愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
上 下
10 / 11

10.

しおりを挟む
「では、その呪いは魔王のものなのですか?」

 ラインハルト殿下がうなずいた。

「これは魔王を討った者にかかる呪い、魔王の断末魔だ。
 今はまだ私の精神力と生命力で耐えているが、徐々に私の身体を蝕んでいる。
 最後には、私はこの呪いによって命を落とすだろう。
 聖女がこの呪いを浄化しなければ、私の命を吸った呪いが、いつか魔王を再生させる。
 ――だというのに! あの聖女アネットは呪いの浄化を拒んだのだ!」

 私は純粋な疑問をラインハルト殿下に投げかける。

「なぜ聖女アネットは、浄化を拒んだのでしょうか」

「聖女の祈りを込めた口づけで呪いは浄化されるらしい。
 だがアネットは、醜く変容した私の顔に口づけをすることを拒んだのだ。
 解呪に失敗すれば、呪いは聖女をも蝕み、命を食らう。
 そのような危険を冒すこともまた、彼女は拒んだのだ」

 一人で戦わせ、その責任を全て背負わせ、呪いで苦しみながら死んでいくのをただ黙って見捨てる――聞くだけで気分が悪くなる話だ。

 ラインハルト殿下は、悔しそうに口を歪めて告げる。

「薄れゆく意識の中、クラウスやルーカスが『私がいなくなれば、ヴィンタークローネも容易く落とせる』と話しているのが聞こえた。
 奴らは最初から、あの魔王討伐の旅の中で私の命を狙い続けていたのだろう。
 たとえ魔王の呪いがなくても、疲れ切った私の命を奴らは狙っていた。
 だからこそ、あらゆる戦いで自分たちの力を使うことがなかったのだろう」

 つまり、旅の最初からラインハルト殿下の抹殺をくわだてていたことになる。

 旅の仲間だなんてとんでもない、最初から敵国の王子として見ていたということだ。

 ラインハルト殿下が、口角を上げて笑みを作った。

「だが、私は今もこうして生きている。
 この手には魔王の剣もある。
 なんとかしてクラウスの近くに接近し、奴らにこの刃を見舞ってくれる。
 己の責務を果たさなかった報いを、その身に刻み付けてやろう。
 それでこの命を失うことになるだろうが、一矢報いれるのであれば、もうそれで構わん」

 それで、こんな禍々しい剣を持ち歩いていたのね。

 私は大きく息をつくと、ラインハルト殿下に告げる。

「殿下、すこし冷静になられませんか?
 あなたは本来、もっと健やかで明るい精神を持った人。
 呪いに蝕まれて、心が少し病んでおられるのでは?」

 ラインハルト殿下が、バツが悪そうに私から目をそらした。

「……そうかもしれん。
 彼らに裏切られた傷に呪いが沁み込み、前の私自身の姿を思い出せないくらいだ。
 今も私の胸にあるのは、彼らへの憎しみのみ。
 この恨みを晴らせるならば、我が身など惜しくはない」

「殿下? そんな殿下がなぜ、私にイヤリングを届けてくださったの?
 この王都まで私を送ってくださったのは、なぜかしら?
 本当にそのお心にあるのは、彼らへの憎しみだけなのですか?」

 戸惑うように私を見るラインハルト殿下が、私に告げる。

「それは……そのイヤリングだけが、私の心の支えだった。
 クラウスの婚約者だったアリシア嬢からお借りしたイヤリング、それを持っているだけで私は、疲れを忘れることが出来た。
 私を支え続けてくれた大切なイヤリングは、せめて持ち主であるあなたにお返しすべきだと思ったのだ」

 私はニコリと微笑んで応える。

「もう今は、クラウス王子との婚約は破棄されてしまいましたわ。
 ですからもう、あなたの想いを遮るものは、なにもありませんわよ?
 それでもなお、あなたは復讐で人生を終えてしまうおつもりですか?」

 ラインハルト殿下が、苦悩するように眉をひそめた。

「しかし、彼らへの恨みを忘れることは、今の私には難しいように思える。
 これもまた、魔王の呪いなのかもしれない。
 だがあなたという気がかりをワイエンマイアー伯爵に預けることが出来た以上、もう心残りは――」

 私はラインハルト殿下の口を、人差し指で塞いでいた。

 ニコリと微笑んで、私は告げる。

「実は私、この三年間で聖魔法を修得していますの。
 聖女ほど立派には使えないでしょうが、どうか私にその呪いの解呪を挑ませていただけませんか」

 ラインハルト殿下が慌てて立ち上がり、声を上げる。

「それは駄目だ! 正当な聖女であるアネットですら、この呪いを解呪できるかわからない!
 ただ聖魔法を習っただけのアリシア嬢では、命を落とすことになる!」

 私も立ち上がり、背の高くなったラインハルト殿下を見上げて微笑み、告げる。

「聖女が命を懸けた祈り、それだけがその呪いを浄化できるのでしょう?
 どのみちラインハルト殿下が亡くなられてしまえば、私にも生きる意味など見い出せません。
 侵攻してくるゴルテンファル王国に対抗するためにも、この国には殿下のお力が必要なのです。
 どうか、私に解呪を試させてくださいませ」

 呆気に取られたラインハルト殿下は、困惑したまま私の瞳を見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

言いたいことは、それだけかしら?

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【彼のもう一つの顔を知るのは、婚約者であるこの私だけ……】 ある日突然、幼馴染でもあり婚約者の彼が訪ねて来た。そして「すまない、婚約解消してもらえないか?」と告げてきた。理由を聞いて納得したものの、どうにも気持ちが収まらない。そこで、私はある行動に出ることにした。私だけが知っている、彼の本性を暴くため―― * 短編です。あっさり終わります * 他サイトでも投稿中

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

婚約破棄でかまいません!だから私に自由を下さい!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
第一皇太子のセヴラン殿下の誕生パーティーの真っ最中に、突然ノエリア令嬢に対する嫌がらせの濡れ衣を着せられたシリル。 シリルの話をろくに聞かないまま、婚約者だった第二皇太子ガイラスは婚約破棄を言い渡す。 その横にはたったいまシリルを陥れようとしているノエリア令嬢が並んでいた。 そんな2人の姿が思わず溢れた涙でどんどんぼやけていく……。 ざまぁ展開のハピエンです。

精霊に愛されし侯爵令嬢が、王太子殿下と婚約解消に至るまで〜私の婚約者には想い人がいた〜

水都 ミナト
恋愛
精霊王を信仰する王国で、マナの扱いに長けた侯爵家の娘・ナターシャ。彼女は五歳でレイモンド王太子殿下の婚約者に抜擢された。 だが、レイモンドはアイシャ公爵令嬢と想い合っていた。アイシャはマナの扱いが苦手で王族の婚約者としては相応しくないとされており、叶わない恋であった。 とある事件をきっかけに、ナターシャは二人にある提案を持ち掛けるーーー これはレイモンドとアイシャ、そしてナターシャがそれぞれの幸せを掴むまでのお話。 ※1万字程度のお話です。 ※他サイトでも投稿しております。

その方は婚約者ではありませんよ、お姉様

夜桜
恋愛
マリサは、姉のニーナに婚約者を取られてしまった。 しかし、本当は婚約者ではなく……?

処理中です...