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第4章:新しいキャリア

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「――午後二時ですね!
 今の状態でファイルサーバーに作業を保存しておいて欲しいのです!
 それが終わったらすぐに昼休憩をとってくださいなのです!」

 香澄はうなずいてファイルをサーバーにコピーし、席を立った。

「休憩の後は何をしたら?」

「次の案件が決まるまで、湖八音こやねのモデルを研究しておくといいのです!」

「はい、わかりました」

 香澄はオフィスを出て、エレベーターに乗った。




****

 香澄は『喫茶わだつみ』のカウンター席に座り、コーヒーを頼んだ。

 食べたばかりなので、軽食を口にする気にはなれない。

 香澄は晴臣に苦笑を向けてつぶやく。

烏頭目うずめさんに『きちんと休憩しろ』って怒られちゃいました」

 晴臣がクスリと笑って告げる。

烏頭目うずめはそういうところ、厳しいからね。
 残業もさせてもらえないから、それでもわかるんじゃない?」

「ええ、まぁ……でも案件が差し迫ったらどうするんですかね」

 晴臣は少し考えてから応える。

「今まで、そんな話は聞いたことが無いな。
 無理なスケジュールを組まないのが大前提。
 トラブルがあっても、早めにスケジュールを組み直すんじゃないかな。
 元々あそこは、優良顧客ばっかりだし。
 『間に合わない』と伝えれば、延期ぐらいは応じてくれるんじゃない?」

「でも、納期厳守だったらどうするんでしょう?」

「さぁ……後で聞いてみたら?」

 香澄が小さくうなずいた。

「そうします。
 ――ところで、今夜はすき焼きが食べたいです。
 用意できますか?」

 晴臣がニコリと微笑んで応える。

「ああ、もちろん大丈夫だよ。
 この時間からなら間に合うから、安心して」

 ――やった! たくさん褒められたから、今日は自分にご褒美だ!

 香澄が嬉しくて微笑んでいると、晴臣も嬉しそうな顔で尋ねる。

「いいことがあったの?」

「はい! とっても!」

 香澄は晴臣と微笑みあいながら、満たされる心を実感していた。

「……水無瀬さん、変わったね」

「そうですか?」

「今はとっても輝いて見える。
 充実、してるんだね」

 香澄が目を伏せて応える。

「そう……なんですかね?
 前職とまるで別世界に居るとは感じますけど。
 こんな自分でも、職場の役に立てるんだなって」

「とっても良いことだと思うよ。
 無理をせずに力を発揮できる。
 それでこそ仕事が長続きするんじゃないかな」

 香澄が笑顔でうなずいた。

「はい! 私、もっとモデラーをやっていきたいです!」

 晴臣が笑顔で応える。

「やっていけるとも。
 大丈夫、安心して」

 香澄は満たされた心でコーヒーを味わい、安らぎを感じていた。

 自分らしくれる場所――自分の居場所を見つけたのだ。

 この職場に縁をつないでくれた晴臣に、心の中で感謝していた。




****

 午後三時に間に合うように、香澄がオフィスに戻った。

 香澄が居室の入り口に差し掛かると、烏頭目うずめが香澄に振り向いてニヤリと微笑んだ。

 突然烏頭目うずめが立ち上がり、大声で告げる。

「総員、傾聴なのです!
 これより視聴ルームに移動しますです!」

 黄原や青川、拓郎や湖八音こやねまで立ち上がり、ぞろぞろとオフィスの奥へ移動していく。

「え? 視聴ルームって?」

 戸惑う香澄に、烏頭目うずめが告げる。

「さぁ水無瀬さん、こちらへ一緒に来るです!」

 烏頭目うずめに促され、香澄もみんなと同じ方向へ歩きだした。

 ――何が起こるの?




****

 視聴ルームと呼ばれる場所は、パーティーションで区切られた小部屋だった。

 大型の五十インチモニターとPCが置いてある。

 既にPCは電源が入っていて、モニターにはデスクトップが表示されていた。

 烏頭目うずめが香澄をモニター正面の席へ座らせる。

 戸惑う香澄が、烏頭目うずめたちを見回して尋ねる。

「なにが始まるんですか?」

 烏頭目うずめはポケットからUSBメモリを取り出し、天井に掲げた。

「ではこれより! 上映を開始するです!」

 ――何を上映するつもり?!

 烏頭目うずめがPCにUSBメモリを差し込み、中のファイルを表示させる。

 USBメモリには動画ファイルが一つだけ入っていて、それを烏頭目うずめが開いた。

 真っ暗な映像が再生される中、烏頭目うずめがフルスクリーンサイズに動画を拡大する。

 カウントダウンが表示され、香澄は戸惑いながらそれを見守った。

 カウントゼロと共に、とある地方の地図が表示され、ロゴとナレーションが流れていく。

『●●●県へようこそ!』

 どうやら、地方自治体のPRアニメらしい。

 突如、画面の下から見覚えのあるキャラが登場した。

 その地方の特産物をアクセサリーにした、十代くらいの笑顔が可愛い女の子。

 良く見ると細かいところに、自分の手癖が見て取れる。

 ――この子、私がモデリングした子?!

 アニメの中の女の子が元気いっぱい、表情豊かに地方の名所を紹介していく。

 わずか十五秒――だが生きてるように動き回る女の子を見て、香澄はいつの間にか涙を流していた。

 最後の画面で停止しているモニターを見つめ、香澄がつぶやく。

「……この子、私が作ったモデルなんですか?」

 烏頭目うずめがしっかりと笑顔でうなずいた。

「水無瀬さんが昼休憩を取ってる間に、黄原がモーションを作ったです!」

 香澄が振り向くと、黄原が得意げに微笑んでいた。

「ま、俺の手にかかれば一時間で十五秒くらいはね」

 拓郎が手を挙げて告げる。

「あー、音声は俺が合成音声で打ち込んだ奴だぞ?」

 青川がフフンと笑顔で告げる。

「背景映像は私の手描きよ?」

 烏頭目うずめが胸を張って告げる。

「映像編集は私がやりましたです!
 この映像を、クライアントに渡しましたです!
 パイロット版として、キャラクターの確認をしてもらうです!
 まず問題ないと思いますですが、リテイクがあったら対応してもらいますです!」

 香澄は画面を見つめながらつぶやく。

「なんで、こんなことを?
 だって、納期は三月だって……」

 烏頭目うずめがニカッと笑って告げる。

「我が社の迅速な仕事ぶりを見せつけるです!
 先方には『今月から作業に入る』と伝えてありましたです!
 一か月かからずパイロット映像を作る我が社の実力、思い知るです!」

 湖八音こやねは真顔でつぶやく。

「私は何もしてませんので、勘違いしないでくださいね」

 香澄が首を横に振って告げる。

湖八音こやねさん、帰宅してから私の勉強のためにモデリングしてくれてたんですよね?
 自分の時間をつぶしてまで、対応してくれました」

 湖八音こやねがツイっと目線をそらし黙り込んだ。

 黄原がニヤリと微笑んで告げる。

「おっと、湖八音こやねが照れるとは珍しい」

 青川が小さく笑みをこぼす。

「そうしてると、年齢相応よね。湖八音こやねも」

 烏頭目うずめが手を打ち鳴らして告げる。

「はい、以上で上映会を終了するです!
 みんな作業に戻るです!」

 黄原たちが立ち上がり、自分の席へ戻っていく。

 まだ動けない香澄に、烏頭目うずめが告げる。

「この映像は社外秘なので、持ち出しは厳禁なのです!
 ですがファイルサーバーには置いておくので、今日一日眺めていても良しとしますです!
 帰宅するまで、自分の仕事の成果を噛み締めるといいです!」

 烏頭目うずめは香澄の肩を叩き、視聴ルームを出ていった。

 香澄はしばらく、画面を眺めて涙を流し続けた。




****

 席に戻った香澄は、ファイルサーバーにあるという動画ファイルの場所を教えてもらい、デスクトップにコピーした。

 それを開くと小さな音量にして再生していく。

 動き回り命を吹き込まれたキャラクター。

 それを自分が作り上げたという現実。

「……CGアニメーションって、すごいんですね」

 香澄のつぶやきに、隣の席の湖八音こやねが応える。

「存在しないものに形を与え、人間に影響を及ぼす。
 そういう意味では、我々『あやかし』に近いのかもしれません。
 人の手でそんな存在を作り上げられる。
 とても面白い仕事だと思いますよ」

 香澄は小さくうなずくと、画面を見つめた。

 たった十五秒の動画をリピートで再生しながら、その日を終えていった。
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