傭兵ヴァルターと月影の君~俺が領主とか本気かよ?!~

みつまめ つぼみ

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第1章

20.戦勝夜会

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 俺たちがアイゼンハインから帰国し、王都に戻る頃、季節は六月の終わりに差し掛かっていた。

 宰相の執務室で報告をする俺を、シュルツ侯爵は満面の笑みで迎えた。

「いやー! まさか本当に平和条約を結んでくるとはね!
 賠償金もしっかりぶんどってきたし!
 これで年末まで、充分な政策を打っていけるよ!」

 えらい喜びようだな……予備の書状を渡した時、アイゼンハインの国王は目を白黒させてたけど、いったいいくら吹っ掛けたのやら。

 何年払いになるかはしらんが、アイゼンハイン王国も可哀想にな。

「ま、軍隊をまた消し飛ばすことにならなくて済んだ。
 無駄に命をすり潰すことがなくて、俺も一安心だ。
 このあと、俺はどうしたらいいんだ?」

 シュルツ侯爵が、平和条約が記されている書状をニヤニヤと眺めながら、俺に応える。

「七月に戦勝祝いの夜会が予定されてるよ。
 アヤメ殿下の誕生日、七月の上旬だっただろう?
 その日に合わせて、同時に祝ってしまおうかと思ってね。
 それまでは王宮に滞在してるといい。
 夜会が終わったら、アヤメ殿下を連れて領地に戻って構わないよ」

 俺は小さく息をついて応える。

「シャッテンヴァイデ伯爵ってやつか。
 俺の政治家としての役割は、それだけでいいのか?」

「また何かあれば、仕事を頼むことになるさ。
 君たちの力は我が国の外交政策で必要不可欠だ。
 兵力の補充が済むまでは、君たちの力だけが頼りだ」

 ま、そうだろうな。ケーテンの町を消し飛ばした時点で疲弊した三万の兵力だ。

 たった三万じゃ、周辺国からこの国を守ることはできない。

 傭兵部隊が居なくなった今、実数はもっと落ち込んでいるだろう。

 割高な傭兵を雇い続ける余裕なんて、今のこの国にはないからな。

 国庫に余裕が生まれれば、また傭兵部隊を編成するんだろうが、それまでは一般兵で回さにゃならん。

 その間はアヤメの力だけが頼りだろう。

 俺はため息をついて告げる。

「まったく、無理やり俺を貴族なんぞに据えやがって。
 領地を荒らして後悔しても知らんぞ」

 シュルツ侯爵がニヤリと微笑んだ。

「問題ないさ。君ならできる。
 シャッテンヴァイデ伯爵領は、港湾都市と商業都市、さらには農地と、要所を多数抱える広大な土地だ。
 経営し甲斐があると思うよ?」

 俺は頬を引きつらせながら応える。

「そんな重要な土地を、よそ者の傭兵なんぞに渡すんじゃねぇ!
 領民の反発だってあるだろうが!」

 シュルツ侯爵は気にする様子もなく微笑んでいる。

「君たちがアイゼンハイン王国軍を追い払ったと、きちんと国内に触れ回ってる。
 今回のアイゼンハイン王国との平和条約の功績も、きちんと伝えておこう。
 英雄を嫌がる領民なんていやしないさ。問題ないよ」

 俺は頭痛を覚えて頭を押さえていた。

 ……アヤメの力を領民が知ったらどうなるか、わからねぇ訳がねぇと思うんだが。

 このおっさんは馬鹿なのか頭がいいのか、判別がつかん。

 俺がこれからのことに頭を痛めていると、シュルツ侯爵の楽し気な声が聞こえる。

「前シャッテンヴァイデ伯爵は、放漫経営をするろくでなしだったからね。
 いくらでも改善点があると思う。
 港湾都市からはセイラン国への船便も出ているし、アヤメ殿下が嫁ぐには丁度いい土地だろう。
 彼女の伝手つてを使って、セイラン国との貿易を強化するのも面白いと思うよ?」

 ――ああ、あの港町のある土地なのか、俺の領地。

 ってことは、フロリアンが挨拶に来そうだな。

 あの大商人はやり手に見えたし、商人ギルドを頼るよりフロリアンを頼った方が事業が軌道に乗りそうだ。

 ……俺が事業か。実感わかねぇなぁ。

 俺は小さく息をつくと、シュルツ侯爵に告げる。

「あんたの言い分はわかった。
 当分は領地経営ってもんを勉強させてもらおう。それでいいか?」

「ああ、そうしてくれ。
 シャッテンヴァイデの経営を君が見てくれるおかげで、私の仕事もだいぶ減る。
 だが助けが欲しいときは、いつでも気軽に相談するといい。
 君と私の仲だからね」

「どんな仲だよ?! ――まあいい、じゃあな」

 俺は身を翻し、宰相の執務室を後にした。




****

 七月に入り、アヤメが十歳の誕生日を迎えた。

 その日は『戦勝夜会』を兼ね、盛大なパーティーが開かれていた。

 アヤメはいつもの、セイラン国の民族衣装だ。相変わらず、どんな型紙で作られてるのか理解できねぇ。

 長旅でもこまめにフランチェスカが≪浄化≫の魔導術式で洗浄していたからか、新品のようにきれいなままだ。

 俺は用意されたパーティースーツを着せられ、胸にはもらった勲章をぶら下げていた。

 ……柄じゃねぇなぁ。

 アヤメは俺の姿を見て喜んでいるようだった。

『馬子にも衣裳とは、よう言うたものよな。
 様になっておるぞ? ヴァルター』

「だから、公用語でしゃべれ!」

「ふふ、似合ってるねって言ったんだよ!」

 なんで最初からそう言わねぇのかな、アヤメは。

 フランチェスカもセイラン国の民族衣装で参加していた。

 この二人は会場でもよく目立っていたようだ。

 俺の元に、国王がやって来て笑顔で告げる。

此度こたびの戦勝、そして平和条約の締結、実に見事だった。
 シャッテンヴァイデ伯爵、貴公のこれからの活躍に期待しておこう」

「国王――じゃなかった陛下、それはいいんだけどよ。
 俺は武官でも採用するって話じゃなかったのか?
 それはどうなったんだよ?」

 国王がニヤリと笑った。

「レーヴェンムート侯爵と相談中だが、貴公に一軍を任せる話が浮上している。
 一万の兵を預かる司令官だ。悪くはない話だろう?」

 俺はデカいため息でそれに応える。

「だから、俺は後方で指図するような人間じゃねぇって言ってんだろ?
 そんな大軍の指揮なんぞできねぇぞ?」

「陣頭指揮を執れば良いだろう?
 戦略を見通す目は確かだ。
 貴公の武勇も、また確かだ。
 最前線でも、戦場を俯瞰することは可能だろう」

 見通し、甘くねぇかなぁ。大丈夫なのかね。

 国王がアヤメを見て告げる。

「アヤメ殿下、十歳の誕生日おめでとう。
 あと五年でヴァルターに嫁ぐことができるな」

 アヤメが意外そうに声を上げる。

「えー?! 十五歳まで嫁げないの?!
 セイラン国だと、十二歳でお嫁さんになることもあるのに!」

 どういう国だよ、セイラン国……。

 いや、それよりもだ。

「嬢ちゃん、お前まだ俺に嫁ぐ気でいるのか? いい加減、考え直せ」

 アヤメはきょとんと俺の顔を見上げた。

「なんで考え直す必要があるの?
 私はこの大陸に見聞を広めに来たんだよ?
 ヴァルターのお嫁さんになれば、私はこの大陸で色んなことを知れると思うんだけど?」

 俺は苦虫をかみつぶした気分で応える。

「別に俺と結婚しなくても、見聞は広められるだろうが。
 ほどほどに経験を積んだら、大人しくセイラン国に帰れ」

 アヤメがニヤリと微笑んだ。

『わかっておらぬのぅ。
 稚児ややこを産む経験もまた、面白いものであろう?
 せっかく稚児ややこを産むなら、優秀なおのこ稚児ややこを産みたいものじゃ。
 ヴァルターほど面白いおのこは、青嵐国にはおらんかったからの。
 青嵐国で退屈なおのこを夫に迎えるより、よほど楽しい人生じゃろうて』

 俺は疲れた気分でため息をついて応える。

「だから、公用語で話せと言ってるだろうが。まったく伝わらねーぞ」

「いいんだよ! つまり、私はヴァルターのお嫁さんになるってこと!」

 俺は助けを求めてフランチェスカを見た。

「なぁフランチェスカ、お前からもなんとか言ってやってくれ」

 フランチェスカも困ったように眉をひそめ、俺に応える。

「アヤメ殿下の意志が固く、私では説得が難しいのです。
 毎日努力はしているのですが……」

 ……本気でセイラン国の国王に、助けを求めるしかなさそうだな。


 その夜は、俺と面識を持とうと近寄ってくる貴族も多数、会いに来ていた。

 救国の英雄、そんな世辞せじを苦笑で受け流し、なんとか話を合わせていく。

 宰相が迅速に打った政策が功を奏し、兵役が終わった市民たちは徐々に活況を取り戻しつつあるらしい。

 各地の商業都市でも商売が活発になり、都市交易が盛んだそうだ。

 新しい事業を起こすには、タイミングがいいな。

 高止まりだった食料品を始め、日用品に関わる税率を大胆に下げたことで、民衆の暮らしが楽になっているという。

 当面は生活必需品を主軸に商売が活発になるが、富裕層の嗜好品需要も徐々に復活しつつあるようだ。

 どれをとっても商売の種、どこに投資をしても儲かる時期と言える。

 そんな情報を収集しながら、俺たちの夜会は過ぎていった。
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