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第1章
第18話:ニックくん再び 1
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今日も図書館に向かうべく、放課後の廊下をレイスくんの横に並んでテクテクと歩いていく。
四方八方から嫉妬の視線が私を貫いてくるが、それにレイスくんが気づく様子はない。結構にぶちんのようだ。
(こんなに鈍感で社交界を渡っていけるのかな……。)
アリーナは「ルカ様以外のご令嬢に興味がないので、無視しているだけでしょう。」と言っていた。それはそれでだいぶ面の皮が厚いな、と思う。
確かに近頃のレイスくんは私にべったりなので、さながら懐いた大型犬のようだ。もう私の魔力は戻っているので「そこまで過保護にしなくてもいいよ。」と伝えてあるのだが。
まぁ、私としても一緒に居る時間は楽しいのでまんざらでもない。そんな私たちの様子がご令嬢方を刺激しさらに視線の鋭さが増すような日々である。
「じゃ、また手分けして資料にあたりましょうか。」
そう言って入り口で二手に分かれ、神竜様に関する書籍を探していく。
赤竜おじさまの言う「私はこの国から出てはならない」という言葉の手がかりを得るため、神学や歴史の本を片っ端から読んでいるのだ。図書館の蔵書にも竜の巫女に関する書物はそれなりにあり、膨大な量に上るので全てに目を通すのは骨が折れそうだ。
(歴代の竜の巫女の誰かがこの国で何かをした、なんてピンポイントな情報が見つかると手っ取り早いんだけどねー。)
適当にそれっぽいタイトルの本をチョイスして流し読みをしていく。この本は竜騎士団に関する記述が多いようだ。初代竜騎士団が成立したのは300年前、ある魔族が王国に現れ、それを撃退した後らしい。神竜様のお膝元である、ドラクル王国のお隣に魔族が現れる、というのはなかなかびっくりである。この時代に関する書物を集めて読んでみるか。
「ルカ!」
数冊ピックアップしていると、下から声をかけられた。本から視線を外して声のする方を見る。おや、彼は――
「ニコラくんじゃない。なーに? 何か用?」
私は吹き抜け上空から声をかけ、彼のもとへ降りていく。静かに着地して彼を見上げた。
「おまえ……もう飛べるのか?」
ニコラくんはだいぶ驚いているようだ。浮遊の魔法は結構難しい。高い魔力制御技術と相応の魔力出力が要求される。3年生であれば使える生徒も何人かいるが、少なくとも1年生のカリキュラム内で使えるような魔法ではない。
「まぁねー。面白そうだから覚えておいたのよ。ここで本を漁るのにも便利だし。それより、何か用?」
少し首を傾げて彼を見つめる。彼の戸惑いはもしかすると「ずっと実習を見学してきた張りぼて魔力持ちが、高度な魔法をこともなげに使っていた」のを目撃したからかもしれない。私が学校内で実際に魔法を使っているのを見るのは初めてなのだろう。
「えっと……すまん、特に用があったわけじゃないんだ。あんたが空を飛んでるのを見かけて思わず声をかけちまった。」
ニコラくんは私の視線から逃れるように目をそらした。気のせいか、彼の顔が赤い気がする。女子耐性がないのだろうか。
「そう? ならいいけど。それにしても、話すのは久しぶりね。校内視察以来かしら?」
「そう、だな……おまえ、魔法使えたんだな。てっきり使えないもんだと思ってた。」
「ニコラくんも私を疑っていたの? ちょっと体調が悪くて実技はお休みさせていただいただけよ?」
なんだかバツが悪そうに「すまん。」とニコラくんは謝った。まぁ、私に関する悪い噂はたくさんありそうだものね。
「ねぇニコラくん。」
「……ニックでいい。最初にそう言っただろ?」
愛称で呼べ、といいつつ私の顔を見ようともしない。顔は悪くないんだから女子耐性があればモテそうなんだけど。
「じゃあニックくん。お話をするときは相手の目を見てするものよ? じゃないと失礼でしょう?」
言われたニックくんは、さらにバツが悪そうにこちらを見た。最初の印象はもっと飄々としていたと思うんだけどな。どうしたのかしら。
「……なぁルカ、いつも一緒の男はどうしたんだ?」
「レイスくんのこと? 彼なら図書館のどこかにいるわよ?」
「……」
どことなく気まずい沈黙が訪れる。うーん、らちが明かない。
改めてニックくんの顔を見つめる。初日に感じたもやもやは未だにある。赤竜おじさまの「勘を信じろ」という言葉通りであれば、彼は今回の件に関わっている――いや、関わっている人間の関係者、かもしれない。そう感じる。何か隠し事をしているような、そんな気がするのだ。
「……なぁ、少し話さないか?」
「え? いいけど? どうぞ?」
「そうじゃなくて……ああもう、なんていえばいいのか……」
ニックくんは自分の頭を苛立たし気にがしがしと掻いた。君はなにがいいたいんだい?
「なぁルカ――あんた、あの男と付き合ってるのか?」
意を決したようにニックくんが聞いてきた。付き合ってる? 私が? 「誰と?」と聞くと「公爵子息とだよ」と、やや語気を荒げた返答がきた。
「レイスくんと? 私が? まっさかー!」
アハハ、と思わず笑ってしまった。そうか、周りからはそう見えるのかー。なんだか嬉しくなってニヨニヨしてしまう。
そんな私を見たニックくんは機嫌が悪くなってしまった。
「じゃあなんでいつも一緒にいるんだよ。」
「んー、レイスくんが何故か私に懐いてきてるんだよねー。“そんなに構わなくていいよ”って言ってるんだけど。」
魔力欠乏状態だった私ならいざ知らず、今の私はそこまで過保護にされなくても自衛くらいできるのに。そういっても態度が変わらないのだ。
「……ルカが周りでなんて噂されてるか、知ってるか?」
アリーナから聞いたことあるやつかな……。
「えーと、“公爵子息を誑かした”とかそんなやつ? “アルルカ様”から伺ったことがあるわ。」
「そんなわけないのにねー」と笑った。ご令嬢方の噂好きには困ったものだ。
まぁ私は表向き子爵令嬢だし、公爵子息という優良物件に悪い虫がついてるようには見えるのかもしれない。
レイスくんのお兄さんと違って、レイスくん自身には婚約者がいない。
フリーの優良物件を狙うご令嬢方は多いらしい。「なんで婚約者を作らなかったの?」と一度レイスくんに聞いたことがあるが「次男にくらい恋愛結婚をさせてやりたい」というエルンストおじさまの方針だったらしい。
なのに当のレイスくんは、ご令嬢方のパワーに押されて逃げ回っていたという。せっかく貴公子のような見た目なのに、女子が苦手なのかもしれない。
私がそれを思い出してクスクスと笑っていると、ニックくんの表情が少し変わった気がした。
「……じゃあ、ルカが男子たちからなんて言われてるか、知ってるか?」
男子たち? 男友達はいないからわからないなー。レイスくんもそういう話題はしてこないし。
私がきょとんとして返答に困っていると、ニックくんがにやりと笑った。
「“あの公爵子息さえ居なければ”、だ。あんた、男子の中じゃかなり人気高いんだぜ?」
……はい? 私の人気が高い? どういうこと?
私が疑問符を飛ばしまくっていると、ニックくんはさらに続けた。
「あんたにアプローチしようとしている男は多いんだよ。でもあんたに近づこうとすると、いつも公爵子息が物凄い睨んでくるからみんな近づけないでいるんだよ。」
あぷろおち? 私に? “子爵令嬢”を狙ってどんなメリットが???
「ああ、やっぱりそうか。――あんた、自分が可愛いって自覚、ないだろ?」
ニックくんが私に顔を近づけて、とても意地悪そうな笑顔で囁いた。
……。え?
しばらく、言われたことを理解できずフリーズした。ようやく意味を理解したとき、私の顔面は火を噴いた。
「いや! ちょっと待って! 急にそんなこと言われても!」
わたわたとニックくんの前で挙動不審になってしまった。父様や兄様以外から、そんなことを言われた覚えがない。
取り乱した私は、持っていた本を床に落としてしまうが、それを気にかける余裕すらなく混乱の坩堝である。
「ここで本を読むあんたを目当てに、図書館に通ってる奴だっているんだぜ? ……まぁ、近づくと公爵子息に追い払われるんで、遠巻きに眺めてるだけだけどな。――気が付いてなかっただろ?」
はい、全然気づいておりませんでした……。というか読書中は周りが見えなくなるから、気づきようがないんだけども。え、そんなに見られてたの?
「多分、女子の間であんたに悪い噂が立ってるの、かなりやっかみも入ってると思うぜ?」
そうか、そういう意味のやっかみもあったのか。てっきりレイスくん人気だけだと思ってたけど……いやいや、それでも私に人気があるというのが信じられない。
「でもまぁそうか。ルカは別に公爵子息と付き合ってるわけじゃないんだな。なら安心してアプローチできるってもんだ。……俺とかどうだ? 試しに付き合ってみないか?」
今度こそ、私の頭は完全にフリーズしてしまった。いつのまにか私は本棚を背にし、目の前には覆いかぶさるようにニック君が立ちふさがっている。
「あの、えーと、その――」
近い。ニックくんの顔が近い。顔は熱いし何も考えられないし逃げ道もない。この場合、私はどうしたらいいのか。アリーナ助けて!!
「――そこまでだ。彼女から離れてもらおう。」
レイスくん?!
とても不機嫌な顔をしたレイスくんがそこにいた。つかつかと大股で歩み寄ってきて、ニックくんと私の間に体を割り込ませてきた。――助かった。
「おやおや、“保護者”のご登場か。」
ニックくんは相変わらず意地の悪い笑みを浮かべている。さっきまでのどこか憎めない表情と打って変わって、敵意のようなものを込めてレイスくんと視線を交差させた。
レイスくんは私を背中に守るようにしてニックくんと睨みあっている。私は思わずレイスくんの背中に張り付いて、そっと二人の様子を見る。け、けんかはよくないとおもいます……
「彼女は当家の客人だ。“悪い虫”を追い払うのも私の役目だ。」
……レイスくん、本当にご機嫌ななめだな。
「悪い虫、ねぇ? ルカにだって男を選ぶ自由くらいあるんじゃねーの? ――なぁルカ、婚約者でもいるのか?」
「え、こ、婚約者なんていないけど……」
思わず正直に答えてしまった。――ああもう! どうしてこんな険悪な空気なんですか!
「ほらな? 何の問題もないだろう? 自由恋愛に口を出すのは野暮ってもんだぜ? “保・護・者・さ・ん”?」
レイスくんの機嫌が更に悪くなった。背中からも怒りがにじみ出てる……いやあの、ほんと、なかよくしてください……。
返答に困ったのか、レイスくんは何も言わない。ただニックくんを睨みつけている。
「あーあ、邪魔が入っちまったな――じゃあな、ルカ。また会おうぜ?」
ニックくんは私にひらひらと手を振るとその場を去っていった。
……嵐のような人だった。私とレイスくんは、しばらくそのまま、無言で固まってしまっていた。
「――ルカさん、大丈夫ですか?」
レイスくんは私に背中を向けたまま、顔を向けずに声だけをかけてきた。
「えと、たぶん大丈夫。特に何かされたわけじゃないから……」
私はのぼせた自分の顔を手で扇ぎつつ応える。まだ頭が回らない。なんだったんだ今の……。
帰りの馬車の中は、何故か気まずい空気だった。レイスくんはしゃべらないし、私もなんて話しかけていいかわからない。そんな私たちの空気を読んだのか、アリーナも無言だ。
「ねぇアリーナ。」
「はい、なんでしょう?」
私は今日言われたことを思い出す。
「――わたし、可愛いの?」
と、思わず口を突いて出た。
アリーナが絶句した。うん、まぁ私らしくない疑問だと、我ながら思う。
「……アレイスト様。きちんと“悪い虫”がつかないよう、くれぐれもお願い致しますね?」
おお、アリーナの圧がすごい。
「……わかっております。」
レイスくんは窓の外を凝視しながら答えた。やっぱりなんかご機嫌なななめだ。
四方八方から嫉妬の視線が私を貫いてくるが、それにレイスくんが気づく様子はない。結構にぶちんのようだ。
(こんなに鈍感で社交界を渡っていけるのかな……。)
アリーナは「ルカ様以外のご令嬢に興味がないので、無視しているだけでしょう。」と言っていた。それはそれでだいぶ面の皮が厚いな、と思う。
確かに近頃のレイスくんは私にべったりなので、さながら懐いた大型犬のようだ。もう私の魔力は戻っているので「そこまで過保護にしなくてもいいよ。」と伝えてあるのだが。
まぁ、私としても一緒に居る時間は楽しいのでまんざらでもない。そんな私たちの様子がご令嬢方を刺激しさらに視線の鋭さが増すような日々である。
「じゃ、また手分けして資料にあたりましょうか。」
そう言って入り口で二手に分かれ、神竜様に関する書籍を探していく。
赤竜おじさまの言う「私はこの国から出てはならない」という言葉の手がかりを得るため、神学や歴史の本を片っ端から読んでいるのだ。図書館の蔵書にも竜の巫女に関する書物はそれなりにあり、膨大な量に上るので全てに目を通すのは骨が折れそうだ。
(歴代の竜の巫女の誰かがこの国で何かをした、なんてピンポイントな情報が見つかると手っ取り早いんだけどねー。)
適当にそれっぽいタイトルの本をチョイスして流し読みをしていく。この本は竜騎士団に関する記述が多いようだ。初代竜騎士団が成立したのは300年前、ある魔族が王国に現れ、それを撃退した後らしい。神竜様のお膝元である、ドラクル王国のお隣に魔族が現れる、というのはなかなかびっくりである。この時代に関する書物を集めて読んでみるか。
「ルカ!」
数冊ピックアップしていると、下から声をかけられた。本から視線を外して声のする方を見る。おや、彼は――
「ニコラくんじゃない。なーに? 何か用?」
私は吹き抜け上空から声をかけ、彼のもとへ降りていく。静かに着地して彼を見上げた。
「おまえ……もう飛べるのか?」
ニコラくんはだいぶ驚いているようだ。浮遊の魔法は結構難しい。高い魔力制御技術と相応の魔力出力が要求される。3年生であれば使える生徒も何人かいるが、少なくとも1年生のカリキュラム内で使えるような魔法ではない。
「まぁねー。面白そうだから覚えておいたのよ。ここで本を漁るのにも便利だし。それより、何か用?」
少し首を傾げて彼を見つめる。彼の戸惑いはもしかすると「ずっと実習を見学してきた張りぼて魔力持ちが、高度な魔法をこともなげに使っていた」のを目撃したからかもしれない。私が学校内で実際に魔法を使っているのを見るのは初めてなのだろう。
「えっと……すまん、特に用があったわけじゃないんだ。あんたが空を飛んでるのを見かけて思わず声をかけちまった。」
ニコラくんは私の視線から逃れるように目をそらした。気のせいか、彼の顔が赤い気がする。女子耐性がないのだろうか。
「そう? ならいいけど。それにしても、話すのは久しぶりね。校内視察以来かしら?」
「そう、だな……おまえ、魔法使えたんだな。てっきり使えないもんだと思ってた。」
「ニコラくんも私を疑っていたの? ちょっと体調が悪くて実技はお休みさせていただいただけよ?」
なんだかバツが悪そうに「すまん。」とニコラくんは謝った。まぁ、私に関する悪い噂はたくさんありそうだものね。
「ねぇニコラくん。」
「……ニックでいい。最初にそう言っただろ?」
愛称で呼べ、といいつつ私の顔を見ようともしない。顔は悪くないんだから女子耐性があればモテそうなんだけど。
「じゃあニックくん。お話をするときは相手の目を見てするものよ? じゃないと失礼でしょう?」
言われたニックくんは、さらにバツが悪そうにこちらを見た。最初の印象はもっと飄々としていたと思うんだけどな。どうしたのかしら。
「……なぁルカ、いつも一緒の男はどうしたんだ?」
「レイスくんのこと? 彼なら図書館のどこかにいるわよ?」
「……」
どことなく気まずい沈黙が訪れる。うーん、らちが明かない。
改めてニックくんの顔を見つめる。初日に感じたもやもやは未だにある。赤竜おじさまの「勘を信じろ」という言葉通りであれば、彼は今回の件に関わっている――いや、関わっている人間の関係者、かもしれない。そう感じる。何か隠し事をしているような、そんな気がするのだ。
「……なぁ、少し話さないか?」
「え? いいけど? どうぞ?」
「そうじゃなくて……ああもう、なんていえばいいのか……」
ニックくんは自分の頭を苛立たし気にがしがしと掻いた。君はなにがいいたいんだい?
「なぁルカ――あんた、あの男と付き合ってるのか?」
意を決したようにニックくんが聞いてきた。付き合ってる? 私が? 「誰と?」と聞くと「公爵子息とだよ」と、やや語気を荒げた返答がきた。
「レイスくんと? 私が? まっさかー!」
アハハ、と思わず笑ってしまった。そうか、周りからはそう見えるのかー。なんだか嬉しくなってニヨニヨしてしまう。
そんな私を見たニックくんは機嫌が悪くなってしまった。
「じゃあなんでいつも一緒にいるんだよ。」
「んー、レイスくんが何故か私に懐いてきてるんだよねー。“そんなに構わなくていいよ”って言ってるんだけど。」
魔力欠乏状態だった私ならいざ知らず、今の私はそこまで過保護にされなくても自衛くらいできるのに。そういっても態度が変わらないのだ。
「……ルカが周りでなんて噂されてるか、知ってるか?」
アリーナから聞いたことあるやつかな……。
「えーと、“公爵子息を誑かした”とかそんなやつ? “アルルカ様”から伺ったことがあるわ。」
「そんなわけないのにねー」と笑った。ご令嬢方の噂好きには困ったものだ。
まぁ私は表向き子爵令嬢だし、公爵子息という優良物件に悪い虫がついてるようには見えるのかもしれない。
レイスくんのお兄さんと違って、レイスくん自身には婚約者がいない。
フリーの優良物件を狙うご令嬢方は多いらしい。「なんで婚約者を作らなかったの?」と一度レイスくんに聞いたことがあるが「次男にくらい恋愛結婚をさせてやりたい」というエルンストおじさまの方針だったらしい。
なのに当のレイスくんは、ご令嬢方のパワーに押されて逃げ回っていたという。せっかく貴公子のような見た目なのに、女子が苦手なのかもしれない。
私がそれを思い出してクスクスと笑っていると、ニックくんの表情が少し変わった気がした。
「……じゃあ、ルカが男子たちからなんて言われてるか、知ってるか?」
男子たち? 男友達はいないからわからないなー。レイスくんもそういう話題はしてこないし。
私がきょとんとして返答に困っていると、ニックくんがにやりと笑った。
「“あの公爵子息さえ居なければ”、だ。あんた、男子の中じゃかなり人気高いんだぜ?」
……はい? 私の人気が高い? どういうこと?
私が疑問符を飛ばしまくっていると、ニックくんはさらに続けた。
「あんたにアプローチしようとしている男は多いんだよ。でもあんたに近づこうとすると、いつも公爵子息が物凄い睨んでくるからみんな近づけないでいるんだよ。」
あぷろおち? 私に? “子爵令嬢”を狙ってどんなメリットが???
「ああ、やっぱりそうか。――あんた、自分が可愛いって自覚、ないだろ?」
ニックくんが私に顔を近づけて、とても意地悪そうな笑顔で囁いた。
……。え?
しばらく、言われたことを理解できずフリーズした。ようやく意味を理解したとき、私の顔面は火を噴いた。
「いや! ちょっと待って! 急にそんなこと言われても!」
わたわたとニックくんの前で挙動不審になってしまった。父様や兄様以外から、そんなことを言われた覚えがない。
取り乱した私は、持っていた本を床に落としてしまうが、それを気にかける余裕すらなく混乱の坩堝である。
「ここで本を読むあんたを目当てに、図書館に通ってる奴だっているんだぜ? ……まぁ、近づくと公爵子息に追い払われるんで、遠巻きに眺めてるだけだけどな。――気が付いてなかっただろ?」
はい、全然気づいておりませんでした……。というか読書中は周りが見えなくなるから、気づきようがないんだけども。え、そんなに見られてたの?
「多分、女子の間であんたに悪い噂が立ってるの、かなりやっかみも入ってると思うぜ?」
そうか、そういう意味のやっかみもあったのか。てっきりレイスくん人気だけだと思ってたけど……いやいや、それでも私に人気があるというのが信じられない。
「でもまぁそうか。ルカは別に公爵子息と付き合ってるわけじゃないんだな。なら安心してアプローチできるってもんだ。……俺とかどうだ? 試しに付き合ってみないか?」
今度こそ、私の頭は完全にフリーズしてしまった。いつのまにか私は本棚を背にし、目の前には覆いかぶさるようにニック君が立ちふさがっている。
「あの、えーと、その――」
近い。ニックくんの顔が近い。顔は熱いし何も考えられないし逃げ道もない。この場合、私はどうしたらいいのか。アリーナ助けて!!
「――そこまでだ。彼女から離れてもらおう。」
レイスくん?!
とても不機嫌な顔をしたレイスくんがそこにいた。つかつかと大股で歩み寄ってきて、ニックくんと私の間に体を割り込ませてきた。――助かった。
「おやおや、“保護者”のご登場か。」
ニックくんは相変わらず意地の悪い笑みを浮かべている。さっきまでのどこか憎めない表情と打って変わって、敵意のようなものを込めてレイスくんと視線を交差させた。
レイスくんは私を背中に守るようにしてニックくんと睨みあっている。私は思わずレイスくんの背中に張り付いて、そっと二人の様子を見る。け、けんかはよくないとおもいます……
「彼女は当家の客人だ。“悪い虫”を追い払うのも私の役目だ。」
……レイスくん、本当にご機嫌ななめだな。
「悪い虫、ねぇ? ルカにだって男を選ぶ自由くらいあるんじゃねーの? ――なぁルカ、婚約者でもいるのか?」
「え、こ、婚約者なんていないけど……」
思わず正直に答えてしまった。――ああもう! どうしてこんな険悪な空気なんですか!
「ほらな? 何の問題もないだろう? 自由恋愛に口を出すのは野暮ってもんだぜ? “保・護・者・さ・ん”?」
レイスくんの機嫌が更に悪くなった。背中からも怒りがにじみ出てる……いやあの、ほんと、なかよくしてください……。
返答に困ったのか、レイスくんは何も言わない。ただニックくんを睨みつけている。
「あーあ、邪魔が入っちまったな――じゃあな、ルカ。また会おうぜ?」
ニックくんは私にひらひらと手を振るとその場を去っていった。
……嵐のような人だった。私とレイスくんは、しばらくそのまま、無言で固まってしまっていた。
「――ルカさん、大丈夫ですか?」
レイスくんは私に背中を向けたまま、顔を向けずに声だけをかけてきた。
「えと、たぶん大丈夫。特に何かされたわけじゃないから……」
私はのぼせた自分の顔を手で扇ぎつつ応える。まだ頭が回らない。なんだったんだ今の……。
帰りの馬車の中は、何故か気まずい空気だった。レイスくんはしゃべらないし、私もなんて話しかけていいかわからない。そんな私たちの空気を読んだのか、アリーナも無言だ。
「ねぇアリーナ。」
「はい、なんでしょう?」
私は今日言われたことを思い出す。
「――わたし、可愛いの?」
と、思わず口を突いて出た。
アリーナが絶句した。うん、まぁ私らしくない疑問だと、我ながら思う。
「……アレイスト様。きちんと“悪い虫”がつかないよう、くれぐれもお願い致しますね?」
おお、アリーナの圧がすごい。
「……わかっております。」
レイスくんは窓の外を凝視しながら答えた。やっぱりなんかご機嫌なななめだ。
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