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第1章:精霊眼の少女

26.学生たちのパーティタイム!(5)

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 私の術式は、確実に刺客の姿を浮かび上がらせていた。

 会場前方に残る父兄たちもいるけど、大半は若い貴族子女、つまり生徒たち。

 だけどその中で年配の人間だけが刺客とは限らない。

 若年者の刺客が紛れ込んでいる可能性も踏まえ、慎重に探り出していく。


 体の運び方が生徒のものじゃない。

 特定の生徒に近寄る様子もないから、父兄でもない。

 つまりこれも刺客候補。


 会場前方に居る刺客候補は三人。

 中央と左右、どこからでもステージ上に飛び込んでいける配置だ。

 襲撃パターンは……おそらく、波状攻撃。

 一人が襲撃をかけ、クラウの護衛がそちらに注目している隙に別の角度から畳みかける。

 本来の警備体制なら全方位の警備が揃ってるはずだけど、今は敢えて外してるみたいだし。

 この隙だらけの警備なら同時襲撃より波状攻撃が最善。

 ……刺客たちに疑われないだろうか。

 余りにも隙だらけで、『どうぞ襲ってください』と言っている状態だ。

 ……たとえ罠だとしても、クラウを討ち取ればお釣りがくる。

 慎重なタイプなら、この会場自体に近寄りはしないだろう。

 刺客と思わしき人間がいる時点で、クラウが襲撃される公算は高いと見るべきだ。

 だいぶ消耗してきたけど、まだ持続時間に余裕はある。

 だけどいざという時のために、なるだけ早く索敵を切り上げて魔力を温存したい。

 ――あーもう! どうして最初から相談してくれないの?!

 なんで私たちを試す真似をしたの?!

 ぐるぐると同じ考えが頭を回る。

 クラウへの不信感が募っていく。

 こんなこと、思いたい訳じゃないのに。

 焦燥感より、怒りの方が勝っていたのかもしれない。


 だから判断を誤ったことに、この時の私は気付かなかった。




****

「クラウディア・フォン・ヴィンケルマン様より、ご挨拶があります!
 皆様、盛大な拍手でお迎えください!」

 ステージ上の司会進行役が、大きく声を張り上げた。

 ――?! わざとらしい! なにこの『今です、どうぞ』って状況!

 私は急いで刺客候補三人の動向を探る。

 詳細を捉えるため、三人に索敵ターゲットを絞った。

 今夜怪しい動きをしたのは、この三人のみ!

 いずれか、あるいは全員が襲撃者!


 ステージ袖からクラウ姿を見せる。

 ステージ中央に辿り着く前に、一人目の刺客が動き出した。

 すかさず捕縛術式を準備し、クラウに辿り着く直前に捕縛が完了するように調整する。

 ――鮮やかな捕り物を演出すればいいんでしょう?!


 クラウがステージ中央で、会場に向かって声を張り上げようとした。

 口を開ける直前に、一人目の男が左手からステージに駆け上り、クラウに駆け寄って行く。

 だけど刺客がステージに上りったところで、背後からベルト様の強烈なタックルが当たった。

 ステージの上で転がった刺客とベルト様がもみ合いになっていく。

 けど、短時間で刺客を無力化して、床にねじ伏せていた。

 ベルト様、ナイス! ――次も動いてる!

 予想通り、波状攻撃だ!

 一人目が失敗したと見るや、二人目もステージに駆け上がろうとした。

 これもステージ上に上り切る寸前に、頭上から落ちてきた火炎流に飲まれ、無力化した。

 これはジュリアスの術式だ!

 殺さずに加減できるようになってる!

 上達したんだなぁ。

 ――そして、残り一人ならば!

 私は三人目が動き出すより早く、ステージ上に向かって駆け出していた。

 クラウ! あなたがやりたかったのは、私に期待していたのはこれでしょう?!

 苛立ちながらも、術式を『その瞬間』に向けて備えた。

 私はクラウの意図を、正確に把握している自信を持っていた。


 刺客が刃を持って駆け出している。

 刃を構え、クラウに向かって最短距離を駆けていた。

 私はそれを追いかけるように走っていく。

 だけど刺客の方が、わずかに足が速い。

 術式を発動し、刺客の目の前に炎の壁を作り出す。

 これは私の時間稼ぎ。

 だけど刺客は炎の壁を無視するように体当たりで突破した。


 ――凶刃は、クラウの心臓に深々と突き刺さっていた。




****

 観衆の悲鳴が会場に木霊した。

 刺客は仕事を果たしたことに満足の笑みを浮かた。

 心臓を刺し貫いた、確かな感触。

 その手応えを噛み締めながら、刺客は標的の顔を見上げた。

 ――違和感があった。

 標的は儚げな微笑みで、標的を見下ろしていた。

 その傷口から、出血することもなく。

 パチンという破裂音と共に、標的が炎の濁流に変わっていく。

 炎は刺客を包み込み、一瞬で行動不能に陥らせていた。

 刺客を包み込んだ炎は縄に変化し、刺客を拘束した。

 ステージ上に辿り着いたヒルデガルトは、安心したように微笑んだ。




****

 ヒルデガルトは、ステージの上で大きく息を吐いた。

 ――さ、さすがに長時間の索敵、からの『蜃気楼』はキツイーッ!

 どちらも消耗が激しい術式だ。

 いくら特等級のヒルデガルトでも、これは厳しかった。

 既に魔力は尽きかけていた。

 索敵で集中力を削られ、≪身体強化≫を使って全速でステージに駆け上がった。

 体力も、精神力もギリギリだった。

 これ以上の魔術は命にかかわる。

 ヒルデガルトは肩で息をしながら、ギロリとクラウディアを睨み付けた。

 息を整えながら、ゆっくりと足を踏みしめ、クラウディアに近づいて行く。

 ヒルデガルトの心には、怒りだけが残っていた。

 理性など、とっくに手放している。

 怒りの限界点は、遥か昔に通り過ぎていた。

 クラウディアが戸惑うように告げる。

「えーと、ヒルダ? 助けてくれて、ありがとうね?」

 豪胆で知られるクラウディアが、ヒルデガルトの鬼気迫る迫力に飲まれていた。

 ヒルデガルトが一歩近づくと、クラウディアも一歩後ずさる。

 様子を窺っていた観衆が、安堵のため息をついた。

 このあと、クラウディアがこってり怒られて事件は終わるのだろう。

 そう誰もが予想した。


 それまで張り詰めていた会場の緊張が、プツリと途切れる音が聞こえた。


 ――そして、四人目の刺客が動いた。

 すべての刺客が囚われ、暗殺が失敗する。

 その空気が弛緩する瞬間のみに狙いを定めた熟練の凶刃が、瞬く間に標的に迫った。

 標的と刺客の間に居るのは、魔力が尽きた魔導士が一人だけ。

 だが魔導士は迷うことなく、その身を刺客と標的の間に割り込ませた。




****

 一度弛緩した空気を再び引き締め直すには、時間が必要だった。

 その間隙を狙った凶刃は、間違いなく標的の心臓に迫っていた。

 この瞬間、動ける可能性があったのは二人だけだった。




 背後で駆け上がる足音。

 クラウディアが己の背後に向ける、怯えた視線。

 その一瞬で理性を取り戻したヒルデガルトは全てを悟った。

 無理やり発動した≪身体強化≫術式で、クラウディアと刺客の間に体を割り込ませた。

「――クラウッ!」

 ――でも、これ以上の魔術はホント無理!

 凶刃が彼女の心臓まで、あと十センチ。

 もう少しでヒルデガルトの心臓を刺し貫く。

 彼女はそのシーンを、スローモーションで見つめていた。

 魔力も体力も精神力も、もはや魔術を行使する余力は残っていなかった。


 あーあ。夢、叶えられなかったな。

 クラウの期待にも、応えられなかった。

 それがちょっとだけ、残念。


 あと数センチで凶刃が自分に届く。

 ヒルデガルトは覚悟を決め、固く目をつぶった。




****

 ノルベルトは全力でステージ上を駆けだしていた。

 すでに間に合う距離じゃない。

 だが命の危機に瀕しているのは、クラウディアではなかった。

 ――今この一瞬の為に、この命が消えても構わない!

 すべてを投げ打つ覚悟で、ノルベルトは限界を超える≪身体強化≫を発動させた。

 骨格と筋肉が悲鳴を上げる。

 その悲鳴をねじ伏せ、ノルベルトはヒルデガルトに襲い掛かる刺客に、全体重を叩き付けた。




****

 ドン! という激しい音が目の前で聞こえた。

 あーあ、刺さっちゃったか。

 ……あれ? でも、痛くないぞ?

 おそるおそる目を開けると、少し離れたところに刺客が転がっていた。

 その上にベルト様が馬乗りになって、鬼の形相で強烈な拳を見舞ってる。

 上から何度も何度も殴り続け、ついに刺客は沈黙した。

 ちょっと、いやかなり怖いと思ったのは、内緒にしておこうかな……。

 この時のベルト様の姿は、私の胸に深く刻み込まれることになった。


 こうして、『学生たちの大捕り物』は無事に幕が降りた。
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