上 下
26 / 28
第1章

第26話:魔族の眷属

しおりを挟む
 王都大神殿。今その周囲は、ウェルシュタインの精兵たちに包囲されている。
 
『神竜様――神竜様の加護が、あまねく世界を照らしますように――』

 私は大神殿の前で神竜様に祈りをささげる。

「ルカ、準備はいいかい?」

 赤竜おじさまは私に確認を取る。

 私は振り返り、声を張り上げる。

「みんな! 私の大切なアリーナを守るために、どうぞ力を貸して!」

 居並ぶ精強な騎士たちが力強く頷く。

 横にいるレイスくんとニックくんとも頷きあい、神殿に向き直る。

火竜の加護ドラゴン・パワー

 私の魔力が、彼らに流れ込んでいく。

 赤竜おじさまに教えてもらった古代魔法の1つ――他者を身体強化する魔法である。

 これで、多少なりとも魔族に対抗できるはずだ。

「ケビンさん、よろしくお願いします。」
「ああ、できる限りのことはしよう。」

 今の私は他者への魔力付与に力のほとんどを振り分けているため、広域の警戒魔法は使えない。

 この先、斥候が必要になる場面があればケビンさんに頼ることになる。

「じゃあ行ってきます。赤竜おじさま。」
「気を付けるんだよ。ルカ。」

 赤竜おじさまが優しく肩を抱いてくれる。

 私も赤竜おじさまを抱きしめ返す。

 赤竜おじさまがすっ、と離れていく。

 ――待っててね、アリーナ!



 ――神殿内部は静まり返っていた。

 明かりは私たちの持っているランタンの頼りない光のみ。

 私たちの足音と、鎧のぶつかり合う音が闇の中に吸い込まれていく。

 人の居ない礼拝堂はガランとしていた。

 ――赤竜おじさまの言う通りであれば、私には痕跡をたどることができるはず。

 礼拝堂を進んでいく。

 「止まれっ!」とケビンさんが静かに叫んだ。耳を澄ます。

 今の私の警戒網は平面方向に10メートル程度、反応はない。

 「何か、いるぞ。」

 ケビンさんがダガーを構え緊張している。

 どちゃり。

 奥の方から、湿った音が聞こえてきた。

 どちゃり。どちゃり。

 ランタンの明かりに、うっすらと人影らしきものが写る。

 次第に近づいてくる音。

「おい、でかいぞ!」

 背後の騎士が慄く。

 どちゃり。どちゃり。

 それは明らかに人間の大人より大きかった。4メートルはあろうかという巨人。

 近づくにつれ、異様な姿があらわになる。

 人のような筋肉質の身体、膝から下は鳥類のよう。全身がぬらぬらと輝いていて、なにかが滴っている。その頭部は山羊だった。

「なんだよ……これ……。」

 誰かの声が響く。

「おいルカ、だいじょうぶかよこれ!」

 ニックくんも怯えを隠し切れていない。
 だが――

「行きます!」

 私は全力で怪物に向かって走り出した。

 一瞬で間を詰め跳躍し、みぞおちあたりを拳で振り抜く。

 ドス、と重い音が鳴り響き、怪物が弾き飛ばされていく――が、2メートルほど先でピタリと止まった。

 レイスくんの驚愕のこもった声が響く。

「嘘でしょう? ルカさんの一撃を耐えるなんて!」

 私としてもこれは意外だった。おそらくこれは魔族の眷属。下っ端だ。それでもこの強さか。

「騎士団! 突入!」

 騎士たちが号令と共に怪物へ押し寄せる。

 怪物の腕の一振りは容易に騎士たちを薙ぎ払っていく。

 身体強化魔法を施した精兵が、子供をあしらうように散らされていった。

 私もふたたび攻勢に加わり、拳を浴びせていく。が、有効打を取れない。

 私の攻撃の隙をついて放たれた、怪物の鋭い拳に持ち上げられ、身体が宙に舞った。

 ガードは間に合ったけど、空中では逃げ場がない――怪物が振りかぶり、私目掛けて腕を振り下ろす。

「ルカさん!」

 レイスくんの声が聞こえた――その時には、怪物の肘から先が切断されていた。

 暗闇に灼熱をまとった剣閃が残る。

「おっと!」

 落下した私はニックくんに抱き留められていた。

「ニックくん?!」
「役得役得ーってね。――言ってる場合じゃねえな。加勢してくる。」

 私を床に下ろすと、ニックくんも怪物目掛けて走り出した。

 レイスくんもニックくんも、前に見た時とは比べ物にならない速度で動き回っている。

 手に持つ剣は灼熱で覆われ、確実に怪物にダメージを与え続けていた。

「すごい……。」

 呆気にとられたが、すぐに我に返って私も加勢する。

 ニックくんが怪物の足に斬りかかり、私が胴体に拳を浴びせかけ隙を作る。

 高く跳躍したレイスくんが、怪物の頭目掛けて剣を振り下ろし、頭部を両断する。

 動きを止めた怪物は、悲鳴を上げることなく闇に溶けていった。

 ――あたりに静けさが戻っていた。

「倒した――のか?」

 ニックくんが不安げに問いかけてきた。

「うん、たぶん。」

 周囲に敵性反応はない。

「ルカさん、大丈夫でしたか?」

 いつのまにか私のそばに来ていたレイスくんが、私を気遣ってくれた。

 ――ふぅ。

「きみたち、あんなに速く動けたの?」
「お前の《火竜の加護》のおかげだろ? この炎だって――」

 長剣の炎は消えていた。

「あれ? さっきまで燃えてたのに。」

 たぶんあの炎は、剣を振るうときの覇気にでも反応するのだろう。

「みなさーん! 無事ですかー!」

 周囲にうずくまる騎士たちに声をかける。致命傷を受けた人はいないようだが、満足に動ける人は5人に満たなかった。

「同じ《火竜の加護》を受けていても、かなり効果が違うようですね。」

 レイスくんが言った。確かに、人によってばらつきが酷い。

 騎士団の人たちには悪いけど、彼らでは戦力にならないだろう。

「みなさん、怪我人を連れていったん戻ってください。私たちだけで奥に進みます。」

 騎士たちも彼我の戦力差を痛感したのか、大人しく頷いて負傷者を運び出していった。

 騎士団に分け与えていた魔力を手元に戻す。これで私ももう少し動けるようになるはずだ。

「赤竜おじさまが言っていたのは、こういうことなのね。」
「信頼できる~ってやつか? つまり、俺はルカにそこまで信頼されてるってことだな?」

 ニックくんがニヤニヤと意地悪な笑みを近づけてくる。こんなときでも変わらないんだなー。

「もう! 今はそんなことより、先に急ぐわよ!」
「へいへい。」

 レイスくんの方を見る。

「レイスくん、いける?」
「問題ありません。いきましょう。」

 目を見て頷きあう。

「俺もいこう。まだ役に立てるかもしれない。」

 ケビンさんが出てきた。戦闘中は身を隠すのが信条らしい。

「あいつは奥の方から出てきた。奥に何かあるのか?」

 私とレイスくん、ニックくんとケビンさんの4人で礼拝堂の奥に進んでいく。

「何もないな……」

 ケビンさんが周囲に目を走らせる。けど――

「そこ、祭壇の下から変な感じがする。」

 私の声に反応して、ケビンさんが祭壇の下を重点的に探索しはじめた。

「――あった。なんだこれ? 隠し扉、か?」

 絨毯をめくると、床に人が通れるほどの大きさの四角い扉が現れた。

 扉を開けると、石造りの階段が地下へ伸びていた。その先は闇に飲まれて何も見えない。

「……俺が先行する。お嬢ちゃんたちは後ろから来てくれ。」

 ランタンを持ったケビンさんが、意を決して進んでいく。

 私たちも頷きあい、その後ろに続いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。

光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。 ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…! 8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。 同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。 実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。 恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。 自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

【完結】 元魔王な兄と勇者な妹 (多視点オムニバス短編)

津籠睦月
ファンタジー
<あらすじ> 世界を救った元勇者を父、元賢者を母として育った少年は、魔法のコントロールがド下手な「ちょっと残念な子」と見なされながらも、最愛の妹とともに平穏な日々を送っていた。 しかしある日、魔王の片腕を名乗るコウモリが現れ、真実を告げる。 勇者たちは魔王を倒してはおらず、禁断の魔法で赤ん坊に戻しただけなのだと。そして彼こそが、その魔王なのだと…。 <小説の仕様> ひとつのファンタジー世界を、1話ごとに、別々のキャラの視点で語る一人称オムニバスです(プロローグ(0.)のみ三人称)。 短編のため、大がかりな結末はありません。あるのは伏線回収のみ。 R15は、(直接表現や詳細な描写はありませんが)そういうシーンがあるため(←父母世代の話のみ)。 全体的に「ほのぼの(?)」ですが(ハードな展開はありません)、「誰の視点か」によりシリアス色が濃かったりコメディ色が濃かったり、雰囲気がだいぶ違います(父母世代は基本シリアス、子ども世代&猫はコメディ色強め)。 プロローグ含め全6話で完結です。 各話タイトルで誰の視点なのかを表しています。ラインナップは以下の通りです。 0.そして勇者は父になる(シリアス) 1.元魔王な兄(コメディ寄り) 2.元勇者な父(シリアス寄り) 3.元賢者な母(シリアス…?) 4.元魔王の片腕な飼い猫(コメディ寄り) 5.勇者な妹(兄への愛のみ)

処理中です...