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第2章:綺羅星
37.特訓!(2)
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帰りの馬車の中で、ジュリアスが魔力同調について教えてくれた。
相手の魔力に同調するのは、かなり高度な技術らしい。
魔力は魂の力で、魂がもつ反発力や防衛力が邪魔をするのだそうだ。
この反発力や防衛力は、本人の魔力の強さに比例する。
つまり自分より魔力が強い相手と同調するのは、ほぼ不可能なんだとか。
私が簡単に女子たちに魔力同調できたのは、特等級の魔力のおかげ、ということだ。
「この技術を応用すると、相手の心や体を操ることもできると言います」
「……そんな怖い技術でしたの?」
「ええ、そうですよ?
ですから使い方には、くれぐれも気を付けてください。
それと、使う相手も必ず選んでください」
普通は信頼関係のある師弟間で行うものだそうだ。
それすら、相手の許可なく同調するのはマナー違反だとか。
今回、みんなから許可を得ずに魔力同調しちゃったな。
今度から気を付けようっと。
****
三日後、ジュリアスは魔力同調をマスターしてきた。
目の下にクマを作ってるあたり、睡眠時間を削ったのだろう。
だけど有言実行するところはさすがだなぁ。
女子たちはもう、私の補助が無くても『ひとつまみ』程度の砂を掴めた。
「この調子なら、思ったより早く達成できそうですわね」
さすがクラウと、彼女が認めた友人たちだ。
やったことがないだけで、やればできる人たちなのだろう。
クラウがフフンと得意気に微笑んだ。
「毎晩ヒルダと魔力同調していた感覚を思い出しながら復習してるもの。
このくらいは当然よ?」
クラウが言うと、何故かよこしまに聞こえる。どうしてだろう?
一週間目、女子四人は『砂一粒』に成功していた。
フランツ殿下とベルト様は、あと一息といったところだ。
「一か月の予定でしたのに、一週間で達成できるなんて!
みなさま凄いですわ!」
それから三日遅れでベルト様が。
さらに二日遅れでフランツ殿下が『砂一粒』に成功していた。
殿下がガッツポーズを取って声を上げる。
「できた! 俺にもできたぞ!」
ジュリアスの補助なしで達成し、感動すら覚えているようだった。
喜ぶ殿下を見つめながら、クラウが告げる。
「これができるようになってから、魔術の効果と持続時間が飛躍的に伸びたのよ。
魔力制御って、奥が深いのね」
無駄な力を使わなくなるから、持続時間を伸ばせる。
魔力の流れが均一になるから、術式が安定する。
お父様いわく『基本の延長に奥義がある』だそうだ。
リッドが砂時計を見つめながら告げる。
「ともかく、これであたしら全員がスタートラインだ。
スペシャルクラスの選抜試験がどうなるかね」
エマは一休みしながら告げる。
「社交界にもスペシャルクラスの噂が流れ始めたねー。
子供に特別講師を付ける親が増えたらしいよ」
ルイズも休憩中だ。
「エリートであるグランツの、さらにエリートクラス。
箔をつけるにはもってこいだものね」
婚約者がいない生徒にとって、これは格好の『婚約材料』らしい。
優秀であることを、学院側から認定されることになるからだ。
結婚適齢期は通常、十五歳から十八歳。
これを過ぎると女子は『行き遅れ』と言われてしまう。
その前に、貴族令嬢たちは必死に箔をつけて売り込むのだそうだ。
結婚か。私はどうなるんだろう。
あと三年で、ジュリアス以外の相手を見つけられるのかな。
それとも、ジュリアスを夫と認めるんだろうか。
まだその答えは出ていない。
ジュリアスは『ヒルデガルト個人』を見て、好意を寄せてくれている。
そこに『特等級の魔力』だとか『精霊眼』だとかは関係がないらしい。
それは、私が『夫』に求める必須条件だった。
ジュリアスは『穏やか』で『優しく』、『私を見てくれる』男性だ。
夫とするのに、不足はないように思える。
だけど、自分がジュリアスとどうなりたいのか。
そこが見えなかった。
「ねぇみなさま、親が決めた婚約を、どうやって納得なさったの?」
クラウたちがきょとんと私を見つめた。
「あなた、まだそんなことで悩んでいたの?」
だって、心が状況について行かないんだもん。
私がうつむいていると、ルイズが小さく息をついた。
「ヒルダは難しく考えすぎなのよ。
信頼関係さえあれば、婚姻を維持することはできるわ。
互いに尊重しあえれば、信頼を愛に変えることもできるの」
そういう、ものなのかな。
エマが私にニンマリ微笑んだ。
「考えるより、行動しちゃえばいいんだよ。
試しに次の週末、ジュリアス様とデートでもしてみたら?」
「デート、ですか。
それでわたくしにも、何かわかるでしょうか」
クラウが微笑んで私に告げる。
「一度ですべてを理解する必要もないのよ。
信頼は時間をかけて積み上げるものなの。
壊れる時は、一瞬だけどね」
つまり、自分の心がはっきりと見えるまで、何度でもデートしてみろってことか。
「わかりましたわ。
やるだけやってみます」
うなずく私を見るクラウたちの表情は、温かいものだった。
****
グランツ中央魔導学院は、一学年に五つのクラスがあった。
成績順に生徒を配置し、授業速度を調整するためだ。
その真ん中、Cクラスに、二人の青年の姿があった。
一人はフィル・ブランデンブルク子爵令息。
一見すると女性のような外見をしている、美しい青年だ。
もう一人はハーディ・ドレフニオク伯爵令息。
武骨な外見をしている、生粋の騎士の生まれだ。
相反するように見えるこの二人は、唯一ともいえる友人関係にあった。
教室では席を並べ、周囲に人は寄り付かない。
ハーディは乱暴者と評判で、女性受けが良くなかった。
『泣かせた女性は数知れず』とも言われ、近寄ろうとする令嬢は居なかった。
フィルは麗人として名高かったが、学院ではハーディが常にそばにいる。
結果的に、二人は教室で孤立するように隅に座っていた。
ハーディが無表情でフィルに告げる。
「聞いたか、グランツ伯爵令嬢のことを」
フィルが微笑みながら応える。
「食堂に居るのを見てきたよ。
グロテスクな左目を無視すれば、可愛らしい女性だ」
ハーディが鼻を鳴らして応える。
「俺も見てきたが、つまらなそうな女だ。
美しいのは認めるがな。
触れれば壊れてしまいそうな女など、興味が湧かん」
「お前はパワフルな女性が好きだものな。
お前とつき合って壊れない女性なんて、いるのかね」
ハーディーがつまらなそうに鼻を鳴らした。
「気長に探すさ。
それよりお前は、スペシャルクラスをどうするつもりだ?」
フィルが楽しそうに目を細めた。
「グランツ伯爵が娘のために推し進めている、ともっぱらの評判だな。
エリート選抜クラスなら少人数に絞られる。
彼女に近づくには、もってこいだろう」
「ほう? 手を出すつもりか?
お前が自分から女に近づこうとするなど、珍しいな」
「初めての経験かもしれないな。
あの可憐な見た目にグロテスクな精霊眼。
私の妻とするのに、ふさわしい異形だろう」
ハーディがニヤリと笑った。
「お前の女嫌いも、相当だな」
「お前の女好きも、大概だけどね」
二人は静かに笑いあっていた。
女嫌いだが、女性の方から近寄ってくるフィルという青年。
彼は振る舞いこそ紳士だったが、心の底では女性を嫌悪する男だった。
だが家を継ぐためには、妻を娶る必要がある。
その候補を探す日々が、ようやく終わりを告げたようだ。
楽しそうに微笑むフィルに、ハーディが告げる。
「グランツ伯爵令嬢には婚約者がいる。
奪い取る自信があるのか?」
「シュルマン伯爵令息だろう?
問題ないね。私の敵じゃない。
家格もたいしたことのない家だ。恐れる必要もないさ」
ハーディがフィルと拳を突き合わせて告げる。
「健闘を祈っておいてやる。
お前に弄ばれるグランツ伯爵令嬢が哀れだよ」
「ありがとう、ハーディ。
お前もスペシャルクラスに来いよ。
私一人では寂しいじゃないか」
ハーディが少し考えこんだ。
「そうだな。考えておいてやる。
お前が居なければ、なおさら令嬢が俺から遠のくからな」
社交界で異端視される二人の青年は、不思議と馬が合った。
女性をできるだけそばに近寄らせたいハーディ。
女性をなるだけ遠ざけたいフィル。
二人の思惑がかみ合い、今では唯一の心を許せる友となっていた。
そんな異端の青年たちは、教室の片隅で静かに笑っていた。
相手の魔力に同調するのは、かなり高度な技術らしい。
魔力は魂の力で、魂がもつ反発力や防衛力が邪魔をするのだそうだ。
この反発力や防衛力は、本人の魔力の強さに比例する。
つまり自分より魔力が強い相手と同調するのは、ほぼ不可能なんだとか。
私が簡単に女子たちに魔力同調できたのは、特等級の魔力のおかげ、ということだ。
「この技術を応用すると、相手の心や体を操ることもできると言います」
「……そんな怖い技術でしたの?」
「ええ、そうですよ?
ですから使い方には、くれぐれも気を付けてください。
それと、使う相手も必ず選んでください」
普通は信頼関係のある師弟間で行うものだそうだ。
それすら、相手の許可なく同調するのはマナー違反だとか。
今回、みんなから許可を得ずに魔力同調しちゃったな。
今度から気を付けようっと。
****
三日後、ジュリアスは魔力同調をマスターしてきた。
目の下にクマを作ってるあたり、睡眠時間を削ったのだろう。
だけど有言実行するところはさすがだなぁ。
女子たちはもう、私の補助が無くても『ひとつまみ』程度の砂を掴めた。
「この調子なら、思ったより早く達成できそうですわね」
さすがクラウと、彼女が認めた友人たちだ。
やったことがないだけで、やればできる人たちなのだろう。
クラウがフフンと得意気に微笑んだ。
「毎晩ヒルダと魔力同調していた感覚を思い出しながら復習してるもの。
このくらいは当然よ?」
クラウが言うと、何故かよこしまに聞こえる。どうしてだろう?
一週間目、女子四人は『砂一粒』に成功していた。
フランツ殿下とベルト様は、あと一息といったところだ。
「一か月の予定でしたのに、一週間で達成できるなんて!
みなさま凄いですわ!」
それから三日遅れでベルト様が。
さらに二日遅れでフランツ殿下が『砂一粒』に成功していた。
殿下がガッツポーズを取って声を上げる。
「できた! 俺にもできたぞ!」
ジュリアスの補助なしで達成し、感動すら覚えているようだった。
喜ぶ殿下を見つめながら、クラウが告げる。
「これができるようになってから、魔術の効果と持続時間が飛躍的に伸びたのよ。
魔力制御って、奥が深いのね」
無駄な力を使わなくなるから、持続時間を伸ばせる。
魔力の流れが均一になるから、術式が安定する。
お父様いわく『基本の延長に奥義がある』だそうだ。
リッドが砂時計を見つめながら告げる。
「ともかく、これであたしら全員がスタートラインだ。
スペシャルクラスの選抜試験がどうなるかね」
エマは一休みしながら告げる。
「社交界にもスペシャルクラスの噂が流れ始めたねー。
子供に特別講師を付ける親が増えたらしいよ」
ルイズも休憩中だ。
「エリートであるグランツの、さらにエリートクラス。
箔をつけるにはもってこいだものね」
婚約者がいない生徒にとって、これは格好の『婚約材料』らしい。
優秀であることを、学院側から認定されることになるからだ。
結婚適齢期は通常、十五歳から十八歳。
これを過ぎると女子は『行き遅れ』と言われてしまう。
その前に、貴族令嬢たちは必死に箔をつけて売り込むのだそうだ。
結婚か。私はどうなるんだろう。
あと三年で、ジュリアス以外の相手を見つけられるのかな。
それとも、ジュリアスを夫と認めるんだろうか。
まだその答えは出ていない。
ジュリアスは『ヒルデガルト個人』を見て、好意を寄せてくれている。
そこに『特等級の魔力』だとか『精霊眼』だとかは関係がないらしい。
それは、私が『夫』に求める必須条件だった。
ジュリアスは『穏やか』で『優しく』、『私を見てくれる』男性だ。
夫とするのに、不足はないように思える。
だけど、自分がジュリアスとどうなりたいのか。
そこが見えなかった。
「ねぇみなさま、親が決めた婚約を、どうやって納得なさったの?」
クラウたちがきょとんと私を見つめた。
「あなた、まだそんなことで悩んでいたの?」
だって、心が状況について行かないんだもん。
私がうつむいていると、ルイズが小さく息をついた。
「ヒルダは難しく考えすぎなのよ。
信頼関係さえあれば、婚姻を維持することはできるわ。
互いに尊重しあえれば、信頼を愛に変えることもできるの」
そういう、ものなのかな。
エマが私にニンマリ微笑んだ。
「考えるより、行動しちゃえばいいんだよ。
試しに次の週末、ジュリアス様とデートでもしてみたら?」
「デート、ですか。
それでわたくしにも、何かわかるでしょうか」
クラウが微笑んで私に告げる。
「一度ですべてを理解する必要もないのよ。
信頼は時間をかけて積み上げるものなの。
壊れる時は、一瞬だけどね」
つまり、自分の心がはっきりと見えるまで、何度でもデートしてみろってことか。
「わかりましたわ。
やるだけやってみます」
うなずく私を見るクラウたちの表情は、温かいものだった。
****
グランツ中央魔導学院は、一学年に五つのクラスがあった。
成績順に生徒を配置し、授業速度を調整するためだ。
その真ん中、Cクラスに、二人の青年の姿があった。
一人はフィル・ブランデンブルク子爵令息。
一見すると女性のような外見をしている、美しい青年だ。
もう一人はハーディ・ドレフニオク伯爵令息。
武骨な外見をしている、生粋の騎士の生まれだ。
相反するように見えるこの二人は、唯一ともいえる友人関係にあった。
教室では席を並べ、周囲に人は寄り付かない。
ハーディは乱暴者と評判で、女性受けが良くなかった。
『泣かせた女性は数知れず』とも言われ、近寄ろうとする令嬢は居なかった。
フィルは麗人として名高かったが、学院ではハーディが常にそばにいる。
結果的に、二人は教室で孤立するように隅に座っていた。
ハーディが無表情でフィルに告げる。
「聞いたか、グランツ伯爵令嬢のことを」
フィルが微笑みながら応える。
「食堂に居るのを見てきたよ。
グロテスクな左目を無視すれば、可愛らしい女性だ」
ハーディが鼻を鳴らして応える。
「俺も見てきたが、つまらなそうな女だ。
美しいのは認めるがな。
触れれば壊れてしまいそうな女など、興味が湧かん」
「お前はパワフルな女性が好きだものな。
お前とつき合って壊れない女性なんて、いるのかね」
ハーディーがつまらなそうに鼻を鳴らした。
「気長に探すさ。
それよりお前は、スペシャルクラスをどうするつもりだ?」
フィルが楽しそうに目を細めた。
「グランツ伯爵が娘のために推し進めている、ともっぱらの評判だな。
エリート選抜クラスなら少人数に絞られる。
彼女に近づくには、もってこいだろう」
「ほう? 手を出すつもりか?
お前が自分から女に近づこうとするなど、珍しいな」
「初めての経験かもしれないな。
あの可憐な見た目にグロテスクな精霊眼。
私の妻とするのに、ふさわしい異形だろう」
ハーディがニヤリと笑った。
「お前の女嫌いも、相当だな」
「お前の女好きも、大概だけどね」
二人は静かに笑いあっていた。
女嫌いだが、女性の方から近寄ってくるフィルという青年。
彼は振る舞いこそ紳士だったが、心の底では女性を嫌悪する男だった。
だが家を継ぐためには、妻を娶る必要がある。
その候補を探す日々が、ようやく終わりを告げたようだ。
楽しそうに微笑むフィルに、ハーディが告げる。
「グランツ伯爵令嬢には婚約者がいる。
奪い取る自信があるのか?」
「シュルマン伯爵令息だろう?
問題ないね。私の敵じゃない。
家格もたいしたことのない家だ。恐れる必要もないさ」
ハーディがフィルと拳を突き合わせて告げる。
「健闘を祈っておいてやる。
お前に弄ばれるグランツ伯爵令嬢が哀れだよ」
「ありがとう、ハーディ。
お前もスペシャルクラスに来いよ。
私一人では寂しいじゃないか」
ハーディが少し考えこんだ。
「そうだな。考えておいてやる。
お前が居なければ、なおさら令嬢が俺から遠のくからな」
社交界で異端視される二人の青年は、不思議と馬が合った。
女性をできるだけそばに近寄らせたいハーディ。
女性をなるだけ遠ざけたいフィル。
二人の思惑がかみ合い、今では唯一の心を許せる友となっていた。
そんな異端の青年たちは、教室の片隅で静かに笑っていた。
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