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第1章:精霊眼の少女

24.学生たちのパーティタイム!(3)

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 ベルト様がテーブルに合流し、一息ついた。

「いやぁ、すごい人混みですね。
 学院の生徒がほとんど来てるんじゃないですか?」

 私は給仕からワインを受け取り、ベルト様に手渡す。

 ベルト様は鮮やかな青いフォーマルスーツ。

 もしかして、パーソナルカラーで決めて来てるのかな。

 ジュリアスは緑で、ベルト様は青。

 私は赤だし。

 ルイズ、エマ、リッドも髪の毛と調和する色を選んでるみたい。

 私はニコリと微笑んでベルト様に告げる。

「今日はみなさまの新しい一面をみられて、とっても楽しいです!
 ベルト様も、決まってますね!」

 ベルト様は「あー」とか「その」とか、何かを言いたそうにしていた。

 私をチラチラと見て、何を言いたいんだろう?

 もしかしてこのドレス、似合ってない?

 リッドが勢いよくベルト様の背中を平手で叩いた。

「男だろ! 言うべき時はちゃんと言え!」

 痛みで顔を歪めていたベルト様が、覚悟を決めたように私を見つめた。

「……今夜のヒルダ嬢も、とても素敵ですよ」

 眩しいものを見るかのように目を細めて微笑まれてしまった。

 ほ、ほめられた?!

 一気に顔が熱くなる。火が出そう……。

「ありがとうございます……」

 精一杯頑張って、お礼を述べた。

 けど、声が小さくて、届いたかわからないや。

 私とベルト様が見つめ合っていると、視界にモスグリーンの髪の毛が割り込んできた。

「ノルベルト、もう少し気の利いた言葉は言えないのか?」

 エマが楽しそうに茶化しだす。

「おやおや~? 修羅場かな?」

「修羅場って、なんですかそれは!」

 真っ赤な顔のままエマに反論するけど、彼女はニマニマと微笑んだままだ。


 私たちはそうして、楽しい時間を過ごしていった。




****

 時間が過ぎ、フランツ殿下にエスコートされてクラウが入場してくる。

 そのドレスは透き通るような淡い青。

 クラウは儚げな微笑みで、会場に居るどの生徒より気品に満ちていた。

 さっすがクラウ。場慣れしてるなぁ。

 二人の入場口は、この席のすぐそば。

 ……ああ、だから『一番大切な招待客』を配置するのか。

 クラウたちは真っ直ぐこちらのテーブルに向かって歩いてきた。

 フランツ殿下が『いつものやんちゃ坊主』の顔で告げる。

「よく来てくれた! よく似合ってるな、ヒルデガルト。
 クラウの次に美しいことを認めてやろう」

 彼にとって、クラウこそが至上だ。

 だから『その次』っていうのは、最上級の褒め言葉になる。

 私はニコリと微笑んで応える。

「ありがとうございます、殿下。
 殿下もそうしていると、まるで王子様みたいですね」

「正真正銘! 王子、だ!」

 殿下はむきになって反論してきた。

 ルイズたちやベルト様、ジュリアスやクラウまでが笑っていた。

 第一王子に対して軽口を言える。

 これも立派なアピールポイントだ。

 同門として、日頃から仲良くしてるから言えた言葉だけど。

 クラウが殿下から離れ、私に駆け寄って抱き着いてきた。

「ヒルダ、今日は来てくれてありがとう」

 私はクラウを受け止め、抱きしめ返しながら応える。

「どういたしまして、クラウ!
 呼んでくださってありがとう!」

 短い抱擁を終えると、クラウはテーブルに居る他のみんなとも言葉を交わした。

 一通りそれが済むと、殿下と一緒に別のテーブルに向かっていった。

 これはもしかして、『話しかける順番』も大事なのかな?

 入場して、一番最初に話しかけたのが『私』。

 そのこと自体に意味があるのか。

 奥が深いな、社交界。


 会場中がざわついてる。

 私の精霊眼は、遠目からでも目立つらしい。

 来月から『精霊眼を持った女子が編入してくる』という噂は、学院内で流れてるそうだ。

 その編入生が私というのは、すぐにわかってしまう。

 なんせ、今夜が本格的な社交界デビューだしね。

 見たことがない顔だから、そりゃ目立つはずだ。

 その新顔が、いきなり国家の重鎮たちやその子供たちと親密にしてる。

 これで『ガツン』とかますっていうクラウのプランは達成できたはずだ。

 だけど、なんとなくこれだけじゃない気がするんだよなぁ。

 ――不思議な、だけど嫌な予感が私の胸をざわつかせた。




****

 国王たちは後方にあるテーブルで、ヒルデガルトの様子を窺っていた。

「どうやら、準備は整ったようだな」

 宰相ルドルフがニコリと微笑んで応える。

「すべては計画通り、といったところですね」

 国王の目が、隣のテーブルに居るヴォルフガングたちを見つめた。

「彼らは耐えられると思うか」

「問題ないでしょう。
 覚悟ができないなら、最初から計画に賛同しません」

 国王がうなずいて告げる。

「次代を背負う若者たち、その底力を見せてもらおう」

 ルドルフはワインを掲げ、義妹に酒を捧げた。

「……妹殿に幸運を」

 ワインを飲み干し、彼女たちの健闘を祈った。




****

 ベルト様が物憂げに告げる。

「ところで、ここに来る途中で変な噂を耳にした。
 だれか、他にも聞いていないか」

 エマが眉をひそめて応える。

「変な噂……あれのことかな。
 でもちょっと信じられないわね」

 情報通のエマは耳が早い。

 でも、変な噂って?

 私はエマに尋ねる。

「どういう噂ですの?」

 リッドが投げやりに応える。

「あれだろ? 西のルーニア王国が不可侵条約を破棄しようとしてるって奴。
 西方守護のヴィンケルマン公爵家の令嬢をさらおうとしてるって噂もある。
 あたしは信じられないし、眉唾だと思うけどね」

 リッドはその噂を信じてないみたいだけど。

 ルーニア王国とヴィンケルマン公爵領は隣接してる。

 不可侵条約を破棄するなら、最初に狙ってくる場所だ。

 それに――。

「令嬢って、まさかクラウが狙われてるの?!」

 お姉さんは居るけど、既に他家に嫁ぎ済み。

 狙われるとしたら、クラウってことになる。

 ベルト様が真面目な顔で私にうなずいた。

「フランツ殿下の婚約者であり、ヴィンケルマン公爵の愛娘です。
 身柄を奪われれば、我が国のダメージは大きい」

 ヴィンケルマン公爵は公私混同などしない人だ。

 クラウがさらわれても、国に不利になる取引には応じないだろう。

 ――だけど、領民や貴族たちは違う。

 クラウは領民からの人望が厚い。

 人気が高いのだ。

 そんなクラウをさらわれたら、公爵の求心力が低下する。

 万が一、クラウの命が奪われでもしたら、公爵領の人心が離れてしまう。

 ルーニア王国は取引材料にするために、身柄確保を最優先にする公算が高い。

 だけど命を奪っても、ヴィンケルマン公爵の弱体化を確実に狙える。

 どうしよう、かなりの大ピンチじゃないの?!

 不安になっている私に、ベルト様が穏やかに告げる。

「大丈夫、クラウディア嬢はグランツの寄宿生です。
 あそこは下手な城より強固な守りを誇ります。
 グランツから連れ出すのは、不可能に近い」

 そうか、寄宿生か。

 ほっと胸を撫で下ろした直後、私の脳裏にある考えがよぎる。

 ――でも、今は?

 私はみんなに向かって尋ねる。

「みなさま、ここに来るまでに荷物検査は受けられまして?」

 突然の質問に、みんなは困惑した。

 ――そして、誰一人『受けた』と応える者はいなかった。

 やっぱり。そういうことか。

 ここは王宮の一角。

 中に入る時に、『荷物検査をしない』なんてありえない。

 不審物が持ち込まれないよう、不審者が入り込まないようにチェックされる。

 だけど今日、私はその荷物検査を受けていない。

 『王族と親しい』は、荷物検査が省かれる理由にはならない。

 本来、私は検査されるべき対象だ。

 他のみんなも受けていないなら、結論は『荷物検査が省かれている』。

 それが意味するのは、つまり――。

 私の脳裏に、クラウの言葉がよみがえる。

『良い頃合いだから、”一発ガツン★”とかましておこうかと思うの』

 私は『一発ガツン★』が意味するところを、ようやく正確に理解した。

 クラウーっ?! 何を考えてるの!
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