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 お茶会の席で聞かされるヒロインの動向は、驚くべきものだった。

 まさかの八股、攻略キャラクター制覇のトゥルーエンド狙い?!

 殿下以外とはすでに親密な関係にあるらしく、物陰で口づけを交わす姿が目撃されているという。

 ――男ならだれでもいいんか! あの色ボケ女!

 おっとはしない、思わず心が前世の言葉を。

 だけど悪役令嬢のはずの私は勉強と事業で手が離せない。

 ヒロインに悪さをする余裕なんて、少しもありはしない。

 そんな時間があれば、少しでも多く殿下にお会いするし。

 これなら破滅ルートは大丈夫だろうと、その時はそう思っていた。


 やがて、学院内で変な噂が流れていると伝え聞いた。

 『私がヒロインに嫌がらせをしている』という、根も葉もないものだ。

 まるでゲームを再現したかのようなそれらの噂は、私の心を不安に陥れた。

 これがシナリオの強制力って奴?! 

 ヒロインは殿下にも執拗にアプローチを仕掛けているという。

 どうにかしたくて、私はお茶会で友人たちに『彼女に注意を促して欲しい』とだけお願いした。

 時折会う殿下にも『彼女には気を付けて』とだけ伝えた。

 殿下は『俺を信用できないのか?』と笑って応えてくれた。




****

 やがて月日は流れ、卒業夜会当日。

 衆人環視の中で、殿下の横には私ではなく、ヒロインが立っていた。

 ヒロインが朗々と私の悪事を口にしていく。

 やれ『池に突き落とされた」だの、『階段から突き落とされかけた』だの、『教科書やノートがボロボロにされた』だの、そんな悪事のオンパレードだった。

 ヒロインの周囲には、私に敵意を向ける八人の有力貴族子息たち。

 アルベルト殿下も、厳しい目で私を見つめていた。

「今アンネリーゼが言ったことは事実か?」

 私は必死になって応える。

「そんなことしておりません! 信じてください!」

 今度はヒロインがつぶらな瞳に涙をためて訴える。

「私に『これ以上殿下につきまとうな』って、何度も脅迫してきたんです! 本当です!」

 そんなこと言われても、やってないものはやってない。

 身に覚えのないことでも、断罪されないといけないの?

 このイベントで私が断罪されても、処刑まではされないだろう。

 だけど殿下と最後のフラグが立って、殿下はヒロインに奪われてしまう――

 やけになった私は、思わず叫んだ。

「そんな! やるわけがないじゃない!
 どうせ警告するなら、このぐらいやるわよ! ――≪暗闇の戒め≫!」

 私の放った禁呪が黒霧を生み出し、ヒロインの身体にまとわりついて自由を奪う。

 そのまま私は「出てきなさい闇の眷属! ≪煉獄の洞《うろ》≫!」と叫ぶ。

 ヒロインの背後の空間に煉獄に繋がる穴が開いて、その中から魔犬ケルベロスが飛び出した。

 ケルベロスが三つの首でヒロインの両肩と首筋に噛みつくと、ヒロインの絶叫が大ホールに木霊する。

「その牙は魂に突き刺さり生命力を吸うわ。
 それ以上寿命を失いたくなかったら、殿下にまとわりつくのは止めることね」

 ヒロインは痛みでこちらの言葉を聞いていなかったらしく、叫び声を上げ続けるだけだ。

 仕方なくケルベロスに命令し、ヒロインを解放してあげた。

 その場にしゃがみ込み、肩で息をするヒロインに再び告げる。

「アンネリーゼ、良く聞いて? 警告ってのはこうやるものなの。
 あなたが告白した様な子供のお遊びなんて、私がやるわけないでしょう?
 理解したなら、もう殿下には近付かないで頂戴」

 会場の空気が、水を打ったように静まり返っていた。

 ――あ、もしかしてやり過ぎちゃった?!

 ハッと気づいて周囲を見回す。

 生徒たちは私と目を合わせないよう、スッと視線を外していく。

 恐る恐るアルベルト殿下を上目遣いに見上げると、殿下はいつもの尊大な笑顔で私を見つめていた。

「そう、それでこそロザベルだ。
 お前が小悪党のような真似をしてると聞いて失望しかけたが、やはりお前は器の大きい女だったな」

「……殿下は、私が恐ろしくないのですか?」

 アルベルト殿下がニヤリと不敵に微笑んで告げる。

「お前程度の女を御しきれず、何が王か。
 お前こそが俺の妃に相応しい」

「――殿下!」

 思わずその胸に駆け寄り、飛び込んでいった。

 私を抱き止めた殿下が、周囲に告げる。

「このような茶番でロザベルの心を傷つけた報い、きっちり受けてもらう。
 その恥知らずの男爵令嬢を摘まみだせ!」

 殿下の側近たちが、ぐったりとしたヒロインの脇を抱え上げ、無理やり歩かせていった。

 ……でもこのイベントが発生したってことは、殿下の心はヒロインに傾いていたんじゃ?

 私はおそるおそる殿下に尋ねる。

「殿下は、あの子に篭絡されなかったのですか?」

「俺に真に恋する女の目は、八歳の時に見ている。
 ただの色狂いの媚びへつらいなどに、俺は惑わされんよ。
 ――そこの男たちは、違ったようだがな」

 殿下が八人の貴族子息たちに、失望の眼差しを向けた。

 彼らは蒼白な顔でバツが悪そうに顔を背けていた。

 アルベルト殿下が声を上げて告げる。

「ロザベルは我が妻、そしてゆくゆくは王妃となる者だ!
 彼女を害する者を、俺は許さん!」

 それだけ告げると、殿下は私の肩を抱いて夜会会場を後にした。




 やがて、モントマルク王国に新しい王が即位した。

 武勇に優れた賢王と称えられた彼の横には、常に彼を支える妃が居たという。

 王妃が作り出した魔法薬は国民の生活を豊かにし、民衆も国王と王妃を歓迎した。
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