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第2章:綺羅星
41.シュテルン選考会(2)
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昼休み、昼食を食べ終わったクラウに私は告げる。
「ねぇクラウ、少し相談に乗ってもらってもいいですか」
私の顔を見たクラウが、優しく微笑んだ。
「ええ、構わないわ。
ルイズたちにも、一緒に話をしてあげられる?」
私は黙ってうなずき、女子五人で食堂から学院のサロンへと向かった。
ヒルデガルトが立ち去る後姿を、ノルベルトが見つめていた。
「彼女の思い詰めた顔なんて、初めて見ますね」
フランツ王子が紅茶を飲みながら応える。
「婚約したんだ。以前と同じようにはいかんだろう。
――なぁ? 婚約者殿?」
話を振られたジュリアスも、落ち着いて紅茶を口にしていた。
「これは彼女の問題です。
俺たちが口を出していい領分じゃありません。
今はただ、彼女が結論を出すことを待ちましょう」
フランツ王子がからかうように告げる。
「おーおー、婚約者殿はいっぱしの口をきくなぁ。
ヒルデガルトが何に悩んでいるのか、わかってるのか?」
「その程度がわからないで、婚約者は務まりません。
俺は全身全霊で彼女を守り抜く。
それがわかっていれば充分です」
フランツ王子の表情が真顔に変わる。
「……ジュリアス、お前は私の側近となるべき男だ。
ヴォルフガングの後を継げるのは、お前しかいないだろう。
そのお前が、国を見捨てて野に下ると言うつもりか」
ヒルデガルトも優れた魔導士だ。
素質だけなら、ジュリアスを超える部分もある。
だが彼女は平民として生まれ、平民として育ってきた。
そんな彼女に、貴族社会で生きて行く覚悟はできないだろう。
これからの国家を牽引していくのは、ジュリアスのような優れた魔導士だ。
静かな口調だが、フランツ王子は淡々とジュリアスに言い聞かせた。
そんなフランツ王子に、ジュリアスが不敵に微笑みを返す。
「殿下は本当の彼女を知らないのですね。
彼女は強い。我々の中で誰よりも。
あるいは貴族社会で生き抜く覚悟すら、彼女はするかもしれません」
だがジュリアスは、ヒルデガルトがどんな道を選ぼうと共に歩むと決めている。
彼女の笑顔こそがジュリアスの幸福。
彼女の幸福を守るためなら、他のどんな犠牲も厭わない。
ジュリアスは静かに告げた。
ノルベルトは複雑な顔をしていた。
困惑と戸惑い、そして羨望と嫉妬。
すべてを投げ打つ覚悟を決めているジュリアスを羨ましく思い、妬ましく思う。
そんな浅ましい気持ちが表情に現れていた。
本意ではない婚約を投げ捨てることすらできない。
そんな小さな男は、目の前で微笑むジュリアスを眩しそうに見つめていた。
****
私はクラウたちに心の内を打ち明けていた。
「――こんなに弱い自分が居たなんて、初めて知りました」
リッドがニマニマしながら告げる。
「あの『怒らしちゃいけない奴ランキング』で堂々の一位に輝くあんたがねぇ。
初恋なのかい? 初々しいね」
「なんですか、そのランキングは」
不本意極まる名前のランキングだな?
エマが楽しそうに応える。
「クラウ襲撃事件で、何年も不動の一位だったクラウを追い抜いたんだよー。
私たち全員で『ヒルダを怒らせないようにしよう』って思ったの」
ルイズが微笑みながら告げる。
「あの夜のヒルダ、本当に怖かったものね。
私、クラウが迫力負けするところを初めて見たわ」
え? 『学院の女王』として二年間君臨してきたクラウが、迫力負けしたの?
私はあの、クラウ襲撃事件の記憶が曖昧だ。
三人目の刺客を倒したあたりから、記憶がおぼろになって居る。
とにかく怒ってたのは、なんとなく覚えてるんだけど。
「ねぇクラウ。わたくしはそんなに怖かったの?」
クラウは急に蒼褪めて震えだした。
「……今でもあの日のことを夢に見るわ。
恐怖というものを初めて知った気分だった。
私も『絶対にヒルダを怒らせないようにしよう』って心に誓ったもの」
「――そこまで怖かったの?!」
ルイズがクスクスと笑っていた。
「そんなあなたでも、好きな人の前では弱くなってしまうのね。
これはやっぱり、万国共通なのかしら」
私はみんなに尋ねる。
「ねぇみなさま、自分が弱いと思ったことはありますか?
婚約者の前で弱い自分を、自覚したことはありますか?」
リッドがニヤリと笑って応える。
「あたしらは恋愛をしてるって訳じゃないからね。
貴族の娘として、婚姻相手と信頼関係を結んでいるだけさ。
それがいつか愛になるかもしれないが、今はまだ、そんな強い思いじゃない」
貴族令嬢、ドライだな?!
平民みたいに恋愛結婚が当たり前じゃないからなのかなぁ?!
でも、クラウはフランツ殿下と強い信頼関係があるように思えた。
じゃあクラウも、弱い自分を自覚するのかな。
ちらりと横目でクラウを見る。
「……私? そうね、あなたほどじゃなくても、弱い自分を感じることはあるわね。
でも私は公爵家の人間だもの。
自分が許せる自分を、意地でも保ち続けてみせるわ」
さすがクラウ、心が強いなぁ。
私はやっぱり弱いんだろうか。
しょんぼりしてると、ルイズが肩を抱きしめてきた。
「あなた、愛に飢えてるんじゃない?
だから愛を与えてくれる人に、強く依存してしまいやすいのよ。
そんな心を制御するのは、いくらあなたでも大変だ、ということじゃない?」
――愛の渇望か。
確かに私の心は、今も愛で渇いている。
周りのみんながいくら慈しんでくれても、私の心は気が付くとカラカラに渇いていた。
もっと欲しい、もっと愛されたい――そんな浅ましい心を抑えつけてる自覚はある。
そんな心が、恋愛相手の前で欲望をたぎらせてしまうのかな。
……なんだか、そんな自分は許せなかった。
「わたくしは強く在りたいですわ。
自分が許せる自分で居たい。
それだけは何よりも譲れない願いですもの」
クラウたちが、私に優しく微笑んだ。
「大丈夫、あなたはきちんと強く生きてるわ。
今はただ、初めての恋に戸惑っているだけ。
時間が経てば、普段の貴方に戻れるわよ」
そうなのかな。そうだといいな。
私は四人に抱きしめられながら、サロンを後にした。
****
シュテルン選考会当日を迎えた。
控室に居る応募者は百人足らず。
思ったよりずっと少ない。
この応募者を、お父様がひとりずつ審査していくらしい。
ルイズが強張った表情で告げる。
「最初の一人は緊張するでしょうね。
前の人から情報を得られる分、後の人が有利よ」
普段通り、落ち着いたジュリアスが応える。
「ですが、情報があり過ぎても混乱します。
深く考えずに臨む方がいいでしょう」
みんなの顔を見渡すと、私とジュリアス以外は緊張が抜けないみたいだ。
「みなさま、もっと肩の力を抜いて行きましょう?」
フランツ殿下が私に応える。
「お前らは通過確定枠だから気楽かもしれんがな。
足きり瀬戸際の人間は、そうも言ってられないんだぞ?」
自信家の殿下がナーバスになるなんて。
クラウの顔色も良くない。
エマが「大丈夫?」と彼女に声をかけた。
クラウは「ええ、平気よ」と応えるけど、そこに普段の姿はない。
無理をしてるのが見え見えだ。
控室全体が緊張感に包まれていた。
ピリピリとした空気を感じる。
やがて扉が開き、外から教師が入ってきた。
生徒たちの視線が集中する中、教師の口が開かれる。
「――ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタイン。君が最初だ」
私はうなずいて、隣にある選考会会場へ向かった。
「ねぇクラウ、少し相談に乗ってもらってもいいですか」
私の顔を見たクラウが、優しく微笑んだ。
「ええ、構わないわ。
ルイズたちにも、一緒に話をしてあげられる?」
私は黙ってうなずき、女子五人で食堂から学院のサロンへと向かった。
ヒルデガルトが立ち去る後姿を、ノルベルトが見つめていた。
「彼女の思い詰めた顔なんて、初めて見ますね」
フランツ王子が紅茶を飲みながら応える。
「婚約したんだ。以前と同じようにはいかんだろう。
――なぁ? 婚約者殿?」
話を振られたジュリアスも、落ち着いて紅茶を口にしていた。
「これは彼女の問題です。
俺たちが口を出していい領分じゃありません。
今はただ、彼女が結論を出すことを待ちましょう」
フランツ王子がからかうように告げる。
「おーおー、婚約者殿はいっぱしの口をきくなぁ。
ヒルデガルトが何に悩んでいるのか、わかってるのか?」
「その程度がわからないで、婚約者は務まりません。
俺は全身全霊で彼女を守り抜く。
それがわかっていれば充分です」
フランツ王子の表情が真顔に変わる。
「……ジュリアス、お前は私の側近となるべき男だ。
ヴォルフガングの後を継げるのは、お前しかいないだろう。
そのお前が、国を見捨てて野に下ると言うつもりか」
ヒルデガルトも優れた魔導士だ。
素質だけなら、ジュリアスを超える部分もある。
だが彼女は平民として生まれ、平民として育ってきた。
そんな彼女に、貴族社会で生きて行く覚悟はできないだろう。
これからの国家を牽引していくのは、ジュリアスのような優れた魔導士だ。
静かな口調だが、フランツ王子は淡々とジュリアスに言い聞かせた。
そんなフランツ王子に、ジュリアスが不敵に微笑みを返す。
「殿下は本当の彼女を知らないのですね。
彼女は強い。我々の中で誰よりも。
あるいは貴族社会で生き抜く覚悟すら、彼女はするかもしれません」
だがジュリアスは、ヒルデガルトがどんな道を選ぼうと共に歩むと決めている。
彼女の笑顔こそがジュリアスの幸福。
彼女の幸福を守るためなら、他のどんな犠牲も厭わない。
ジュリアスは静かに告げた。
ノルベルトは複雑な顔をしていた。
困惑と戸惑い、そして羨望と嫉妬。
すべてを投げ打つ覚悟を決めているジュリアスを羨ましく思い、妬ましく思う。
そんな浅ましい気持ちが表情に現れていた。
本意ではない婚約を投げ捨てることすらできない。
そんな小さな男は、目の前で微笑むジュリアスを眩しそうに見つめていた。
****
私はクラウたちに心の内を打ち明けていた。
「――こんなに弱い自分が居たなんて、初めて知りました」
リッドがニマニマしながら告げる。
「あの『怒らしちゃいけない奴ランキング』で堂々の一位に輝くあんたがねぇ。
初恋なのかい? 初々しいね」
「なんですか、そのランキングは」
不本意極まる名前のランキングだな?
エマが楽しそうに応える。
「クラウ襲撃事件で、何年も不動の一位だったクラウを追い抜いたんだよー。
私たち全員で『ヒルダを怒らせないようにしよう』って思ったの」
ルイズが微笑みながら告げる。
「あの夜のヒルダ、本当に怖かったものね。
私、クラウが迫力負けするところを初めて見たわ」
え? 『学院の女王』として二年間君臨してきたクラウが、迫力負けしたの?
私はあの、クラウ襲撃事件の記憶が曖昧だ。
三人目の刺客を倒したあたりから、記憶がおぼろになって居る。
とにかく怒ってたのは、なんとなく覚えてるんだけど。
「ねぇクラウ。わたくしはそんなに怖かったの?」
クラウは急に蒼褪めて震えだした。
「……今でもあの日のことを夢に見るわ。
恐怖というものを初めて知った気分だった。
私も『絶対にヒルダを怒らせないようにしよう』って心に誓ったもの」
「――そこまで怖かったの?!」
ルイズがクスクスと笑っていた。
「そんなあなたでも、好きな人の前では弱くなってしまうのね。
これはやっぱり、万国共通なのかしら」
私はみんなに尋ねる。
「ねぇみなさま、自分が弱いと思ったことはありますか?
婚約者の前で弱い自分を、自覚したことはありますか?」
リッドがニヤリと笑って応える。
「あたしらは恋愛をしてるって訳じゃないからね。
貴族の娘として、婚姻相手と信頼関係を結んでいるだけさ。
それがいつか愛になるかもしれないが、今はまだ、そんな強い思いじゃない」
貴族令嬢、ドライだな?!
平民みたいに恋愛結婚が当たり前じゃないからなのかなぁ?!
でも、クラウはフランツ殿下と強い信頼関係があるように思えた。
じゃあクラウも、弱い自分を自覚するのかな。
ちらりと横目でクラウを見る。
「……私? そうね、あなたほどじゃなくても、弱い自分を感じることはあるわね。
でも私は公爵家の人間だもの。
自分が許せる自分を、意地でも保ち続けてみせるわ」
さすがクラウ、心が強いなぁ。
私はやっぱり弱いんだろうか。
しょんぼりしてると、ルイズが肩を抱きしめてきた。
「あなた、愛に飢えてるんじゃない?
だから愛を与えてくれる人に、強く依存してしまいやすいのよ。
そんな心を制御するのは、いくらあなたでも大変だ、ということじゃない?」
――愛の渇望か。
確かに私の心は、今も愛で渇いている。
周りのみんながいくら慈しんでくれても、私の心は気が付くとカラカラに渇いていた。
もっと欲しい、もっと愛されたい――そんな浅ましい心を抑えつけてる自覚はある。
そんな心が、恋愛相手の前で欲望をたぎらせてしまうのかな。
……なんだか、そんな自分は許せなかった。
「わたくしは強く在りたいですわ。
自分が許せる自分で居たい。
それだけは何よりも譲れない願いですもの」
クラウたちが、私に優しく微笑んだ。
「大丈夫、あなたはきちんと強く生きてるわ。
今はただ、初めての恋に戸惑っているだけ。
時間が経てば、普段の貴方に戻れるわよ」
そうなのかな。そうだといいな。
私は四人に抱きしめられながら、サロンを後にした。
****
シュテルン選考会当日を迎えた。
控室に居る応募者は百人足らず。
思ったよりずっと少ない。
この応募者を、お父様がひとりずつ審査していくらしい。
ルイズが強張った表情で告げる。
「最初の一人は緊張するでしょうね。
前の人から情報を得られる分、後の人が有利よ」
普段通り、落ち着いたジュリアスが応える。
「ですが、情報があり過ぎても混乱します。
深く考えずに臨む方がいいでしょう」
みんなの顔を見渡すと、私とジュリアス以外は緊張が抜けないみたいだ。
「みなさま、もっと肩の力を抜いて行きましょう?」
フランツ殿下が私に応える。
「お前らは通過確定枠だから気楽かもしれんがな。
足きり瀬戸際の人間は、そうも言ってられないんだぞ?」
自信家の殿下がナーバスになるなんて。
クラウの顔色も良くない。
エマが「大丈夫?」と彼女に声をかけた。
クラウは「ええ、平気よ」と応えるけど、そこに普段の姿はない。
無理をしてるのが見え見えだ。
控室全体が緊張感に包まれていた。
ピリピリとした空気を感じる。
やがて扉が開き、外から教師が入ってきた。
生徒たちの視線が集中する中、教師の口が開かれる。
「――ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタイン。君が最初だ」
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