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「では、その呪いは魔王のものなのですか?」

 ラインハルト殿下がうなずいた。

「これは魔王を討った者にかかる呪い、魔王の断末魔だ。
 今はまだ私の精神力と生命力で耐えているが、徐々に私の身体を蝕んでいる。
 最後には、私はこの呪いによって命を落とすだろう。
 聖女がこの呪いを浄化しなければ、私の命を吸った呪いが、いつか魔王を再生させる。
 ――だというのに! あの聖女アネットは呪いの浄化を拒んだのだ!」

 私は純粋な疑問をラインハルト殿下に投げかける。

「なぜ聖女アネットは、浄化を拒んだのでしょうか」

「聖女の祈りを込めた口づけで呪いは浄化されるらしい。
 だがアネットは、醜く変容した私の顔に口づけをすることを拒んだのだ。
 解呪に失敗すれば、呪いは聖女をも蝕み、命を食らう。
 そのような危険を冒すこともまた、彼女は拒んだのだ」

 一人で戦わせ、その責任を全て背負わせ、呪いで苦しみながら死んでいくのをただ黙って見捨てる――聞くだけで気分が悪くなる話だ。

 ラインハルト殿下は、悔しそうに口を歪めて告げる。

「薄れゆく意識の中、クラウスやルーカスが『私がいなくなれば、ヴィンタークローネも容易く落とせる』と話しているのが聞こえた。
 奴らは最初から、あの魔王討伐の旅の中で私の命を狙い続けていたのだろう。
 たとえ魔王の呪いがなくても、疲れ切った私の命を奴らは狙っていた。
 だからこそ、あらゆる戦いで自分たちの力を使うことがなかったのだろう」

 つまり、旅の最初からラインハルト殿下の抹殺をくわだてていたことになる。

 旅の仲間だなんてとんでもない、最初から敵国の王子として見ていたということだ。

 ラインハルト殿下が、口角を上げて笑みを作った。

「だが、私は今もこうして生きている。
 この手には魔王の剣もある。
 なんとかしてクラウスの近くに接近し、奴らにこの刃を見舞ってくれる。
 己の責務を果たさなかった報いを、その身に刻み付けてやろう。
 それでこの命を失うことになるだろうが、一矢報いれるのであれば、もうそれで構わん」

 それで、こんな禍々しい剣を持ち歩いていたのね。

 私は大きく息をつくと、ラインハルト殿下に告げる。

「殿下、すこし冷静になられませんか?
 あなたは本来、もっと健やかで明るい精神を持った人。
 呪いに蝕まれて、心が少し病んでおられるのでは?」

 ラインハルト殿下が、バツが悪そうに私から目をそらした。

「……そうかもしれん。
 彼らに裏切られた傷に呪いが沁み込み、前の私自身の姿を思い出せないくらいだ。
 今も私の胸にあるのは、彼らへの憎しみのみ。
 この恨みを晴らせるならば、我が身など惜しくはない」

「殿下? そんな殿下がなぜ、私にイヤリングを届けてくださったの?
 この王都まで私を送ってくださったのは、なぜかしら?
 本当にそのお心にあるのは、彼らへの憎しみだけなのですか?」

 戸惑うように私を見るラインハルト殿下が、私に告げる。

「それは……そのイヤリングだけが、私の心の支えだった。
 クラウスの婚約者だったアリシア嬢からお借りしたイヤリング、それを持っているだけで私は、疲れを忘れることが出来た。
 私を支え続けてくれた大切なイヤリングは、せめて持ち主であるあなたにお返しすべきだと思ったのだ」

 私はニコリと微笑んで応える。

「もう今は、クラウス王子との婚約は破棄されてしまいましたわ。
 ですからもう、あなたの想いを遮るものは、なにもありませんわよ?
 それでもなお、あなたは復讐で人生を終えてしまうおつもりですか?」

 ラインハルト殿下が、苦悩するように眉をひそめた。

「しかし、彼らへの恨みを忘れることは、今の私には難しいように思える。
 これもまた、魔王の呪いなのかもしれない。
 だがあなたという気がかりをワイエンマイアー伯爵に預けることが出来た以上、もう心残りは――」

 私はラインハルト殿下の口を、人差し指で塞いでいた。

 ニコリと微笑んで、私は告げる。

「実は私、この三年間で聖魔法を修得していますの。
 聖女ほど立派には使えないでしょうが、どうか私にその呪いの解呪を挑ませていただけませんか」

 ラインハルト殿下が慌てて立ち上がり、声を上げる。

「それは駄目だ! 正当な聖女であるアネットですら、この呪いを解呪できるかわからない!
 ただ聖魔法を習っただけのアリシア嬢では、命を落とすことになる!」

 私も立ち上がり、背の高くなったラインハルト殿下を見上げて微笑み、告げる。

「聖女が命を懸けた祈り、それだけがその呪いを浄化できるのでしょう?
 どのみちラインハルト殿下が亡くなられてしまえば、私にも生きる意味など見い出せません。
 侵攻してくるゴルテンファル王国に対抗するためにも、この国には殿下のお力が必要なのです。
 どうか、私に解呪を試させてくださいませ」

 呆気に取られたラインハルト殿下は、困惑したまま私の瞳を見つめていた。
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