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第2章:クラスメイト
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海難、事故……。
それで全身が濡れてるってこと?
マスターが私たちに、少し厳しい目を向けて告げる。
「先に言っておくけど、哀れみや同情を持ってはいけないよ?
幽霊の未練は、そういったものに引きずられてしまう。
ここは明るく心地良い時間を提供する店だ。
だから君たちも、明るい気持ちで接客して欲しい」
明るい気持ち……。
「そっか、お客さんに楽しんでもらおうと思えばいいのかな」
マスターがニコリと微笑んだ。
「うん、さすが伊勢佐木さんだね。合格だ。
――清水さんと荒川さんは、それができるかな?」
早苗と歩美は顔を見合わせていた。
「……できると思う?」
「でも、朝陽はできてるし、やってやれないことはないんじゃない?」
二人がうなずいてマスターを見る。
「やってみます!」
二人の声が、店内に響き渡った。
土屋さんがクスクスと笑う声が聞こえ、振り返った。
「元気なお嬢さんたちね。
私も学生時代を思い出すわ」
私はカウンター席から土屋さんに尋ねる。
「どんな学生時代だったんですか?」
「私、女子高だったのよ。
そりゃあもう、毎日女子で集まって賑やかだったの。
男子と縁はなかったけれど、あれはあれで青春だったわ」
早苗がおずおずと尋ねる。
「女子高って、慎みが無くなるって聞いたんですけど、ほんとですか?」
土屋さんはクスクスと笑みをこぼしながら応える。
「慎みなんて、まるでなかったわね。
ここじゃ言えないような酷い有様よ?
私も例に漏れず、あまり女性らしいとは言えない学生だったわ」
へぇ~、とてもそんな風に見えない。
「でも土屋さん、今は女性らしいですよね?」
「大学でね? ちょっと良い人ができたの。
その人に振り向いて欲しくて、必死に自分を磨いたのよ?」
ほぉ~。恋に生きる女子はタフだなぁ~。
コトリ、と背後で音がして振り返ると、クッキーアソートのお皿が置いてあった。
マスターがニコリと微笑んで早苗に告げる。
「さっき怖がったお詫びに、土屋さんに出してあげて」
ゴクリと唾を飲んだ早苗がうなずき、トレイにお皿を乗せて土屋さんに運んでいった。
「あ、あの。さっきはごめんなさい。
これ、お詫びのクッキーだそうです」
ことりと置かれたクッキーに、土屋さんが笑顔になる。
「まぁ、こんな裏メニューがあったの?」
マスターがニコリと微笑んで応える。
「内緒ですよ? 僕の手作りクッキーです。
お口に合うと良いんですが」
土屋さんがクッキーを一口かじり、満足気にうなずいた。
「オレンジピールとバターの風味が交わって、とっても美味しいわ。
これは癖になりそう。
ねぇ、次に来たときもお願いして良いかしら?」
早苗がマスターに振り返ると、彼は笑顔でうなずいた。
「ええ、構いませんよ。
アソートの内容は日替わりですが、そのクッキーは用意しておきます」
美味しそうにクッキーとブレンドを味わう土屋さんを見て、早苗の肩から力が抜けていったみたいだ。
「ごゆっくりどうぞ!」
そう言ってカウンターに戻ってくる早苗は、すっかり笑顔だった。
「なんだ! 普通のお客さんじゃん!」
私は呆れながら応える。
「だからそう言ったじゃん。
ここは『ちょっと変わったお客さん』がくるだけのお店。
怖がる必要、ないんだよ」
歩美を見ても、怖がる空気が抜けている。
ぼんやりと土屋さんを眺めながら、「本当に普通のお客さんなのね」とつぶやいていた。
私たちは土屋さんがメニューを楽しむのを、温かい気持ちで見守っていた。
食べ終わった土屋さんがふぅ、と小さく息をついて立ち上がり、レジに向かう。
マスターもレジカウンターに入り、ポンポンとキーを叩いて行く。
ぶわっと大きな『何か』がレジに吸い込まれ、土屋さんの姿が一気に薄くなった。
「また来るわね。
その時もよろしく」
いつの間にか乾いた姿になっていた土屋さんが、店のドアから出ていった。
マスターがレジカンターから出てきて、私たちの頭を撫でていった。
「今回は本当に上出来だったね。
土屋さんはとても満足して帰っていった。
あと一回か二回来店すれば、彼女の未練も消えるはずだ」
そっか、やっぱりあれでいいのか。
『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』は『宝石のような時間』を提供するお店。
哀れみや同情なんかじゃなく、キラキラと輝く想いで迎えてあげればいいのか。
早苗や歩美からも、もう怖がる様子はない。
マスターがカウンターに入って私たちに告げる。
「今夜はまだお客さんが来ると思うから、接客よろしくね」
「はい!」
私たちの元気な声が、お店の中に響き渡った。
****
午後十時になり、マスターが私たちに告げる。
「もう時間だから、三人は上がって」
私は驚いて振り向いた。
「え? でもまだお客さんがいますよ?」
店内では、私服の男性と若い女の子が美味しそうにコーヒーや紅茶を飲んでいた。
マスターが困ったように微笑む。
「午後十時以降は、高校生の労働が禁止されてるからね。
君たちにバイト代を払うためにも、そこは曲げられないかな。
なにより親御さんが心配するでしょ?」
ああ、それもそうだ。
帰りが遅くなったら、お母さんが心配するし。
早苗や歩美だって、遅くなったら怒られるはずだ。
「わかりました! それじゃあ上がらせてもらいますね!
――行こう! 早苗、歩美!」
私は二人を連れて、スタッフルームに入っていった。
****
学校の制服に着替えながら、二人に尋ねる。
「どう? バイト続けていけそう?」
二人はなんだか、ぼんやりとしながら着替えていた。
「早苗? 歩美? どうしたの?」
ハッとなった歩美が、真っ赤な顔で応える。
「なんでもないわ!
――そうね、これなら続けていけると思う」
早苗はまだぼんやりとしたまま、ぽつりとつぶやく。
「おっきな手だったなぁ……」
「あー、さては撫でてもらった感触を思い出してたな?」
ボフっと音がしそうなほど真っ赤になった早苗が、あわてて両手を横に振っていた。
「そ、そんなことない! あるわけないじゃん!」
私はニンマリと微笑みながら告げる。
「もっと頑張ると、いろいろご褒美もらえるかもよ?」
「ご褒美……これ以上の……?」
真っ赤な顔でうつむきながら、早苗は着替えを進めていった。
****
学校制服になってスタッフルームを出ると、着流し姿のマスターが待っていた。
「駅まで送っていくよ。
忘れ物はないかな?」
三人でうなずき、マスターの後に続いて店を出る。
店を出たあと振り返ると、やっぱり営業中の喫茶店があった。
店内にいるお客さんの姿も見える。
「本当にお客さんを放置してきちゃうんですね……」
「常連さんは待っていてくれるからね。
そこは安心して大丈夫だよ」
早苗と歩美は、マスターの隣を赤い顔でうつむいて歩いていた。
「なーに、二人とも。意識しちゃってるの?」
「そんなことないよ!」
二人同時に叫ばなくても……。
マスターがクスリと笑って、着流しの袖口から二通の封筒を取り出し、二人に差し出した。
「これ、雇用契約書ね。
保護者の同意が得られたら、きみたちも正式にバイトとして雇用できるよ。
年齢証明書は、後日でも構わないから」
早苗たちはおずおずと封筒を受け取ると、大事そうに鞄にしまっていた。
「あー、私も年齢証明書、用意しなきゃだー」
「そうだよ? 今月中であれば間に合うから、あわてなくて大丈夫だけどね」
「うーん、役所に行くの大変みたいだし、お母さんにコンビニで取って来てもらうかなぁ?」
歩美がクスリと笑った。
「うちはそうするつもりよ。
早苗はどうする?」
「お母さん説得する時、一緒に頼むかなぁ」
駅に付き、改札でマスターと笑顔で別れる。
私たちは同じ方向の電車に乗りこみ、今日の出来事を小声で話し合って過ごした。
****
カランコロンとドアベルが鳴った。
私はすかさずエントランスに出る。
「いらっしゃいませ!
『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』へようこそ!
一名様ですか?」
三井さんが首を横に振った。
「今日は三名だよ。
あとから二名来る」
「ハイわかりました!
お席にご案内します!」
店内では歩美や早苗も接客していて、ちょっとした賑わいだ。
私たち三人になってから、お客さんが増えたみたい。
席に案内すると、三井さんが座りながら私に告げる。
「どうやら繁盛してるみたいだね。
仲間内で、君たちバイトのことが噂になってるよ」
「それで来店者が多いんでしょうか?」
「ハハハ! そうかもしれないね!」
カウンターの中のマスターは大忙しだ。
『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』は今日もお客さんに、『宝石のような時間』を提供していく。
私もお仕事、頑張るぞ!
それで全身が濡れてるってこと?
マスターが私たちに、少し厳しい目を向けて告げる。
「先に言っておくけど、哀れみや同情を持ってはいけないよ?
幽霊の未練は、そういったものに引きずられてしまう。
ここは明るく心地良い時間を提供する店だ。
だから君たちも、明るい気持ちで接客して欲しい」
明るい気持ち……。
「そっか、お客さんに楽しんでもらおうと思えばいいのかな」
マスターがニコリと微笑んだ。
「うん、さすが伊勢佐木さんだね。合格だ。
――清水さんと荒川さんは、それができるかな?」
早苗と歩美は顔を見合わせていた。
「……できると思う?」
「でも、朝陽はできてるし、やってやれないことはないんじゃない?」
二人がうなずいてマスターを見る。
「やってみます!」
二人の声が、店内に響き渡った。
土屋さんがクスクスと笑う声が聞こえ、振り返った。
「元気なお嬢さんたちね。
私も学生時代を思い出すわ」
私はカウンター席から土屋さんに尋ねる。
「どんな学生時代だったんですか?」
「私、女子高だったのよ。
そりゃあもう、毎日女子で集まって賑やかだったの。
男子と縁はなかったけれど、あれはあれで青春だったわ」
早苗がおずおずと尋ねる。
「女子高って、慎みが無くなるって聞いたんですけど、ほんとですか?」
土屋さんはクスクスと笑みをこぼしながら応える。
「慎みなんて、まるでなかったわね。
ここじゃ言えないような酷い有様よ?
私も例に漏れず、あまり女性らしいとは言えない学生だったわ」
へぇ~、とてもそんな風に見えない。
「でも土屋さん、今は女性らしいですよね?」
「大学でね? ちょっと良い人ができたの。
その人に振り向いて欲しくて、必死に自分を磨いたのよ?」
ほぉ~。恋に生きる女子はタフだなぁ~。
コトリ、と背後で音がして振り返ると、クッキーアソートのお皿が置いてあった。
マスターがニコリと微笑んで早苗に告げる。
「さっき怖がったお詫びに、土屋さんに出してあげて」
ゴクリと唾を飲んだ早苗がうなずき、トレイにお皿を乗せて土屋さんに運んでいった。
「あ、あの。さっきはごめんなさい。
これ、お詫びのクッキーだそうです」
ことりと置かれたクッキーに、土屋さんが笑顔になる。
「まぁ、こんな裏メニューがあったの?」
マスターがニコリと微笑んで応える。
「内緒ですよ? 僕の手作りクッキーです。
お口に合うと良いんですが」
土屋さんがクッキーを一口かじり、満足気にうなずいた。
「オレンジピールとバターの風味が交わって、とっても美味しいわ。
これは癖になりそう。
ねぇ、次に来たときもお願いして良いかしら?」
早苗がマスターに振り返ると、彼は笑顔でうなずいた。
「ええ、構いませんよ。
アソートの内容は日替わりですが、そのクッキーは用意しておきます」
美味しそうにクッキーとブレンドを味わう土屋さんを見て、早苗の肩から力が抜けていったみたいだ。
「ごゆっくりどうぞ!」
そう言ってカウンターに戻ってくる早苗は、すっかり笑顔だった。
「なんだ! 普通のお客さんじゃん!」
私は呆れながら応える。
「だからそう言ったじゃん。
ここは『ちょっと変わったお客さん』がくるだけのお店。
怖がる必要、ないんだよ」
歩美を見ても、怖がる空気が抜けている。
ぼんやりと土屋さんを眺めながら、「本当に普通のお客さんなのね」とつぶやいていた。
私たちは土屋さんがメニューを楽しむのを、温かい気持ちで見守っていた。
食べ終わった土屋さんがふぅ、と小さく息をついて立ち上がり、レジに向かう。
マスターもレジカウンターに入り、ポンポンとキーを叩いて行く。
ぶわっと大きな『何か』がレジに吸い込まれ、土屋さんの姿が一気に薄くなった。
「また来るわね。
その時もよろしく」
いつの間にか乾いた姿になっていた土屋さんが、店のドアから出ていった。
マスターがレジカンターから出てきて、私たちの頭を撫でていった。
「今回は本当に上出来だったね。
土屋さんはとても満足して帰っていった。
あと一回か二回来店すれば、彼女の未練も消えるはずだ」
そっか、やっぱりあれでいいのか。
『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』は『宝石のような時間』を提供するお店。
哀れみや同情なんかじゃなく、キラキラと輝く想いで迎えてあげればいいのか。
早苗や歩美からも、もう怖がる様子はない。
マスターがカウンターに入って私たちに告げる。
「今夜はまだお客さんが来ると思うから、接客よろしくね」
「はい!」
私たちの元気な声が、お店の中に響き渡った。
****
午後十時になり、マスターが私たちに告げる。
「もう時間だから、三人は上がって」
私は驚いて振り向いた。
「え? でもまだお客さんがいますよ?」
店内では、私服の男性と若い女の子が美味しそうにコーヒーや紅茶を飲んでいた。
マスターが困ったように微笑む。
「午後十時以降は、高校生の労働が禁止されてるからね。
君たちにバイト代を払うためにも、そこは曲げられないかな。
なにより親御さんが心配するでしょ?」
ああ、それもそうだ。
帰りが遅くなったら、お母さんが心配するし。
早苗や歩美だって、遅くなったら怒られるはずだ。
「わかりました! それじゃあ上がらせてもらいますね!
――行こう! 早苗、歩美!」
私は二人を連れて、スタッフルームに入っていった。
****
学校の制服に着替えながら、二人に尋ねる。
「どう? バイト続けていけそう?」
二人はなんだか、ぼんやりとしながら着替えていた。
「早苗? 歩美? どうしたの?」
ハッとなった歩美が、真っ赤な顔で応える。
「なんでもないわ!
――そうね、これなら続けていけると思う」
早苗はまだぼんやりとしたまま、ぽつりとつぶやく。
「おっきな手だったなぁ……」
「あー、さては撫でてもらった感触を思い出してたな?」
ボフっと音がしそうなほど真っ赤になった早苗が、あわてて両手を横に振っていた。
「そ、そんなことない! あるわけないじゃん!」
私はニンマリと微笑みながら告げる。
「もっと頑張ると、いろいろご褒美もらえるかもよ?」
「ご褒美……これ以上の……?」
真っ赤な顔でうつむきながら、早苗は着替えを進めていった。
****
学校制服になってスタッフルームを出ると、着流し姿のマスターが待っていた。
「駅まで送っていくよ。
忘れ物はないかな?」
三人でうなずき、マスターの後に続いて店を出る。
店を出たあと振り返ると、やっぱり営業中の喫茶店があった。
店内にいるお客さんの姿も見える。
「本当にお客さんを放置してきちゃうんですね……」
「常連さんは待っていてくれるからね。
そこは安心して大丈夫だよ」
早苗と歩美は、マスターの隣を赤い顔でうつむいて歩いていた。
「なーに、二人とも。意識しちゃってるの?」
「そんなことないよ!」
二人同時に叫ばなくても……。
マスターがクスリと笑って、着流しの袖口から二通の封筒を取り出し、二人に差し出した。
「これ、雇用契約書ね。
保護者の同意が得られたら、きみたちも正式にバイトとして雇用できるよ。
年齢証明書は、後日でも構わないから」
早苗たちはおずおずと封筒を受け取ると、大事そうに鞄にしまっていた。
「あー、私も年齢証明書、用意しなきゃだー」
「そうだよ? 今月中であれば間に合うから、あわてなくて大丈夫だけどね」
「うーん、役所に行くの大変みたいだし、お母さんにコンビニで取って来てもらうかなぁ?」
歩美がクスリと笑った。
「うちはそうするつもりよ。
早苗はどうする?」
「お母さん説得する時、一緒に頼むかなぁ」
駅に付き、改札でマスターと笑顔で別れる。
私たちは同じ方向の電車に乗りこみ、今日の出来事を小声で話し合って過ごした。
****
カランコロンとドアベルが鳴った。
私はすかさずエントランスに出る。
「いらっしゃいませ!
『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』へようこそ!
一名様ですか?」
三井さんが首を横に振った。
「今日は三名だよ。
あとから二名来る」
「ハイわかりました!
お席にご案内します!」
店内では歩美や早苗も接客していて、ちょっとした賑わいだ。
私たち三人になってから、お客さんが増えたみたい。
席に案内すると、三井さんが座りながら私に告げる。
「どうやら繁盛してるみたいだね。
仲間内で、君たちバイトのことが噂になってるよ」
「それで来店者が多いんでしょうか?」
「ハハハ! そうかもしれないね!」
カウンターの中のマスターは大忙しだ。
『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』は今日もお客さんに、『宝石のような時間』を提供していく。
私もお仕事、頑張るぞ!
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