上 下
30 / 102
第2章:綺羅星

30.学院見学(3)

しおりを挟む
 私が案内されたのは学生食堂。通称『学食』だ。

 かなりの人数が広々と座れるスペースだった。

 今日は休日なので、広さの割に人が少ない。

 お昼時でも、ちらほら人影があるくらいだ。

「食堂は休日でも開いてるのですね」

「寄宿生の食事を担当してますからね。
 学院が閉鎖されない限り、営業してますよ」

 つまり、この場に居るのは全員が寄宿生、ということか。

 早速メニューを覗いてみた。

「どんなものが出てくるのかしら」

 入り口には、完成した料理に保存魔術をかけた物が陳列されていた。

 なんだか庶民的な料理だなぁ。

 貴族子女が好む手の込んだ料理はないみたい。

 町でよく見かけるような、そんな料理ばかりだ。

 どうやら日替わりで三種類の定食と、サンドイッチなどの軽食があるみたい。

 日替わり定食は朝昼夕で、これまた内容が変わるらしい。

「俺はA定食にしますが、ヒルダ嬢はどれにしますか」

「じゃあ私もA定食にしますわ」

 A定食は魚の照り焼きだ。

 カウンターで注文を告げると、出来合いの料理を盛りつけてトレイで手渡される。

 それをもって、大きなテーブルに二人で並んだ。

 食材も調理師も一流なのか、見た目に反して味は良い。

 私はもくもくとお魚を口に運びながら、ジュリアスに話しかける。

「午後からは、どこを見せてもらえるのでしょう?」

「めぼしい施設はすべて回りました。
 寄宿舎にクラウディア嬢を訪ねてみては?」

 んー、休日の邪魔をするのは悪い気がするけど、三時まで時間があるし。

 訪ねるだけ訪ねてみようかな。

「――叔母上?! 叔母上ですよね!」

 聞き慣れない声に振り向くと、そこには背の高い男の子が立っていた。

 深い灰色の髪の毛、幼い印象が残る顔立ち。

 ……今、『叔母上』って言った?

「あなたもしかして、ディーター?」

 ディーター・フォン・ファルケンシュタイン。

 公爵家の次男。

 お父様の孫、私の甥にあたる子だ。

 確か一歳年下で、今年十四歳になるはず。

「はい、叔母上! ディーターです!
 隣に座ってもよろしいでしょうか!」

「構いませんが……」

 あれ? なんか妙に懐かれてない?

 ディーターは私の隣に座り、笑顔で話しかけてくる。

「叔母上と会えるなんて光栄です!
 お爺様以外で『蜃気楼』を使える、ただ一人の魔導士!
 あの襲撃事件での雄姿、今でも覚えています!」

 どうやらあの夜会に参加していたらしい。

 一部始終を遠くから見て居て、それで私のファンになったのだとか。

「ねぇディーター、あなたは『蜃気楼』を使えないの?
 お父様から教わらなかったのかしら」

 ディーターがしょんぼりとしながら応える。

「術理は教わりましたが、僕には難解過ぎて、まだ理解できていません。
 兄上も使えませんし、父上も使えません。
 僕が使える訳がないんですよ」

 おっと、随分と自己評価が低いな。

「わたくしが覚えられたのよ?
 直系の孫であるディーターが、覚えられないわけがないわ。
 もっと自信をもって、努力を続けましょう?」

 ディーターが寂しそうに笑みを作った。

「叔母上、努力できるのも才能のうちなんですよ。
 僕は頑張っても結果を残せません。
 それ以上の努力をする気が、起こらないのです」

 あらあら、これは重傷だ。

 でも、努力だけじゃどうにもならないことだってあるよね。

 ジュリアスがため息をついて告げる。

「ヒルダ嬢、ディーター様の異名を教えてあげましょう。
 『軟弱貴公子』――それが彼の通り名です。
 努力が報われないのではなく、努力できない人間ですよ」

 ジュリアスの声には、冷たい侮蔑の感情が混じっていた。

 彼にしては珍しいと思う。

「それってどういう――」

 私がジュリアスに尋ねようとすると、鈴を転がすような声が響き渡った。

「――ヒルダ! なぜあなたがここに居るの?!」

 その声に振り向くと、制服姿のクラウ、ルイズ、エマ、リッドがトレイをもって立っていた。




****

 クラウたちは向かいの席に座り、昼食を口に運んでいた。

「――そう、学院見学にいらしてたのね。
 水臭いわよ? 言ってくだされば、私が案内したのに」

「ごめんなさい、クラウ。
 昨日、急に決まったことなの。
 お父様が許可を下さって、ジュリアスが同伴を申し出てくれたのよ」

 クラウは「ふーん」と、見定めるようにジュリアスを見つめていた。

「それで、なぜディーター様がいらっしゃるのかしら」

「偶然、ここで会ったのですわ。
 それがどうかしまして?」

 クラウは冷淡な眼差しをディーターに向けた。

「いえ、昨年度も学業が低迷している軟弱貴公子が、何を悠長にしているのかと。
 このままでは進級も危ぶまれましてよ?」

 ――え?! そこまで成績悪いの?!

 慌ててディーターの顔を見ると、彼はバツが悪そうにしていた。

「これでも午前中は自習をしていました。
 僕は叔母上を知って、変わりたいと思った。
 だから僕なりに、努力をしているつもりです」

 クラウが冷たい眼差しで告げる。

「あら、勉強をしていたという割に、まるで疲れを感じない顔色ですわね。
 自習と言いながら、休憩と称して音楽室でピアノでも弾いてらしたのではないの?」

 ディーターはうつむいて黙り込んでいた。

 ――まさか、図星なの?!

 私もため息をついてディーターに告げる。

「ディーター、三時間程度で音を上げてしまったの?
 それでは遅れを挽回するのが難しいのではなくて?」

「三時間も集中なんてできませんよ!
 一時間おきに休憩を取るのが、最も効率が高いんです!
 学院の授業だって、そうやってタイムテーブルが組まれてます!」

 私は首を横に振って告げる。

「あのね? ディーター。
 それは『遅れていない人間のスケジュール』なの。
 遅れれば遅れるほど、他人より勉強に時間を割かなければならないのよ?」

 ディーターが唇を尖らせて応える。

「叔母上のように優秀な人には、劣っている人間の気持ちなんてわかりませんよ」

 私は別に優秀じゃないんだけどな。

 この子は劣等感で、すっかり負け犬根性が沁みついちゃってる。

 お父様やクラウが一番嫌うタイプの人間だ。

 仕方ない、こういう自慢するようなことはしたくないんだけど。

 私はディーターに、私が過ごしてきた四か月を教えてあげた。

 最初は寝る間も惜しんで勉強に励み続けたこと。

 遅れを取り戻すまで、私は満足に眠らない日々が続いたこと。

 命を削るかのような日々を、丁寧に教えていった。

「――これが私が過ごしてきた時間よ。
 ただの孤児が、この場所に立てるようになるまで何をしてきたか。
 少しは理解できたかしら」

 ディーターは唖然として私を見つめていた。

「そんな……なぜそこまでできたのですか」

 私はニコリと微笑んで応える。

「わたくしはね、『怠け者』と蔑まれるのを一番嫌うの。
 できる努力をせず、ただ漫然と過ごす自分が許せないのですわ。
 あなたはどうなの? できる努力をすべてしてきたと、胸を張って言えるかしら」

 ディーターは顔を伏せ、考えこむように黙り込んでいた。

 私はディーターに告げる。

「言い訳なんて甘えでしかないわ。
 自分が許せる自分でありたい――そう願えるかしら。
 公爵家の、お父様の孫として胸を張ることができる?」

 落ち込んだ様子のディーターの肩に手を置き、最後に告げる。

「大丈夫、自信をもって?
 あなたはお父様の孫なんですもの。
 努力すれば、必ず実るわ。そう信じて」

 ディーターは何も応えなかった。

 だけど、これ以上の言葉はもう要らないだろう。

 私はクラウに告げる。

「ねぇクラウ。もう学院はすべて見てしまったの。
 あなたたちの寄宿舎にお邪魔してもいいかしら」

 クラウがうなずき、私たちは立ち上がった。

 ディーターを食堂に残し、私たちは寄宿舎へと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...