お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

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第2章:聖女認定の儀式

第27話 特別な場所

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 扉がノックされたのでそちらに視線を向ける――アンリ兄様だ。

「大丈夫かシトラス。身体が辛いなら、今からでも横になっておくか?」

 私はソファから起き上がり、微笑んで首を横に振った。

「大丈夫ですわ。緊張していたので、それで疲れたのだと思います。でももう大丈夫ですわ。
 それより、お兄様は王都に来たことがありまして?」

「いや、王都は初めてだ。
 赤ん坊の頃には来たことがあるらしいのだがな」

「では、お兄様に王都をご案内しますわ。
 実はとっておきの場所があるの。ぜひそこをお兄様にも見ていただきたいと思います」

 私はソファから立ち上がってアンリ兄様の腕を取り、胸で抱え込んだ。

「さぁ、お父様に許可を頂いてきましょう!」

 レイチェルがあわてて私を追いかけてくる。

「お待ちくださいお嬢様、私も付いてまいります」




「お父様、少しお兄様と王都を散策したいのですが、よろしいでしょうか」

 お父様は少し悩むように眉間にしわを寄せた。

「王都を? 大丈夫なのか?」

「ええ、お父さんが付いてきてくれるなら、不安はありません」

 お父様がお父さんに振り返った。

「ではギーグ、付いて行ってくれ。シトラスの体調が悪くなったら、無理やりにでも連れ帰ってきて欲しい」

 お父さんは不敵に微笑んで応える。

「シトラスの事なら任せておけ! アンリ公爵令息も一緒なら、騎士を三人程度連れて行くが構わないか」

 お父様がうなずいた。

「その程度の人数なら、お前の判断で騎士を選んで連れて行け。だが遅くなるなよ」

 お父さんがその場で三人の騎士に「お前たちはアンリ公爵令息を守れ」と告げて私たちと同行することになった。

 私はアンリ兄様の腕を胸に抱きしめたまま、公爵家別邸から外に出た。




 てくてくと貴族区画を歩いて行く。

 アンリ兄様は無言で私に引きずられるように、私と共に歩いていた。

 お父さんが背後から声をかけてくる。

「どこに向かうつもりだシトラス」

「王都の貧民区画に、特別な場所があるんだよ。そこをお兄様に見せてあげようと思って」

 お父さんの表情が硬くなった。

「貧民区画だと? あそこは治安が悪い。それをわかっているのか?」

「わかってるよ?」

 貧民区画は貧しい人や柄の悪い人が多く住む区画だ。

 そんな場所でもきちんと聖教会の施設はあるし、善良な人たちも住んでる。

 それに道を選べば治安の悪い貧民区画でも、比較的安全に移動できることを前回の人生で知っている。

 私が歩いて行くと、周囲の人たちは珍しそうに奇異の目をこちらに向けてくる。

 だけどその視線に怖い物は感じない。

 前回の人生でも、最後まで私のことを信じてくれたのがこの貧民区画の人たちだ。

 てくてくと歩いて行った先――そこには、薄汚れている小さな聖教会の礼拝堂があった。

 貧民区画の住民たちが、今日も聖神様への祈りを捧げに中へ入っていく。

 私たちもその流れに混じり、礼拝堂の中へ足を踏み入れた。

 中は薄暗く、満足な明かりもついていない。

 あちこちで聖神様に必死に祈りを捧げる人たちがいる。

 苦しい生活を救って欲しいと、毎日祈りに来る人たちだ。

 私はそのまままっすぐ祭壇に向かい、その正面に立った。

 アンリ兄様が戸惑うように尋ねてくる。

「ここが特別な場所なのか?」

 私はアンリ兄様を見上げて、微笑んで応える。

「ええ、そうですわ。少し見ていてください」

 私は祭壇の目の前でしゃがみ込み、聖神様への祈りを捧げ始めた。

 それと共に私を温かい力が包み込み、アンリ兄様や騎士たちの驚く声が聞こえてくる。

「これは……天井から光? 明かりなどないのに、どこから光が湧いてきたんだ?」

 そのまま祈りを続けていると、さらに驚く声が聞こえてくる。

 今度は貧民区画の住民たちの声だ。

「花だ! 花が降ってきているぞ!」

 私は自分の身体にれる花びらの感触を確認すると、そっと目を開けた。

 私のところに降り注ぐように光が差し込み、天井から白い花びらが舞い落ちる――まるで聖女認定の儀式のような光景が、ここでは祈るだけで何度でも見られるのだ。

 多分、聖神様の力が強い場所なんだと思う。

 私は舞い散る花びらを手のひらで受け止め、それをアンリ兄様に手渡した。

「聖神様の力が宿ったお守りですわ。
 それを持っていると、悪いことを遠ざけてくれますの」

 私が祈りをやめると次第に光が収まっていき、花びらも途切れて行った。

 あたりはすっかり元の薄暗い礼拝堂に戻っている。

 呆然ぼうぜんとするアンリ兄様たちに、私は静かに微笑んでいた。

「あなたは……聖女様ですか」

 私はその声に振り返った。

 振り返った先には、私だけがよく知る顔がある。

 線の細い、初老の男性司祭だ。

「ええ、そうですわ。お元気そうですわねコッツィ司祭」

 コッツィ司祭は戸惑うように私に尋ねてくる。

「申し訳ありませんが、どこかでお会いしたのでしょうか。初めてお会いすると思うのですが」

 私はどう応えようか少し考えて、それから微笑んで言葉を口に乗せる。

「聖神様が教えてくださったのですわ。
 初めましてコッツィ司祭。
 私はシトラス・ファム・エストレル・ミレウス・エルメーテ。
 よろしくお願いしますわね」




****

 コッツィ司祭は戸惑うように私に近寄ってきて、その場で聖神様に祈りを捧げた。

 その様子は十年前と変わらなくて、目の前に居るのがコッツィ司祭だと実感していた。

「あなたの信心深さは変わりませんわね。
 そんなあなただからこそ、この場所を維持できているのですね」

 アンリ兄様が戸惑いながら私に尋ねてくる。

「この人は特別な司祭なのか?」

 私は微笑んでうなずいた。

 コッツィ司祭はグレゴリオ最高司祭の友人で、かつては最高司祭の候補にまでなった人だ。

 だけど自身は貧民区画の住民を救済したいからと、その地位を辞退してこうして、この礼拝堂に務めている。

 聖教会でも変わり者として有名な人だった。

 伯爵位も持っているけれど、その私財をすべて貧民区画の住民への救済に回してしまうような人だ。

 私の説明に、コッツィ司祭が驚いて目を見開いていた。

「なぜそのようなことまでご存じなのですか……。
 あなたのような幼い少女が知るよしもない事情のはずです」

「……聖神様が教えてくださったのですわ」

 コッツィ司祭は身体を震わせながら私に言葉を伝えてくる。

「先ほどの奇跡、拝見させていただきました。
 あなたは間違いなく聖女なのだと確信しています。
 ですが聖女認定の儀式は五日後のはず。
 なぜこちらにいらしたのですか?」

「今の奇跡は、この場所でだけ起こせるのです。
 聖女認定の儀式では聖水の力を借りて奇跡を起こしますが、先程の奇跡は私の祈りだけで起こせます。
 それをお兄様にお見せしようと思って、こちらにお連れしたのですわ」

 私はアンリ兄様に伝えたように、降り注いだ花びらがお守りになることを伝えた。

 その花びらを持っているだけで、悪い縁を遠ざけることが出来る。

 といっても、そんなに大したことが出来る訳じゃない。

 軽い風邪をひかなくなるとか、落とし物をしずらくなるとか、その程度の些細ささいな幸運が舞い込むものだ。

 だけどこれが貧民区画だと話は変わってくる。

 まともな医療を受けられない住民にとって、病を遠ざけられるというのはとてもありがたいものだ。

 コッツィ司祭もそれをすぐに理解し、あわてて礼拝堂の従者たちに花びらをかき集めるように指示を出していた。

「その花びらは、礼拝に来た住民たちに一枚ずつ配ってあげてください。
 特に幼い子供を守るお守りになりますわ。
 私も時間があればこちらに来て祈りを捧げます。
 少しでもコッツィ司祭のお手伝いになれば幸いですわ」

 十年間、王都に居る間は毎日欠かさなかった日課のような礼拝を思い出した。

 私やコッツィ司祭にできる救済は小さなものだけど、それでも少しでも苦しむ人々を救いたいと願って続けた祈りだ。

 コッツィ司祭が私の手を取り目を潤ませながら告げる。

「ありがとうございます。聖神様のご加護が、あなたにもありますように」

 私はその言葉に、曖昧あいまいに微笑んでうなずいた。

 ――加護はあったけど、聖女を再びやれというのは加護の内なのだろうかと、悩んでしまったのだ。

 その加護も、前回の人生では私を守ることが出来なかった。

 聖神様の力にも限界はあるのだ。

 礼拝堂に男性が騒がしく駆け込んできた。

「コッツィ司祭! 急患です! 祈祷きとうをお願いできませんか!」

 コッツィ司祭は礼拝堂の傍で診療所も経営している。

 だけど満足な設備がなく、常駐している医師の手に負えない時には神頼み――司祭の祈祷きとうすがりにくるのだ。

 コッツィ司祭が男性に振り向いた後、こんどは私の顔を見た。

 その目を見て、私はうなずいた。

「ええ、もちろん私も参りますわ」

 私たちは急いで男性と共に、礼拝堂の外に走り出していた。
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