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家に帰った私は、自分の部屋で猛省していた。
幼い色香に惑わされて、当初の目的をすっかり忘れていた。
私は! 婚約しちゃいけなかったのに!
――いえ、まだよ! まだ諦めるのは早い! 悪事に手を染めなければ大丈夫なはず!
でも、アルベルト殿下はヒロインに奪われちゃう運命なのかなぁ。そう思うと、胸が軋むほど痛んだ。
別れ際に手の甲に唇を落とされ、あの時から自分がおかしくなっていた。
死にたくないけど、アルベルト殿下を譲り渡したくもない!
ヒロインに負けない女子力! そう女子力よ!
ただの公爵令嬢じゃダメ! 隙を見せない鉄壁の女子力でヒロインを跳ね返さなければ!
その日から私は、自分磨きにさらに力を入れていった。
月に一回開かれる殿下との定例お茶会。その都度私は新しいドレスを新調し、アクセサリーも揃えていった。
殿下がそれに気づいて褒めて下さるたびに舞い上がり、次はさらに力を入れて着飾っていく。
殿下がくださる花束に大喜びし、その色が私の瞳の色に合わせていると知ってさらに感激していた。
お返しに刺繍を施したハンカチや、殿下の赤い瞳に合わせたブローチなどをプレゼントした。
しかしいくら裕福な公爵家とは言え、こんなことをしていては悪い噂が立ち始める。
十歳になる頃には、私はすっかり『浪費癖のある公爵令嬢』として有名になっていた。
ある夜、お父様が言いづらそうに私に告げる。
「なぁロザベル、もう少し質素に暮らせないか」
私はきょとんとお父様を見て応える。
「どうなさったの? そんなことを仰るなんて」
「このままお前の浪費が続くのは良くない。陛下や王妃殿下の耳にも、お前の噂が届いている。
お前の願いならなんでも聞き届けたいが、このままではお前のイメージが悪くなる一方だろう」
む、それは無視できないぞ?
このままじゃアルベルト殿下の心証も悪くなるかも。
でも手を抜いたらアルベルト殿下の御心が離れるかもしれない。そちらも無視できなかった。
――そうだ!
「お父様、私が新しい魔法薬を作りますわ。
その収益を私のお小遣いとして使えば、文句は言われないのではなくて?」
お父様は納得したように頷いた。
「いいだろう、やってみなさい。
自分で稼いだ資金を使う分には、誰も文句を言うことはないだろう」
親のお金を浪費するから白い目で見られるのだ!
自分で稼いだお金を自分で使う! これぞジャスティス!
そして私には勝機が見えていた。男性諸氏ならいつかは悩まされる、『アレ』の治療薬だ。
かくして私が『古代魔法文明の禁呪』を使って開発した『育毛剤』は見事完成し、お父様を通じて国内外に広く流通していった。
他にも元気を前借りする魔法薬や、美白効果のある魔法薬など、多数の人気ラインナップを作り、金貨の山を築き上げていった。
いつしか私は『王国随一の錬金術師』として、名が知れ渡っていた。
****
十五歳になり貴族学院に入学すると、私の王妃教育も始まった。
公爵令嬢としての社交場への参加に学校の勉強、さらに加えて王妃教育、とどめとばかりに展開していた事業のための魔法薬生成など、私は目が回るほどの忙しさだった。
アルベルト殿下に会う時間も確保できなくなり、二人きりの時間は数か月に一回のお茶会だけ。あとは王宮の廊下でたまにすれ違うくらいになっていた。
それでもすれ違うたびに微笑みを交わすだけで、私の疲れは癒され、胸が満たされた。
そんな日々の中で『季節外れの編入生が居た』という話を伝え聞いた。
――はっ! 忙しさですっかり忘れていたけど、ヒロインが丁度そんな設定じゃなかったっけ?!
生徒たちが開くお茶会に参加した時に、それとなく編入生の情報を収集する。
ストロベリーブロンドの小動物系女子――間違いない、ヒロインだ。
とてもレアな光魔法の使い手として、男爵令嬢ながらに貴族学院へ入学が許されたという。
私はその場の友人たちに『彼女の動向を見張って欲しい』とお願いし、自分でも対策を考えることにした。
たまたま空き時間が重なったアルベルト殿下と、学院の植物園にあるガゼボでゆったりとした時間を楽しむ。
滅多に会話をできなくなった殿下との楽しい時間の中、それは起こった。
「あれー? すいませーん、ここはどこでしょうかー?」
看板声優ボイス! ――振り向くと、そこにはストロベリーブロンドの小動物系女子。ヒロインだ!
ヒロインはつかつかとこちらに近寄り、私を無視してアルベルト殿下に話しかける。
「あの、迷っちゃったんですけど、道を教えてもらえますか?」
アルベルト殿下がニヤリと微笑んで応える。
「いいだろう。俺が案内する――ロザベル、少し待っていてくれ」
立ち上がったアルベルト殿下の腕に、ヒロインの腕が絡みつく。
殿下はそれを気にもせずに歩きながら、彼女と言葉を交わしていく。
ヒロインの顔には媚びるような笑顔が張り付いていた。
……これは、『王子との初邂逅イベント』!
そう、順調にフラグを立てていって、殿下を狙おうって腹な訳ね。
ってことは他の攻略キャラクターのフラグも粗方立ってるはず。
これは拙い。破滅ルートまっしぐらな気がしてきた。
悪事なんてなにもしてないけど、悪い予感だけが胸をよぎる。
彼女を案内し終わった殿下がガゼボに戻ってきたので、おずおずと彼女のことを尋ねてみる。
「今のは見ない方でしたけど、どなただったのでしょうか」
殿下が笑顔で応えてくれる。
「編入生のアンネリーゼだよ。ホーエンローエ男爵家の令嬢だ。
こんなわかりやすい場所で道に迷うなど、余程方向音痴なのだろうな」
殿下! 気づいて! 明らかに彼女はあなたに会うためにここに来てたから!
言いたい言葉をぐっと飲み込み、私は笑顔で受け答えをする。
「でもマナーのなっていない方でしたわね。殿下に直接触れるだなんて」
「元は平民の出自らしいからな。貴族の作法がわからなくとも、しかたあるまい。
――そろそろ時間だ、俺はこれで失礼する」
笑顔で去り行くアルベルト殿下を見つめ、私は不安で心が押し潰されそうだった。
幼い色香に惑わされて、当初の目的をすっかり忘れていた。
私は! 婚約しちゃいけなかったのに!
――いえ、まだよ! まだ諦めるのは早い! 悪事に手を染めなければ大丈夫なはず!
でも、アルベルト殿下はヒロインに奪われちゃう運命なのかなぁ。そう思うと、胸が軋むほど痛んだ。
別れ際に手の甲に唇を落とされ、あの時から自分がおかしくなっていた。
死にたくないけど、アルベルト殿下を譲り渡したくもない!
ヒロインに負けない女子力! そう女子力よ!
ただの公爵令嬢じゃダメ! 隙を見せない鉄壁の女子力でヒロインを跳ね返さなければ!
その日から私は、自分磨きにさらに力を入れていった。
月に一回開かれる殿下との定例お茶会。その都度私は新しいドレスを新調し、アクセサリーも揃えていった。
殿下がそれに気づいて褒めて下さるたびに舞い上がり、次はさらに力を入れて着飾っていく。
殿下がくださる花束に大喜びし、その色が私の瞳の色に合わせていると知ってさらに感激していた。
お返しに刺繍を施したハンカチや、殿下の赤い瞳に合わせたブローチなどをプレゼントした。
しかしいくら裕福な公爵家とは言え、こんなことをしていては悪い噂が立ち始める。
十歳になる頃には、私はすっかり『浪費癖のある公爵令嬢』として有名になっていた。
ある夜、お父様が言いづらそうに私に告げる。
「なぁロザベル、もう少し質素に暮らせないか」
私はきょとんとお父様を見て応える。
「どうなさったの? そんなことを仰るなんて」
「このままお前の浪費が続くのは良くない。陛下や王妃殿下の耳にも、お前の噂が届いている。
お前の願いならなんでも聞き届けたいが、このままではお前のイメージが悪くなる一方だろう」
む、それは無視できないぞ?
このままじゃアルベルト殿下の心証も悪くなるかも。
でも手を抜いたらアルベルト殿下の御心が離れるかもしれない。そちらも無視できなかった。
――そうだ!
「お父様、私が新しい魔法薬を作りますわ。
その収益を私のお小遣いとして使えば、文句は言われないのではなくて?」
お父様は納得したように頷いた。
「いいだろう、やってみなさい。
自分で稼いだ資金を使う分には、誰も文句を言うことはないだろう」
親のお金を浪費するから白い目で見られるのだ!
自分で稼いだお金を自分で使う! これぞジャスティス!
そして私には勝機が見えていた。男性諸氏ならいつかは悩まされる、『アレ』の治療薬だ。
かくして私が『古代魔法文明の禁呪』を使って開発した『育毛剤』は見事完成し、お父様を通じて国内外に広く流通していった。
他にも元気を前借りする魔法薬や、美白効果のある魔法薬など、多数の人気ラインナップを作り、金貨の山を築き上げていった。
いつしか私は『王国随一の錬金術師』として、名が知れ渡っていた。
****
十五歳になり貴族学院に入学すると、私の王妃教育も始まった。
公爵令嬢としての社交場への参加に学校の勉強、さらに加えて王妃教育、とどめとばかりに展開していた事業のための魔法薬生成など、私は目が回るほどの忙しさだった。
アルベルト殿下に会う時間も確保できなくなり、二人きりの時間は数か月に一回のお茶会だけ。あとは王宮の廊下でたまにすれ違うくらいになっていた。
それでもすれ違うたびに微笑みを交わすだけで、私の疲れは癒され、胸が満たされた。
そんな日々の中で『季節外れの編入生が居た』という話を伝え聞いた。
――はっ! 忙しさですっかり忘れていたけど、ヒロインが丁度そんな設定じゃなかったっけ?!
生徒たちが開くお茶会に参加した時に、それとなく編入生の情報を収集する。
ストロベリーブロンドの小動物系女子――間違いない、ヒロインだ。
とてもレアな光魔法の使い手として、男爵令嬢ながらに貴族学院へ入学が許されたという。
私はその場の友人たちに『彼女の動向を見張って欲しい』とお願いし、自分でも対策を考えることにした。
たまたま空き時間が重なったアルベルト殿下と、学院の植物園にあるガゼボでゆったりとした時間を楽しむ。
滅多に会話をできなくなった殿下との楽しい時間の中、それは起こった。
「あれー? すいませーん、ここはどこでしょうかー?」
看板声優ボイス! ――振り向くと、そこにはストロベリーブロンドの小動物系女子。ヒロインだ!
ヒロインはつかつかとこちらに近寄り、私を無視してアルベルト殿下に話しかける。
「あの、迷っちゃったんですけど、道を教えてもらえますか?」
アルベルト殿下がニヤリと微笑んで応える。
「いいだろう。俺が案内する――ロザベル、少し待っていてくれ」
立ち上がったアルベルト殿下の腕に、ヒロインの腕が絡みつく。
殿下はそれを気にもせずに歩きながら、彼女と言葉を交わしていく。
ヒロインの顔には媚びるような笑顔が張り付いていた。
……これは、『王子との初邂逅イベント』!
そう、順調にフラグを立てていって、殿下を狙おうって腹な訳ね。
ってことは他の攻略キャラクターのフラグも粗方立ってるはず。
これは拙い。破滅ルートまっしぐらな気がしてきた。
悪事なんてなにもしてないけど、悪い予感だけが胸をよぎる。
彼女を案内し終わった殿下がガゼボに戻ってきたので、おずおずと彼女のことを尋ねてみる。
「今のは見ない方でしたけど、どなただったのでしょうか」
殿下が笑顔で応えてくれる。
「編入生のアンネリーゼだよ。ホーエンローエ男爵家の令嬢だ。
こんなわかりやすい場所で道に迷うなど、余程方向音痴なのだろうな」
殿下! 気づいて! 明らかに彼女はあなたに会うためにここに来てたから!
言いたい言葉をぐっと飲み込み、私は笑顔で受け答えをする。
「でもマナーのなっていない方でしたわね。殿下に直接触れるだなんて」
「元は平民の出自らしいからな。貴族の作法がわからなくとも、しかたあるまい。
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