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第1章

第14話:ごめんなさい

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 私の頭の怪我は、念のため宮廷医師に診てもらうことになった。

 幸い、傷跡が残るようなことはないとのことだったので、一安心である。

 アリーナにはきつく――本当にきつく叱られてしまった。生きた心地がしなかった、と。

 あれほど取り乱したアリーナを初めて目にし、自分がしたことの愚かさを実感した。

「レイスくん、どうしてあそこがわかったの?」
「少し前から、この街で誘拐事件が起きていたのはわかっていたんです。」

 私はベッドに寝かされ、枕元にレイスくんとアリーナが並んで座っていた。

「悲鳴が聞こえた先に駆け付けたときには、犯人が逃げた後でした。付近で証言を取ってあなたのもとへ戻ってみると、そこにあなたが居なかった。」

 「私も、生きた心地がしませんでした」と、微笑まれてしまった。申し訳なくて思わず、布団で顔半分を隠してしまう。

「ルカ様が居なくなったとわかったときから、人員を編成して捜索に当たりました。」

 私は表向き、ただの侍女ということになっている。だがその実態は国賓同然の身である。当然、王宮からも大規模に人員が動員された。

 捜索は夜間にも及び、皆が焦りだしたころ――先に逃げ出していた女性たちを保護することに成功したのだという。

「あとはもう、ただ必死でしたよ。」

 レイスくんは少し自嘲を含みつつ、優しく微笑んだ。

 私の目を、じっと見つめながら話してくれている。その声がとても優しいことを、かみしめながら耳を傾けていた。

 そして彼女たちから伝えられた場所に急行し、逃げられないように包囲網を作っている最中に――

「あなたが、私の名前を呼んでくれました。」

 熱が顔に集まるのを自覚した。今考えたら、公衆の面前でなんと恥ずかしい真似を……。いやだって、口から出てしまったんだもの。しょうがないじゃない。

 レイスくんは包囲網が完成する前に、止める周囲を振り切って隠形の魔法を自分にかけ、私のもとへ駆け寄ったのだという。

 確かその魔法は、周囲の注意を自分から僅かに逸らす程度の効果しかないと、図書館で読んだ本に書いてあった。なるほど、それで男を昏倒させるような目立つことをしたから、魔法が解けたのか。

「包囲網完成前って……それじゃあ、取り逃がした人がいたりするんじゃ? レイスくんの責任問題に――」
「そんなもの、あなたの無事と比べれば大したことではありません。」

 ――言い切られてしまった。

 なお、彼の両手は、布団から出している私の手を握っている。恥ずかしいからそろそろ離していただけないだろうか、という思いと、もう少し握っていて欲しいという思いが、私の中でせめぎあっている。

 あのとき捕らえられた一味への尋問と並行して、あの倉庫の捜査が今も行われているらしい。「めぼしい証拠は出てこないかもしれない」と、レイスくんは言った。

「もしあのまま、私が攫われていたらどうなっていたのかな……」

 ふと、疑問が口をついた。

「おそらく――殺されていたでしょう。」

 「えっ」と思わず声を上げてしまった。あれだけの人数を、殺すために誘拐した?

 なんでも、誘拐の被害者と思われる死体が、王都の郊外で発見されたらしい。それでわかっただけでも被害者数は数十人に及んだという。見つかっていない被害者を考えると、実態はもっと多いだろうと。

 ――ぞっとした。私もその中に含まれそうになっていたという事実と、そんなに多くの命を奪う狂気を持った犯人に。目的など想像もつかない。

 そっか。それを知っていたら、そりゃあ生きた心地なんてしないよね。

「二人とも、本当にごめんなさい――」

 申し訳ない、では済まされない。謝って済む問題ではない。私が殺されてしまえば外交問題にまで発展する。

 でもそんなことより、身近な人――特にレイスくんとアリーナに、どれほどの心労を強いたのか。ようやく理解したのだ。己の浅慮にただただ、自己嫌悪に陥る。

「ルカ様。泣くくらいなら、もう二度とあのような真似はしないと誓ってください。」

 アリーナの声が優しい。いつの間にか零れていた涙を、そっとハンカチで拭ってくれた。「でも、それがルカ様なんですよね。」と、諦観を込めた笑顔で呟かれた。

「明日にはドラクル王と王妃もやってきます。ご両親からも、しっかり叱られてくださいね。」
「……父様と母様が?」
「大事な娘の一大事ですから。そりゃあ飛んできますよ。」

 「もうお休みください。」と、アリーナは話を切り上げ、レイスくんを伴って退出していった。

 こんな不祥事を起こしてしまったら、もう留学は取り消されちゃうかもな。などと、月明かりに照らされた天井を見上げて考える。そうなっても自業自得だろう。

「でも……」

 この場所を離れたくない、と思う。その理由が学校以外にもある、と気が付いてしまった。

 『――騎士ナイトだよ。』

 レイスくんはそう言った――お姫様と騎士の物語である。

 自分がお姫様である自覚など、今までほとんど持っていなかった。王女と呼ばれることはあっても、巫女として扱われることが多かったせいもある。

 それが、お姫様な自分にかしづく騎士のレイスくんを想像すると、「お姫様かぁ。」と、変な実感を伴って胸が温かくなっていく。にへら、と頬が緩むのを自覚して、「これではいけない」と、先ほど感じた自戒を思い出す。

 もう、あの二人に、レイスくんにあんな思いをさせるのはやめよう。そう思うのだった。
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