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それから私たちは、ヴィンタークローネを目指して旅をしていった。
野宿を繰り返し、最初の宿屋に着くと、宿の主人にエドガーが告げる。
「一人部屋をふたつだ」
「いいえ、二人部屋をひとつよ」
驚いて振り向くエドガーに、私は微笑んで告げる。
「今まで一緒に寝泊まりしていたのよ?
今さら遠慮する必要はないわ。
路銀がもったいないのだし、一部屋でいいじゃない」
「だがお前、婚姻前の淑女だろうが!」
私はにっこりと微笑んで応える。
「今は、ただの平民のアリシアよ。
淑女のアリシアなんて、もうどこにも居ないわ」
そのまま私は二人部屋を押し切り、ふたりでひとつの部屋に止まった。
エドガーは旅装のままベッドに横たわり、あきれたように私に告げる。
「あんた、何を考えてるんだ?
これで嫁入りに支障が出たら、どうするつもりだ?」
「あら、平民の女性が男性とひとつの部屋で寝ていても、大した問題ではないわ。
それに問題になったら、その時はエドガーが責任を問ってくだされば良いのではないの?」
エドガーが疲れたように息をついた。
「あんたな……そんだけ綺麗なんだから、望めば下位貴族や裕福な商人に嫁ぐくらいはできるんだぞ?
それを今からふいにしてどうするんだ」
「綺麗と言ってくださるの? ありがとう、エドガー。
三年間、頑張って美貌を磨いてきた甲斐があるわね」
エドガーがフードの奥からこちらを見た。
「……あんたは、あの国で王族に嫁いだ方が良かったんじゃないか」
「今さらそれを言うの?
あんな誠意の欠片もない人たちの一員になるくらいなら、エドガーに嫁ぐ方を選ぶわ。
あなたはとても誠実な人だもの。
夫として欠けているところなんて、見当たらないくらいよ」
エドガーはくしゃくしゃと前髪を掻きむしりながら、天井を向いて告げる。
「意味がわからん。
俺はみての通り、魔物に呪われた醜い男だ。
あんたなんかとは、釣り合わんよ」
私はエドガーを見ながら微笑んで告げる。
「それを決めるのは私の心よ。
あなたは間違いなく、クラウス殿下たちよりも綺麗な心を持っている。
こうして何日も共に過ごしてきて、あなたは私に指一本触れようとしてこなかった。
それだけでも、充分に過ぎる証よ」
「……俺が触れると、呪いが移るかもしれん。
あんたみたいな綺麗な女を、俺と同じ目に遭わせる訳にはいかん」
私はクスリと笑みをこぼした。
「そういうところよ。
自分で気がついてないのかしら。
――ねぇ、その呪いはどうやったら解呪できるのか、知ってる?」
天井を見上げていたエドガーが、ぽつりと応える。
「……聖女が命をかけた祈り、そんなものがあれば、この呪いは解けるらしい。
だが失敗すれば、聖女に呪いが伝染し、共に身を滅ぼしてしまう。
厄介な呪いだよ」
聖女は聖魔法の使い手。
聖魔法でなら、解呪の可能性があるということね。
「それなら、聖女アネットにお願いしてみたらどうかしら。
解呪してもらえるのではないの?」
エドガーがニヤリと口角を上げて笑った。
「あいつじゃ無理さ。わが身可愛さで、命がけで他人を救おうなどとは考えられない人種だ。
クラウス王子に近づいたのも、ただ王族になりたかったからだ。
王族なって贅沢の限りを尽くしたい――あいつの願いは、とてもシンプルだ。
相手を愛する心など、あいつにはないのさ。
性根の腐った女だよ、あれは」
私はエドガーを見つめながら告げる。
「随分と詳しいのね」
「……一年前に、旅をするあいつらに出会った。
その時に奴らの性根を知ることがあっただけだ」
「その時、ラインハルト殿下はどうされていたか、知ってる?」
エドガーはごろりと向こうを向いて応える。
「仲間内からは、便利な道具として扱われていたようだ。
本人は気づいてなかったようだが、あの時からあいつらは、ラインハルト王子を切り捨てることを考えていたのかもな。
放っておいても勝手に魔物を討伐していく王子に、奴らは加勢することなく見ているだけだった。
それで『ああ、こいつらは性根が腐ってるんだな』と思ったよ」
「そう……」
「いいからもう寝ろ。明日も早いぞ」
毛布をかぶってしまったエドガーに、私は「ええ、おやすみなさい」と告げ、ゆっくりと目を閉じた。
野宿を繰り返し、最初の宿屋に着くと、宿の主人にエドガーが告げる。
「一人部屋をふたつだ」
「いいえ、二人部屋をひとつよ」
驚いて振り向くエドガーに、私は微笑んで告げる。
「今まで一緒に寝泊まりしていたのよ?
今さら遠慮する必要はないわ。
路銀がもったいないのだし、一部屋でいいじゃない」
「だがお前、婚姻前の淑女だろうが!」
私はにっこりと微笑んで応える。
「今は、ただの平民のアリシアよ。
淑女のアリシアなんて、もうどこにも居ないわ」
そのまま私は二人部屋を押し切り、ふたりでひとつの部屋に止まった。
エドガーは旅装のままベッドに横たわり、あきれたように私に告げる。
「あんた、何を考えてるんだ?
これで嫁入りに支障が出たら、どうするつもりだ?」
「あら、平民の女性が男性とひとつの部屋で寝ていても、大した問題ではないわ。
それに問題になったら、その時はエドガーが責任を問ってくだされば良いのではないの?」
エドガーが疲れたように息をついた。
「あんたな……そんだけ綺麗なんだから、望めば下位貴族や裕福な商人に嫁ぐくらいはできるんだぞ?
それを今からふいにしてどうするんだ」
「綺麗と言ってくださるの? ありがとう、エドガー。
三年間、頑張って美貌を磨いてきた甲斐があるわね」
エドガーがフードの奥からこちらを見た。
「……あんたは、あの国で王族に嫁いだ方が良かったんじゃないか」
「今さらそれを言うの?
あんな誠意の欠片もない人たちの一員になるくらいなら、エドガーに嫁ぐ方を選ぶわ。
あなたはとても誠実な人だもの。
夫として欠けているところなんて、見当たらないくらいよ」
エドガーはくしゃくしゃと前髪を掻きむしりながら、天井を向いて告げる。
「意味がわからん。
俺はみての通り、魔物に呪われた醜い男だ。
あんたなんかとは、釣り合わんよ」
私はエドガーを見ながら微笑んで告げる。
「それを決めるのは私の心よ。
あなたは間違いなく、クラウス殿下たちよりも綺麗な心を持っている。
こうして何日も共に過ごしてきて、あなたは私に指一本触れようとしてこなかった。
それだけでも、充分に過ぎる証よ」
「……俺が触れると、呪いが移るかもしれん。
あんたみたいな綺麗な女を、俺と同じ目に遭わせる訳にはいかん」
私はクスリと笑みをこぼした。
「そういうところよ。
自分で気がついてないのかしら。
――ねぇ、その呪いはどうやったら解呪できるのか、知ってる?」
天井を見上げていたエドガーが、ぽつりと応える。
「……聖女が命をかけた祈り、そんなものがあれば、この呪いは解けるらしい。
だが失敗すれば、聖女に呪いが伝染し、共に身を滅ぼしてしまう。
厄介な呪いだよ」
聖女は聖魔法の使い手。
聖魔法でなら、解呪の可能性があるということね。
「それなら、聖女アネットにお願いしてみたらどうかしら。
解呪してもらえるのではないの?」
エドガーがニヤリと口角を上げて笑った。
「あいつじゃ無理さ。わが身可愛さで、命がけで他人を救おうなどとは考えられない人種だ。
クラウス王子に近づいたのも、ただ王族になりたかったからだ。
王族なって贅沢の限りを尽くしたい――あいつの願いは、とてもシンプルだ。
相手を愛する心など、あいつにはないのさ。
性根の腐った女だよ、あれは」
私はエドガーを見つめながら告げる。
「随分と詳しいのね」
「……一年前に、旅をするあいつらに出会った。
その時に奴らの性根を知ることがあっただけだ」
「その時、ラインハルト殿下はどうされていたか、知ってる?」
エドガーはごろりと向こうを向いて応える。
「仲間内からは、便利な道具として扱われていたようだ。
本人は気づいてなかったようだが、あの時からあいつらは、ラインハルト王子を切り捨てることを考えていたのかもな。
放っておいても勝手に魔物を討伐していく王子に、奴らは加勢することなく見ているだけだった。
それで『ああ、こいつらは性根が腐ってるんだな』と思ったよ」
「そう……」
「いいからもう寝ろ。明日も早いぞ」
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