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第3章:さぁ始めよう

12.

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 部屋に戻った香澄は、早速ノートPCに向かい、モデリングの参考書を手に取った。

 ネットから無料のモデリングツールをダウンロードし、インストールする。

 CGモデルの最小単位は頂点だ。だが頂点だけでは『形』を作れない。

 頂点三つでポリゴンを定義し、初めて画面に三角形の板が現れる。

 モデリングツールでは直接三角形を扱わず、四角形をベースに作っていくらしい。

 手順通りにポリゴンを作っていくと、いびつだが何とか『顔らしきもの』ができた。

 胴体を作り、頭と首をつなげる。

 腕を胴体から伸ばして捏ね上げる。

 下半身も同じように作り上げ、足首まで作っていく。

 髪の毛はなく、服も着ていないが、全身の出来上がりだ。

 正直に言って――。

「これ、クリーチャーみたいだな……」

 バランスがあちこち悪く、人間には見えづらい。

 早速チャットツールを開き、烏頭目うずめに相談することにした。


香澄:できたんですけど、なんか変なんです。

烏頭目うずめ:どんな感じになりましたですか?


 気は乗らないが、結果を見せなければアドバイスはもらえない。

 スクリーンショットを取り、メッセージに添付する。


香澄:こんな感じです。

烏頭目うずめ:おー! すごいのです! たった半日でここまでできれば立派ですよ!


 ――そうなのかな?

 褒められた事など、子供の時以来だ。


烏頭目うずめ:今、バイブルを持っていきます。ちょっと待っててくださいです。


 専門分野での『バイブル』――最上級の参考書に対する俗語だ。

 ということは、何か参考書を持ってくるつもりなのだろう。

 などと考えているうちにインターホンが鳴った。

 烏頭目うずめは相変わらず、フットワークが軽い人のようだ。




****

 外はすっかり日が暮れていた。

 ノートPCの前に座る香澄の横に、烏頭目うずめも座っている。

 烏頭目うずめは大きめの参考書を手に、画面を眺めていた。

「いやはや、参考書を見ながらでも数時間でここまで作れるのは立派な才能なのです!
 水無瀬さんは、モデラーの適性がありますですよ?」

 香澄が思わず声を上げる。

「ほんとですか?!」

 烏頭目うずめが嬉しそうにうなずいた。

「まず形にできるというのが素晴らしいのです!
 適性がない人は、ここまで辿り着けませんのです!
 最初に変な形になるのは誰もが通る道です!
 これは慣れていけば、自然と直っていきますです!」

「ほんとですか~? 私をおだててるんじゃないですか?」

「そんなことはないのですよ?
 私だって最初はこんなモデルでしたし」

 烏頭目うずめがスマホから画像を表示し、香澄に見せた。

 それは香澄が作ったクリーチャーと大差がない化け物が表示されている。

「……本当に同じなんですね」

「これは基本を知らなければ仕方がないことなのです!
 なので、その基本を覚えられる本を持ってきたのです!」

 烏頭目うずめが参考書を香澄に押し付けた。

 どうやらCGモデラーのための美術解剖学の本らしい。

 烏頭目うずめが得意げに告げる。

「その本は世界でベストセラーになっている鉄板のバイブルなのです!
 わかりやすく幅広くノウハウが詰まっていますです!
 それをベースに教えていきますですよ?」

 香澄はうなずきながら烏頭目うずめに席を譲る。

 烏頭目うずめがCGキャラクターの腕を指さしながら告げる。

「まず、人体には比率というものがありますです!
 これだと腕が長すぎますですね!
 腕の長さ全体は、腕を下ろした時に手首が恥骨の辺り!
 これを覚えてください!」

 烏頭目うずめがCGキャラクターのポリゴンを変形させていき、腕を下ろした姿勢に変えた。

 確かに恥骨より、かなり長い位置に手首が来ている。

「次に、腕にも黄金比率がありますです!
 上腕部と前腕部で丁度半分ずつです!」

 前腕部が長すぎたのを、烏頭目うずめがサクサクとバランス調整していく。

 烏頭目うずめがオペレーションを始めた途端、あっという間に腕の違和感が消えていった。

「凄いですね……烏頭目うずめさんもモデリングができたんですか?」

「私は何でもできますですよ?
 でなければメンターなどできませんですから!
 ですが私一人では案件が回りません!
 ですので分業しつつ、穴が空いたら私が塞ぐのです!」

 どうやら、『スタジオウズメ』の名前は伊達ではないらしい。

 おそらく最初は烏頭目うずめが一人で案件を回していたのだろう。

 人材を補充していくうちに、今のスタイルに落ち着いたということだ。

 そのまま烏頭目うずめは足も手直ししていく。

 こちらも『太ももとすねが同じ比率』らしい。

 烏頭目うずめが香澄に告げる。

「ですが、これは『美術解剖学的な黄金比』なのです!
 キャラクターモデリングでは、ここに『流行』というファクターが入りますです!
 最近は上半身を小さくするのが流行ですね!
 ですので、ここをこうしますです!」

 上半身が小さく縮小され、腕の長さが微調整された。

 先ほどの『手首が恥骨の辺りに来る』というのは守られていないが、良く見るキャラクターの印象に近づいて見えた。

「なんで上半身を小さくするんですか?」

「頭を大きく見せて、子供の印象に近づけるとも言われていますですね!
 所詮は流行ですし、バランスは案件によってケースバイケースなのです!
 男性キャラクターだと大人っぽさを強調しますので、ここは変わってきますです!」

 だんだんと香澄の頭から煙が出始めた。

 そろそろ知識が溢れそうだ。

 香澄の顔を見て、烏頭目うずめがクスリと笑った。

「今日はこれくらいですかね?
 明日も気兼ねなく呼びつけて欲しいのです!
 今夜はその本を流し読みしながら、美術解剖学を知ってくださいなのです!」

 香澄がパラパラと参考書をめくっていき、あるページでぎょっとした。

「――これ、全裸の写真が乗ってるじゃないですか!」

 そこには局部にだけモザイクがかかった、男女の全裸写真が乗っていた。

 烏頭目うずめがきょとんとした顔で応える。

「美術書ですよ? 裸が何だというんですか。
 本物を知らなければ模倣はできませんです。
 学術書にポルノを求める愚か者は、普通いませんですよ?」

 確かに、写真に重ねて筋肉の構造が追記されている。

 実写に対して筋肉の配置がわかりやすく解説されていた。

 これをポルノ目的で見るのは、無理があるだろう。

 色気も何もあったものではない。

 烏頭目うずめが立ち上がって告げる。

「美術解剖学は、それ自体が学習量が多い学問なのです!
 深追いはせず、アウトラインを把握するにとどめておくのがコツなのです!
 必要な時に必要な知識だけを理解する――それを繰り返すのです!」

 烏頭目うずめは「ではまた明日なのです!」と言って、風のように去っていった。

 ベッドでドラマを見ていた花連が告げる。

「そろそろいーかなー?
 ご飯食べに行かない?
 もう八時だよ?」

 ハッと時計を見れば、午後八時が近い。

「ごめん、花連ちゃん。
 じゃあ喫茶店に行こうか!」

「うん!」

 香澄はノートPCを閉じ、花連と一緒に喫茶店へ向かった。
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