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序章
第3話 強行軍
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ベイヤー司祭に連れられて、私は宿場町を守る駐屯軍の詰め所に来ていた。
このジルベルト領の領主が派遣している私兵団二千人ほどの部隊がここに居るらしい。
ベイヤー司祭と共に部隊の司令官の居る部屋に案内され、私は驚いていた。
「ヴェネリオ子爵! あなたがここの司令官だったの?!」
目の前の男性は少し若いけど、見覚えがあった。
トルトリ・ラチェス・ヴェネリオ子爵。信心深く、前の人生で聖女だった私によく会いに来ていた人だ。
誠実な人で、信頼のおける人物だった。
ヴェネリオ子爵は首を傾げ、私を見つめて告げる。
「お嬢ちゃんは誰かな? 会った事があるだろうか。
私は平民の子供に知り合いなど居ないはずなのだが……」
私はベイヤー司祭と目配せをする――ベイヤー司祭が頷き、ヴェネリオ子爵に向き直った。
「この子はシトラスという、洗礼にやって来たばかりの子供だよ。
実はだね、この子が先ほど、聖女の聖名を聖神様から与えられた」
ヴェネリオ子爵が目を丸くして驚いていた。
「やって来たばかりの子供に洗礼?! 禊を行わずに洗礼を与えたと仰るか!
そんな通例破り、聖教会として問題にはならないのですか?!」
「今回は特別な事情があった。
実は彼女から、数日以内に生まれ故郷で魔物の集団発生が発生し、村が滅ぶと伝えられてね。
ただの子供の言うことなら世迷言で済ませられるが、彼女が与えられた聖名は新しき原初の聖女――無視することなど、できはしまい?」
「馬鹿な……聖名を三つも与えられたと言うのか! そんな話、聞いたことがないぞ!」
「だが間違いない。嘘偽りではないと聖神様に誓って言える。
彼女は聖女だ。聖教会の名において、彼女が聖女であると認める。
彼女の生まれ故郷ヅケーラ村はここから三日近くかかる。今すぐ派兵しなければ間に合うまい。
どうか、彼女のためにも力を貸してはもらえまいか」
苦悩するように眉間にしわを寄せたヴェネリオ子爵が私を見つめた。
「……その魔物の集団発生、規模はどのくらいかわかりますか」
「大型のブラッド・ボアが数十匹に及ぶ、大規模なものになるはずです。
あの村には父が居て村を守っていますが、このままでは父すら命を落としてしまうでしょう。
――父の名はギーグ・ゲウス・ガストーニュ。ヴェネリオ子爵なら、父をご存じのはずです」
ヴェネリオ子爵の顔が歪んでいた。
「ギーグ殿が命を落とすほどの規模だと言うのか!
そんなもの、この街の駐屯兵を総動員しても防げるかわからんぞ!」
お父さんはこの地方では少し名の知れた格闘家だ。
今は農民をしているけれど、若い頃は兵役で名を馳せたらしい。
お父さんに勝てる人間は、上位騎士にも居なかったそうだ。
前の人生でヴェネリオ子爵から直接聞いたことなので、間違いはないだろう。
私はヴェネリオ子爵の目を見つめ、必死の思いを込めて告げる。
「私は聖神様から加護を授かっています。私が同行すれば、必ず村を救い出せるはずです。
ですからヴェネリオ子爵も、可能な限りの兵を出して頂きたいのです。お願いできませんでしょうか」
私のまっすぐな眼差しを受け止めたヴェネリオ子爵が、一度固く目を閉じた。
その目が開かれた時、ヴェネリオ子爵の目は優しいものに変わっていた。
「……聖女シトラス様。あなたの願い、可能な限り聞き届けましょう。
領主様へお伺いを立てる暇はありますまい。
この街の護衛も残さねばなりません。
ですが、半分の兵士を急ぎ支度させ、村に向かいましょう」
言うが早いか、ヴェネリオ子爵は立ち上がって部下たちに指示を飛ばし始めた。
「すぐに兵を出すぞ! 馬を用意しろ! 騎馬兵全てをヅケーラ村へ向かわせる!
相手はブラッド・ボアを含む大規模な魔物の集団発生だ! 各員、相応の装備を持て!」
あわただしく指示を飛ばすヴェネリオ子爵の背中を見ながら、私は胸に熱い思いを感じていた。
今も昔も――昔というべきかは悩ましいが――ヴェネリオ子爵は変わらず信頼のおける人だった。
私はベイヤー司祭に振り向いてお礼を告げる。
「ありがとうございますベイヤー司祭。これなら村を救えるかもしれません」
ベイヤー司祭がにこりと微笑んだ。
「シトラス様、救える『かもしれない』ではありません。必ずお救いください。
聖神様の加護が、あなたを導いてくださるでしょう」
****
私はヴェネリオ子爵と共に馬に相乗りになって生まれ故郷に向かっていた。
最初は馬車に乗って欲しいと言われたけど、馬車では行軍速度が落ちてしまう。
今は一秒でも早く村に戻って、魔物の襲来に備えなければならないと説得した。
「シトラス様、馬上では口を開けないようにしてください。舌を噛みますぞ!」
私は無言でうなずき、まっすぐ前を見据えていた。
もうすぐ日が暮れる。しかし私の願いを聞き届けてくれたヴェネリオ子爵は、日が落ちても馬の足を止めなかった。
強行軍は夜更け近くまで続き、ようやく馬から降りた私は一息ついていた。
お湯でふやかした干し肉を一口食べた後、私はぼそりと告げる。
「はぁ、強行軍はなんど経験してもきついですね」
同じように食事を取っていたヴェネリオ子爵が、驚いた顔で私を見た。
「あなたのように幼い子供が、強行軍を経験した事があると仰ったか」
あ、そうか今の私は七歳だったっけ。うっかりしてた。
前の人生では何度も戦場に向かわせられて、癒しの奇跡を使うことが多かった。
その時に強行軍も、何度も経験していた。
大人になった時でもきついのだから、子供の身体ならもっときつい。
眠いしお腹も減るし、背中からヴェネリオ子爵が腕を回して支えてくれてなければ、途中で落馬してる所だ。
こちらを不思議そうに見つめるヴェネリオ子爵に、私は苦笑を浮かべながら告げる。
「……この事は秘密でお願いしますね。下手に知られると厄介なことになりますので」
私は食事を取りながら、自分が経験した前の人生の話を、かいつまみながら話すことにした。
「この国はこれから、周囲の国を巻き込む戦乱を起こします。
その戦乱で聖神様の封印が破壊され、魔神が復活して世界が滅ぶ事になるそうです。
諸悪の根源はシュミット宰相――国王陛下は彼の言いなりです。彼から実権を奪わない限り、この世界の滅びは避けられないでしょう。
私は途中で殺されてしまったので、その後の世界がどうなったのかまでは知りません。
ですが、聖神様から魔神の復活を阻止して欲しいと頼まれました。そうして巻き戻った時間に居るのが、今の私です」
ヴェネリオ子爵は神妙な顔で私の話を聞いていた。
「……聖女様とはいえ、七歳の子供が知り得ない知識、信じられない思いもありますが、おそらくそれは真実なのでしょう。
シュミット宰相が国政を私物化しているのも事実。陛下が不甲斐なく傀儡となり果てているのも、また事実です。
ですが、どのようにして彼の野望を阻止するおつもりですか」
私はゆっくりと首を横に振った。
「わかりません。前回、私は孤児となった後、エリゼオ公爵家に養子として引き取られました。
ですが貴族社会に馴染めず孤立し、宰相の思うままに操られて十年を生き、最後は陰謀で命を落としました。
今回は前回よりも強い加護を与えてくださったと聖神様は仰りましたが、それがどのようなものかを伺う暇すらなく、今ここにこうして居ます」
ヴェネリオ子爵の表情が硬くなった。
「エリゼオ公爵か……奴はシュミット宰相の派閥、そこに引き取られたのでは、出来る事も限られてしまうでしょう。
ですが聖女として聖教会から認定された以上、あなたは高位貴族へ養子に出されることになる。
もし行く先を選べるとするならば、エルメーテ公爵家がよろしいでしょう。
エルメーテ公爵は反宰相派の最右翼。必ず力になってくれるはずです」
「エルメーテ公爵ですか?!」
思わず大きな声を上げてしまい、あわてて口元を押さえた。
ヴェネリオ子爵が不思議そうな顔で私を見つめて告げる。
「何か、不都合な事があるのですか?」
「いえその……アンリ公爵令息が苦手だったものですから……」
初めて出会ったのは十二歳の頃。
三歳年上のアンリ公爵令息は美術品のように端正な顔つきで、社交界でも有名だった。
一方で冷酷で情を持たない男としても有名で、私も冷たい視線で射抜かれ縮み上がってばかりだった。
何度も敵視され、殺気を込められたことも一度や二度でははない。
恨みを買う真似など覚えがないのに、彼が命を落とすまでそれは続いたものだ。
私が説明をすると、ヴェネリオ子爵が苦笑混じりの微笑みを私に向けた。
「アンリ公爵令息は潔癖症と聞きます。エルメーテ公爵と同じく、宰相を目の敵にしていたのでしょう。
話を聞く限り、前回のあなたはシュミット宰相の駒として良いように扱われていたご様子。
あなたの存在を疎ましく思っても、仕方ありますまい」
そんなエルメーテ公爵は宰相のいわゆる政敵、私が処刑される二年前に、戦地に送られ親子共々命を落としたと聞いた。
もしかするとそれも、宰相が政敵を抹殺するための陰謀だったのかもしれない。
「敵の敵は味方と申します。利害が一致するならば、協力することは可能でしょう。
シトラス様が宰相に抗う存在となれば、エルメーテ公爵やアンリ公爵令息は、必ずやあなたの力になってくれるはずです」
うーん、本当かなぁ?
前回は周りが敵ばっかりで、味方になってくれる人なんてほとんど居なかった。
私を利用しようとする人なら腐るほど居たけどね!
納得しきれない気持ちを干し肉と一緒によく噛んで飲み込み、その日は焚火の傍で毛布にくるまった。
このジルベルト領の領主が派遣している私兵団二千人ほどの部隊がここに居るらしい。
ベイヤー司祭と共に部隊の司令官の居る部屋に案内され、私は驚いていた。
「ヴェネリオ子爵! あなたがここの司令官だったの?!」
目の前の男性は少し若いけど、見覚えがあった。
トルトリ・ラチェス・ヴェネリオ子爵。信心深く、前の人生で聖女だった私によく会いに来ていた人だ。
誠実な人で、信頼のおける人物だった。
ヴェネリオ子爵は首を傾げ、私を見つめて告げる。
「お嬢ちゃんは誰かな? 会った事があるだろうか。
私は平民の子供に知り合いなど居ないはずなのだが……」
私はベイヤー司祭と目配せをする――ベイヤー司祭が頷き、ヴェネリオ子爵に向き直った。
「この子はシトラスという、洗礼にやって来たばかりの子供だよ。
実はだね、この子が先ほど、聖女の聖名を聖神様から与えられた」
ヴェネリオ子爵が目を丸くして驚いていた。
「やって来たばかりの子供に洗礼?! 禊を行わずに洗礼を与えたと仰るか!
そんな通例破り、聖教会として問題にはならないのですか?!」
「今回は特別な事情があった。
実は彼女から、数日以内に生まれ故郷で魔物の集団発生が発生し、村が滅ぶと伝えられてね。
ただの子供の言うことなら世迷言で済ませられるが、彼女が与えられた聖名は新しき原初の聖女――無視することなど、できはしまい?」
「馬鹿な……聖名を三つも与えられたと言うのか! そんな話、聞いたことがないぞ!」
「だが間違いない。嘘偽りではないと聖神様に誓って言える。
彼女は聖女だ。聖教会の名において、彼女が聖女であると認める。
彼女の生まれ故郷ヅケーラ村はここから三日近くかかる。今すぐ派兵しなければ間に合うまい。
どうか、彼女のためにも力を貸してはもらえまいか」
苦悩するように眉間にしわを寄せたヴェネリオ子爵が私を見つめた。
「……その魔物の集団発生、規模はどのくらいかわかりますか」
「大型のブラッド・ボアが数十匹に及ぶ、大規模なものになるはずです。
あの村には父が居て村を守っていますが、このままでは父すら命を落としてしまうでしょう。
――父の名はギーグ・ゲウス・ガストーニュ。ヴェネリオ子爵なら、父をご存じのはずです」
ヴェネリオ子爵の顔が歪んでいた。
「ギーグ殿が命を落とすほどの規模だと言うのか!
そんなもの、この街の駐屯兵を総動員しても防げるかわからんぞ!」
お父さんはこの地方では少し名の知れた格闘家だ。
今は農民をしているけれど、若い頃は兵役で名を馳せたらしい。
お父さんに勝てる人間は、上位騎士にも居なかったそうだ。
前の人生でヴェネリオ子爵から直接聞いたことなので、間違いはないだろう。
私はヴェネリオ子爵の目を見つめ、必死の思いを込めて告げる。
「私は聖神様から加護を授かっています。私が同行すれば、必ず村を救い出せるはずです。
ですからヴェネリオ子爵も、可能な限りの兵を出して頂きたいのです。お願いできませんでしょうか」
私のまっすぐな眼差しを受け止めたヴェネリオ子爵が、一度固く目を閉じた。
その目が開かれた時、ヴェネリオ子爵の目は優しいものに変わっていた。
「……聖女シトラス様。あなたの願い、可能な限り聞き届けましょう。
領主様へお伺いを立てる暇はありますまい。
この街の護衛も残さねばなりません。
ですが、半分の兵士を急ぎ支度させ、村に向かいましょう」
言うが早いか、ヴェネリオ子爵は立ち上がって部下たちに指示を飛ばし始めた。
「すぐに兵を出すぞ! 馬を用意しろ! 騎馬兵全てをヅケーラ村へ向かわせる!
相手はブラッド・ボアを含む大規模な魔物の集団発生だ! 各員、相応の装備を持て!」
あわただしく指示を飛ばすヴェネリオ子爵の背中を見ながら、私は胸に熱い思いを感じていた。
今も昔も――昔というべきかは悩ましいが――ヴェネリオ子爵は変わらず信頼のおける人だった。
私はベイヤー司祭に振り向いてお礼を告げる。
「ありがとうございますベイヤー司祭。これなら村を救えるかもしれません」
ベイヤー司祭がにこりと微笑んだ。
「シトラス様、救える『かもしれない』ではありません。必ずお救いください。
聖神様の加護が、あなたを導いてくださるでしょう」
****
私はヴェネリオ子爵と共に馬に相乗りになって生まれ故郷に向かっていた。
最初は馬車に乗って欲しいと言われたけど、馬車では行軍速度が落ちてしまう。
今は一秒でも早く村に戻って、魔物の襲来に備えなければならないと説得した。
「シトラス様、馬上では口を開けないようにしてください。舌を噛みますぞ!」
私は無言でうなずき、まっすぐ前を見据えていた。
もうすぐ日が暮れる。しかし私の願いを聞き届けてくれたヴェネリオ子爵は、日が落ちても馬の足を止めなかった。
強行軍は夜更け近くまで続き、ようやく馬から降りた私は一息ついていた。
お湯でふやかした干し肉を一口食べた後、私はぼそりと告げる。
「はぁ、強行軍はなんど経験してもきついですね」
同じように食事を取っていたヴェネリオ子爵が、驚いた顔で私を見た。
「あなたのように幼い子供が、強行軍を経験した事があると仰ったか」
あ、そうか今の私は七歳だったっけ。うっかりしてた。
前の人生では何度も戦場に向かわせられて、癒しの奇跡を使うことが多かった。
その時に強行軍も、何度も経験していた。
大人になった時でもきついのだから、子供の身体ならもっときつい。
眠いしお腹も減るし、背中からヴェネリオ子爵が腕を回して支えてくれてなければ、途中で落馬してる所だ。
こちらを不思議そうに見つめるヴェネリオ子爵に、私は苦笑を浮かべながら告げる。
「……この事は秘密でお願いしますね。下手に知られると厄介なことになりますので」
私は食事を取りながら、自分が経験した前の人生の話を、かいつまみながら話すことにした。
「この国はこれから、周囲の国を巻き込む戦乱を起こします。
その戦乱で聖神様の封印が破壊され、魔神が復活して世界が滅ぶ事になるそうです。
諸悪の根源はシュミット宰相――国王陛下は彼の言いなりです。彼から実権を奪わない限り、この世界の滅びは避けられないでしょう。
私は途中で殺されてしまったので、その後の世界がどうなったのかまでは知りません。
ですが、聖神様から魔神の復活を阻止して欲しいと頼まれました。そうして巻き戻った時間に居るのが、今の私です」
ヴェネリオ子爵は神妙な顔で私の話を聞いていた。
「……聖女様とはいえ、七歳の子供が知り得ない知識、信じられない思いもありますが、おそらくそれは真実なのでしょう。
シュミット宰相が国政を私物化しているのも事実。陛下が不甲斐なく傀儡となり果てているのも、また事実です。
ですが、どのようにして彼の野望を阻止するおつもりですか」
私はゆっくりと首を横に振った。
「わかりません。前回、私は孤児となった後、エリゼオ公爵家に養子として引き取られました。
ですが貴族社会に馴染めず孤立し、宰相の思うままに操られて十年を生き、最後は陰謀で命を落としました。
今回は前回よりも強い加護を与えてくださったと聖神様は仰りましたが、それがどのようなものかを伺う暇すらなく、今ここにこうして居ます」
ヴェネリオ子爵の表情が硬くなった。
「エリゼオ公爵か……奴はシュミット宰相の派閥、そこに引き取られたのでは、出来る事も限られてしまうでしょう。
ですが聖女として聖教会から認定された以上、あなたは高位貴族へ養子に出されることになる。
もし行く先を選べるとするならば、エルメーテ公爵家がよろしいでしょう。
エルメーテ公爵は反宰相派の最右翼。必ず力になってくれるはずです」
「エルメーテ公爵ですか?!」
思わず大きな声を上げてしまい、あわてて口元を押さえた。
ヴェネリオ子爵が不思議そうな顔で私を見つめて告げる。
「何か、不都合な事があるのですか?」
「いえその……アンリ公爵令息が苦手だったものですから……」
初めて出会ったのは十二歳の頃。
三歳年上のアンリ公爵令息は美術品のように端正な顔つきで、社交界でも有名だった。
一方で冷酷で情を持たない男としても有名で、私も冷たい視線で射抜かれ縮み上がってばかりだった。
何度も敵視され、殺気を込められたことも一度や二度でははない。
恨みを買う真似など覚えがないのに、彼が命を落とすまでそれは続いたものだ。
私が説明をすると、ヴェネリオ子爵が苦笑混じりの微笑みを私に向けた。
「アンリ公爵令息は潔癖症と聞きます。エルメーテ公爵と同じく、宰相を目の敵にしていたのでしょう。
話を聞く限り、前回のあなたはシュミット宰相の駒として良いように扱われていたご様子。
あなたの存在を疎ましく思っても、仕方ありますまい」
そんなエルメーテ公爵は宰相のいわゆる政敵、私が処刑される二年前に、戦地に送られ親子共々命を落としたと聞いた。
もしかするとそれも、宰相が政敵を抹殺するための陰謀だったのかもしれない。
「敵の敵は味方と申します。利害が一致するならば、協力することは可能でしょう。
シトラス様が宰相に抗う存在となれば、エルメーテ公爵やアンリ公爵令息は、必ずやあなたの力になってくれるはずです」
うーん、本当かなぁ?
前回は周りが敵ばっかりで、味方になってくれる人なんてほとんど居なかった。
私を利用しようとする人なら腐るほど居たけどね!
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