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第2章:綺羅星

28.学院見学(1)

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 朝の柔らかな陽光が、冬の終わりを告げていた。

 水仙を思わせる清楚な白いドレスに、私は袖を通す。

 ウルリケの顔に、陽射しでほころぶ花のように柔らかな微笑みが浮かぶ。

「お嬢様、大変お似合いですよ」

「本当に? 大丈夫かしら?」

 私は姿見の前で、くるくると何度も自分の姿を確認する。

 ウルリケの言葉を疑う訳じゃないんだけど。

 『グランツ』は私の新しい生活の場。

 これからグランツで、この服を一年間も着続けることになる。

 ちょっとでも不満があったら、一年間が台無しになる。

 いつもより入念なチェックになっても、仕方がないと思う。

 ウルリケが私を見て、苦笑交じりで告げる。

「お嬢様でも、ナーバスにおなりになるんですね」

 なにそれ? 私が『鋼のメンタル』だとでも言いたいの?

 普通の女子だよ? 十四歳の。

 私は唇を尖らせて反論する。

「わたくしだって、ナーバスになることぐらいありますわよ?」

 ウルリケが困ったような笑みで、小さく息をついた。

「本日は編入前の見学です。
 まだリハーサルですよ?
 もっと気持ちを落ち着けてください」

「はーい」

 春の部屋に、私の気の抜けた声が響いていた。




****

 編入試験も無事に終わり、私は新学期を待つだけになった。

 その日を今か今かと待ちわびていたら、お父様が言ってくれたのだ。

「そんなに待ち遠しいなら、実際に一度、グランツを見ておいで」

 よし! 学院最高責任者の許可が下りた!

 とはいえ書類上は既に、私はグランツの生徒だ。

 校内、特に建屋内に入るのに制服着用義務があるだけ。

 なので制服さえ着ていれば、中に入っても怒られる心配はない。




 私が制服に着替え、ダイニングに降りて行くと、お父様が私を待っていた。

 私を見たお父様は顔をほころばせて告げる。

「とてもよく似合っているよ。
 デザインした仕立師に、褒賞を与えたいぐらいだ」

 お父様の心からの賛辞に、精一杯の笑顔で応える。

「ありがとうございます、お父様」

 お父様に喜んでもらえて、私も心が弾んできた。


 だけど最近のお父様はちょっと様子がおかしい。

 クラウ襲撃事件以来かなぁ?

 とっても過保護になった気がする。

 以前だったら――。

『私も寄宿した方が良いのでしょうか』

『お前がしたいようにすればいいよ』

 と、こんな感じだったはず。

 それが今では――。

「お父様、私も寄宿――」

「駄目だよ?」

 と、被り気味で否定される始末だ。

 『断固として自分のそばから離すつもりがない』とでも言いたげだ。

 なのでこれからも毎日、私はお父様と朝の食卓を囲めるのだ!

 愛に渇いた私の心は、慈しんでくれる人に敏感に反応する。

 たとえ過剰な愛情だろうと、慈しまれる実感は心を潤わせてくれる。

 いつまでこうしていられるのかな。

 私は拗ねるような口調でお父様に言ってみる。

「クラウたちと一緒に寝起きする生活も、楽しそうですのに」

「お前が寄宿舎に行ってしまうと言うのかい?
 私は夜も眠れずグランツを徘徊しなければならなくなるね」

 徘徊老人宣言とな? 斬新だなぁ。

 お父様はグランツの警備システムを担当してる魔導士でもある。

 不安になって、学院中の警備システムを再点検して回っても不思議じゃないけど。

 私は苦笑交じりで告げる。

「お父様ったら、私を片時も手元から離したくないのかしら?」

「その通りだから仕方ないね」

 認めてきた? お父様? アレ?

 お父様って、こんなに束縛がきつい人だったっけ?

 でも――。

 私はクスクスと笑みをこぼして告げる。

「しょうのないお父様ですのね」


 朝食が終わる頃、従者が私たちに告げる。

「シュルマン伯爵令息がお見えです」

 ジュリアスが来た!

 出かける前に、お父様にハグを忘れずにしていく。

「それでは、行ってまいりますわね」

「ああ、気を付けて行っておいで」

 私はウルリケを伴い、屋敷を出た。


 屋敷の外では、ジュリアスが白い制服姿で待っていた。

 ジュリアスが真顔で私の制服姿を眺めていく。

「……まるで、あなたの為にあつらえたかのような服ですね」

「もうジュリアス! 何を言ってるの?
 学院に通ってるなら、見慣れてるはずですわよね?」

「それだけ似合っている、と言っているだけですよ。
 ――さぁ、行きましょう」

 ジュリアスが先に馬車に乗りこみ、手を差し出してくれた。

 私は彼の手を取り、馬車に乗りこんだ。




****

 ヴォルフガングは、愛娘の後姿が見えなくなるまで、その目で追っていた。

 我ながら何をしているのかと、自嘲することもある。

 だがあの日、あの事件で、自覚してしまったのだ。

 自分がどれほど愛娘を愛おしく思っているのかを。

 自覚してからは、愛おしさが日々加速していくようだった。

 実の子供より愛情を注いでいるのではないかとさえ思えた。

 思えば娘を持つのは初めてだった。

 自分が娘に甘い性格なのか。

 それがあの子だからなのかは、判断がつかなかった。

「……私は度し難い親馬鹿になってしまったな」

 自嘲の笑みが浮かぶ。

 いつかあの子が、花嫁として手元から離れていく。

 それを想像しただけで、胸が張り裂けそうだった。

 元々、その後押しをするために、引き取ったというのに。

「嫁に出すのではなく、婿を取らせればずっと一緒に居られるな……」

 そう独り言をつぶやき、我に返ってまた自嘲の笑みを浮かべた。

 ――我ながら、まったく度し難いことだ。




****

 グランツ中央魔導学院。通称『グランツ』。

 領地の名を関するこの学校は、グランツ領を代表する施設だ。

 レブナント王国内の各地から優れた若者を選抜し、英才教育を施すエリート養成機関。

 魔術を中心に教養を高め、優秀な人材を輩出することを目的とする。

 高い魔力が事実上の必須能力で、ほぼすべての生徒が貴族子女で占められる。

 人材育成に力を入れる、王国の要だ。

 そこに通う人材を守るため、数々の施策が打たれている。

 お父様が魔術面で警備システムを構築。

 王国軍から兵を派遣し、周囲を固めていた。

 『ともすれば王宮に忍び込むほうが容易たやすい』とまで言われる堅牢な城だ。


「噂通りの警備……本当に厳重なんですわね」

 馬車の中から学院周辺を見るだけでも、物々しさにびっくりする。

 剣や槍を持った兵士体が等間隔で並び、常に目を光らせてるみたいだ。

 巡回する騎兵隊ともたびたびすれ違う。

 ウルリケが言うには、この学院周辺は治安が良くて、土地の価値が高いらしい。

 そりゃそうだよねぇ。これだけ兵士や騎士が目を光らせてるんだもん。

 泥棒だって近づきたくないだろうし。

 私の精霊眼で見る世界でも、この学院は異質だった。

 幾重にも編まれた結界術式が、敷地全体をカバーしてる。

 これを潜り抜けるのは、私でも至難の業だ。

 ここに通うことになるのかー。

 覗いていた窓から振り返り、隣のウルリケに告げる。

「学院から帰る時は、どうしたらいいのかしら」

 グランツ伯爵邸から学院まで、馬車でおよそ一時間。

 歩いて帰れない距離じゃない。

 だけど今のお父様が、それを許さないのもわかり切っていた。

 ウルリケが静かな表情で応える。

「終業時間に間に合うよう、馬車を回します」

 私を回収するまで、待機してくれるらしい。

 日が落ちるまでに屋敷に戻れるなら、学院に居残りしても構わないそうだ。

 だけどウルリケも、遅くなるとお父様が心配して家を飛び出してくる事を心配していた。

 今のお父様なら、本当にそうなりかねないんだよなぁ。

「わかりました。気を付けておきますね」

 そう返事はしたけど、どうなることやら。

 私は正面に座るジュリアスに尋ねる。

「ねぇジュリアス、どうして学院案内を買って出てくださったの?
 あなただって、休日の予定ぐらいあるのではなくて?」

 ジュリアスがフッと笑みをこぼす。

「たとえ一時間だろうと、あなたを無防備にしたくないだけですよ」

 私はきょとんと首をかしげた。

 まさか今、ジュリアスは『私を守りに来た』って言った?

「ジュリアスまで過保護になってしまわれたの?」

「自分が先日何をしたのか、よく思い出してください。
 俺たちがどれほど心配したか」

「う゛、ごめんなさい……」

 私が命を削ったのなんて、ジュリアスはお見通しだもんね。

 あんな無茶をしないよう、お目付け役をしてるのかな。

「学院に通う間、毎朝迎えに行きます。

 私はあわてて声を上げる。

「それはさすがに、やりすぎじゃない?!」

 ジュリアスが座りきった目で私を見つめてきた。

「あなたは目を離すと、何をするかわかりませんからね」

 うう、信用ないのかなぁ? 


 馬車は学院正門をくぐり、正面玄関そばの発着場で止まった。

 先に降りたジュリアスに手を取ってもらい、初めて『グランツ』の土を踏む。

 ここが私の新しい生活の場かー!

 私が白亜の建物を見上げていると、ウルリケが声をかけてきた。

「ではお嬢様、予定通り十五時までに馬車を待機させておきます。
 それまで存分に学院をお楽しみください」

 私は振り返ってウルリケに応える。

「わかりました! ありがとう、ウルリケ! 帰りもよろしくね!」

 ウルリケは頭を下げたあと、馬車に乗りこみ伯爵邸に戻っていった。

「……じゃ、行きましょうか!」

 うなずくジュリアスに先導されながら、私たちは校舎の中へ足を踏み入れた。
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