新約・精霊眼の少女

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
上 下
36 / 102
第2章:綺羅星

36.特訓!(1)

しおりを挟む
 翌朝、教室に入った私はクラウたちにお父様の計画を伝えた。

 クラウが何かを考えるようにうつむいた。

「……全学年を通してのスペシャルクラス。
 あのヴォルフガング様の考えることですものね。
 ただの選抜クラスだとは思えないわ」

 私はうなずいて応える。

「悪いようにはなさらないと思います。
 けれど何をなさりたいのか、さっぱり見えてきません」

 リッドが腕組みをして唸っていた。

「あの人が『ちょっと勉強するだけ』ってのも怖いね。
 あたしらがヒルダ達に追いつけるわけがない。
 だけどぬるい選抜条件じゃ、スペシャルクラスの意味がなくなるよ」

 どれだけの技術を要求されるのか、みんな戦々恐々らしい。

 クラウが握りこぶしを作って告げる。

「私は必ずヒルダと同じクラスになって見せるわ!」

 私はクラウに告げる。

「お父様は基礎を最も大切する方よ。
 基礎がおろそかな人が選ばれることはないと思います」

 みんなが不安になっていた。

 どうしたらいいのか、ジュリアスに視線を投げつける。

 ジュリアスは小さく息をついて応える。

「そんなに不安なら、今のうちに対策を始めましょう」

 そう言って懐から砂時計を取り出し、机の上に置いた。

 ジュリアスがニヤリと微笑んだ。

「魔力制御は基礎の基礎、ですよ」




****

 昼休み、昼食を手早く済ませると、学院から教材の砂時計を借りてきた。

 それをみんなに手渡しながら、砂時計鍛錬のルールを教えていった。

 みんなはルールをひとつ聞くたびに顔色が悪くなっていった。

 フランツ殿下が心底、嫌そうな顔で告げる。

「お前ら、よくそんなことをやってられるな」

 クラウも呆然としてルールを聞いていた。

「砂を、一粒ずつ掴むの?」

「ええ、そうよ?」

 みんな、なんでそんなに戸惑ってるんだろう?

 私が困惑していると、ジュリアスがため息交じりに告げる。

「普通、そんな細かな制御はしないんですよ」

 魔導術式は、必要な魔力出力とベクトルが揃えば発動してしまうらしい。

 自由奔放な魔力という力に、回路を定義してあげるのが魔導術式なのだとか。

 術式の力を借りれば、自力で細かい制御をしなくても魔術が成立する。

 なので、そこまで細やかな魔力制御なんて、普通は覚えないのだそうだ。

 しかも魔力は強ければ強いほど、制御が難しくなっていく。

 強い魔力で砂一粒を持ち上げるほどの繊細な制御は、とても集中力を要求されるらしい。

 私は小首をかしげて尋ねる。

「でもジュリアスは最初から砂を一粒、もちあげられましたわよ?」

 エマが「ジュリアス様と一緒にしないで!」と抗議の声を上げた。

 どうやら本当に難しい鍛錬らしい。

 ジュリアスがクラウに告げる。

「クラウディア様、試しに砂を一粒、持ち上げてください」

 クラウは「い、いいわよ! やってやろうじゃない!」と意気込んで砂時計に向かった。

 額に玉のような汗を浮かべながら、クラウが砂時計に向かう。

 ようやくふわりと持ち上がった砂は、百粒以上の塊だった。

「嘘……なんでもそつなくこなせるクラウでも、こうなるの?」

 ジュリアスがため息をついた。

「少しはこの鍛錬の異常性を理解しましたか?
 俺たちと同じことは、すぐにできるようにはなりません。
 ですので今は『砂を一粒持ち上げる』、それを目標にしましょう」

 この目標なら、みんなでも一か月ほどで達成できるらしい。

 それでも一か月かかるのか……。

 しばらくみんなは沈黙していた。

 気まずい沈黙を破ったのは、クラウだった。

「私はやるわ!
 ヒルダの隣は私のものよ!
 誰にも譲らないんだから!」

 ルイズやエマもうなずいた。

「しょうがないわね。付き合ってあげる」

「これで魔術が上達するなら、損はないものね」

 ジュリアスが殿下を見て告げる。

「殿下はどうされますか。
 これは王族に要求される水準の技術ではありません。
 無理をして付き合う必要はありませんよ」

 フランツ殿下が不敵に笑った。

「この俺が、クラウから離れると思ったのか?」

 さっきまであれほど嫌がっていたのが、見事な変わりようだ。

 なんとしてでもクラウと一緒のクラスに居たい。

 そんな強い想いを感じた。

 私にもこんな風に想ってくれる人がいるだろうか。

 ジュリアスをちらりと横目で見る。

 彼は私の視線に気が付き、優しく微笑んだ。

「あなたが望むなら、どこまでもついて行きますよ」

 私は思わず赤くなって目を伏せてしまった。

 そっか、そこまで想ってくれてるのか。

 ……でもじゃあ、私は?

 ジュリアスにどこまでもついて行くって、言い切れる?

 私が思い悩んでいると、ジュリアスが皆に告げる。

「サポートは俺とヒルダ嬢がやります。
 放課後、居残りをして特訓しましょう」




****

 放課後、八人で集まり特訓を開始した。

 女子は私が、男子はジュリアスがサポートすることになった。

 女子たちは、必死に砂時計に集中している。

「あー! まただめだー!」

「うぐぐ……」

「本当にできるようになるのかしら」

「やってやる! やってやるわ!」

 みんな苦戦してるなぁ。

「クラウ、力を入れ過ぎよ?
 もっと繊細に魔力を扱わないと」

 クラウが涙目で私に応える。

「そう言われても、力が入っちゃうのよー!」

 うーん、最初の内は微細な魔力制御の感覚がわからないのかな。

 つまり、成功体験が不足してるんだ。

 頭をよぎった方法を検討してみる。

 ……たぶん、うまくいくはず?

 私はクラウのそばに立ち、彼女に告げる。

「良く見ていてください。
 こうするのですわ」

 自分の魔力をクラウの魔力に浸透させていく。

 クラウが「えっ?!」と驚きの声を上げた。

 そのまま私は、クラウの魔力を操って『砂を一粒』持ち上げてみせた。

「ほらね? このぐらいの力加減ですわ」

 クラウは呆然とこちらを見つめていた。

 ルイズたちは「あら、クラウもできるじゃない!」と声を上げていた。

 背後からジュリアスの強張った声が聞こえる。

「ヒルダ嬢、その術式をどこで覚えましたか」

 術式?

 私は驚いて振り向き、ジュリアスに応える。

「これは思い付きで魔力制御をしただけですわよ?」

 魔力は人それぞれ、固有の波長がある。

 他人の魔力の波長に自分の波長を揃えてあげれば、『浸透する』気がしたのだ。

 そうすれば、火や水を操るのと同じ感覚で他人の魔力を操れるはず。

 そう考えて実践しただけだ。

 ジュリアスは眉間を指で押さえて悩んでいた。

「あなたが非常識なのは、理解していたつもりでしたが。
 まさか魔力同調を思い付きでやらかすとは」

 私はきょとんとジュリアスを見つめた。

「非常識なんですか?」

「……言いたいことは山ほどありますが、今は時間がありません。
 術理は俺も理解しました。
 殿下、ノルベルト。俺に三日ほど時間をください」

 彼は『三日あれば、私と同じことをできるようにしてくる』と宣言した。

 それまでは口頭でサポートするらしい。

 私は女子たち全員に魔力を浸透させ、成功体験を覚えさせていった。

「え、こんなに細かいの?!」

「なるほどねぇ」

「こんな感じなのね」

「ヒルダと! 同調! してる!」

 約一名、後で叱っておかないと駄目かも。

 背後からジュリアスの疲れたような声が聞こえる。

「誰が四人同時に魔力同調しろと言いましたか」

 そんなことを言われても、『蜃気楼』を四体作るより簡単なんだもの。

 私たち八人は、時間が許す限り砂時計に向かい続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

聖女よ、我に血を捧げよ 〜異世界に召喚されて望まれたのは、生贄のキスでした〜

長月京子
恋愛
マスティア王国に来て、もうどのくらい経ったのだろう。 ミアを召喚したのは、銀髪紫眼の美貌を持った男――シルファ。 彼に振り回されながら、元の世界に帰してくれるという約束を信じている。 ある日、具合が悪そうな様子で帰宅したシルファに襲いかかられたミア。偶然の天罰に救われたけれど、その時に見た真紅に染まったシルファの瞳が気にかかる。 王直轄の外部機関、呪術対策局の局長でもあるシルファは、魔女への嫌悪と崇拝を解体することが役割。 いったい彼は何のために、自分を召喚したのだろう。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

処理中です...