傭兵ヴァルターと月影の君~俺が領主とか本気かよ?!~

みつまめ つぼみ

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第2章

28.貿易

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 十一月になり、再び青嵐国にヴァルターのガレオン船が到着した。

 青嵐皇は御座ござから臣下に告げる。

『今度は何事だ! 前回の船は、まだ大陸に戻ってはおらぬだろう!』

『はっ、恐れながら申し上げます。
 此度こたびは宝石を運んできたとのよし
 お気に召されたら青嵐せいらん瑠璃るりを引き換えにしたいと申しております』

 青嵐せいらん瑠璃るり、現在の青嵐国における、唯一の輸出品だ。

 大陸からやってくる宝石商は、濃い色の付いた石ばかりを持ってくる。

 神聖にして高貴な色を思わせる石がなく、商談がまとまることが少なかった。

 お互いがなんとか譲歩をして、大陸通貨といくつかの石を交換してやっていた。

 それはそれで、大陸で青嵐せいらん瑠璃るりの希少性を高める。

 貴重な唯一の国外貿易品を、安売りするつもりもなかった。

『ヴァルターが寄越した物を見せよ』

 果たして娘が見初めた男が、今度は何を寄越したのか――興味津々で青嵐皇は待っていた。

 運ばれてきた漆塗りの三方さんぽうに乗せられていたのは、無色の澄んだ大粒の宝石や、大粒の真珠、なにより満月を思わせるきらめく石の数々。

 その神聖さや高貴さを象徴したかのような宝石に、青嵐皇は心奪われていた。

『……これで、青嵐せいらん瑠璃るりを買うと申すのか』

『はっ、そのように申しております。
 いかがなさいましょうか』

 青嵐せいらん瑠璃るりの希少性の維持――それは青嵐国にとって、貿易の生命線とも言える。

 だがヴァルターという男ならば、青嵐せいらん瑠璃るり以外の交易品も、取引に応じてくれるだろう。

 少なくとも織物の定期貿易を約束してくれている。

 山葵わさびが大陸に受け入れられれば、これも主力に加えられるだろう。

 上質の水資源が豊富な青嵐国では、あちこちで山葵わさびを栽培可能だ。

 量産するのに困る品ではない。

『――使者に伝えよ! 宝石ひとつに青嵐せいらん瑠璃るりひとつで取引に応じると!
 特にこの白く輝く月のような石、これには上質の青嵐せいらん瑠璃るりで応じよ!』

 使者が再び持ち込んだ品々にも山葵わさびで応じ、青嵐皇は遂に決意した。

 青嵐皇が声を上げる。

『その大陸の使者に伝えよ! もその船に乗せよと!
 すぐに旅の支度をせよ! が自ら、ヴァルターなる者と交渉をしにく!』

 あれから一か月、青嵐国の国内情勢は、一応の落ち着きを取り戻した。

 今なら半年程度は、青嵐皇が不在でも回すことが可能だ。

 長居は決してできない――だが青嵐皇は、ヴァルターという男を直接確認してみたかった。

 大陸で青嵐国に持ち帰るべき交易品を自ら選定し、それを以降の貿易品としてヴァルターに要求するのだ。

 こちらからも、輸出品として自信のある品々を見本として持ち込み、売り込む。

 青嵐皇が声を上げる。

鉄心てっしんよ! そちも同行せよ! ヴァルターなる武人の真価を確かめるのだ!』

『ははっ! かしこまっそうろう!』

 傍仕えの一人、近衛兵長を務める無骨な男――鉄心てっしん戦部いくさべ迅雷じんらいが応えた。

 この国では万夫不当、並ぶものなしと言われるほどの武人。

 フランチェスカの記したヴァルターの武勇も、鉄心てっしんならば再現が可能だろう。

 だがヴァルターの力量が伝え聞く以上であれば、鉄心てっしんでも及ばぬかもしれない。

 その結果がわかるのは三か月後、ヴァルターと鉄心てっしんが直接、武を比べた時になる。

 ――綾女あやめが見初めた男の力量、いかほどのものか! この目でしかと見届けてくれよう!




****

 青嵐皇は鉄心てっしんと通訳の傍仕えを従え、港まで牛車ぎっしゃでやってきていた。

 シャッテンヴァイデ伯爵家の使者が、静かな表情で告げる。

「あなたが今回、同乗すると伺いましたが……本気なのですか?」

 通訳を介し、青嵐皇が頷く。

『当然だ。が自ら全てを見定める』

 通訳を介し、使者が微笑んだ。

「――わかりました。乗船を許可しましょう。
 そちらの木箱は、どういったものですか?」

 通訳を介し、青嵐皇が自信のあふれる笑みを浮かべた。

『我が国、各地の名産品だ。
 民芸品から食料品まで、自慢の品を揃えた。
 いずれかが大陸に受け入れられることを期待する』

 通訳を介し、使者が告げる。

「では、少し中身を拝見しても?」

 通訳を介し、青嵐皇が頷いた。

『構わん、好きにせよ』

 使者が木箱の蓋を開け、手袋をはめた手で中身を確認していく。

「……悪くありませんね。
 食料品は箱を分けてください。魔導術式の都合がありますので。
 それと、いくつか提案をしたいのですが、構いませんか?」

 通訳の言葉に、青嵐皇が眉をひそめた。

『提案だと? ……構わぬ、もうせ』

 使者がニコリと微笑んだ。

「この国の料理人を用意出来ますか。
 先ほど町を見て回りましたが、興味深い料理が多くありました。
 素材は輸入するにしても、料理を輸入するのは魔導術式を用いても難しい。
 ですので、輸入した素材を調理する人材を連れていきましょう。
 代わりに、大陸からも調理人をこちらに派遣します。
 お互いが異国の料理を楽しめる――悪くない提案だと思います』

 通訳がなんとか言葉を通訳したところで、青嵐皇が唸り声を上げた。

「むぅ……確かに魅力的な提案だ。
 それもヴァルターの指示か」

 通訳を介し、使者が頷いた。

「はい。旦那様から、可能であれば伺ってみて欲しいと承っております。
 ――それと、これは私の独断なのですが、持ち込む品を一つ、追加して頂いても?」

 通訳を介し、青嵐皇が頷く。

『何を所望しているか、もうせ』

 通訳を介し、使者がニコリと微笑んだ。

「あちらにある花、あれは可愛らしいですね。
 あの花の株を持ち込んでも構いませんか?」

 使者が手で示した方角には、木の上でマメザクラが咲いていた。

 通訳を介し、青嵐皇が頷く。

『なるほど、桜に目を付けたか。良い目をしている。
 ならば十月桜以外にも、他の桜の株も持ち込もう。
 いずれかが気に入られると良いのだがな。
 ――そちの名前はなんともうすのだ』

 通訳が言葉を伝える前に、使者がニコリと微笑んだ。

「キューブ・フリックと申します。
 シャッテンヴァイデ伯爵家の従僕をしております」

 紫紺の髪を撫で付け、褐色の肌をした青年を、青嵐皇が唖然と見つめていた。

『……なぜ、通訳される前に応えられたのだ?』

「表情と声の調子、会話の流れで、予測可能なこともございます。
 種を明かせば、それだけのことですよ」

 通訳の言葉に、青嵐皇が低く唸った。

「ううむ……確かに言われてみれば、簡単な話だ。
 だが、そちは只者ただものではあるまい。
 種がわかっていても、そうも自信を持って応えるのは難しいだろう』

 通訳の言葉に、キューブはうやうやしく頭を下げた。

「おほめに預かり、光栄です」


 青嵐皇は頷き、直ちに職人と料理の素材の手配を指示した。

 船に積み込む交易品の管理はキューブに任せ、青嵐皇は牛車ぎっしゃに乗りこんだ。

 去っていく牛車ぎっしゃにお辞儀を続けていたキューブが顔を上げる。

「――さて、テキパキと進めてしまいましょうか!」

 キューブは公用語を話せる青嵐国の人間と共同して、荷を積み込む指揮を開始した。
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