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第2章:綺羅星

29.学院見学(2)

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 休日の学院は人気ひとけがなく、閑散としていた。

 寄宿生と見られる人影が時折、目に入るくらいだ。

 ジュリアスが落ち着いた雰囲気で告げる。

「どこから見ていきたいですか?」

 と、言われてもなぁ。

 私、何も知らない。

「ジュリアスのお勧めはどこになりますか?」

 彼がニコリと微笑んだ。

「……わかりました。
 では俺が勝手に案内します。
 付いてきてください」

 ジュリアスと並んで、学院の廊下を歩いて行く。

 私はジュリアスに尋ねる。

「クラウの作戦は巧く行きまして?」

 そう、『一発ガツン★』の結果を、私はまだ聞いていない。

 ジュリアスは困ったように微笑んで教えてくれた。

 お父様と親密なのはもちろんのこと。

 国家の重鎮たちが私のバックに居る。

 そしてその子供たちとも親密だと、充分にアピールできたそうだ。

 そして『大捕り物』の活躍がとどめとなって、私の名声が跳ねあがったらしい。

 クラウを『蜃気楼』で守り、さらに身を挺してかばおうとしたのが効いたのだとか。

 一部では私のファンクラブまで結成されたらしい。

 ……ファンクラブ?

「ねぇジュリアス。さすがにそれは大袈裟過ぎませんか?」

「あなたは自覚がないでしょうが、見た目の破壊力が高いんですよ」

 破壊力、とは。

 ジュリアスが平然とした表情で私に告げる。

「あなたは可愛らしい見た目をしています。
 そんなあなたが、力強くクラウディア嬢を叱りつけてみせた。
 そんなギャップが、生徒たちの心を掴んだのでしょう」

 可愛らしいって、そんな……。

 そりゃあ、前は自分でも自慢だった。

 だけど今の私は精霊眼だ。

 私は苦笑を浮かべてジュリアスに応える。

「みなさまは私の精霊眼が気にならないのかしら。
 とても異質で、グロテスクでしょう?」

 ジュリアスは前を見たまま応える。

「確かに在校生たちは精霊眼と親しみがありません。
 あなたのその左目を『人間味がない』とけなす者たちも居ました」

 ああ、やっぱり……。

 私はうつむき、自然と肩が落ちていく。

 ジュリアスが言葉を続ける。

「ですが人間の真価は、そんな外見で決まりはしませんよ。
 あなたは自分の価値を、行動で示しました。
 『ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタイン』という少女の在り方をね」

 どういう意味?

 私はジュリアスの横顔を見つめ、言葉を待った。

「あなたは高い能力を見せつけました。
 そしてそれ以上に、心の在り方を見せつけた。
 あなたの気高い心を見て、ファンになる生徒が生まれたんです」

 気高い心……。

 私は気恥ずかしくて、ジュリアスから目を背けて応える。

「わたくしは別に、そんな立派な心はもっていませんわよ?」

 ジュリアスがフッと笑みをこぼした。

「自覚がないのですか。
 貴族子女として恥ずかしくない心の在り方。
 そんなものを、あなたは持っている」

 貴族子女としての在り方、か。

 私はずっと一生懸命だっただけ。

 孤児だった四か月前から、がむしゃらに走り続けただけだ。

「買い被りですわ。
 みなさま、わたくしの幻想でもご覧になってるの?」

「幻想とは違いますが、噂話は出回ってます。
 あの日の貴方の活躍を、クラウディア嬢たちが喧伝してますから。
 あなたを悪く言う者たちも、クラウディア嬢が制裁して回ってます」

 ――クラウ?! なにしてるの?!

 ジュリアスが楽しそうに微笑んだ。

「真偽の怪しい噂も多いですがね。
 『ノルベルトが、あなたに貸したハンカチをお守りにしている』と」

 なんでも、保存魔術をかけてまで大切に扱っているらしい。

 それって、泣いた時に借りた、あのハンカチ?!

 ホントだったら由々しき事態だ。

 あの時、うっかり洗わずに返しちゃったな。

 次に会った時、確認を取ってキッチリ回収して洗って返そう。

 ジュリアスが足を止めた。

「着きましたよ。ここが俺たちの教室です」

 そう言って、大きな部屋の中に入っていった。




****

 私が案内された部屋は、扇形に広がっていて、階段状に机が並んでいた。

 扇の要にあたる部分に黒板と教壇がある。

 どの席からでも、黒板や教師の顔が良く見えるように配慮された形だ。

「ここに何人が入るのかしら」

 ざっと見て、百人分の座席はありそうだ。

「五十人弱ですね。
 余裕をもって定員が決められています。
 自由席で、好きな場所に座っていいんですよ」

 なるほど。

 貴族子女の世界も派閥社会ってことか。

 仲の悪いグループが距離を取って座れるよう、配慮されてるのかな。

「みなさまはどこに座られてるの?」

「クラウディア嬢たちは中央付近です。
 殿下やノルベルトはその後ろですね。
 俺はひとりで窓際に座ってます」

 え? ひとり離れて?

「なぜ離れて座ってらっしゃるの?
 ジュリアスも一緒に座ればいいのではなくて?」

「俺は他の人間と話すこともない。
 近くに居ても、得はありませんから」

 マイペースだなぁ。

 でもそれじゃあ、ちょっと寂しくないのかな。

「わたくしは、どこに座るのでしょうね」

「おそらくクラウディア嬢が『横に座れ』と言ってくるでしょう。
 あなたを守るためにも、彼女たちのそばにいた方が良い」

 そっか。彼女たちと一緒なら、心強いかも。

「じゃあジュリアスも一緒に座りましょうよ。
 わたくしとなら、話をする事もあるのではなくて?」

 一瞬、ジュリアスが目を見開いて私を見つめた。

 すぐにプイッと顔をそむけ、ぽつりと応える。

「あなたが望むなら、俺は構いませんが」

 横を向いたジュリアスの耳が赤い。

 さては、照れてるな?

 私は笑みをこぼしながら告げる。

「決まりですわね!
 ジュリアスもわたくしのそばに座ってください。
 約束ですわよ?」

 これでジュリアスも、他のみんなと打ち解けやすくなるかもしれない。

 魔術のことしか頭にない魔術フリーク。

 だけど若いうちは、きちんと友情を育んだ方がいいと思う。

 ジュリアスが私に告げる。

「他に行きましょう」

 私はうなずいて、ジュリアスの後を追った。




****

 ジュリアスは要領よく、学院の設備を案内してくれた。

 図書館、音楽室、魔術教練場、そして大型のプール。

 なかでもプールは意外だった。

 淑女は肌を見せないのがマナーだと教わった。

「女子もここを使うのですか?」

「このプールは水を使った魔術を練習する場所ですよ。
 水泳を楽しむ生徒も、居なくはないですけどね」

 カリキュラムに水泳はないらしい。

 なので放課後、水泳同好会が使うらしい。

 プールは二つあって、男女が別れて使うのだとか。

 万が一、女子が水に濡れても大丈夫なように、という配慮だそうだ。

 女子の水着は全身を覆うタイプだとも聞いた。

 庶民と違って、貴族は大変そうだなぁ。

 庶民なら川遊びとか普通に男女でやるし。

 さすがに泳いだりはしないけど。

 プールの窓から、遠くの方に植物で覆われた建物が見えた。

「ねぇジュリアス、あれはなにかしら?」

 ジュリアスが私の視線の先を確認する。

「――植物園ですよ。近くまで行ってみますか?」

 私がうなずくと、ジュリアスは私を伴って植物園に向かった。




****

 ジュリアスは植物園まで数メートルの位置で足を止めた。

 ガラスのような材質で組まれた建物は、内外にびっしりと植物が覆い茂ってる。

「ここが植物園です。
 ここも魔術の練習をするスペースがありますよ。
 授業で使う植物は、ここで栽培されています」

「中には入れないのですか?」

 ジュリアスが私を見て苦笑を浮かべた。

「見てわかりませんか?
 植物が覆い茂り、外から中を窺い知れない。
 しかも密室です」

 それが、何か?

 私が小首をかしげていると、ジュリアスがため息をついた。

「――ここは密会の場所として有名なんです。
 俺と二人でこんな場所に入ったら、あらぬ噂が立ちます。
 編入前から汚名を被る必要はないでしょう」

 ああ、密会ってデートスポットってことか。

 貴族子女は二人きりになっちゃいけないと教わってる。

 今はまだ、『学校の敷地』という開けた場所だから、例外的に許されてるだけだ。

 こんな狭い密室に入り込むのは、よくないだろう。

 だけど――。

「私の目には、この植物園にいくつもの魔術が施されて見えます。
 もっと近くで見たいのですけど、だめでしょうか」

 好奇心が疼いてしまう。

 ジュリアスが私を睨み付けて告げる。

「駄目に決まっているでしょう。
 あなたが『軽い女』のように言われるんですよ?
 もっと自分の立場を考えてください」

「はーい」

「今度、クラウディア嬢たちと一緒に来ればいい。
 複数の女子で入るなら、恐れることはありませんから」

 そっか。楽しみはあとにとっておこう。

「そうしますわね。
 噂が立って、ジュリアスに迷惑をかけるところでした。
 ごめんなさい」

 ジュリアスが小さく息をついて応える。

「俺は噂など気にしませんよ。
 婚約者が居る訳でもない。
 どんな噂が立とうと、困ることはありません」

 私はきょとんとジュリアスを見つめた。

「婚約者がいらっしゃらないの?
 高位貴族は、そろそろ婚約を進める時期ではなくて?
 もうじき成人ですわよ?」

「親からは釣書を押し付けられますがね。
 俺は魔術だけで精一杯です。
 女性のことまで、手が回りませんよ」

 んー、なんだかもったいない。

 ジュリアスだって、綺麗な顔をしてるのに。

 今は幼い印象が強いけど、数年で男性らしい顔つきになるんじゃない?

 私が見つめて居ると、ジュリアスがプイッと顔を背けた。

「……そろそろ昼時です。学食に移動しましょう」

「はーい」

 私はジュリアスが先導する背中を追いかけた。
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