竜の巫女は拳で語る

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
上 下
2 / 28
第1章

第2話:いざ留学!

しおりを挟む
 白竜とも呼ばれる神竜様を信仰する国は多い。白竜教会とも呼ばれるこの宗派は大陸に広く勢力をもち、多大な影響力を堅持している。

 遥か昔、強大な力を持つ魔族の大侵攻が人類を脅かした際、人類を庇護し魔族を追い払う力を与えたのが神竜様だと言われている。

 以来、神竜様の力が及ぶ場所を魔族が嫌うようになったとか。大陸各地には神殿が建立され、今も信徒たちが祈りをささげている。

 隣国ウェルシュタイン王国は飛竜の産地でもあり、飛竜を駆る竜騎士団を持つ強国だ。
 飛竜も神竜様の眷属の裔なので、必然的に白竜教会の信徒が多い。

 なにせ眷属なので飛竜たちも神竜様には逆らえないからだ。神竜様に見放される、ということは飛竜たちからも見放されるということに等しい。国家の象徴でもある精強な竜騎士団を維持するためにも信仰は欠かせない、という訳だ。

「アルルカ殿下、準備はよろしいですかな?」

 飛竜十騎に及ぶ送迎部隊の出立準備を終えた、爽やかな笑顔のエルンストおじさまがこちらにやってくる。

 ウェルシュタイン王国との境は険しい山脈が横たわっており、馬車で王都まで移動するとなると三週間ほどかかる。飛竜なら半日程度であるので、当然空路での移動を選択した。

「もう少しでーす!」

 胸の高鳴りを抑え切れず、笑みをこぼしたままエルンストおじさまに振り返り答える。

 今、目の前では赤竜せきりゅうおじさま――全長40メートルほどの赤い竜である――の背に荷物を括り付けている最中だ。大半の荷物や人員は陸路で運ぶが、当面必要なものを見繕ったところ馬車三台分となってしまった。仮にも私は王族なので色々と必要なものが多い。鬱陶しい限りだ。

『赤竜おじさまー! よろしくおねがいしますねー!』
『おいちゃんにまかしとけー。』

 赤竜おじさまも大変フランクな竜である。竜はみんなフランクなのだろうか。そうでない竜にであったことがないので私にはわからない。

 竜語で会話できる人間は限られている。そもそも声帯が違うのだ。加護が強い巫女は会話ができるといわれているが、今の代でそれができるのは私のみだ。傍で聞いている人間には音を聞き取ることすらできないらしい。個人的にはあれは魔法の一種だと思っている。

 今、王宮の広場には赤竜おじさまと、エルンストおじさまが率いる竜騎士団が、出発をいまかいまかと待ちわびている。

 赤竜おじさまと比べると、全長4メートルほどしかない成体の飛竜はまるで大人と子供だ。

 大人の騎士を運ぶには十分なその身体も、大量の物資を運ぶには心もとない。というわけで赤竜おじさまにお願いして運搬を手伝ってもらうことにした。小さいころから何かとわがままを聞いてもらっている仲である。そのたびに父様のストレスがマッハらしいが心配し過ぎである。

「赤竜様、娘をよろしくお願いいたします。」

 父様と母様――ドラクル王と王妃が赤竜おじさまに頭を下げた。

 神竜様より格が落ちるとはいえ、赤竜おじさまも上から数えた方が早いくらいの高位の竜種である。当然信仰の対象でもある。そんな存在を空飛ぶ馬車代わりに使おうというのだから恐縮しきりなのだろう。

『気にせずともよい。私が好きでやっていることなのだ。』
「きにしなくていいってさー!」

 赤竜おじさまも私以外には言葉遣いを改める。なんでだろう? そう思いつつ、赤竜おじさまの言葉を両親に伝える。これで少しは父様の胃痛も減らせただろうか。表情を見る限り疑問である。

 荷物の括り付けを指揮していた騎士がこちらに報告に来る。

「準備が整いました。いつでも出発できます。」
「ではアルルカ殿下、あなたは私が――」
『おいちゃんが乗せるって約束だろー!』

 報告を受けたエルンストおじさまの言葉を遮るように、赤竜おじさまが吠えた。文字通り吠えたので、辺りに竜の雄叫びが木霊する。飛竜たちは全員、器用に前足で聴覚器官を塞いでいた。不意を突かれた人間は耳にダメージを受けたようで顔をしかめている。赤竜おじさま、大声出し過ぎである。

 私は困ったようにエルンストおじさまに謝罪する。

「えーと、赤竜おじさまの背中に私が乗るって約束で、荷物を運んでもらうことになっているので……ごめんなさい!」

 返答を待つ間もなく、私はひょいひょいと赤竜おじさまの背に上っていく。竜の巫女にのみ許された白いローブがひらひらと赤竜の背中を走っていくと、指定席となっている首の根元に座りこむ。

 赤竜おじさまは、武力で言えば一国の大軍を一捻りできるレベルである。護衛として文句のつけようもないので黙するしかない。

 ではエルンストおじさまの竜騎士団が何故随行するかと言えば、それは無鉄砲なお転婆姫のお目付け役、といったところだろうか。放っておくと、どこに寄り道するか分かったものではないのだから。もちろん寄り道する気などないが。

「いきますよー!」

 赤竜おじさまの背中から大声で合図する。と同時に赤竜おじさまの身体がふわり、と空に舞い上がっていく。

「しょうがないか……竜騎士団、出るぞ!」

 エルンストおじさまが号令を発し、一糸乱れぬ飛竜の群れが赤竜に続いていった。


******

 瞬く間に山脈に向かって姿が小さくなっていく竜の群れを見送ったドラクル王は、ため息を一つついて後続部隊の編成を指揮していく。

「あの子が見聞を広めて成長してくれるとよいのだけれど……竜の寵児としての自覚を持ってほしいものだわ」

 王妃は王の3割増しほどの大きなため息をついて独り言ちた後、自室に戻っていった。背後に控える侍女たちの「それは無理じゃないかなぁ」という表情はあえて視界に入れないように。



******

 王都郊外に降り立った後は、載せてきた馬車に乗り継ぐ。赤竜おじさまとはここでお別れである。さすがに王都の中に赤竜おじさまを連れていくのは憚られた。

『またなにかあったら呼んでくれー』
『はーい。そのときはよろしくおねがいしますねー。』

 巣に向かって羽ばたいていく赤竜おじさまに手を振って見送った後、竜騎士団と共に王都に入っていく。エルンストおじさまの顔パスで検閲もなし。サクサク快適である。

 留学中の3年間はエルンストおじさまのタウンハウスに逗留することになっているため、そちらに向かう。

 馬車の前後を飛竜が挟むように行進するので大変目立つ。あちこちから見物客が通りに出てくるので、そっと窓から離れフードを目深にかぶっておく。

 できれば目立ちたくないのだが、エルンストおじさまが護衛を外してくれなかったのだ。ちょっとした誤算である。

 いや、郊外にでっかい竜が降りてきたのを目撃されてるので、時すでに遅しなのかもしれない。己のうかつさを五秒ほど反省しておく。

 飛竜の行軍がタウンハウスに辿り着いた頃には日が暮れかけていた。街灯の魔道具が周囲の明るさに反応してぽつぽつと灯りだす。

「明日は陛下にご挨拶しなけりゃならんな――ひとまず今夜はゆっくり休んでください。私もしばらくはこちらに居るつもりですので、わからないことがあれば気兼ねなく言ってください。」
「はい、よろしくおねがいします。それではまた後程。」

 荷物の搬入を指示するエルンストおじさまにお礼を伝えつつ、侍従長と名乗った方に屋敷を案内される。

 私の部屋は二階の一室を割り当てられていた。アリーナにも隣室の個室を割り当てられている。
 手早く着替えを済ませたところで、アリーナと明日の確認に移る。

「陛下に謁見するのはアリーナでいいよね?」
「いい訳がないでしょう。頭煮えてるんですかルカ様。」

 今はアリーナと二人きりなので容赦がない。陛下には事情をお伝えしてあるので分かってくれると思うのだが、アリーナは頑として譲らない。

「いいですか。きちんとドラクル王家第三王女として謁見してくださいね。入れ替わるのはその後ですよ!」
「えー。やだめんどくさーい。姫ムーブは肩がこるんだもーん。」
「めんどくさいじゃありません。もう少し王女としての自覚をですね――」

 正直、作法だなんだというのは大の苦手である。できなくはないのだが、アリーナの方がよっぽど王侯貴族らしく振舞えるので、適材適所だと思うのだが。結局押し切られてしまった。

 その後はエルンストおじさまを交えた夕食の後、アリーナから「明日はルカ様がアルルカ姫として参りますのでご心配なく。」と伝えられたおじさまの、それはそれはまぶしい笑顔を見せつけられることになった。おじさまも心配していたらしい。チッ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

終焉の魔女アルヴィーラ

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 マルティナは雑貨屋ネルケを営む15歳の少女。  彼女の下に、ライナーという貴族青年が訪れる。  これは終焉の魔女アルヴィーラの、始まりと終わりの物語。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

漆黒の昔方(むかしべ) ~俺のすべては此処に在る~

加瀬優妃
ファンタジー
『俺は異世界ジャスラと――水那を、守りたい。』  父と訪れた田舎の古い神社……その大木の洞から、見知らぬ世界に飛ばされたソータ。  彼は、その世界では「ヒコヤ」と呼ばれる特別な存在だった――。  異世界ジャスラの南に、ヤハトラと呼ばれる地下の領域があった。そこには女神ジャスラのなれの果てという黒い闇が神殿に集められていた。 「闇は人を狂わせる――それを防ぐためには、ヒコヤの生まれ変わりであるソータがジャスラを旅し、闇を回収しなければならない」  そう言われたソータは、このヤハトラで再会した初恋の少女・水那と共に異世界ジャスラを救うため、四つの祠を廻る旅に出る。  その旅が終わる時、ソータが目にしたものは……。そして、水那の想いとは……?  それは……二千年以上昔の女神達とヒコヤ……そして、「闇」と「涙」に纏わる物語。 ※表紙はCHARAT Blancで作成しました。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...