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第4章:新しいキャリア

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 午後になり、烏頭目うずめが香澄の席に戻ってくる。

 ずっと画面を睨み付けていた香澄を見て、烏頭目うずめがため息をついた。

「あーあー、何をやってるですか!
 昼休みはきちんと取るです!」

「でも、気になって……」

「気になっていても休むです!
 八時間労働には一時間の休憩義務がありますです!
 あとで一時間、きちんと休憩時間を取るです!
 わかったですか?!」

 烏頭目うずめの剣幕に、香澄は首をすくめて応える。

「はい……」

 烏頭目うずめが鼻息で応えながら告げる。

「わかったならいいです。
 もうこういうことはやらないで欲しいです。
 休む時は休む! 基本なのです!」

「はい、すいませんでした」

 烏頭目うずめが香澄の隣に座って告げる。

「では続きを――する前に、ファイルを元に戻すです!
 バックアップは――取ってなさそうですね。
 ファイルを保存せず、開き直してくださいです。
 できますですか?」

 香澄は完成直後の状態で保存していたことを思いだした。

 前職で叩きこまれた『こまめに保存しろ』という教えのおかげだ。

 ファイルを開き直すと、湖八音こやねがボーンを入れる前の状態で表示された。

 烏頭目うずめが小さく息をついて告げる。

「では続きなのです!
 午前中は『UV転送』を教えましたです!
 次はベイクも教えていくです!」

 香澄がきょとんとした顔で烏頭目うずめに尋ねる。

「ベイクって、どういうことですか?」

「『ベイク』は『テクスチャーに情報を焼き込む』という処理です!
 今回は使いませんですが、代表的なのが二つあるです!
 『AOベイク』と『テクスチャーベイク』なのです!」

 香澄が困惑しながら尋ねる。

「あの、どっちもよくわからないんですけど」

「『AOベイク』とは、『アンビエント・オクルージョン』を焼き込むことを言うです!
 これは疑似的な影を計算して焼き込む手法なのです!
 これで『AOマップ』を作る場合があるです!」

 香澄が小首をかしげて尋ねる。

「どういう時に使うんです? それ」

「『PBR』――『物理ベースレンダリング』用のモデルで使うです!
 リアルな陰影を作る時に使うのです!
 今回はセルルックモデルなので、普通は使わないです!
 ですが勉強のために、良く見ておくです!」

 烏頭目うずめがオペレーションを代わり、PCを操作していく。

 モデルに新しいブランクテクスチャーを割り当て、AOベイク用の設定を施していく。

 半球型の光源を設定してからAOベイクをスタートさせると、一瞬でモデルが異様な様相になった。

 白いモデルの目が真っ黒になり、あちこちが黒ずんでいる。

 まるで幽霊のような結果に、香澄が眉をひそめた。

「なんですか、これ……」

「これが『AOベイク』の結果です!
 CGは本来、撮影時に光と影を計算しますです!
 でもそれだと計算が重たくなりすぎるのです!
 なので事前に疑似的な影を描き込んでしまうのがAOベイクです!」

「はぁ……」

 困惑する香澄の前で、烏頭目うずめがサブ画面を開いた。

「これからノードエディターでAOマップを反映させるです!
 結果を良く見ておくといいです!」

 烏頭目うずめが手早くノードエディターにいくつものノードを追加し、コネクタを接続していく。

 すると画面には、元の可愛い女の子の姿が戻ってきた。

 香澄がきょとんとして尋ねる。

「これが『AOベイク』の結果なんですか?」

「気が早いです! では『AOマップ』オンなのです!」

 烏頭目うずめが新しいコネクタを接続した瞬間、女の子が立体的な陰影を持った。

 まるで真昼の屋外に居るかのような錯覚を受けた。

「――え?! これ、何をしたんですか?!」

「だから、『AOマップ』ですよ?
 これが『AOマッピング』の結果なのです!
 欠点は、実際の光源がどこにあろうと影が動かないことなのです!
 セルルックとも相性が悪いので、『PBR』用モデル以外ではあまり使われないです!」

 香澄がおずおずと手を小さく挙げる。

「あの~、そもそも『セルルック』ってなんですか?」

「そこからですね?!
 まず、CGには『シェーディング』という概念がありますです!
 要は陰影をどうつけるか? ということです!
 通常のCGは現実に近い陰影を求めますです!
 ですが近年のキャラモデルは、アニメ調の需要が高いのです!
 この『アニメのように見えるシェーディング』を『セルルック』と呼びますです!
 『ルック』は文字通り、CGモデルの見え方のことなのです!」

 香澄が眉をひそめて尋ねる。

「じゃあ、最近のアニメで使われるのは、その『セルルック』なんですね?」

「そういうことです!
 他にも『フォンシェーディング』や『トゥーンシェーディング』なんてものもあるです!
 ですが近年は『PBR』か『セルシェーディング』を押さえておけば、問題ないのです!
 今後の動向次第では、また新しいトレンドが生まれるかもしれないのです!
 なのでアンテナは高く伸ばしておくといいのです!」

「はぁ……色々あるんですねぇ」

 烏頭目うずめが画面を操作しながら告げる。

「次に『テクスチャーベイク』にも軽く触れておくです!
 『AOベイク』もテクスチャーベイクの仲間なのです!
 他には『ノーマルベイク』や『カラーベイク』など、色々な情報をテクスチャーに焼き込めるのです!」

 香澄の頭が混乱した。

「ノーマルですか? じゃあアブノーマルもあるんですか?」

 烏頭目うずめが脱力しながら応える。

「そっちのノーマルじゃないです!
 スペルは同じですが、『法線』という意味の『ノーマル』です!
 法線はポリゴンが向いている向きを表す情報です!
 CGの陰影は、すべてこの『ノーマル』を基に計算されていますです!」

「はぁ、それをベイクすると、何が良いんですか?」

「『シェーダー』の中から、CGモデルのポリゴンが向いている方向を判断できるのです!
 これは『PBR』用モデルで大切な情報なのです!
 『シェーダー』については『グラフィックス用のプログラム』とだけ覚えておけばいいのです!」

 香澄が小首をかしげて尋ねる。

「じゃあ『セルルック』では、要らないんですか?」

「もちろん『セルルック』でも使うことがあるです!
 ですが『PBR』用モデルでは、ほぼ必須なのです!
 使うか使わないかは、『シェーダー』次第なのです!
 クライアントが要求していれば、『セルルック』でも『ノーマルマップ』を作るです!」

 香澄が頭を整理しながら考えていく。

 今回のキャラはセルルック――アニメ調だ。

 AOベイクやノーマルベイクも、使わない物に思える。

 香澄が小首をかしげて尋ねる。

「それを今、勉強しておいた方が良いんですか?」

 烏頭目うずめがニヤリと笑った。

「――では本番なのです!
 この『ハイポリモデル』でベイクした『ノーマルマップ』を、『ローポリモデル』にマッピングしたらどうなるですか!
 さぁ、想像してみてくださいです!」

 香澄は頭の中で考えてみた。

 精細な凹凸を持つハイポリモデルのポリゴンの向きを、簡易的な凹凸しか持たないローポリモデルに適用する。

「……つまり、『シェーダー』次第で、ハイポリモデルのディティールを取り戻せるんですか?」

 烏頭目うずめが膝を叩いて唸った。

「大正解なのです!
 やっぱり水無瀬さんは拾いものです!
 よくぞ自力で正解に辿り着いたのです!」

 褒められた香澄は思わず頬を染め、頭を掻いた。

烏頭目うずめさん、褒め上手なんですね」

「そんなことはないですよ?
 水無瀬さんが優良物件なだけなのです!」

 香澄は心が満たされていくを感じながら、烏頭目うずめのレクチャーを受けていった。
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