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第1章
第1話:神竜様におねがい!
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『――神竜様。わたくし外界に留学したいのですがよろしいでしょうか。』
『んー、いーよー?』
神竜様は気さくないい奴だ。私の頼みはだいたい聞いてくれる。
『何かあったら神託で告げるんで、礼拝だけ忘れんといてー。』
面倒だが仕方ない。変化が乏しく見飽きて退屈な故郷から離れ、窮屈な立場から解放され、新鮮な土地で生活する代償としてなら些細なものだろう。
ちなみに神竜様がここまでフランクなのは私に対してのみである。母や姉二人に対しては、それはそれは厳かな語り口調となる。
神竜様との会話は礼拝中の神託という形で行われるため、本来本人にしか言葉は伝わらない――つまり、隣で私と同じように跪いて祈りをささげている母には聞こえていない。
だがなぜか私には神竜様と他人の会話――正確には神竜様からの言葉――が筒抜けである。その理由を神竜様に問うたところ『加護が強いからじゃね?』という大変投げやりな返答を頂いた。それでいいのか神竜様。
『そなたの娘の頼み、しかと聞き届けた。留学を許可しよう。そなたは娘の言うままにすればよい。』
母様の顔に諦めの表情が浮かぶ。神竜様が私に対して激甘なのをこれまで散々思い知らされていたから。結果はわかっていた。それでも親の義務として確認は取らねばならなかっただけだ。
「アルルカ、神竜様から許可が下りました。あなたの留学を認めましょう。」
渋々と結果を伝える。母様は反対していたが、神竜様のお言葉は絶対なので逆らうことはできない。
「いいですかアルルカ。逗留先にご迷惑をおかけしてはなりませんよ。あなたはいつも周りの迷惑も顧みず無鉄砲な行動ばかりするのですから、これを機に自重というものを覚えてきなさい。」
「はーい母様! わかっておりますとも!」
元気いっぱいに背伸びをしながら手を振り上げる私を見た母様の眼差しは、実に残念なものを見るものだった。
******
「――それで、どうして身分を偽る必要があるんですか?」
「決まってるじゃない。竜の巫女――ドラクル王国第三王女として留学したら今と変わらないからよ!」
ずびし、と幼馴染であり侍女でもあるアリーナの鼻っ面に指を突き付ける。風圧でふわりとアリーナの透き通るような亜麻色の切り添えられた前髪が揺れた。「ルカ様、下品な真似はお慎みください。」と、親しい者にだけ許した名前で呼ばれ、無表情のまま指を降ろされてしまう。
私は今の窮屈な生活から少しでも抜け出したいのだ。
「だからあなたと立場を交換して、侍女、子爵令嬢のルカとして留学します。あなたは私の代わりにアルルカとして留学に同行してもらいます!」
ニヨニヨと緩んだ顔で小さくガッツポーズをとり、この先に広がる自由の園を夢想する。
そう、アリーナは子爵令嬢なのだ。侍女としての役割とは別に、私の影武者としての裏の顔を持っている。
幼いころから仲良しの再従姉妹でもあり、外見も私と同じ亜麻色の髪の毛と深紅の瞳を持っている。髪の長さも揃えているので、間近で見たことのないものには区別がつかないだろう。――身長は少し違うが。私は150センチに満たず、アリーナは160センチくらいある。
「それを神竜様はご承知なのですか?」
はぁ、と大変おおきな特大ドデカため息をついたアリーナが確認を取りにくる。丸い瞳には実に非難の色がありありと浮かんでいるが、言葉にはしてこない。
「もちろん取ったわよ? 『アリーナならだいじょぶじゃね?』っておっしゃってたわ。」
頭を振り「だめだこいつら」という空気を隠そうともしない――これでも敬虔な信徒であるアリーナの両肩は激しく落ちている。そう、私は一度言ったことはやり通すことにしている。
「わかりました……神竜様がおっしゃるならば、もう言うことはありません。」
同席していたエルンストおじさま――金髪蒼眼の美丈夫と名高いエルンスト・ガイアス公爵の顔は引き攣った微笑みが痛々しい。はるばる隣国ウェルシュタイン王国から私を迎えに来ていただいている。今は留学計画の詰めを話し合うため、エルンストおじさまと私が貴賓室で話し合っている最中だ。アリーナは私の背後に控えている。
エルンストおじさまは現地で私の周辺警護も引き受けることになるため、大変頭の痛い思いであろう――私は知ったことではないが。そもそも私に警備など不要なのに。
「アルルカ殿下、翻意をご再考いただくことは――」
「ないわね」
私にばっさりと切って捨てられた公爵は微笑みを張り付けることも諦め撃沈した。
こうして15歳からの3年間、私はウェルシュタイン王国への留学切符を勝ち取ったのだった。
『んー、いーよー?』
神竜様は気さくないい奴だ。私の頼みはだいたい聞いてくれる。
『何かあったら神託で告げるんで、礼拝だけ忘れんといてー。』
面倒だが仕方ない。変化が乏しく見飽きて退屈な故郷から離れ、窮屈な立場から解放され、新鮮な土地で生活する代償としてなら些細なものだろう。
ちなみに神竜様がここまでフランクなのは私に対してのみである。母や姉二人に対しては、それはそれは厳かな語り口調となる。
神竜様との会話は礼拝中の神託という形で行われるため、本来本人にしか言葉は伝わらない――つまり、隣で私と同じように跪いて祈りをささげている母には聞こえていない。
だがなぜか私には神竜様と他人の会話――正確には神竜様からの言葉――が筒抜けである。その理由を神竜様に問うたところ『加護が強いからじゃね?』という大変投げやりな返答を頂いた。それでいいのか神竜様。
『そなたの娘の頼み、しかと聞き届けた。留学を許可しよう。そなたは娘の言うままにすればよい。』
母様の顔に諦めの表情が浮かぶ。神竜様が私に対して激甘なのをこれまで散々思い知らされていたから。結果はわかっていた。それでも親の義務として確認は取らねばならなかっただけだ。
「アルルカ、神竜様から許可が下りました。あなたの留学を認めましょう。」
渋々と結果を伝える。母様は反対していたが、神竜様のお言葉は絶対なので逆らうことはできない。
「いいですかアルルカ。逗留先にご迷惑をおかけしてはなりませんよ。あなたはいつも周りの迷惑も顧みず無鉄砲な行動ばかりするのですから、これを機に自重というものを覚えてきなさい。」
「はーい母様! わかっておりますとも!」
元気いっぱいに背伸びをしながら手を振り上げる私を見た母様の眼差しは、実に残念なものを見るものだった。
******
「――それで、どうして身分を偽る必要があるんですか?」
「決まってるじゃない。竜の巫女――ドラクル王国第三王女として留学したら今と変わらないからよ!」
ずびし、と幼馴染であり侍女でもあるアリーナの鼻っ面に指を突き付ける。風圧でふわりとアリーナの透き通るような亜麻色の切り添えられた前髪が揺れた。「ルカ様、下品な真似はお慎みください。」と、親しい者にだけ許した名前で呼ばれ、無表情のまま指を降ろされてしまう。
私は今の窮屈な生活から少しでも抜け出したいのだ。
「だからあなたと立場を交換して、侍女、子爵令嬢のルカとして留学します。あなたは私の代わりにアルルカとして留学に同行してもらいます!」
ニヨニヨと緩んだ顔で小さくガッツポーズをとり、この先に広がる自由の園を夢想する。
そう、アリーナは子爵令嬢なのだ。侍女としての役割とは別に、私の影武者としての裏の顔を持っている。
幼いころから仲良しの再従姉妹でもあり、外見も私と同じ亜麻色の髪の毛と深紅の瞳を持っている。髪の長さも揃えているので、間近で見たことのないものには区別がつかないだろう。――身長は少し違うが。私は150センチに満たず、アリーナは160センチくらいある。
「それを神竜様はご承知なのですか?」
はぁ、と大変おおきな特大ドデカため息をついたアリーナが確認を取りにくる。丸い瞳には実に非難の色がありありと浮かんでいるが、言葉にはしてこない。
「もちろん取ったわよ? 『アリーナならだいじょぶじゃね?』っておっしゃってたわ。」
頭を振り「だめだこいつら」という空気を隠そうともしない――これでも敬虔な信徒であるアリーナの両肩は激しく落ちている。そう、私は一度言ったことはやり通すことにしている。
「わかりました……神竜様がおっしゃるならば、もう言うことはありません。」
同席していたエルンストおじさま――金髪蒼眼の美丈夫と名高いエルンスト・ガイアス公爵の顔は引き攣った微笑みが痛々しい。はるばる隣国ウェルシュタイン王国から私を迎えに来ていただいている。今は留学計画の詰めを話し合うため、エルンストおじさまと私が貴賓室で話し合っている最中だ。アリーナは私の背後に控えている。
エルンストおじさまは現地で私の周辺警護も引き受けることになるため、大変頭の痛い思いであろう――私は知ったことではないが。そもそも私に警備など不要なのに。
「アルルカ殿下、翻意をご再考いただくことは――」
「ないわね」
私にばっさりと切って捨てられた公爵は微笑みを張り付けることも諦め撃沈した。
こうして15歳からの3年間、私はウェルシュタイン王国への留学切符を勝ち取ったのだった。
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