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第2章:クラスメイト

12.

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 海難、事故……。

 それで全身が濡れてるってこと?

 マスターが私たちに、少し厳しい目を向けて告げる。

「先に言っておくけど、哀れみや同情を持ってはいけないよ?
 幽霊の未練は、そういったものに引きずられてしまう。
 ここは明るく心地良い時間を提供する店だ。
 だから君たちも、明るい気持ちで接客して欲しい」

 明るい気持ち……。

「そっか、お客さんに楽しんでもらおうと思えばいいのかな」

 マスターがニコリと微笑んだ。

「うん、さすが伊勢佐木いせざきさんだね。合格だ。
 ――清水しみずさんと荒川あらかわさんは、それができるかな?」

 早苗さなえ歩美あゆみは顔を見合わせていた。

「……できると思う?」

「でも、朝陽あさひはできてるし、やってやれないことはないんじゃない?」

 二人がうなずいてマスターを見る。

「やってみます!」

 二人の声が、店内に響き渡った。

 土屋さんがクスクスと笑う声が聞こえ、振り返った。

「元気なお嬢さんたちね。
 私も学生時代を思い出すわ」

 私はカウンター席から土屋さんに尋ねる。

「どんな学生時代だったんですか?」

「私、女子高だったのよ。
 そりゃあもう、毎日女子で集まって賑やかだったの。
 男子と縁はなかったけれど、あれはあれで青春だったわ」

 早苗さなえがおずおずと尋ねる。

「女子高って、慎みが無くなるって聞いたんですけど、ほんとですか?」

 土屋さんはクスクスと笑みをこぼしながら応える。

「慎みなんて、まるでなかったわね。
 ここじゃ言えないような酷い有様よ?
 私も例に漏れず、あまり女性らしいとは言えない学生だったわ」

 へぇ~、とてもそんな風に見えない。

「でも土屋さん、今は女性らしいですよね?」

「大学でね? ちょっと良い人ができたの。
 その人に振り向いて欲しくて、必死に自分を磨いたのよ?」

 ほぉ~。恋に生きる女子はタフだなぁ~。

 コトリ、と背後で音がして振り返ると、クッキーアソートのお皿が置いてあった。

 マスターがニコリと微笑んで早苗さなえに告げる。

「さっき怖がったお詫びに、土屋さんに出してあげて」

 ゴクリと唾を飲んだ早苗さなえがうなずき、トレイにお皿を乗せて土屋さんに運んでいった。

「あ、あの。さっきはごめんなさい。
 これ、お詫びのクッキーだそうです」

 ことりと置かれたクッキーに、土屋さんが笑顔になる。

「まぁ、こんな裏メニューがあったの?」

 マスターがニコリと微笑んで応える。

「内緒ですよ? 僕の手作りクッキーです。
 お口に合うと良いんですが」

 土屋さんがクッキーを一口かじり、満足気にうなずいた。

「オレンジピールとバターの風味が交わって、とっても美味しいわ。
 これは癖になりそう。
 ねぇ、次に来たときもお願いして良いかしら?」

 早苗さなえがマスターに振り返ると、彼は笑顔でうなずいた。

「ええ、構いませんよ。
 アソートの内容は日替わりですが、そのクッキーは用意しておきます」

 美味しそうにクッキーとブレンドを味わう土屋さんを見て、早苗さなえの肩から力が抜けていったみたいだ。

「ごゆっくりどうぞ!」

 そう言ってカウンターに戻ってくる早苗さなえは、すっかり笑顔だった。

「なんだ! 普通のお客さんじゃん!」

 私は呆れながら応える。

「だからそう言ったじゃん。
 ここは『ちょっと変わったお客さん』がくるだけのお店。
 怖がる必要、ないんだよ」

 歩美あゆみを見ても、怖がる空気が抜けている。

 ぼんやりと土屋さんを眺めながら、「本当に普通のお客さんなのね」とつぶやいていた。

 私たちは土屋さんがメニューを楽しむのを、温かい気持ちで見守っていた。

 食べ終わった土屋さんがふぅ、と小さく息をついて立ち上がり、レジに向かう。

 マスターもレジカウンターに入り、ポンポンとキーを叩いて行く。

 ぶわっと大きな『何か』がレジに吸い込まれ、土屋さんの姿が一気に薄くなった。

「また来るわね。
 その時もよろしく」

 いつの間にか乾いた姿になっていた土屋さんが、店のドアから出ていった。


 マスターがレジカンターから出てきて、私たちの頭を撫でていった。

「今回は本当に上出来だったね。
 土屋さんはとても満足して帰っていった。
 あと一回か二回来店すれば、彼女の未練も消えるはずだ」

 そっか、やっぱりあれでいいのか。

 『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』は『宝石のような時間』を提供するお店。

 哀れみや同情なんかじゃなく、キラキラと輝く想いで迎えてあげればいいのか。

 早苗さなえ歩美あゆみからも、もう怖がる様子はない。

 マスターがカウンターに入って私たちに告げる。

「今夜はまだお客さんが来ると思うから、接客よろしくね」

「はい!」

 私たちの元気な声が、お店の中に響き渡った。




****

 午後十時になり、マスターが私たちに告げる。

「もう時間だから、三人は上がって」

 私は驚いて振り向いた。

「え? でもまだお客さんがいますよ?」

 店内では、私服の男性と若い女の子が美味しそうにコーヒーや紅茶を飲んでいた。

 マスターが困ったように微笑む。

「午後十時以降は、高校生の労働が禁止されてるからね。
 君たちにバイト代を払うためにも、そこは曲げられないかな。
 なにより親御さんが心配するでしょ?」

 ああ、それもそうだ。

 帰りが遅くなったら、お母さんが心配するし。

 早苗さなえ歩美あゆみだって、遅くなったら怒られるはずだ。

「わかりました! それじゃあ上がらせてもらいますね!
 ――行こう! 早苗さなえ歩美あゆみ!」

 私は二人を連れて、スタッフルームに入っていった。




****

 学校の制服に着替えながら、二人に尋ねる。

「どう? バイト続けていけそう?」

 二人はなんだか、ぼんやりとしながら着替えていた。

早苗さなえ? 歩美あゆみ? どうしたの?」

 ハッとなった歩美あゆみが、真っ赤な顔で応える。

「なんでもないわ!
 ――そうね、これなら続けていけると思う」

 早苗さなえはまだぼんやりとしたまま、ぽつりとつぶやく。

「おっきな手だったなぁ……」

「あー、さては撫でてもらった感触を思い出してたな?」

 ボフっと音がしそうなほど真っ赤になった早苗さなえが、あわてて両手を横に振っていた。

「そ、そんなことない! あるわけないじゃん!」

 私はニンマリと微笑みながら告げる。

「もっと頑張ると、いろいろご褒美もらえるかもよ?」

「ご褒美……これ以上の……?」

 真っ赤な顔でうつむきながら、早苗さなえは着替えを進めていった。




****

 学校制服になってスタッフルームを出ると、着流し姿のマスターが待っていた。

「駅まで送っていくよ。
 忘れ物はないかな?」

 三人でうなずき、マスターの後に続いて店を出る。


 店を出たあと振り返ると、やっぱり営業中の喫茶店があった。

 店内にいるお客さんの姿も見える。

「本当にお客さんを放置してきちゃうんですね……」

「常連さんは待っていてくれるからね。
 そこは安心して大丈夫だよ」

 早苗さなえ歩美あゆみは、マスターの隣を赤い顔でうつむいて歩いていた。

「なーに、二人とも。意識しちゃってるの?」

「そんなことないよ!」

 二人同時に叫ばなくても……。

 マスターがクスリと笑って、着流しの袖口から二通の封筒を取り出し、二人に差し出した。

「これ、雇用契約書ね。
 保護者の同意が得られたら、きみたちも正式にバイトとして雇用できるよ。
 年齢証明書は、後日でも構わないから」

 早苗さなえたちはおずおずと封筒を受け取ると、大事そうに鞄にしまっていた。

「あー、私も年齢証明書、用意しなきゃだー」

「そうだよ? 今月中であれば間に合うから、あわてなくて大丈夫だけどね」

「うーん、役所に行くの大変みたいだし、お母さんにコンビニで取って来てもらうかなぁ?」

 歩美あゆみがクスリと笑った。

「うちはそうするつもりよ。
 早苗さなえはどうする?」

「お母さん説得する時、一緒に頼むかなぁ」


 駅に付き、改札でマスターと笑顔で別れる。

 私たちは同じ方向の電車に乗りこみ、今日の出来事を小声で話し合って過ごした。




****

 カランコロンとドアベルが鳴った。

 私はすかさずエントランスに出る。

「いらっしゃいませ!
 『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』へようこそ!
 一名様ですか?」

 三井さんが首を横に振った。

「今日は三名だよ。
 あとから二名来る」

「ハイわかりました!
 お席にご案内します!」

 店内では歩美あゆみ早苗さなえも接客していて、ちょっとした賑わいだ。

 私たち三人になってから、お客さんが増えたみたい。

 席に案内すると、三井さんが座りながら私に告げる。

「どうやら繁盛してるみたいだね。
 仲間内で、君たちバイトのことが噂になってるよ」

「それで来店者が多いんでしょうか?」

「ハハハ! そうかもしれないね!」

 カウンターの中のマスターは大忙しだ。

 『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』は今日もお客さんに、『宝石のような時間』を提供していく。

 私もお仕事、頑張るぞ!
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