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第4章:新しいキャリア

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 午前九時、早速PCの前で香澄はスタンバイしていた。

 烏頭目うずめが朝のメール処理を終え、香澄の元へやってくる。

「では昨日の続きをするです!
 準備は良いですか?」

「はい!」

 烏頭目うずめがレイヤー枠を指さしながら告げる。

「元のハイポリモデルからUVマッピングをローポリモデルにコピーしますです!
 これを『UV転送』と呼びますです!」

「UV転送、ですか? どういう意味ですか?」

「UVマッピングを別オブジェクトに転送する処理です!
 頂点座標がもっとも近い対象頂点にUV設定をコピーしますです!
 補間処理も走るので、ただコピーする訳ではないです!」

「はぁ……」

 烏頭目うずめの指示通りに香澄がオペレーションしていく。

 元のハイポリモデルを選択し、ローポリモデルを指定してUV転送を走らせる。

 するとそれだけで、ローポリモデルが元通りの姿をほとんど取り戻していた。

「あの、これでいいんですか?」

 烏頭目うずめがにこやかに告げる。

「ばっちりなのです!
 あとは歪んでいる箇所のUVマッピングを手作業で整えるだけなのです!」

 言われた通り、香澄はUVエディターでマッピングの微調整をしていく。

 ずれていた画像が元に位置に戻っていき、ゆがみが取れていく。

 ハイポリモデルやキャラクターデザインと見比べながら、UV座標を調整していく。

 ものの三十分で、ローポリモデルはハイポリモデルと同じ見た目を取り戻していた。

「……え? これで終わりですか?」

 振り返る香澄に、烏頭目うずめが会心の笑顔でうなずいた。

「今度こそ『完成』! なのです!
 すごいのです! 一か月かからず完成させたのです!
 これは業界一般のモデラーとしても、決して遅い速度ではないのです!」

 香澄は目の前の現実が信じられなかった。

 前職であれだけ『無能』だの『足手まとい』だのと言われていた。

 そんな香澄が初めての作業で『業界で標準的な作業速度』と褒められたのだ。

 思わず涙がにじみ、ハンカチを取り出して目元を押さえた。

 烏頭目うずめが小さく息をついて告げる。

「なにも泣くことはないのです。
 最初から『期待の新星』と言っていましたですよ?
 嘘偽りだと思っていたですか?」

「いえ……ただ、信じられなくて」

 湖八音こやねが横の席から顔をのぞかせ、ぼそりと告げる。

「では、現実を思い知らせてあげましょう」

 香澄と烏頭目うずめが、きょとんとした顔で湖八音こやねを見つめた。

湖八音こやね? 何をするつもりですか?」

 湖八音こやねが鞄からUSBメモリを取り出し、香澄に手渡した。

「中身を見て、勉強してください」

 それだけ言うと、湖八音こやねは自分の席に戻り、作業を再開してしまった。

 香澄は烏頭目うずめと顔を見合わせて尋ねる。

「どういう意味でしょうか」

「うーん、とにかく中身を見てみるです!」

 PCにUSBメモリを差し込み、中身を表示する。

 圧縮ファイルが入っているのでデスクトップにコピーして、展開してフォルダを開いた。

 中にはモデリング用アプリのファイルが一つ、入っていた。

 香澄がそれを開き、画面を見て目を見張った。

「――これは?!」

 それはテクスチャーこそ張っていないが、香澄が作ったキャラクターデザインそのままのモデル。

 つまり湖八音こやねが作った『同じキャラクターモデル』だ。

 烏頭目うずめが眉をひそめて笑った。

湖八音こやね、プライベートで何をやってるですか」

 パーティーションの向こうから湖八音こやねの声が返ってくる。

「先輩からの、ちょっとしたプレゼントです」

 ――これに、何の意味があるんだろう? これじゃあ私のしたことって無駄にならないの?

 困惑する香澄に、烏頭目うずめが丁寧に告げる。

「せっかくのプレゼントです!
 自分が作ったモデルとの違いを比べてみるです!
 大事なのは『これが正解ではない』ということです!
 このモデルに使われたテクニックを読み取って盗むです!」

 香澄がうなずき、サブ画面に湖八音こやねのモデルを表示させた。

 メイン画面の自作モデルを見ながら、違いを比べていく。

 だがわずかなバランスの違い以外、大きな差はないように思える。

 首をかしげる香澄に、烏頭目うずめがモニターを指さして告げる。

「まず頂点数を見てみるです!」

 香澄の目が湖八音こやね作モデルの頂点数を確認する。

「――二万ですか?!」

 香澄が作ったモデルは三万弱。

 湖八音こやねが作ったモデルは二万弱。

 その差は一万頂点。割合にして七割弱のサイズだ。

 烏頭目うずめがニヤリと微笑んで告げる。

「熟練のモデラーなら、このくらいのディティールは二万頂点ぐらいで作れるです!
 三万は決して多くはないですが、この差が熟練度の差なのです!」

 三割強も情報量を減らして、見た目でわからないディティールを実現する。

 香澄はベテラン本職との違いを痛感し、唖然としていた。

「午前中は細部を見ていくといいです!
 その時、テクスチャー表示は切っておくとわかりやすいのです!
 どんなポリ割で、どうワイヤーを張ってるのかを見ておくのです!」

「はい……」

 香澄は完成した喜びから一転、自分の実力を思い知っていた。

 痛烈な業界の先輩からの洗礼に、歯を食いしばって画面に向かう。

 ――私だって、これくらい!

 香澄は目を見開いて二つのモニターを見比べていった。




****

 昼食にデリバリーのサンドイッチを食べながら、香澄は画面を見比べ続けた。

 メッシュのほんの些細な違い。

 ワイヤー間隔が広く、より大きなポリゴンでトポロジーを形成している。

 肩や股関節なども、少ない頂点、少ないワイヤーでディティールを表現していた。

 小物に至るまで、徹底して効率的な頂点の配置がされている。

 ――どうしてこんな違いが出るんだろう?

 悩む香澄の隣で、昼食から帰ってきた湖八音こやねが告げる。

「ポイントは『特徴点』です。
 水無瀬さんは筋が良いですが、まだ特徴点を意識しきれてません。
 本当に必要なところにだけ頂点を置いてください。
 『そこに頂点がなければ特徴を維持出来ない』という場所を見極めるんです」

 香澄が肩関節を指さしながら尋ねる。

「でもここは、不思議な形状をしてますよね。
 なんで扇形になってるんですか?」

「リギングを踏まえたトポロジーになってるだけです。
 肩は特に目立ちやすいので、ポリゴンが壊れないようなワイヤーが求められます。
 水無瀬さんの形状でも大きな破綻は有りませんが、私の形状の方がより理想的とされています。
 実際に動かすと、どう違うかわかりますよ」

 湖八音こやねが香澄のPCを操作して、湖八音こやねのモデルに簡易ボーンを配置していった。

 同様に香澄のモデルにも簡易ボーンを配置する。

「自動ウェイトペイントですが、良く見てください」

 湖八音こやねがボーンを操作すると、それに合わせてモデルが腕を動かした。

 香澄の作ったモデルは腕を下げると、ポリゴンが突き抜けてるのがわずかにわかる。

 腕を上げても、ポリゴンがいびつに伸びているのがわかった。

 一方で湖八音こやね作のモデルは、腕を上げても下げても、ほぼ均等にポリゴンが変形していく。

 歪みはほとんどわからない。

「これがこの形状の利点です。
 是非、修得しておいてください」

 湖八音こやねはそう言うと自分の席に戻り、アイマスクをして椅子に体重を預けた。

 ――これが、プロの技かぁ。

 香澄は気持ちが燃え上がるのを抑えきれなかった。

 前職では『一切期待されていなかった』。

 今職では『期待されている』。それを実感していた。

 香澄は真剣な眼差しで二つのモデルを動かしながら、湖八音こやねの技術を必死に読み取っていった。
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