの気持ちで臨んでください」
やっぱりこういう時、ジュリアスは頼りになるなぁ。
自分のことじゃないのに、とっても誇らしい。
自慢したくて仕方がなかった。
私たちの話を聞いていたのか、控室の中がざわついていた。
再び教師が現れて、名簿を見て告げる。
「次、ジュリアス・シュルマン!」
ジュリアスの顔に決意がみなぎっていた。
****
三分後、ジュリアスが控室に帰ってきた。
私は恐る恐る尋ねる。
「……どうでしたか?」
ジュリアスはすまし顔でサムズアップして応えた。
「思った通りの審査内容でした。
三か月前の俺だったら失格になるところです」
その後、数人の名前が呼ばれて行った。
だけど控室に戻ってきた彼らの表情は暗い。
「……失格になったのかしら」
ジュリアスも部屋の様子を眺めて応える。
「無策で臨めば普通はそうなります。
逆に、無策でも合格できる人材を発掘できれば大成功でしょう」
また教師が生徒の名前を呼ぶ。
「次! クラウディア・フォン・ヴィンケルマン!」
「うわわ、私?!」
完全に動揺してるクラウの両肩を叩いて、私は告げる。
「大丈夫! 自信を持ってクラウ! あなたならできますわ!」
クラウは一瞬だけ怯んでいた。
だけど私の目を見て、力強くうなずいてみせた。
****
十分後、控室に戻ってきたクラウは、酷く疲れ切っていた。
「クラウ! 大丈夫?!」
彼女に駆け寄って肩を抱く。
「だ、だいじょうぶ……。
あんなに集中したのは、生まれて初めてかも」
ジュリアスが冷静な声で告げる。
「その様子なら、合格できましたね?」
クラウは疲れた顔のまま、ニコリとジュリアスに微笑みを返した。
「当然じゃない?
私を誰だと思っているの?」
――そこには普段の『学院の女王』の姿があった。
その後に呼ばれたルイズ、エマ、リッドも、帰るとへとへとになっていた。
愚痴りながら私たちに合流する。
それでも全員が合格していた。
「みなさま、すごいですわ!」
女子五人で抱き合い、健闘を褒め合っていた。
ジュリアスが男子二人を見て告げる。
「残るのは殿下とノルベルトのみですが、殿下が心配ですね」
「たぶん大丈夫よ」
へろへろのルイーゼが教えてくれた。
応募者の力量を見て、加減はしてくれるそうだ。
特に魔法銀と相性が悪い術式の場合、『術式が途中で止まってもいい』らしい。
だけどそれは、『発動はさせなければならない』。
相性が悪い術式の場合、発動自体が難しいだろう。
「――最初に思ってたよりは、なんとかなりそうだったわ。
だから殿下も大丈夫よ」
「そ、そうか。うむ」
殿下の緊張は、まだほぐれないみたいだ。
またしばらく、別の生徒が呼ばれて行く。
控室に戻らない生徒も多いらしく、室内は閑散とし始めた。
そして教師が新たに名前を呼ぶ。
「次! フランツ・ヨアヒム・フォン・レブナント殿下!」
「……いってくる」
ふらふらと出て行く殿下の後姿を、私たちはじっと見守った。
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